innocent2 影
「様子を見てきたいのですが……」
そう言って泰造が立ち上がった時、バタバタと、新たな足音が聞こえてきた。
「し……信乃様が!」
開きっぱなしの扉から、スーツ姿の警備員がもう一人姿を現した。よほどあわてているのだろう、報告する声が上ずっている。
「どうしました!?」
すでに立ち上がっていた泰造は、長テーブルに手をついて身を乗り出した。
「異界渡りです! 大神家の敷地内の畑で……どうやら信乃様が異界渡りを! おそらく秀一様と翔様もご一緒かと思われますが、あまりに異界の気配が濃く、我々には近づくことが……」
バァアァァーーーン!
けたたましく響く破裂音。
「今度は何事だ!」
九鬼が吠え、天羽高志が椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。高志はそのまま廊下へと走り出て行く。
秀就もすぐにそれを追うように走り出したが、部屋の出入り口で立ち止まり、一度後ろを振り返った。
「安倍さん! 子どもたちの方はあなたにお願いする! 私は天羽と裏手へ向かう!」
そう叫びながら、もう秀就は高志と並んで全力で走り出していた。
秀就が天羽とともに、大神家北側にある裏口に到着すると、そこには数名のスーツ姿の警備員がすでに集まっている。
彼らは秀就の姿を認めると、軽く会釈をしたが、すぐにまた扉の外へと注意を向けた。
あたりには、焦げ臭い匂いが立ち込めている。
現場の指揮官らしい男が、秀就の隣にすっと近づき、現状の報告を始めた。
「駐車場に停まっているランクルの後ろに侵入者は身を隠しています。駐車場の向こうの林の中にもすでに警備員三名を配置。取り囲んだところです」
秀就は説明を受けながら、細く開いた裏口のドアから駐車場の様子をうかがった。
むうっとした熱気が秀就を包むと同時に、異様な匂いが更に強くなり、彼の敏感な鼻を刺激した。
のぞいた先には、もうもうと黒煙をあげている乗用車が一台見える。
先程の爆発音の正体はこの車だったのかもしれない。
黒煙を上げる車以外にも、そこには数台の車が停まっていた。その中に一台の四輪駆動車があり、警備員たちの視線は、そこに注がれている。
「うわ、ウチの車だ……」
天羽高志がつぶやいた。
「敵は、爆発物、及び銃器を手にしています」
まるでその報告に呼応するかのように、パン! パン! という銃声があたりに響いた。
「なるほど、で? 何人だ?」
そう問いながらも、秀就の目は、食い入るようにランクルを見つめている。その影に隠れている賊を透視しようとしているかのようだが、いくら妖しとはいえ、大神の一族にそこまでの能力はなかった。
「それが……どうやら一人のようです」
現場の指揮官は気まずげにうつむく。たった一人に翻弄されている自分たちを恥じたのだろう。
「では、一気に捉えろ。なるべくなら生け捕りに。本来の姿になれば、たった一人の射つ鉄砲玉くらい躱せるだろう」
秀就からの指示に、指揮官は「はっ!」と顔を上げると、無線で林の向こうにいる仲間に作戦を伝えた。
「大神家では、随分と人間の作った機械を取り入れているのね」
鳴海灯 の声が聞こえた。灯につづき、六角芙蓉 の姿も見える。
「好むと好まないにかかわらず、人間と関わり合っていると、使わないではいられなくなりますよ。私のとこなんて、旅館を営んでいるから、普段の生活は人間と一緒。まあ、使用人は人間ばかりですしねえ」
二人の背後から、ゆっくりと歩いてくる九鬼勝治の姿もあった。
その間にも、警備員たちはそれぞれが配置につて、賊襲撃のための準備を、着々と進めていた。
「では、作戦を開始する。スタンバイ……」
いよいよ侵入者の捕獲がはじまる。
全員が口をつぐんだ。
周囲の空気がきゅうっと引き締まり、緊張感が高まっていく。
秀就はすっと背筋を伸ばし、腕組みをしたまま扉の外を見つめていた。
「GO!」
その場にいた五名の警備員が消え、細めに開かれていた扉が、突風にでも煽られたかのように勢いよく開いた。
バアン!
黒い旋風 が、勢いよく開いた扉をすり抜けて、駐車場の一点に向かって飛ぶ。その先には、天羽高志が運転してきた大きな四輪駆動車があった。
駐車場の向こうの林の中からも同じものが、飛び出してくる。
ドウン!
耳の痛くなるような爆発音とともに、車が吹き飛んだ。と同時に、様子を見守っていたものの中から、息を呑む音が聞こえた。
爆発炎上する大きな四輪駆動車のまわりに、何頭かの狼が、苦しげな鳴き声を上げながら転がっている。
「何だとっ!」
秀就が拳を握りしめ、唸る。
ランクルが爆発すると同時に、影から飛び出した何かが、灰色の残像を残し、大神家の屋根へと駆け上がっていった。
爆発を免れた狼(警備員)たちは、灰色の侵入者を追かけて行く。
「やはり狼か!?」
天羽高志が駐車場へ飛び出す。
無残にも爆発炎上する己の車を一瞥し「ちくしょう!」と言い捨てると、彼もまた影の後を追って行った。
そう言って泰造が立ち上がった時、バタバタと、新たな足音が聞こえてきた。
「し……信乃様が!」
開きっぱなしの扉から、スーツ姿の警備員がもう一人姿を現した。よほどあわてているのだろう、報告する声が上ずっている。
「どうしました!?」
すでに立ち上がっていた泰造は、長テーブルに手をついて身を乗り出した。
「異界渡りです! 大神家の敷地内の畑で……どうやら信乃様が異界渡りを! おそらく秀一様と翔様もご一緒かと思われますが、あまりに異界の気配が濃く、我々には近づくことが……」
バァアァァーーーン!
けたたましく響く破裂音。
「今度は何事だ!」
九鬼が吠え、天羽高志が椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。高志はそのまま廊下へと走り出て行く。
秀就もすぐにそれを追うように走り出したが、部屋の出入り口で立ち止まり、一度後ろを振り返った。
「安倍さん! 子どもたちの方はあなたにお願いする! 私は天羽と裏手へ向かう!」
そう叫びながら、もう秀就は高志と並んで全力で走り出していた。
秀就が天羽とともに、大神家北側にある裏口に到着すると、そこには数名のスーツ姿の警備員がすでに集まっている。
彼らは秀就の姿を認めると、軽く会釈をしたが、すぐにまた扉の外へと注意を向けた。
あたりには、焦げ臭い匂いが立ち込めている。
現場の指揮官らしい男が、秀就の隣にすっと近づき、現状の報告を始めた。
「駐車場に停まっているランクルの後ろに侵入者は身を隠しています。駐車場の向こうの林の中にもすでに警備員三名を配置。取り囲んだところです」
秀就は説明を受けながら、細く開いた裏口のドアから駐車場の様子をうかがった。
むうっとした熱気が秀就を包むと同時に、異様な匂いが更に強くなり、彼の敏感な鼻を刺激した。
のぞいた先には、もうもうと黒煙をあげている乗用車が一台見える。
先程の爆発音の正体はこの車だったのかもしれない。
黒煙を上げる車以外にも、そこには数台の車が停まっていた。その中に一台の四輪駆動車があり、警備員たちの視線は、そこに注がれている。
「うわ、ウチの車だ……」
天羽高志がつぶやいた。
「敵は、爆発物、及び銃器を手にしています」
まるでその報告に呼応するかのように、パン! パン! という銃声があたりに響いた。
「なるほど、で? 何人だ?」
そう問いながらも、秀就の目は、食い入るようにランクルを見つめている。その影に隠れている賊を透視しようとしているかのようだが、いくら妖しとはいえ、大神の一族にそこまでの能力はなかった。
「それが……どうやら一人のようです」
現場の指揮官は気まずげにうつむく。たった一人に翻弄されている自分たちを恥じたのだろう。
「では、一気に捉えろ。なるべくなら生け捕りに。本来の姿になれば、たった一人の射つ鉄砲玉くらい躱せるだろう」
秀就からの指示に、指揮官は「はっ!」と顔を上げると、無線で林の向こうにいる仲間に作戦を伝えた。
「大神家では、随分と人間の作った機械を取り入れているのね」
「好むと好まないにかかわらず、人間と関わり合っていると、使わないではいられなくなりますよ。私のとこなんて、旅館を営んでいるから、普段の生活は人間と一緒。まあ、使用人は人間ばかりですしねえ」
二人の背後から、ゆっくりと歩いてくる九鬼勝治の姿もあった。
その間にも、警備員たちはそれぞれが配置につて、賊襲撃のための準備を、着々と進めていた。
「では、作戦を開始する。スタンバイ……」
いよいよ侵入者の捕獲がはじまる。
全員が口をつぐんだ。
周囲の空気がきゅうっと引き締まり、緊張感が高まっていく。
秀就はすっと背筋を伸ばし、腕組みをしたまま扉の外を見つめていた。
「GO!」
その場にいた五名の警備員が消え、細めに開かれていた扉が、突風にでも煽られたかのように勢いよく開いた。
バアン!
黒い
駐車場の向こうの林の中からも同じものが、飛び出してくる。
ドウン!
耳の痛くなるような爆発音とともに、車が吹き飛んだ。と同時に、様子を見守っていたものの中から、息を呑む音が聞こえた。
爆発炎上する大きな四輪駆動車のまわりに、何頭かの狼が、苦しげな鳴き声を上げながら転がっている。
「何だとっ!」
秀就が拳を握りしめ、唸る。
ランクルが爆発すると同時に、影から飛び出した何かが、灰色の残像を残し、大神家の屋根へと駆け上がっていった。
爆発を免れた狼(警備員)たちは、灰色の侵入者を追かけて行く。
「やはり狼か!?」
天羽高志が駐車場へ飛び出す。
無残にも爆発炎上する己の車を一瞥し「ちくしょう!」と言い捨てると、彼もまた影の後を追って行った。