innocent2 影
部屋の中の者たちは動きを止めると、廊下へと注意を向けた。
バタン!
大きな音を立てて、勢いよく扉が開く。
部屋の中にいた六人は微動だにしなかったが、威圧感を持った気が、一斉に開いた扉の向こうに向かった。
六名の視線に晒された侵入者は、ビクリと肩を震わせると、思わず一歩後退する。
もしこの者が狼の姿であったのなら、耳を伏せ、尻尾を足の間に挟み、身を伏せてしまっていたことだろう。
「も……申し訳ありません。が!……何者かが我らの結界内に侵入しました!」
「なんだと!?」
秀就が立ち上がる。立ち上がった勢いで、椅子が後ろに倒れた。
「どうやら侵入者は少人数のようなのですが、今、警備の者たちが手分けをして追跡しております」
「どこの一族の者かはわかるか?」
「向こうも気配を消している様子ですので、まだはっきりとは……。ですが、大神家周辺は特に強い結界が張られております。この結界内に気配を消して忍び込むとなると、かなり格の高い種族か……もしくは……」
「同族か……」
大神秀就の瞳がぎろりと動き、開いた扉の前に立ったままの男を見た。秀就は九鬼たち客人がいる手前、同族、としか言わなかったが、結界を破ることができるとなると、同族の中でも大神家本家の内情に詳しいものに限られてくる。この家屋敷にかけられた結界には、出入りするための鍵のようなものがあるからだ。それは、大神家の中枢に近いものしか、知るはずのないものである。
「おそらくは」
部屋への入口の前で気を付けの姿勢で報告をしていた男は拳を握りしめ、下を向いた。
ざわりと、部屋の中の気が揺れた。
「ま……まあ、なんてことかしら。理事である大神様一族が一枚岩ではないというわけ?」
鳴海灯 が口元を手で覆った。目を見開き、いかにも驚いたというような顔をしている。
「きちんとしていただかないと、困りますわ」
その声には、いくぶん嘲笑の色が滲んでいた。
「種族としては、まとまっている。だが、一人二人の造反者は出る。鳴海さんのところなどは、一度も顔も出さない種もいるじゃないですか」
秀就横目で睨みながら灯に応じた。
「海の中の種族を、陸の者と同じに考えないでほしいわ。こちらは陸より自由が効く分、差し迫ってはいないのよ? 私が理事として名を連ねているだけでも、ありがたいと思って欲しいものだわ」
秀就の視線を受け止めた灯の口元は微笑むように弧を描いていたが、瞳には鋭い光が灯っている。
「あらまあ、あなたのような小者で、ありがたがれですって?」
秀就と灯のやり取りを聞いていた六角芙蓉がそう言い放つと、それまでやわらかな微笑を浮かべていた灯の表情が険しいものに変わる。大きくぱっちりとしていた目がすっと細められ、ゆらりと芙蓉を睨んだ。
「待たんか!」
鼓膜がキーンとするほどの大声だった。
秀就 も芙蓉 |も灯 も、睨み合うことを忘れ、そこにいた全員の目が、声を発した九鬼勝治へと向かう。
「今、種族同志で争っているときか? 我々は、手を携える時であろう? 反対派がいるのも、わかりきったこと。奴らに踊らされて、中から崩れるおつもりか?」
秀就の隣で腕組みをした九鬼は、先ほどとはうってかわり、静かな口調で問いただした。
「九鬼さんの言う通りだ。一人二人の造反者のために、我々がいちいち仲違いしてたんじゃあ、敵の思う壺だぜ」
続いて、天羽高志ののんびりとした声が、その場の空気をふっと弛緩させた。
「……そうですね。すみませんでした」
と毒気を抜かれた秀就が頭を下げ、鳴海灯も
「私も大人気なかったわ……。海のものである私がこの山奥まで来るのは、ちょっと大変なのよ。気力も、力も万全とはいかなくなるの。そのせいでカリカリしてたわ」
と肩から力を抜いた。
その表情には、柔らかさが戻ってきている。
「わたくしも、配慮が足りなかったようね」
六角芙蓉が最後に詫た。
「まったく、こんなことだから我ら妖かしの者たちは滅びに瀕しているのだ……」
九鬼がぼやき始めたところで
「すいません!」
と、それまで黙っていた安倍泰造が声を上げた。
泰造は、この部屋に集った面々の中では、一番小柄で色白で、弱々しくさえ見える男であった。彼よりも、女性である六角芙蓉や鳴海灯のほうが、よほど貫禄があるようにみえる。しかし泰造は、皆の注目にもまったくひるむ様子はなかった。
「子どもたちが心配です。秀一くんと翔くんがついていてくれるから大丈夫だとは思いますが、もし賊に狙われれば、信乃には自衛の手段がありません」
その言葉に、ざわりと場の空気が緊張を孕んだ。
「先祖返りの姫君か……!」
泰造の子どもである安倍信乃は、先祖返りの力を持っている。
妖したちの間で、それは有名な話だった。
昔は、先祖返りと言われる異界へ渡る力を持ったものが、途切れることなく存在していたのだ。しかし今現在確認されている先祖返りの能力者は、安倍信乃たった一人になってしまっていた。
異界を感知する力。異界を引き寄せる力。そこから魔物を引き出す力。
信乃はまだ、その力をコントロールできずにいるが、敵に狙われる可能性は大いにある。
その場にいた者たちが顔を見合わせた。
バタン!
大きな音を立てて、勢いよく扉が開く。
部屋の中にいた六人は微動だにしなかったが、威圧感を持った気が、一斉に開いた扉の向こうに向かった。
六名の視線に晒された侵入者は、ビクリと肩を震わせると、思わず一歩後退する。
もしこの者が狼の姿であったのなら、耳を伏せ、尻尾を足の間に挟み、身を伏せてしまっていたことだろう。
「も……申し訳ありません。が!……何者かが我らの結界内に侵入しました!」
「なんだと!?」
秀就が立ち上がる。立ち上がった勢いで、椅子が後ろに倒れた。
「どうやら侵入者は少人数のようなのですが、今、警備の者たちが手分けをして追跡しております」
「どこの一族の者かはわかるか?」
「向こうも気配を消している様子ですので、まだはっきりとは……。ですが、大神家周辺は特に強い結界が張られております。この結界内に気配を消して忍び込むとなると、かなり格の高い種族か……もしくは……」
「同族か……」
大神秀就の瞳がぎろりと動き、開いた扉の前に立ったままの男を見た。秀就は九鬼たち客人がいる手前、同族、としか言わなかったが、結界を破ることができるとなると、同族の中でも大神家本家の内情に詳しいものに限られてくる。この家屋敷にかけられた結界には、出入りするための鍵のようなものがあるからだ。それは、大神家の中枢に近いものしか、知るはずのないものである。
「おそらくは」
部屋への入口の前で気を付けの姿勢で報告をしていた男は拳を握りしめ、下を向いた。
ざわりと、部屋の中の気が揺れた。
「ま……まあ、なんてことかしら。理事である大神様一族が一枚岩ではないというわけ?」
「きちんとしていただかないと、困りますわ」
その声には、いくぶん嘲笑の色が滲んでいた。
「種族としては、まとまっている。だが、一人二人の造反者は出る。鳴海さんのところなどは、一度も顔も出さない種もいるじゃないですか」
秀就横目で睨みながら灯に応じた。
「海の中の種族を、陸の者と同じに考えないでほしいわ。こちらは陸より自由が効く分、差し迫ってはいないのよ? 私が理事として名を連ねているだけでも、ありがたいと思って欲しいものだわ」
秀就の視線を受け止めた灯の口元は微笑むように弧を描いていたが、瞳には鋭い光が灯っている。
「あらまあ、あなたのような小者で、ありがたがれですって?」
秀就と灯のやり取りを聞いていた六角芙蓉がそう言い放つと、それまでやわらかな微笑を浮かべていた灯の表情が険しいものに変わる。大きくぱっちりとしていた目がすっと細められ、ゆらりと芙蓉を睨んだ。
「待たんか!」
鼓膜がキーンとするほどの大声だった。
「今、種族同志で争っているときか? 我々は、手を携える時であろう? 反対派がいるのも、わかりきったこと。奴らに踊らされて、中から崩れるおつもりか?」
秀就の隣で腕組みをした九鬼は、先ほどとはうってかわり、静かな口調で問いただした。
「九鬼さんの言う通りだ。一人二人の造反者のために、我々がいちいち仲違いしてたんじゃあ、敵の思う壺だぜ」
続いて、天羽高志ののんびりとした声が、その場の空気をふっと弛緩させた。
「……そうですね。すみませんでした」
と毒気を抜かれた秀就が頭を下げ、鳴海灯も
「私も大人気なかったわ……。海のものである私がこの山奥まで来るのは、ちょっと大変なのよ。気力も、力も万全とはいかなくなるの。そのせいでカリカリしてたわ」
と肩から力を抜いた。
その表情には、柔らかさが戻ってきている。
「わたくしも、配慮が足りなかったようね」
六角芙蓉が最後に詫た。
「まったく、こんなことだから我ら妖かしの者たちは滅びに瀕しているのだ……」
九鬼がぼやき始めたところで
「すいません!」
と、それまで黙っていた安倍泰造が声を上げた。
泰造は、この部屋に集った面々の中では、一番小柄で色白で、弱々しくさえ見える男であった。彼よりも、女性である六角芙蓉や鳴海灯のほうが、よほど貫禄があるようにみえる。しかし泰造は、皆の注目にもまったくひるむ様子はなかった。
「子どもたちが心配です。秀一くんと翔くんがついていてくれるから大丈夫だとは思いますが、もし賊に狙われれば、信乃には自衛の手段がありません」
その言葉に、ざわりと場の空気が緊張を孕んだ。
「先祖返りの姫君か……!」
泰造の子どもである安倍信乃は、先祖返りの力を持っている。
妖したちの間で、それは有名な話だった。
昔は、先祖返りと言われる異界へ渡る力を持ったものが、途切れることなく存在していたのだ。しかし今現在確認されている先祖返りの能力者は、安倍信乃たった一人になってしまっていた。
異界を感知する力。異界を引き寄せる力。そこから魔物を引き出す力。
信乃はまだ、その力をコントロールできずにいるが、敵に狙われる可能性は大いにある。
その場にいた者たちが顔を見合わせた。