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おねえちゃんのカレシ

「小鳥ちゃん、もう遊べないよ」
「なんで?」
「オレさ、小鳥ちゃんのおねえちゃんとお別れしたんだ。……わかるかな……」
「……わかるよ」
「だからもう遊べないんだ」
「……なんで?」

 お別れしたのはおねえちゃんなのに、なんで私とも遊べなくなっちゃうんだろう。
 悲しい気持ちになる。おねえちゃんばっかりずるい。私の欲しいものはみんなおねえちゃんが持ってる。

「小鳥ちゃんにはね、おねえちゃんのお下がりじゃなくて、ちゃんと小鳥ちゃんだけのステキなカレシが出来ると思うよ」

 そういったシンヤくんは困ったような顔のまま笑っていた。
 シンヤくんはスマホをコートのポケットから取り出すと、素早く画面をタップする。

「小鳥ちゃん。変な事言ってごめんね。ちゃんとおねえちゃんにはメッセージを入れておいたから、怒られないと思うよ。ほら……」

 シンヤくんが私の背後を指差す。
 振り返ると、ちょっと怒ったような顔をしたおねえちゃんがこちらに歩いてくるところだった。

「じゃあね、小鳥ちゃん。バイバイ」

 背中で、シンヤくんの声が聞こえた。
 私は、おねえちゃんが目の前にやってくるまで、動くことが出来なかった。結局バイバイも言えないまま、シンヤくんはいなくなってしまった。
 お家に帰ると、お母さんはやっぱりちょっと怒っていた。
 もう、晩御飯ばんごはんは出来ていて、私が手を洗ってテーブルに付くと「いただきます」をする。

「どうだったの? 楽しかったの?」

 そう聞いてくるお母さんに「うん」と答えた。

「まったく、あんたは本当に……おねえちゃんの持ってるものなんでも欲しがるんだから」
「だって、おねえちゃんは私の欲しい物なんでも持ってるんだもん」
「あのねえ、ののちゃんだって、絵本だって、ピアノだって、みんなあんたにあげたでしょう?」

 おねえちゃんが肩をすくめながら言う。

「そうよ」

 お母さんがため息をつく。

「あんた、欲しい欲しいって大騒ぎする割には、もらった後はほったらかしでしょ」
「だって、お下がりじゃなくて新しいのが欲しいんだもん」
「本当に欲しいんだったら、もらったら大切にするじゃない? あんたはもらっちゃったらほったらかしじゃないの。そんなんだから新しいものも買ってもらえないのよ」

 おねえちゃんに言われて、私は悔しくて泣きたくなった。
 なんでも新品を持ってるおねえちゃんになんか、言われたくない。

「ごちそうさま」
「え? もういらないの? ハンバーグまるまる一つ残ってるじゃないの?」
「いらない。ホットケーキおごってもらったもん」

 私はそう言って、ダイニングをあとにする。
 後ろでお母さんとおねえちゃんが何か言ってたけど、その声を私はもう聞いていなかった。
 自分の部屋に入る。
 壁際に二段のおもちゃ箱がある。
 ののちゃんも、絵本も、ぬいぐるみも、パズルもおままごとセットも、みんなそこに折り重なって入っている。おもちゃ箱の隣に吊るされている小学校の制服も、おねえちゃんが着ていたものだ。
 私は、おもちゃ箱のののちゃんに手を伸ばした。
 おねえちゃんがうらやましくて、本当に欲しかったお人形。
 でも。このののちゃんは、おねえちゃんのじゃないか。
 そう思って、ののちゃんの顔をじっと見つめた。
 ののちゃんは、なんにも言わないで、ただ、ちょっとだけ笑っている。

『もう遊べないよ』

 声が聞こえた。

「どうして?」
『だって、ワタシはおねえちゃんのお下がりだもん。小鳥ちゃんはいらないんでしょう?』

 ののちゃんの瞳が、私を見つめていた。

『小鳥ちゃんは、ワタシのこと、いらないんでしょう?』
「ちがう! ちがうよ! 私はののちゃんのことは好きなんだよ?」

 そう言ったのに、ののちゃんの目はもう笑ってない。なんで、そんな悲しそうな目をしてるの?
 ののちゃんとシンヤくんの目が、重なるように私を見つめていた。
 私は胸が苦しくなった。




 その後も、おねえちゃんは相変わらずきれいで勉強もできて、みんなにちやほやされている……と思う。
 それに、新しいカレシが出来たらしい。スマホで写真を見せてもらった。
 シンヤくんは優しい感じだったけど、今度のカレシはちょっとワイルドって感じの人。バスケをやってるんだって。
 かっこいい人だと思った。けど、不思議な事にうらやましいとは思わなかった。
 私は、おねえちゃんに新しいカレシの写真を見せてもらった日に、お部屋の大掃除をした。
 おもちゃ箱に入れっぱなしだったおもちゃを、可燃物のゴミ袋にどんどんと捨てていく。

「ちょっと、小鳥! これまだ使えるんじゃない?」

 ゴミ袋の中をのぞいたお母さんが悲鳴を上げる。

「私はいらないもん。学校のバザーにでも出したらいいんじゃないの?」
「ああ、それいいわね」

 お母さんは私が捨てたおもちゃの中から使えそうなものを引っ張り出している。お母さんは物を捨てるのが苦手なんだって。だからって、何でもかんでもとっておいたら、大切なものがわからなくなっちゃうよ。まったく。
 私は、お母さんに負けずに、おもちゃ箱からどんどんいらないおもちゃを取り出していく。
 おままごとセットもバイバイ。もう、おままごとなんてしない。指人形もバイバイ。ちびた色鉛筆にもバイバイ。
 そうやってどんどん捨てていったら、おもちゃ箱がスカスカのカラッカラになった。
 そうして、私は、わきによけてあったののちゃんを抱き上げると、おもちゃ箱の上にそっと座らせてあげた。

「あら、ののちゃんは? 捨てないの? お人形遊びなんてもうしないんじゃないの?」

 お母さんは頬に手を当てて、首を傾げた。

「ののちゃんは、私の大切なお友達なの」

 私はののちゃんを見つめた。ののちゃんも私を見つめている。

「そう、わかったわ、と、どっこいしょ……」

 お母さんはぱんぱんになったゴミ袋を、サンタクロースみたいに持ち上げる。重たいわね、なんて言いながら部屋を出ていった。
 バイバイ。
 お母さんの背中のゴミ袋に向かって、私は心のなかで、お別れをした。



 坂道の上には、高校がある。
 学校が終わって、正門から生徒がどんどんと流れてくる。
 坂道を下りた先はT字路になっていて、私はそこで、高校を真正面に見上げながら、吐き出されてくる高校生の波を見上げていた。
 生徒の波の中に、おねえちゃんの姿が見えた。隣には背が高くて、がっしりとした感じの男の子がいる。あの人は、今のおねえちゃんのカレシ。
 私に気づいたおねえちゃんが小走りになってこちらへ駆け下りてきた。カレシもその後ろをついてくる。

「小鳥! またこんなところで! どうしたの?」

 走ってきたおねえちゃんの息が弾んでいる。
 私は、おねえちゃんの隣に並んだ男の人を見上げたて「こんにちは」とあいさつをする。

「小鳥です。はじめまして」

 そう自己紹介をしてから、今度はおねえちゃんに「私、おねえちゃんを待ってたんじゃないよ」と言った。
 その時、視線の先で、探していた人を見つけた。
 その人もこちらに気づいたみたいなんだけど、何事もなかったかのようにふっと視線を外して、通りの向こうを右に折れていく。

「おねえちゃんごめん! 私行くね。ちゃんと、五時までに帰るよ!」

 そう言うと、私は彼を追って走り出した。

「ちょっと! 小鳥!? もう……っ!」

 おねえちゃんの声が小さくなっていく。
 信号機のある十字路に差し掛かった。
 彼は道路を挟んで反対側にいるから、渡りたいんだけど、信号が……。
 待って! と叫ぼうとしたけれど、信号機の手前で立ち止まった彼が、びっくりしたような顔をしてこちらを見ていたから、叫ぶのはやめにした。
 信号が青になると、横断歩道を渡って、彼の前に立った。全速力で追いかけたから、息が切れて声にならない。

「小鳥ちゃん? どうしたの?」

 シンヤくんは目を大きく開いて私を見下ろしている。

「シンヤくんっ!」

 吐き出す息と一緒に、ようやくシンヤくんの名前を呼んだ。

「あのね、私ね、シンヤくんに、言いたいことが、あってっ!」
「うん。大丈夫だから、ちょっと落ち着いて?」

 人の流れを避けるようにシンヤくんに引っ張られて道路の隅に寄る。
 すーはーすーはー。何度も深呼吸をしたら、だんだん呼吸が整ってきた。

「落ち着いた?」

 頭の上からシンヤくんの声がした。

「あの、シンヤくん。これ、私の大切なののちゃんなの。おねえちゃんのお下がりだけど、私の大切なお友達なの!」

 私は手にしていた人形の脇の下に手をいれて、シンヤくんに向かって掲げてみせた。シンヤくんは首を傾げて、やっぱりびっくりしたみたいな顔をしている。

「シンヤくんに見せたかったの。それで……それでね」

 いったん落ち着いたはずの呼吸がまた苦しくなって、胸がドキドキとしてくる。

「私とお友達になって下さい!」

 そう言って、勢いよく頭を下げた。
 もう、心臓が口から飛び出しそうだった。胸に抱いたののちゃんを、ギュッと抱きしめる。
 目の前にシンヤくんがかがんでくれたのがわかって、私は顔を上げた。
 顔を上げたとたんにシンヤくんの笑顔があった。
シンヤくんが「よろしくね」といって差し出してくれた手を握る。

「で。今日はどこに行くの?」

 立ち上がったシンヤくんがきいた。

「今日はね、あんまり遊べないの。シンヤくん、ごめんね。でも土日ならたくさん遊べるけど、どうかな?」
 私がそう言うと、シンヤくんはすごく楽しそうに声を上げて笑ったのだった。

 了
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