策
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数日後。 玄関から声がかかった。考えなしに玄関へ向かった千鶴の足が、凍りついた。 お鹿がいた。 以前のふんわりとした笑顔ではない、人を小ばかにしたような、冷たい笑みを浮かべていた。
「せんせ、おひさしぶりどす」
固まったままの千鶴を見上げ、お鹿が言った。
「あげてくれまへんの?それとも、こうやって玄関でお話、しましょか?」
はっとわれに返った千鶴は混乱しながらもお鹿を部屋へあげた。お茶を、と言って去ろうとすると、お鹿に呼び止められた。
「かまわんといとくりゃす。お茶飲みにきたわけやおへんから」
お鹿は千鶴に座るように促した。
「せんせ、今日来たんはな、せんせに話をしに来たんや」
お鹿は、ぐいと千鶴を睨みつけ、吐き出すように続けた。
「せんせ、こんなとこにおらんと、もっと遠いとこへ行ってくれまへんやろか。ここやと永倉はんにおうてしまうかも知れへん。うちはな、永倉はんをうちのもんにしたい。元々はうちは永倉はんの馴染みやったさかい、元の鞘に戻るだけの話や。せやから、あんたはんは、邪魔やわぁ。せやからもっと遠くへ去んでほしいんや」
お鹿の紅い唇が、毒のような言葉を吐き続ける。千鶴は、ここへ来た日に原田へ言ったことを噛み締めていた。 忘れられないのだ。永倉にどんな目で見られても、忘れられないのだ。
「・・・嫌です」
お鹿が話を止めた。
「永倉先生が私をどのようにお考えでも・・・。私は、永倉先生を想う事を止めません」
お鹿の目の周りが怒りでさっと赤くなった。
「懲りんお人やね、せんせも。永倉はんは、もうせんせのことは、嫌うてはるで。うちが色々吹き込んだよって。新撰組にも、もうせんせの戻らはる場所は、おへんよ」
「それでも」
千鶴は、永倉の太陽のような笑みを思い浮かべながら、言った。
「私は、永倉先生を想ってます」
お鹿がさっと立ち上がり、千鶴の前へ進むと同時に手を上げた。千鶴が一瞬目を閉じ、それでも戦おうと目を開けたとき、目の前でお鹿の腕を握っているのは、永倉だった。
「永倉先生・・・?」
思いがけず永倉がいることに、お鹿も動転し、なすすべもなく立ち尽くしている。永倉は燃えるような目で、お鹿を睨みつけている。
「・・・お鹿。おめぇ、色々と画策してくれたな」
じゃり、と音がして庭を見ると、原田が立っていた。
「お鹿、お前に千鶴先生のいる場所を伝えたら、絶対に来ると思ってよ。お前が今日屯所を出たから、新八を連れてきたんだ」
原田が縁側から部屋へ上がる。
「山崎にお前のことを調べさせた。お前、別れた旦那がばくちに狂ったってのは嘘だな。お前が勝手に間男作って、追い出されたんだろうが。その男に貢ぐために、店の金にまで手をつけてよ」
永倉に腕をつかまれたお鹿は、原田を睨みつけている。
「で、お前は昔の馴染みの新八を思い出した。優しい、頼りになる永倉せんせ、をな。演技してる間に、本当にやけぼっくいに火がついたか?だが、そう思ったのは、お前だけだったみたいだぜ」
原田が、永倉の横に立った。
「お前のことは、新八にとっちゃ、あくまで『昔の』馴染みなんだよ」
原田は永倉からお鹿の腕を放すと、お鹿を促した。お鹿は千鶴を見、永倉を見、最後にふん、と鼻を鳴らして、原田に連れられていった。
部屋に残されたのは、千鶴と永倉である。千鶴は床に座ったまま、俯いている。永倉は、そっと千鶴の前に座った。 ただ、沈黙だけが過ぎていく。だがそれは、屯所を出る頃のように、居心地の悪いものではなかった。お鹿という禍々しい存在が来る前に感じていた、穏やかな沈黙だった。
ぼそりと、永倉が言った。
「すまねぇな」
千鶴はゆっくりと首を振った。
「千鶴ちゃんを信じなくて・・・。すまねぇ。本当に」
千鶴は顔を上げた。涙はなかった。
「私が悪いんです。お鹿さんに、もっと早く立ち向かえばよかった。おかしいと思ったときに、永倉先生に相談すればよかったんです」
永倉が、千鶴の手を握った。千鶴が握り返す。 最後にお鹿が永倉を見たとき。女の千鶴にしかわからなかっただろう。ほんの刹那、お鹿の表情に、女の悲しみが浮かんでいた。原田の言うように、お鹿はわが身の安定を得るために永倉に近づいたのだろうが、そこから永倉への本物の気持ちが生まれたのではないだろうか。だからこそ、永倉と千鶴の間のはっきりしないが確かにある繋がりを絶つために、千鶴を陥れようとしたのではないだろうか。 帰ろう、と永倉に促された。 千鶴はお鹿のことを頭からふるい落とすように、勢いよく立ち上がった。
「せんせ、おひさしぶりどす」
固まったままの千鶴を見上げ、お鹿が言った。
「あげてくれまへんの?それとも、こうやって玄関でお話、しましょか?」
はっとわれに返った千鶴は混乱しながらもお鹿を部屋へあげた。お茶を、と言って去ろうとすると、お鹿に呼び止められた。
「かまわんといとくりゃす。お茶飲みにきたわけやおへんから」
お鹿は千鶴に座るように促した。
「せんせ、今日来たんはな、せんせに話をしに来たんや」
お鹿は、ぐいと千鶴を睨みつけ、吐き出すように続けた。
「せんせ、こんなとこにおらんと、もっと遠いとこへ行ってくれまへんやろか。ここやと永倉はんにおうてしまうかも知れへん。うちはな、永倉はんをうちのもんにしたい。元々はうちは永倉はんの馴染みやったさかい、元の鞘に戻るだけの話や。せやから、あんたはんは、邪魔やわぁ。せやからもっと遠くへ去んでほしいんや」
お鹿の紅い唇が、毒のような言葉を吐き続ける。千鶴は、ここへ来た日に原田へ言ったことを噛み締めていた。 忘れられないのだ。永倉にどんな目で見られても、忘れられないのだ。
「・・・嫌です」
お鹿が話を止めた。
「永倉先生が私をどのようにお考えでも・・・。私は、永倉先生を想う事を止めません」
お鹿の目の周りが怒りでさっと赤くなった。
「懲りんお人やね、せんせも。永倉はんは、もうせんせのことは、嫌うてはるで。うちが色々吹き込んだよって。新撰組にも、もうせんせの戻らはる場所は、おへんよ」
「それでも」
千鶴は、永倉の太陽のような笑みを思い浮かべながら、言った。
「私は、永倉先生を想ってます」
お鹿がさっと立ち上がり、千鶴の前へ進むと同時に手を上げた。千鶴が一瞬目を閉じ、それでも戦おうと目を開けたとき、目の前でお鹿の腕を握っているのは、永倉だった。
「永倉先生・・・?」
思いがけず永倉がいることに、お鹿も動転し、なすすべもなく立ち尽くしている。永倉は燃えるような目で、お鹿を睨みつけている。
「・・・お鹿。おめぇ、色々と画策してくれたな」
じゃり、と音がして庭を見ると、原田が立っていた。
「お鹿、お前に千鶴先生のいる場所を伝えたら、絶対に来ると思ってよ。お前が今日屯所を出たから、新八を連れてきたんだ」
原田が縁側から部屋へ上がる。
「山崎にお前のことを調べさせた。お前、別れた旦那がばくちに狂ったってのは嘘だな。お前が勝手に間男作って、追い出されたんだろうが。その男に貢ぐために、店の金にまで手をつけてよ」
永倉に腕をつかまれたお鹿は、原田を睨みつけている。
「で、お前は昔の馴染みの新八を思い出した。優しい、頼りになる永倉せんせ、をな。演技してる間に、本当にやけぼっくいに火がついたか?だが、そう思ったのは、お前だけだったみたいだぜ」
原田が、永倉の横に立った。
「お前のことは、新八にとっちゃ、あくまで『昔の』馴染みなんだよ」
原田は永倉からお鹿の腕を放すと、お鹿を促した。お鹿は千鶴を見、永倉を見、最後にふん、と鼻を鳴らして、原田に連れられていった。
部屋に残されたのは、千鶴と永倉である。千鶴は床に座ったまま、俯いている。永倉は、そっと千鶴の前に座った。 ただ、沈黙だけが過ぎていく。だがそれは、屯所を出る頃のように、居心地の悪いものではなかった。お鹿という禍々しい存在が来る前に感じていた、穏やかな沈黙だった。
ぼそりと、永倉が言った。
「すまねぇな」
千鶴はゆっくりと首を振った。
「千鶴ちゃんを信じなくて・・・。すまねぇ。本当に」
千鶴は顔を上げた。涙はなかった。
「私が悪いんです。お鹿さんに、もっと早く立ち向かえばよかった。おかしいと思ったときに、永倉先生に相談すればよかったんです」
永倉が、千鶴の手を握った。千鶴が握り返す。 最後にお鹿が永倉を見たとき。女の千鶴にしかわからなかっただろう。ほんの刹那、お鹿の表情に、女の悲しみが浮かんでいた。原田の言うように、お鹿はわが身の安定を得るために永倉に近づいたのだろうが、そこから永倉への本物の気持ちが生まれたのではないだろうか。だからこそ、永倉と千鶴の間のはっきりしないが確かにある繋がりを絶つために、千鶴を陥れようとしたのではないだろうか。 帰ろう、と永倉に促された。 千鶴はお鹿のことを頭からふるい落とすように、勢いよく立ち上がった。
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