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Reunion1 憧れの君

 涼には、大神という名字に心当たりがあった。
 特に東日本で大きな力を持つ妖しの種族に、そんな名前の一族があったはずだったと記憶していたのだ。
 ただし、涼たちの一族が縄張りとしている地方よりも、南を拠点としているはずだ。

「へー。中学にはいなかったな」
「うん。新しい友達だね。大神って……もしかして……あの大神?」
「え? 涼、知り合い?」

 響きの言葉に、涼はガクッと肩を落とした。
 
「多分、この学園の理事にも、大神一族の長が入っていたはずだよ。響、知らないの?」
「へえええー! そうなんだ」

 響は机についていた肘を持ち上げると、感心したように何の変哲もない机を眺め回した。

「……別に、その机の格が高いわけじゃないんだけど……」

 しょうがないやつだなあ。と小さくため息を付いて、涼はクラスを見回してみる。
 ほとんど見知った顔の中に、緊張した面持ちの見たことのない顔がいくつか見えた。多分今年から学園に入学することになった生徒たちに違いない。
 と、ちょうど教室の後方の入口から、生徒が一人、教室の中に入ってきた。何気なく涼はその生徒の顔を確認して「ひゅ!」と息をのんだ。
 入ってきた生徒が、びっくりするほど格好良かったのだ。    
 涼の『美しい顔好きセンサー』ど真ん中に引っかかるような顔立ちの男子だった。昨年度まではこんな美形の男子生徒は学園にいなかったので、今年から入学してくる生徒ということで、間違いない。

「外……人?」

 つぶやきが思わず漏れた。
 堀の深い顔立ち。光に透けそうな茶色い髪の毛には、ふわっと優しい癖がある。触ってみたらきっとサラサラとして気持ちがいいに違いない。瞳の色も薄い。西洋風な顔立ちなのに、眉はキリッとしていて、精悍な雰囲気を彼に与えている。そのせいだろうか、詰襟の学生服がよく似合う。
 あんまり夢中になって彼の顔を見上げていたものだから、すぐ目の前に彼がやってきているのにすら、涼は気が付かないでいた。
 涼と響の前までやってきた男子生徒は、眉をハの字にして、困ったような表情をしている。

「あ、もしかしてこの席か!」

 響はそう言うと、弾かれたように立ち上がった。

「ああ……。どうやらそこが僕の席らしい……いや、すまない」

 涼は、お互いに恐縮して謝り合う響と男子学生をぼんやりと見上げていた。
 男子学生はチラリと涼へと視線を向け、机の上に真新しいスクールバックを置くと、片手で自分の口元を覆った。

「ええっと……なんというか……僕の顔に、なにか付いてるかな……?」

    
 困ったように、口元をおおった手を何度か往復させ、顔になにかついていないか確かめているような動作をしている。

「あーっ、違うよ。気にしないでやって!」

 ぼうっとしてしまった涼の代わりに響きが答えていた。

「なんつーか、こいつ。多分あんたに見とれてんの」

 二人の会話は、耳に入ってくるのだが、意味を理解するための脳みそが、開店休業状態だ。

「悪いやつじゃないんだけど、ちょっと……何ていうか、多分あんたが好みなんだと思うよ」

 響の説明に、目の前の美男子学生が僅かに頬を赤くした。

「この……み?」

 面食らったようにぱちぱちと瞬きをする。

「あ! いやいやいやいや、誤解しないでやって。俺の言い方が悪かった。こいつ、男女問わずきれいな顔をしたやつが好きなんだよ」
 
 うわあ!

 涼はいま、感激に打ち震えていた。
 べっこうあめみたいにとろりと甘い瞳! それを取り巻く茶色の長いまつげ。

「ああ……こいつのことはいいから……おれ、長野響」

 そういって響が手を差し出す。

「ああ、僕は大神秀一だ。よろしくな」

 秀一は差し出された響の手をしっかりと握り、絵に描いたようなスマイルを浮かべた。

「俺っ! 俺俺っ!」

 出遅れてはならない。涼が慌てて二人の手の上に自分の手を重ねる。

「オレオレ詐欺か」

 ボソリと響が呟き、大神秀一がぶっと小さく吹き出した。

「俺っ! 一ノ瀬涼!」
「ああ……」

    
 大神秀一の視線が、改めて涼へと向けられる。
 
「なあ、秀一。君、外人なのか!?」

 聞いた途端にスパーン! と、涼の後頭部が景気のいい音をたてた。

「いでな! 響! なにすんだあ! 本気で殴ったな!」

 殴られたところをさすりながら響を見上げるが、あまりの痛さに涙までうかんできそうだった。あまりのびっくりしたものだから、思わずなまってしまった。

「あほ! 失礼な質問だろが!」
「……え? なんで?」

 涼と響のやり取りを聞いていた秀一がうつむいて肩を揺らしている。
 どうやら笑いをこらえているらしい。
 堪えているつもりなのだろうが、ぶぶ……という破裂音が切れ切れに聞こえる。

「いや、別に構わないんだけど……」

 笑いの発作がようやくおさまってきたらしい秀一がコホンコホンと咳払いをした。

「僕は、ハーフだよ。生みの母が、フランス人なんだ」

 涼は、いたく感動してしまった。
 何しろ涼は、日本の中ですら、生まれ育った岩手と、この九十九学園くらいしか知らないのだ。

「スゲー……」

 と呟いたものの、心の中でフランスって、どこだっけ? と、首をひねった。  
 外国になんて少しも興味を持っていなかったが、今日寮に帰ったら地図帳を開いて確認しよう! と、固く決意する。

 その後、すぐに担任の教師がクラスにやってきたので、秀一とそれ以上の話をすることができなくなってしまったけれども、ちらりと隣に目を向ければ、すごくかっこいい級友を眺めることができる。
 ……とても幸せな高校生活がスタートしそうな予感に、涼の心の中は自然と浮き立つのだった。

 入学式の式場では、隣同士ではなかったけれど、横を向くと五つほど右の席に秀一の凛々しい姿が見えた。
 この人外たちが通う学園には、人間離れした美形も結構多くて、涼にとっては楽園なのである。
 講堂の新入生の席についた一年生たちは、背後に先輩方や父兄、脇には教師と生徒会役員、正面に来賓たちに囲まれて、皆ピシッと背筋を伸ばし、緊張した面持ちだ。
 生徒会役員が並ぶ席に会長の六角凜と、書記の安倍信乃を見つける。ちょうど生徒会役員が真横に見える席だったらしく、右も左も美形に囲まれ、涼にとっては最高の入学式である。
 六角凜は今日も艶やかで美しい。
    
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