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innocent2 影

「この世界では、私たちが住んでいた闇というものが、どんどん駆逐されていっているのです。今までのように、闇に紛れ……人間と関わらずに……もしくは敵対して暮らしていくことは不可能に近い。情けなかろうが、嫌であろうが、生き残ろうと思うのならば、闇ではなく影くらいの場所には出ていかなければ。それこそ昔話の中でしか存在できなくなってしまいますよ」

 ふうううぅぅぅぅう。
 九鬼は大きく息を吐き、ゴリゴリと頭を掻いた。

「わかっているのだがな」

 それきり黙ってしまう。

「それでは、学園の名前は九十九学園で決定ということに。まあ、まだ学園設立までは何年かありますから。どうしてもという案がある場合はご提案ください」

 そう話をまとめた秀就に、反論するものはない。
 小さな間の後に、天羽高志が手を上げた。

「俺んとこは山奥だし、あまり人間との関わりの深くない種族だ。人間への根回しの方はどうなってるんだ?」
「それは……私ですね」

 安倍泰造が身を乗り出した。

「私ども安倍、土門、御門といった一族たちはもう長いこと、人間の間で、人間たちの中に溶け込んで暮らしてまいりましたから……。私は拝み屋などという商売を人間相手にしていますが、顧客には政財界に顔のく方もいらっしゃいますよ。彼らはこの学園設立の良い協力者となってくださっています」
「わたくしどものお客様にも、そういった方はいらっしゃいます」

 泰造の向かい側に座った六角芙蓉が軽く手を上げた。
 
「わたくしどもは、東北の山奥で旅館を経営しておりますけど……こじんまりとした高級旅館というやつなんです。あちらこちらのお偉いさんがお忍びでいらっしゃいます。根回しは十分してありますわ。それに彼らの方でも、わたくしたちの特殊な能力は喉から手が出るほど欲しいものですもの。力のある方ほど、貪欲で……更なる力を欲しがるものですよ」
「学園設立を機に、裏でこの国の人間の上層部と手を組み、生きながらえる。我々は彼らに極秘裏に力を貸し、その見返りとして生きていく場所を確保する、というわけだ」
「言葉にすると、情けないことこの上ないな」
「なに、こちらから利用してやる。そのくらいの気持ちでいればよいのですよ」
「厄介なのは、彼らは入れ替わるということか。せっかく繋いだと思った縁がふいっと消えたりする」
「ま、人間は寿命が短いし、トップに座る時間も短いし……」
「でも……その分ルートが出来てしまえば、こちらの思う壺ではないかしら? 次にトップに座った人間を、はじめから思うままに操れるわ」
「とにかく、初めてのことですから、やってみなければわからないというのが現状ですわね……」

 本日の議題についてあらかた議論し終えた頃合いになると、木綿の和服に割烹着姿の使用人が、コーヒーとお茶菓子をそれぞれの客人の前に運び、応接室の中は和やかな雰囲気となっていた。

「あとこれは、それぞれの種族で周知を徹底してもらいたいのですが、我々妖怪だの魑魅魍魎と呼ばれる種族は、人間の比ではないほど子ども……次世代の者たちが少なくなっているのが現状です。日本全国から入学者を募っても、一学年二クラスか……三クラスがやっとというところでしょう。学園設立に反対の者もいますしね。該当年齢の子どものいる種族は、強制とは言わないが、原則として子どもを学園に入学させてもらわないと……」
「まあ、そこが難しいところだなあ。我々の妖しの者共は、他人から強制されることを嫌う傾向がある。規則なんかも、受け付けない奴らも多いからなあ」
「ある程度、入学できる年齢に幅をもたせることも考えたほうが良いのでは?」
「横の連携が苦手ですからねえ」
「寮の整備もきちんとしてもらわないと……。我ら海の同胞たちは、棲家から通うということは不可能です。彼らが寛げるような水辺の整備も併せてお願いします」
「鳴海さん、もちろんです。陸のものも全国から集まるわけですから、全寮制になる予定ですよ。水辺についても、もともとあった沼を利用して……整備もすでに進んでます」

 こうしてコーヒーをすすりながらの雑談は、きちんと議事進行される会議中よりも話が弾むようだった。
 鳴海灯は、秀就の答えに頷きつつ微笑んだ。

「六角さんのところは、お子さんが三人もいらっしゃるとか」

 会話は、それぞれのプライベートなことへと及んでいく。

「ええ、私の産んだ子は一人ですけどね。人間の男との間にできた子どもで、その子も人間なの。人間でも、入学はできるかしら? ああ、あとの二人は、私と同じ雪女族の子よ。血がつながってるわけではないけれど、子どもとして育てているの」
「へえ、人間のお子さんがいらっしゃるのですか」
「そうです。雪女というのは、生まれるものではありませんからね。とても寒い雪の晩に、ふとした歪みの中から自然に出現するものななんですよ。雪女から生まれるのは、不思議なことに人間だけなんです。まあ、ちょっとした能力を持っていることも多いのですけど、本人すら気づかないほどの小さな力の場合が多いですねえ」
「人間の入学枠については、今検討中です。少数ではありますが、我らに協力してくれる将来有望な人材を数名ずつ入学させることになるでしょう。将来的に増やすにしても、最初のうちは極少人数で、と考えています。六角さんのところのような訳ありの息子さんは、それとは別の特別枠というのもありかもしれませんね」

 答えたのは、今回の会議の議場を提供し、議長役も務める大神秀就だ。

「ああ、そのことなんだが……」

 秀就の隣りに座る大きな体の九鬼勝治が茶菓子のクッキーを口に放り込みながら発言したときだった。
 応接室へと近づく足音が聞こえだした。
 ドドドッと、音を立てて近づく足音は、客人への配慮など微塵も感じられない、かなりあわてた様子であった。
    
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