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Reunion2 決意

「うん。彼らはこの部屋のぬし主たちだよ」

 秀一は目の前に集まってきた者たちへ、再び目を向けた。
 金髪にフリフリのドレスを着た女の子。壺に手と足が生えただけのようなモノ。イノシシやら熊もいるが、それは本物のイノシシや熊ではなく、どう見ても木彫りの置物である。その木彫りの置物が動いて、話す。十二単を着た小さな小さな女の子もいる。顔は引目鉤鼻で、やいやい話しているが、まったく表情が読めない。金や銀の鈴が、奥の方からリンリンと音を立てて転がり出してくる。

「主?」

 あっけにとられる秀一の前に、朱色の花模様がびっしりと浮かぶ艶やかな着物に身を包んだ女が進み出た。

「そう、あたしらは、この部屋に住む付喪神だよ。あちこちで忘れられ、打ち捨てられていたあたしらを、この学園の園長の勝治の奴が、集めてここに置いているのさ。あたしは齢三百年になる焼き物の壺なんだけどね。そうさね、伊万里とでも呼んでおくれ。最近ようやく人間としての姿を手に入れたのさ。付喪神になったばかりは、ほら、そこの鈴みたいにさ、姿も変えられなくて、転がるしか能がないんだよ」

 伊万里の着物の裾からは真っ白な足がのぞいていて、周辺を鈴たちがリンリンと飛び跳ねていた。

    
「ところで信乃」

 金髪ツインテールの美少女が進み出た。

「あなた、入学式の後片付けがあるんじゃなくて?」

 金髪美少女は、その外見からは想像できないほどの流暢な日本語で話した。

「あ!」

 信乃が飛び上がった。

「マリエル、ありがとう! みんなも、騒がしちゃってゴメンね。今度街へ降りたら、大野屋のたい焼き買ってくるよ」

 信乃はガラガラと勢いよく戸を開けて、走り出した。

「待てよ! 俺も行く!」

 慌てて信乃を追いかける秀一の背後から「我も! 我も!」「おい、儂も忘れるな!」「あんこ!」「クリームじゃ!」という、かしましい声が聞こえていた。

「ちゃんと、みんなの分買ってくる!」

 廊下で一度止まり、振り返って信乃が叫んだ途端、あたりはしいんと静かになった。
 秀一は走る速度を早める。
 あっという間に信乃を追い越し、振り返ると、後ろ向きに走りながら信乃の手を取った。
 ぐい、と手を引き、つんのめる信乃をすくい上げる。

「え!? ちょっと……秀一!」

 そのまま抱えあげて、更にスピードを上げた。

 はじめて出会った日を思い出。
 異界から逃れようと、信乃を抱き上げて、赤樫の巨木に向かって必死で走った。
 信乃を抱いたまま、階段を大きく跳躍して一気に飛び降りる。廊下の一番端の講堂へと続く渡り廊下にたどり着いたところで立ち止まると、ようやく信乃を下ろした。
 渡り廊下の両脇には、桜の木が植えられていて、少し傾き始めた日差しは暖かく、ぷっくりと膨らんだ蕾は枝先をほんのり朱色に染めている。
 二人は校舎側の出入り口に並んで立っていた。

「秀一。私はね、秀一がそばに居てくれると思ったら、ホッとする」

 信乃は桜の枝の向こうに広がる水色の空を見上げていた。

「満月の晩は、あの明るい光に照らされてると……異界が迫ってくるようで怖いんだ。でも、秀一がいてくれるから、そうして月の影を遮ってくれるから、私は安心する」
「……」

 秀一にとって月とは、制御することさえできれば、頼もしい力の源だ。月が隠れることは、自分の力が欠けていくようで、実はあまり好きではない。
 ならば。

「満月の晩は、いつもそばにいます」

 信乃は、くりっと目を大きく開いた。

「それは……ありがたい。でも、女子寮は男子禁制だよ」
「そんなの……どうとでもなります……」

    
秀一の答を聞いた信乃は「君、ずいぶん変わったと思ったけど、やっぱり変わってないよ」と言ってすりと笑う。

「さあ、行きましょう。片付けが終わってしまいます」

 振り向いて信乃に声を掛けるが、信乃はちょっと首を傾げ、秀一を見上げたまま動こうとしない。

「ねえ、どうして敬語なんだい?」

 聞かれれば、とたんに恥ずかしい気がしてきて

「けじめです。気持ちの問題です!」

 と、多少乱暴に答えた。

「信乃だって、いつから自分のこと私って言うようになったんです?」

 反撃をすると、見る間に信乃の頬がピンク色に染まった。

「しゅ……秀一が女の子でも友達だからなって言ったじゃないか……それに、秀一が頑張ってるんだって聞いてだな……わ、私だってちゃんと自分と向き合おう……とかだな……あ!」

 話している途中でぱちりと瞬きをした信乃の視線は、上を見上げたまま止まっていた。
 なんだか話をはぐらかされたような気もしたが、信乃の視線が気になって、秀一も振り返ってみる。
 信乃の右手の人差指が、天に向かって伸びた。
 真っ赤に膨らむ桜の蕾が揺れている。

「あ……」
 
 その中の一輪が、ふわりと綻んでいる。

「おー! 信乃! 遅かったじゃないか!」

 講堂の中から大きな呼び声が聞こえた。

「ごめん! 人に会ってたんだ! 今いくよ!」

 講堂の方へ身を乗り出すようにして、信乃も声を返した。

「秀一! まずは入学式の後片付け、手伝ってくれ」
「任せてください!」

 二人は講堂へと続く渡り廊下を走り出す。

 ガタン、コトン、ガコン!

 足元のすのこが賑やかに鳴り響く。
 学校の敷地内に並ぶ桜の木をよく見れば、あたたかな春の風を受けて、あちこちで淡いピンク色の花が開花しはじめていた。
 山々の纏う木々には柔らかに新緑が芽吹き、講堂からは作業をする学生の賑やかな声が聞こえている。
 私立九十九学園。
 若い妖たちの集うこの学園にも、春が訪れようとしているのだった。

 了
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