trap3 湧雲
意味がわからずに、翔の目が、鞭を追う。
しゅるしゅると伸びた茨が、まるで矢のように雷鬼に向かっていった。
「雷鬼!」
鞭の先が雷鬼に突き刺さる!
思わず翔が叫んだ時、またもや女の腕の先は変形し、檻のような形となった。
雷鬼は避けることすらできないで、女の左腕の先の、茨の檻の中に捕獲されてしまった。
女は体をのけぞらせてけたけたと笑い始める。
思わず恐怖を覚えるような、常軌を逸した笑い方だった。笑いながら、雷鬼を締め上げ始める。
雷鬼は檻の中でバチバチと放電を繰り返しているが、女には効き目がないようだった。
なにしろ、彼女自身が雷鬼を操るのだ。彼女に雷の力は効かないのだろう。
「やめろ……!」
翔が叫ぶと、女の馬鹿笑いがピタリと止まった。
「やめろと言われて、やめるバカがどこにいる?」
だがその言葉とは裏腹に、女の雷鬼を締め上げる力は弱まっていた。檻の中で、雷鬼が黄緑色の放電を繰り返しながら飛び跳ねている。
「天羽翔。私の名を教えてやるよ。私の名前は醜女 の八女 。太古、暗い根国の泥土の中から生まれたのさ。……同じ雷鬼を操る一族だが、お前たちは白き翼で天を翔け、私たちは泥から生まれ、根の国で生きてきた……」
話している間に、雷鬼を捉えた腕とは反対側の、右肩から伸びる四本の茨の鞭が、うねうねと蠢きだしていた。
次第に大きく波打ちだし、音を立てながら翔けるめがけて、一直線に伸びてくる。
「ぐっ……!」
背中に生まれた痛みとともに、思わずうめき声が漏れ、身体を丸めて、地面に転がった。
「あははははははは!」
翔を眺めながら、女は再び笑っていた。
左手で作られた茨の檻はまた小さくなっていき、雷鬼のふわふわとした身体を締め上げ始めている。
雷鬼はしゅうしゅうという息の漏れるような唸り声を立てていた。
「やめろ! 頼む! 雷鬼……っ、戻れっ!」
きゅいーん。
雷鬼の鳴き声など、翔ですら、聞くのは初めてだった。
「やめてくれ! 戻れ! 戻れよ雷鬼!」
「ふふ、ふ。誇り高き天羽の者が私に『やめてくれ』と懇願するとはね。ああ、なんて気分がいいんだろう。天羽翔……もっともっと地面の上でのたうって、もっともっと私に跪いて見せておくれよ」
振り下ろされた八女の次の一撃を、翔は地面を転がりなんとか避けた。
しかし、間断なく襲いかかってくる攻撃は、次第に避けることが難しくなっていった。
腕で顔をかばい、体を丸め、何度も生まれる痛みに耐える。
「お前の力はこんなもんなのかい!?」
言葉とともに、ぴたりと攻撃が止まった。
体を丸めたまま、八女を見上げる。大きな2つの乳房と、その上からこちらを覗き込んでいる顔。見下ろすその顔には、ゾッとするような笑みが浮かかんでいた。
笑みをたたえながら翔を観察しているのだ。
八女の左腕で作られた檻が、翔からよく見えるように高々と掲げられた。そして、今までにない勢いで雷鬼を締め上げた。
小さな明滅を残して、ふっと茨の檻の中が空になる。
「雷鬼!」
翔の脳内が真っ白になった。
いや、色に例えるなら赤かもしれない。
自分が誰で、ここが何処で、今何をしていて……そんなことが全て消え、ただただ真っ赤な怒りが湧き上がり、気がつくと翔は叫んでいた。
翔の怒りに応えるかのように空が震え、稲妻が走り冷たい火柱が立つ。
天から降り注ぐ何本もの光の矢が、八女をめがけて一直線に走った。
「八女!」
八女と翔が戦っている間に動けるようになっていたらしい大きな男が飛び出して、八女に突進すると、一緒に転がりながら降り注ぐ稲妻を避ける。
◇
閃光の中に、真っ白な羽を生やした憤怒の形相の男が立っていた。
真っ白な装束を身に着け、そこから突き出した腕とふくらはぎは、隆々と筋肉が盛り上がっている。燃えるような赤毛を逆立て、男の体自体、ほんのりと淡く光り輝いていた。
ぽつぽつと降り出していた雨が、またたくまに激しくなっていくが、激しい雨粒が、その男の周囲だけを避けていく。
「覚醒したか……天羽翔……」
大地に転がり泥に塗れながら、八女はつぶやいた。
『コロス……』
翔の目が、八女を捉える。
「ふふふふ……」
八女の八本の腕が、一直線に翔に向かっていくのと、駆が動いたのは、同時だった。
片手で襲いかかる八本の茨を受け止め、もう一方の手を茨の上に振り下ろす。
ブチブチという音を立て、茨が千切れていった。
一人残っていた男が、八女を助けようと翔に掴みかかっていく。その間に、すばやく体制を立て直した八女は、片膝をたてた状態で地面に両手をついた。
「出でよ雷鬼!」
ボコ……ボコボコボコ。
八女の手の下で、地面が蠢動した。
盛り上がった泥の中から、何体もの雷鬼が飛び出してくる。
モコ……モコモコモコモコッ!
地中から、泥が盛り上がるかのように湧き出た雷鬼が、翔へ襲いかかる。
湧き出した雷鬼の数は十数体にも及んでいたが、翔の腕は、数体ずつまとめて薙ぎ払った。
「ではまた会おう。天羽翔!」
叫んだ八女に、一人残っていた男が自分の羽織っていた上着を投げる。
それを空中で受け取り、袖を通すと、八女はそこに転がっていた仲間を一人抱えあげて走り出した。
大きな体の男は二人の男を小脇に抱えて、八女の後に続く。
「待て!」
逃げる二人を追おうとする翔に、まだ残っていた黒の雷鬼が、束になって飛びかかってきた。
一体、また一体と、翔に駆逐されていくのだが、暫くの間翔を足止めするためには充分だった。
次々絡みついてくる雷鬼に辟易した翔が、空中から何かを掴み取るような動作をする。
パリ……パリパリパリパリ……バリ!
遠くから細い雷鳴が空を走り、翔の手の中に落ちた光は、光り輝く剣のような形となった。
バリン!
刀が雷鬼を薙ぎ払う度に轟音が響き、雷鬼は刀に吸収されてるように姿を消していく。
そうして――降りしきる雨の中、最後に立っていたのは天生翔、ただ一人だった。
しゅるしゅると伸びた茨が、まるで矢のように雷鬼に向かっていった。
「雷鬼!」
鞭の先が雷鬼に突き刺さる!
思わず翔が叫んだ時、またもや女の腕の先は変形し、檻のような形となった。
雷鬼は避けることすらできないで、女の左腕の先の、茨の檻の中に捕獲されてしまった。
女は体をのけぞらせてけたけたと笑い始める。
思わず恐怖を覚えるような、常軌を逸した笑い方だった。笑いながら、雷鬼を締め上げ始める。
雷鬼は檻の中でバチバチと放電を繰り返しているが、女には効き目がないようだった。
なにしろ、彼女自身が雷鬼を操るのだ。彼女に雷の力は効かないのだろう。
「やめろ……!」
翔が叫ぶと、女の馬鹿笑いがピタリと止まった。
「やめろと言われて、やめるバカがどこにいる?」
だがその言葉とは裏腹に、女の雷鬼を締め上げる力は弱まっていた。檻の中で、雷鬼が黄緑色の放電を繰り返しながら飛び跳ねている。
「天羽翔。私の名を教えてやるよ。私の名前は
話している間に、雷鬼を捉えた腕とは反対側の、右肩から伸びる四本の茨の鞭が、うねうねと蠢きだしていた。
次第に大きく波打ちだし、音を立てながら翔けるめがけて、一直線に伸びてくる。
「ぐっ……!」
背中に生まれた痛みとともに、思わずうめき声が漏れ、身体を丸めて、地面に転がった。
「あははははははは!」
翔を眺めながら、女は再び笑っていた。
左手で作られた茨の檻はまた小さくなっていき、雷鬼のふわふわとした身体を締め上げ始めている。
雷鬼はしゅうしゅうという息の漏れるような唸り声を立てていた。
「やめろ! 頼む! 雷鬼……っ、戻れっ!」
きゅいーん。
雷鬼の鳴き声など、翔ですら、聞くのは初めてだった。
「やめてくれ! 戻れ! 戻れよ雷鬼!」
「ふふ、ふ。誇り高き天羽の者が私に『やめてくれ』と懇願するとはね。ああ、なんて気分がいいんだろう。天羽翔……もっともっと地面の上でのたうって、もっともっと私に跪いて見せておくれよ」
振り下ろされた八女の次の一撃を、翔は地面を転がりなんとか避けた。
しかし、間断なく襲いかかってくる攻撃は、次第に避けることが難しくなっていった。
腕で顔をかばい、体を丸め、何度も生まれる痛みに耐える。
「お前の力はこんなもんなのかい!?」
言葉とともに、ぴたりと攻撃が止まった。
体を丸めたまま、八女を見上げる。大きな2つの乳房と、その上からこちらを覗き込んでいる顔。見下ろすその顔には、ゾッとするような笑みが浮かかんでいた。
笑みをたたえながら翔を観察しているのだ。
八女の左腕で作られた檻が、翔からよく見えるように高々と掲げられた。そして、今までにない勢いで雷鬼を締め上げた。
小さな明滅を残して、ふっと茨の檻の中が空になる。
「雷鬼!」
翔の脳内が真っ白になった。
いや、色に例えるなら赤かもしれない。
自分が誰で、ここが何処で、今何をしていて……そんなことが全て消え、ただただ真っ赤な怒りが湧き上がり、気がつくと翔は叫んでいた。
翔の怒りに応えるかのように空が震え、稲妻が走り冷たい火柱が立つ。
天から降り注ぐ何本もの光の矢が、八女をめがけて一直線に走った。
「八女!」
八女と翔が戦っている間に動けるようになっていたらしい大きな男が飛び出して、八女に突進すると、一緒に転がりながら降り注ぐ稲妻を避ける。
◇
閃光の中に、真っ白な羽を生やした憤怒の形相の男が立っていた。
真っ白な装束を身に着け、そこから突き出した腕とふくらはぎは、隆々と筋肉が盛り上がっている。燃えるような赤毛を逆立て、男の体自体、ほんのりと淡く光り輝いていた。
ぽつぽつと降り出していた雨が、またたくまに激しくなっていくが、激しい雨粒が、その男の周囲だけを避けていく。
「覚醒したか……天羽翔……」
大地に転がり泥に塗れながら、八女はつぶやいた。
『コロス……』
翔の目が、八女を捉える。
「ふふふふ……」
八女の八本の腕が、一直線に翔に向かっていくのと、駆が動いたのは、同時だった。
片手で襲いかかる八本の茨を受け止め、もう一方の手を茨の上に振り下ろす。
ブチブチという音を立て、茨が千切れていった。
一人残っていた男が、八女を助けようと翔に掴みかかっていく。その間に、すばやく体制を立て直した八女は、片膝をたてた状態で地面に両手をついた。
「出でよ雷鬼!」
ボコ……ボコボコボコ。
八女の手の下で、地面が蠢動した。
盛り上がった泥の中から、何体もの雷鬼が飛び出してくる。
モコ……モコモコモコモコッ!
地中から、泥が盛り上がるかのように湧き出た雷鬼が、翔へ襲いかかる。
湧き出した雷鬼の数は十数体にも及んでいたが、翔の腕は、数体ずつまとめて薙ぎ払った。
「ではまた会おう。天羽翔!」
叫んだ八女に、一人残っていた男が自分の羽織っていた上着を投げる。
それを空中で受け取り、袖を通すと、八女はそこに転がっていた仲間を一人抱えあげて走り出した。
大きな体の男は二人の男を小脇に抱えて、八女の後に続く。
「待て!」
逃げる二人を追おうとする翔に、まだ残っていた黒の雷鬼が、束になって飛びかかってきた。
一体、また一体と、翔に駆逐されていくのだが、暫くの間翔を足止めするためには充分だった。
次々絡みついてくる雷鬼に辟易した翔が、空中から何かを掴み取るような動作をする。
パリ……パリパリパリパリ……バリ!
遠くから細い雷鳴が空を走り、翔の手の中に落ちた光は、光り輝く剣のような形となった。
バリン!
刀が雷鬼を薙ぎ払う度に轟音が響き、雷鬼は刀に吸収されてるように姿を消していく。
そうして――降りしきる雨の中、最後に立っていたのは天生翔、ただ一人だった。