策
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永倉に客が来ている、と小耳に挟んだ。それが、いい女だ、とも。 どくん、と千鶴の心臓がはねた。はっきりと気持ちを伝え合ったわけではないが、時折買出しについてきてくれるとき、人気ない場所ではそっと手をつないでくれるようになった。もちろんそういった場所は足元のおぼつかない荒れた道のことも多く、千鶴を心配してくれていると取ることもできるが、手をつなぎ、無言でただ歩き続ける行為の中に、お互いの手を通して気持ちが通っているようなそんな気がしていた。
なので、女の客、と聞いて千鶴の心が騒がないはずが無い。治療室から出たときに、女がいるという座敷を廊下からそっと覗いてみた。
「あっ・・・」
女に覚えがあった。 半年くらい前。まだ永倉に対する気持ちに、自分自身気づかなかったころ。買出しに永倉が付き合ってくれ共に町を歩いていたとき、声がかかった。
「永倉はん?」
二人同時に振り向くと、垢抜けた女が立っていた。いや、着物は高価なものではなかったし、髪も質素にまとめていて、どこか商人の女房といった風情だったが、女自身に磨かれた感があった。
「永倉はんですやろ?お久しぶりどすなぁ」
永倉は少し黙った後、「ああ!」と声を上げて、いつものごとく、太陽のような笑みを向けた。
「お鹿じゃねぇか!驚いたな、まったく見違えちまってよお!」
「本当にお久しぶりどす。永倉はん、こちらの方は永倉はんの・・・?」
にこりと目を細めて千鶴を見ながら話すお鹿と呼ばれた女の声には、永倉をからかうような響きがある。永倉は真っ赤になって、
「い、いや、そんなんじゃねぇぞ!こちらは新撰組付のお医者さんだ。お鹿も聞いてねぇか?信じられねぇ医術を身に着けた医者の話をよ。こちらがその千鶴先生だぜ」
まるで自分がその医師だ、といわんばかりの勢いで、自慢げに千鶴をお鹿に紹介した。お鹿も千鶴のことは噂で聞いていたらしく、もしも夫が病気になったら見てもらいたい、近所には藪しかいないから、といったことをいい、挨拶をして別れた。 それ以来すっかり忘れていたが・・・
「気になるよね」
ひっと振り向いた千鶴の背後には、いつの間にやら沖田が立っていた。
「先生、いつも申しておりますが、黙って背後に立つのはおやめください!」
「気にならない?新八さんに女の客だって」
永倉との関係は表立っては何も無いのだから、皆が気づくはずも無いのだが、沖田は何か気づいているような気がする。
「あの方は・・・存じ上げてます。もともとは芸妓で、永倉先生のなじみだったと・・・」
沖田はすっと猫のように目を細めて言った。
「馴染みって意味、わかってんの?」
ぐっと、千鶴は詰まった。島原の芸妓は芸を売って体は売らぬ、とはいえ、男と女が酒を飲んですごす場所で、それで済むわけもない。飛ぶ鳥落とす勢いの新撰組二番組組長の永倉がもてないわけもなく、馴染みといえば、そういうことだろう。
「知って・・・ますよ」
「ふぅ~ん・・・。で、新八さんは何て説明したの?」
「何てって・・・。昔の馴染みの芸妓さんで、商人に身請けされたって、その人と夫婦になられたと・・・」
くすり、と沖田が笑った。
「半分正解、半分嘘」
沖田は千鶴の背中にくっつき、千鶴の肩にあごを乗っけるようにして耳に囁いた。
「先生、芸妓を身請けするのって、安かないよ?お鹿はまだ若いから、身請けされたころはまだ借金が一杯あって、身請け金は高かったはずだよ。その辺の商人風情じゃ、まぁ無理だよね」
何を言うのだろう、と千鶴は身を硬くして続きを待った。お鹿は、人のいない座敷でぽつんと座っている。
「商家に嫁いだのは本当さ。でも、身請けしたのは」
沖田は楽しむように、一呼吸置いた。
「新八さんだよ」
ざわり、と胸の中で何かがうごめいた。
「昔ね、芹沢さんって人がいたんだ」
気づけば沖田は千鶴の腕をつかんでいる。
「素行の悪い人でさ、結局は僕達が斬っちゃったんだけど・・・。その人が振られた腹いせに、お鹿と小寅って芸妓の髪を切っちゃったんだ。新八さんもその場にいたらしいんだけど、止められなかったって。それで、罪滅ぼしに大金はたいて身請けして、自由になったお鹿は適当なところへ収まったってことだよ。」
千鶴の腕をつかんでいた沖田の手は、千鶴の肩から前にまわされ、沖田はまるで千鶴を後ろから抱きしめるような形になった。
「助けてもらったお鹿が、今更新八さんに何の用だろうね・・・?」
固まる千鶴の首筋に、沖田の唇が触れようとしたそのとき、
「総司!」
ぱっと沖田が振り返ると、原田が廊下のはしから睨んでいた。
「総司、何してやがる?」
ふふ、と沖田は千鶴のそばを離れると、「色々と教えてあげてたんだよ。」といいながら去っていった。
「どうした、先生。何を言われた?」
近寄る原田になんといおうと千鶴がまごついたとき、永倉の声がした。振り向くと、お鹿のいる座敷に永倉が到着したところだった。
「ありゃぁ・・・お鹿か?」
原田がつぶやいたとき、お鹿が顔を覆って俯き、永倉は慌てて座敷へ入り、障子が閉められた。胸の中の何かが、ざわりざわりと動きを早める。原田への挨拶もそこそこに、千鶴はその場を離れた。
隊士達の手当てに忙しいまま、夜になった。やっとの思いで食事を取っていると、局長の近藤がやってきた。
「やぁ先生、ちょっといいかな?」
「近藤局長、お疲れ様です。いかがなさいましたか?」
「実は、永倉君の頼みで、人を一人置くことになった。」
ざわり。
「永倉君の知り合いで、いや私も知っているのだが、お鹿という女だ。事情があって、行くところがないということで、行き先が定まるまで、屯所内で女中のようなことをしてもらうことにした。女同士、先生に気にかけてやって欲しいんだ」
ざわり。胸の中で、なにかが蠢く。
「・・・わかりました。とはいっても、私は治療ばかりで、何かお役に立てるかどうか・・・」
「いや、お鹿も男所帯に来て不安だろうから、仲良くしてやってくれればいいんだ。気立てのいい女だから、先生ともうまくやっていけると思うんだ」
千鶴は、初めてあったときのことを思い出した。にこりと笑ったお鹿の顔は、悪意があるようには見えなかった。夫の健康のことを心配する、普通の女房だった。行き先が無いというのは気にかかるが、ここは近藤の申し出を納得するしかなかった。
なので、女の客、と聞いて千鶴の心が騒がないはずが無い。治療室から出たときに、女がいるという座敷を廊下からそっと覗いてみた。
「あっ・・・」
女に覚えがあった。 半年くらい前。まだ永倉に対する気持ちに、自分自身気づかなかったころ。買出しに永倉が付き合ってくれ共に町を歩いていたとき、声がかかった。
「永倉はん?」
二人同時に振り向くと、垢抜けた女が立っていた。いや、着物は高価なものではなかったし、髪も質素にまとめていて、どこか商人の女房といった風情だったが、女自身に磨かれた感があった。
「永倉はんですやろ?お久しぶりどすなぁ」
永倉は少し黙った後、「ああ!」と声を上げて、いつものごとく、太陽のような笑みを向けた。
「お鹿じゃねぇか!驚いたな、まったく見違えちまってよお!」
「本当にお久しぶりどす。永倉はん、こちらの方は永倉はんの・・・?」
にこりと目を細めて千鶴を見ながら話すお鹿と呼ばれた女の声には、永倉をからかうような響きがある。永倉は真っ赤になって、
「い、いや、そんなんじゃねぇぞ!こちらは新撰組付のお医者さんだ。お鹿も聞いてねぇか?信じられねぇ医術を身に着けた医者の話をよ。こちらがその千鶴先生だぜ」
まるで自分がその医師だ、といわんばかりの勢いで、自慢げに千鶴をお鹿に紹介した。お鹿も千鶴のことは噂で聞いていたらしく、もしも夫が病気になったら見てもらいたい、近所には藪しかいないから、といったことをいい、挨拶をして別れた。 それ以来すっかり忘れていたが・・・
「気になるよね」
ひっと振り向いた千鶴の背後には、いつの間にやら沖田が立っていた。
「先生、いつも申しておりますが、黙って背後に立つのはおやめください!」
「気にならない?新八さんに女の客だって」
永倉との関係は表立っては何も無いのだから、皆が気づくはずも無いのだが、沖田は何か気づいているような気がする。
「あの方は・・・存じ上げてます。もともとは芸妓で、永倉先生のなじみだったと・・・」
沖田はすっと猫のように目を細めて言った。
「馴染みって意味、わかってんの?」
ぐっと、千鶴は詰まった。島原の芸妓は芸を売って体は売らぬ、とはいえ、男と女が酒を飲んですごす場所で、それで済むわけもない。飛ぶ鳥落とす勢いの新撰組二番組組長の永倉がもてないわけもなく、馴染みといえば、そういうことだろう。
「知って・・・ますよ」
「ふぅ~ん・・・。で、新八さんは何て説明したの?」
「何てって・・・。昔の馴染みの芸妓さんで、商人に身請けされたって、その人と夫婦になられたと・・・」
くすり、と沖田が笑った。
「半分正解、半分嘘」
沖田は千鶴の背中にくっつき、千鶴の肩にあごを乗っけるようにして耳に囁いた。
「先生、芸妓を身請けするのって、安かないよ?お鹿はまだ若いから、身請けされたころはまだ借金が一杯あって、身請け金は高かったはずだよ。その辺の商人風情じゃ、まぁ無理だよね」
何を言うのだろう、と千鶴は身を硬くして続きを待った。お鹿は、人のいない座敷でぽつんと座っている。
「商家に嫁いだのは本当さ。でも、身請けしたのは」
沖田は楽しむように、一呼吸置いた。
「新八さんだよ」
ざわり、と胸の中で何かがうごめいた。
「昔ね、芹沢さんって人がいたんだ」
気づけば沖田は千鶴の腕をつかんでいる。
「素行の悪い人でさ、結局は僕達が斬っちゃったんだけど・・・。その人が振られた腹いせに、お鹿と小寅って芸妓の髪を切っちゃったんだ。新八さんもその場にいたらしいんだけど、止められなかったって。それで、罪滅ぼしに大金はたいて身請けして、自由になったお鹿は適当なところへ収まったってことだよ。」
千鶴の腕をつかんでいた沖田の手は、千鶴の肩から前にまわされ、沖田はまるで千鶴を後ろから抱きしめるような形になった。
「助けてもらったお鹿が、今更新八さんに何の用だろうね・・・?」
固まる千鶴の首筋に、沖田の唇が触れようとしたそのとき、
「総司!」
ぱっと沖田が振り返ると、原田が廊下のはしから睨んでいた。
「総司、何してやがる?」
ふふ、と沖田は千鶴のそばを離れると、「色々と教えてあげてたんだよ。」といいながら去っていった。
「どうした、先生。何を言われた?」
近寄る原田になんといおうと千鶴がまごついたとき、永倉の声がした。振り向くと、お鹿のいる座敷に永倉が到着したところだった。
「ありゃぁ・・・お鹿か?」
原田がつぶやいたとき、お鹿が顔を覆って俯き、永倉は慌てて座敷へ入り、障子が閉められた。胸の中の何かが、ざわりざわりと動きを早める。原田への挨拶もそこそこに、千鶴はその場を離れた。
隊士達の手当てに忙しいまま、夜になった。やっとの思いで食事を取っていると、局長の近藤がやってきた。
「やぁ先生、ちょっといいかな?」
「近藤局長、お疲れ様です。いかがなさいましたか?」
「実は、永倉君の頼みで、人を一人置くことになった。」
ざわり。
「永倉君の知り合いで、いや私も知っているのだが、お鹿という女だ。事情があって、行くところがないということで、行き先が定まるまで、屯所内で女中のようなことをしてもらうことにした。女同士、先生に気にかけてやって欲しいんだ」
ざわり。胸の中で、なにかが蠢く。
「・・・わかりました。とはいっても、私は治療ばかりで、何かお役に立てるかどうか・・・」
「いや、お鹿も男所帯に来て不安だろうから、仲良くしてやってくれればいいんだ。気立てのいい女だから、先生ともうまくやっていけると思うんだ」
千鶴は、初めてあったときのことを思い出した。にこりと笑ったお鹿の顔は、悪意があるようには見えなかった。夫の健康のことを心配する、普通の女房だった。行き先が無いというのは気にかかるが、ここは近藤の申し出を納得するしかなかった。
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