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Reunion1 憧れの君

  それから、安倍信乃。
 彼女は魅力的ではあるのだが、秀一や六角凜に比べれば、どちらかと言うと平凡寄りな顔立ちだ。体格だって、細身ではあるけれども女性らしさを併せ持つ凜や、制服の上からも逞しい胸板を見て取ることのできる秀一などと比べると、ヒョロヒョロとしていて、背も低い。
 けれども、どんな美形に囲まれている時でも、涼の目は一番に信乃に吸い寄せられてしまうのだった。
 今日までの一年間。同じ学園内にいるとはいえ、高校生と中学生では、なかなか会うことができなくて寂しかった。中等科と高等科では寮も別々になってしまう。だけど、これからは信乃が卒業するまで、同じ学校に通うことができる。また頻繁に信乃を目にすることができるのかと思うと、素直に嬉しい。
 それは恋という感情に似ているのかも知れないが、恋と言うにはあまりに未成熟な……多分に憧れという要素を持っていて、涼自身でも、自分自身の感情になんと名をつけたらいいものか戸惑っている。
 とにかく四方を美形に囲まれ、幸せ気分に浸りながら、ときおり信乃を盗み見ていた涼の目が、ふと違和感を覚えた。

 ――!? 信乃先輩。こっち見てる!?

 いつも一方的に眺めるだけの信乃が、じいっとこちらを見ていることに気がついたのだ。
 式が始まったにもかかわらず、予期せぬ事態に、涼はキョロキョロとあたりを見回し、不審な動きをしてしまう。
 涼の怪しい動きに、隣りに座った生徒が小さく咳払いをした。    
 涼は肩をすくめて背筋を伸ばす。
 しかし、また少しするとそうっと首を伸ばして、信乃の様子を確認した。
 信乃は相変わらずじいっとこちらを見ている。
 涼は試しにこそっと首を動かしてみたが、信乃からの反応はない。どうやら自分に向けられた視線ではないと判断すると、ちょっと落ち着いてきた。
 一体、何を見ているのだろう? 
 式は粛々と進んでいく。
 国歌斉唱、校歌斉唱。入学生の点呼と入学許可。それに引き続き校長式辞に、来賓挨拶、祝電披露。
 この「入学式」というものは、人間の学校で行われるものと、ほぼ同じ内容なのだそうだ。
 将来、人間の中に紛れて暮らしていくためにも、妖の者たちがこういった経験をしておくことは、とても重要なことらしい。要するにこの学園は、人間のしきたりを学ぶ場でもある。
 とはいえ、まだ若い涼たち新入生にとっては、重要なんて言われても実感はわかないし、退屈この上ない。式の進み具合よりも、こちらを見つめたまま微動だにしない信乃の視線のほうが、気になるのである。
 いつもなら胸をときめかせて聞き入るはずの、六角凜による在校生代表の言葉すら耳に入ってこない。
 壇上で挨拶を終えた凜が、来賓に会釈をし、降壇する。
    
 信乃の視線はその間もブレることがなかった。壇上へは一瞥もくれず、じいっとこちらを見つめたままなのだ。

 ――なんだろう? 何が信乃先輩の視線の先にあるんだろう?

 その答えがわかったのは、在校生代表の言葉に続く、次の「新入生宣誓」のときだった。
 司会をする先生の声が代表者の名を告げる。

「新入生宣誓。代表、大神秀一」

 ざわり。
 講堂内がざわついた。
 いや、けっして本当にざわついたわけではない。誰一人として声を発しているものなどいない。講堂内は水を打ったような静けさで、立ち上がり壇上に向かう秀一の衣擦れの音まで聞こえてくる。
 けれど、気配を察することに長けている妖しの者たちには、講堂内に立ち上り始めた不穏とも取れるような空気の流れを、みな感じ取っているに違いない。 
 涼だって、驚いている。
 思わず一瞬、信乃の視線について感じていた、モヤッとしたものすら忘れてしまったほどだ。
 この学園の高等科は、一応申し訳程度の入試が行われる。新入生代表で挨拶するということは、その試験においてトップの成績だったということだ。
 今まで「新入生代表」に選ばれてきたのは、悲しいかな妖ではなく、人間だった。なにしろ九十九学園に入学してくる人間は、かなり厳選された高い能力を持つものばかりだ。この学園に進んだ人間には、彼らの望む最高の教育が約束されているうえに、妖との繋がりを手に入れることができるのだ。目指していた超難関校を蹴ってでもこのマイナーな学園に入学してくる意味があるらしい。
 そんな理由から、この学園に入学してくる人間は、医者や政治家を目指す者や、大企業の御曹司であったりする。
 けれど。今壇上に向かっている大神秀一は妖である。
 主に東日本で確固たる勢力を持つ山津見の神の眷属、狼の一族を束ねるのが「大神」だったはずだ。
 そして、高校から入学してくる妖であるということは、今まで学校に通ったことなどないはずだ。
 その生徒が新入生代表になる。
 もともとプライドが高く、好戦的なものの多い妖であるから、初の妖の新入生代表に、皆が興味津々だ。大神秀一とは一体どれほどの人物なのかと色めき立つのも、致し方のないことかもしれない。

 ――秀一くん、すごく優秀なんだな。でもこれで、みんなの注目の的だし、これから先大変だろうなあ……。

 優秀とはかけ離れた涼としてはそんな程度に考えて、またふと信乃に視線を戻した。
 すると、信乃の顔は、もうこちらを見ていなかった。
 あれ? と、不思議に思って信乃の顔の向く方角を確認する。
 講堂のステージの上。
 そこには、演台の前で宣誓文を読み上げる秀一の姿がある。
 涼はまた、信乃へと視線を戻す。    
 そしてまた演台の上へ。
 それを何回か繰り返すうちに、壇上では秀一のスピーチが終わっていた。
 ピシッと背筋を伸ばして礼をして、自分の席へ戻ってくる秀一は、涼から見ても惚れ惚れしてしまうほど、魅力的だ。
 その姿を見ながら、ちらりと時折り視線を動かして、信乃の方を確認する。
 信乃の瞳の動きを見て、涼は確信した。
 信乃の視線が捉えているのは、間違いなく「秀一」だった。
 一見日本人とは思えないような顔立ち。はっきりとした大きな目は少し目尻が下がっていて、男らしい彼の顔に甘味を加味している。その瞳も髪色も、日に透けると蜂蜜色になる。
 あんなに綺麗な上に、頭もいいなんて。
 運動神経はまだ未知数だけれど、あの体格であるし、狼の一族なのだ。まったく苦手ということはないはずだ。いや、絶対できるに決まってる。
 そんなのって……

 ……美味しすぎる。

 美形好きの一ノ瀬涼にとっては、これ以上ないような観察対象である。
 なのに、ウキウキとした気持ちの中に、わずかに陰りがある。
 入学式での、信乃の視線だ。
 吸い寄せられるように秀一を見つめていたあの視線。そしてあの表情。
    
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