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あくる日、お鹿は風呂敷包みをひとつ抱えてやってきた。部屋は他の女中達とは同じではなく、小さいながらも一部屋与えられた。それだけで、女中扱いではない、といっているようなものであった。 だが、お鹿はよく働いた。掃除も台所仕事も自分からやり、千鶴が使うさらしなども洗ってくれた。隊士たちにも女中達からも評判がよく、お鹿は屯所に慣れ親しんだように見えた。
だんだんとお鹿と話す機会が増えてくると、お鹿は千鶴に何が起こったのかを話し始めた。優しかった夫は商売仲間にそそのかされて博打にはまった。使用人を一人置くだけの小さな店は、あっという間に傾き、夫は酒におぼれた。借金がかさみ、借金取りが家に来るようになり、お鹿は
「昔、実家に借金取りが来て、耐え切れなくなった親が私を売ったときとそっくりだった」
と言った。
「だから、また売られて地獄を見るより、自分から逃げ出したのだ」と。
もとより、夫が身請け金を払ったわけではない。自由の身であるお鹿は、さてどこへ行こうと途方にくれたとき、昔の馴染みで、羽振りのよい新撰組幹部の永倉を思い出した、というわけだ。
「千鶴せんせには申し訳ないんどすけど、今しばらくここにおさせておくれやす」
頭を下げられて、申し訳ないなど、私は何も、などと真っ赤になって千鶴は手を顔の前で振った。
そんな日が一月ほどたったころ。 千鶴は、異変に気づいていた。 自分のところへ来る隊士たちの数が、減っている。どうやら、山崎のほうへ行っているようだ。もちろん山崎も医術を心得ているから、ある程度の傷は簡単に治せる。だが本来の仕事である監察方が忙しく、屯所にいるときは少ない。そういったとき、隊士たちは、お鹿の元へいくのだ。 お鹿では治せない怪我のときは千鶴の元へ来るが、治療が終わるとそそくさと部屋を出て行く。中にはあからさまにつっけんどんな態度をとる隊士も出始め、千鶴の困惑は深まった。
ある晩のこと。廊下を歩く千鶴を呼び止めた隊士がいた。
「先生、お話があります」
眉を寄せたその顔は、不快感を漂わせていた。
「先生、お鹿さんに厳しすぎませんか?」
言われて、一瞬頭が白くなる。なんのことだろう?
「お鹿さんが泣いていました。先生に、大事な書類をなくしたと責められたと」
千鶴は昼間のことを思い出した。診療室をお鹿が片付けてくれたのだが、重ねてあった書類を文机から落としてしまい、一緒に拾ったのだ。書類が無くなったなど、いわれなかった。 千鶴が言葉をなくしていると、隊士は続けた。
「このところ、先生の振る舞いはいかがかと思います。お鹿さんに厳しく当たられる理由はわかりませんが、他の隊士の目もあります。自重されるのがよろしいかと存じます」
去っていく隊士の背中を見つめながら、千鶴はただ呆然と立ち尽くしていた。
原田の部屋の外から、男が声を掛けた。
「失礼します」
原田を訪れたのは、山崎であった。
「おう、すまねぇな、山崎。いそがしいのによ」
「いえ、お尋ねのこと、調べてまいりました。」
原田は隊士たちが千鶴に批判的な態度をとり始めたことに気がついていた。こぼれ聞くのは、お鹿への同情的な言葉ばかりだった。何か感づくことがあった原田は、山崎にお鹿を調べるよう頼んでいたのだ。報告を終えた山崎が部屋を出た後、原田の部屋の灯りはしばらく消えなかった。
そのころから、お鹿の千鶴に対する態度はあからさまに変わっていった。隊士たちがそばにいるときは普通に接するが、いなくなると態度に表れる。だが千鶴には見に覚えの無いことで、お鹿に対してどう接していいかわからなかった。そして、永倉だ。お鹿が、いつも永倉のそばにいる。もう千鶴が買出しに行く際に、永倉が一緒に来ることはなくなった。永倉の空いた時間を見計らって、お鹿がなにかと理由をつけてそばによるのだ。買出しは、千鶴が一人で行くようになった。 お鹿が来てから3ヶ月。このころにはもう千鶴は完全に孤立していた。一度永倉とすれ違ったとき、苦笑交じりの永倉に言われたのだ。
「先生とお鹿、仲良くやってけると思ったんだけどよ」
いったいお鹿が永倉に何を吹き込んでいるのかと思うと、たまらず千鶴は部屋に駆け込んで、思い切り泣き明かした。それ以来、千鶴は自分から人を避けるようになった。幹部達はそれでもかわらず接してくれたが、彼らも忙しい。必然的に、千鶴は一人になって、孤独を深めていった。
だんだんとお鹿と話す機会が増えてくると、お鹿は千鶴に何が起こったのかを話し始めた。優しかった夫は商売仲間にそそのかされて博打にはまった。使用人を一人置くだけの小さな店は、あっという間に傾き、夫は酒におぼれた。借金がかさみ、借金取りが家に来るようになり、お鹿は
「昔、実家に借金取りが来て、耐え切れなくなった親が私を売ったときとそっくりだった」
と言った。
「だから、また売られて地獄を見るより、自分から逃げ出したのだ」と。
もとより、夫が身請け金を払ったわけではない。自由の身であるお鹿は、さてどこへ行こうと途方にくれたとき、昔の馴染みで、羽振りのよい新撰組幹部の永倉を思い出した、というわけだ。
「千鶴せんせには申し訳ないんどすけど、今しばらくここにおさせておくれやす」
頭を下げられて、申し訳ないなど、私は何も、などと真っ赤になって千鶴は手を顔の前で振った。
そんな日が一月ほどたったころ。 千鶴は、異変に気づいていた。 自分のところへ来る隊士たちの数が、減っている。どうやら、山崎のほうへ行っているようだ。もちろん山崎も医術を心得ているから、ある程度の傷は簡単に治せる。だが本来の仕事である監察方が忙しく、屯所にいるときは少ない。そういったとき、隊士たちは、お鹿の元へいくのだ。 お鹿では治せない怪我のときは千鶴の元へ来るが、治療が終わるとそそくさと部屋を出て行く。中にはあからさまにつっけんどんな態度をとる隊士も出始め、千鶴の困惑は深まった。
ある晩のこと。廊下を歩く千鶴を呼び止めた隊士がいた。
「先生、お話があります」
眉を寄せたその顔は、不快感を漂わせていた。
「先生、お鹿さんに厳しすぎませんか?」
言われて、一瞬頭が白くなる。なんのことだろう?
「お鹿さんが泣いていました。先生に、大事な書類をなくしたと責められたと」
千鶴は昼間のことを思い出した。診療室をお鹿が片付けてくれたのだが、重ねてあった書類を文机から落としてしまい、一緒に拾ったのだ。書類が無くなったなど、いわれなかった。 千鶴が言葉をなくしていると、隊士は続けた。
「このところ、先生の振る舞いはいかがかと思います。お鹿さんに厳しく当たられる理由はわかりませんが、他の隊士の目もあります。自重されるのがよろしいかと存じます」
去っていく隊士の背中を見つめながら、千鶴はただ呆然と立ち尽くしていた。
原田の部屋の外から、男が声を掛けた。
「失礼します」
原田を訪れたのは、山崎であった。
「おう、すまねぇな、山崎。いそがしいのによ」
「いえ、お尋ねのこと、調べてまいりました。」
原田は隊士たちが千鶴に批判的な態度をとり始めたことに気がついていた。こぼれ聞くのは、お鹿への同情的な言葉ばかりだった。何か感づくことがあった原田は、山崎にお鹿を調べるよう頼んでいたのだ。報告を終えた山崎が部屋を出た後、原田の部屋の灯りはしばらく消えなかった。
そのころから、お鹿の千鶴に対する態度はあからさまに変わっていった。隊士たちがそばにいるときは普通に接するが、いなくなると態度に表れる。だが千鶴には見に覚えの無いことで、お鹿に対してどう接していいかわからなかった。そして、永倉だ。お鹿が、いつも永倉のそばにいる。もう千鶴が買出しに行く際に、永倉が一緒に来ることはなくなった。永倉の空いた時間を見計らって、お鹿がなにかと理由をつけてそばによるのだ。買出しは、千鶴が一人で行くようになった。 お鹿が来てから3ヶ月。このころにはもう千鶴は完全に孤立していた。一度永倉とすれ違ったとき、苦笑交じりの永倉に言われたのだ。
「先生とお鹿、仲良くやってけると思ったんだけどよ」
いったいお鹿が永倉に何を吹き込んでいるのかと思うと、たまらず千鶴は部屋に駆け込んで、思い切り泣き明かした。それ以来、千鶴は自分から人を避けるようになった。幹部達はそれでもかわらず接してくれたが、彼らも忙しい。必然的に、千鶴は一人になって、孤独を深めていった。