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深まりゆく秋

 取っ組み合いの喧嘩の結果は、両者先生に取り押さえられて引き分けというところだった。傷の程度で言えば、空穏が一番ひどい状態だ。
 背中をしたたか椅子に打ち付けたために、擦り剥け、血が滲み、大きな痣が浮き出ている。
 空穏と遼平と雷太は保健室に連行されることとなり、残りのクラスメイトは、なんとか調理実習を終わらせたらしい。
 三人は、昼休みに先生からお小言をもらい、その上それぞれの家庭にも電話連絡が入り、家に帰ってからもこってりと怒られるという、散々な結果となった。
 雷太は最初、遼平が先に手を出したのだと言いはったが、莉乃が「最初に嫌がらせをしたのは雷太くんです!」と証言してくれて、喧嘩両成敗ということになる。この一件で懲りたのか、親からも釘を刺されたためか、この事件を境に雷太が遼平に関わってくることは少なくなっていった。

 この頃になると、遼平は時々空穏の家に泊まるようになっていた。
 遼平の母親は時々県庁のある市まで出かける用事があるらしく、泊りがけで母親が家をあけるような日に、空穏の家に遼平が泊まりにやってくる。
 空穏の母の静香は一人になってしまう遼平の祖父の富雄を心配した。

「富雄さん一人になっちゃったら寂しくないですか?」
「たまには一人でゆっくりするよ。遼平もじじいと二人より、友達のうちのほうが楽しいだろうし、よろしくお願いします」

 と富雄は笑った。

 遼平と仲良くなっていた空穏にとっては、嬉しいことで、家庭科室の乱闘騒ぎの次の日も、遼平は空穏のうちに泊まりに来ることになっていた。

 スクールバスを降りて、いったん家に戻った遼平は、明日の学校の準備をして、ランドセルと着替えを持って空穏の家へとやってくる。
 空穏が二階の自室から家の前を眺めていると、赤く色づきはじめた葉っぱに縁取られた坂道を、走って来る遼平が見えた。


 遼平が泊まるときは、子どもたちはまず三人一緒にリビングのテーブルの上で宿題をして、少し遊んでからご飯を食べる。夜の七時頃になると、ぼちぼち太鼓の練習が始まるから、空穏の父、元の運転する軽トラの荷台に乗り込んで、集会所へと向かう。
 軽トラの荷台は思った以上に高さがあって、小柄な遼平は毎回乗るのに苦労しているようだった。

「遼平! ほら」

 空穏が手をかそうとすると

「うるさい、一人で乗れるわ!」

 と、頬を膨らませる。そのとなりで、元が清水を抱き上げて、荷台に載せる。

「おまえら、ちゃんと捕まってろ」

 そう言って元が運転席に乗り込むと、軽トラが動き出す。ゆっくりと発進させているのだろうが、それでも後ろに体がぐんと引っ張られ、子どもたちはその感覚に歓声を上げた。
 祭り囃子の練習は、大体夜七時から九時までとなる。まだ二年生の清水は、八時過ぎの一服(お茶)の時間を終えると、静香と一緒に先に家に帰る。空穏と遼平は最後まで練習をし、後片付けをして元と一緒にまた軽トラックで家へと向かう。
 家に帰れば時計はもう九時を回っていて、風呂に入って、後は寝るだけだ。

「もう遅いんだから、一緒に入っちゃいなさい!」

 と、家に帰り着くなり風呂へと追いやられるのが常だ。
 空穏の家は、数年前までは古い田舎家だったが、元がリフォームをして、風呂場も大きく明るくなっていた。二人で入ってもゆったりとした広さがある。
 小学六年ともなると、体のあちこちが大人になっていく。
 空穏は、声変わりはまだしていなかったが、陰毛はすでにちょろちょろと生えだしていた。

「遼平はまだ生えてないんだなー」
「うるさい!」

 ざばっと、頭から遼平に風呂の湯をかけられた。 

「いいか、みてろよ! そのうちクオンの身長を追い越してやるからな。山木だって、追い越してやる。そんでもって、ここだって、ボーボーになるんだからな!」

 負けず嫌いの遼平がムキになる姿に、クオンは笑った。
 心のなかで、雷太より大きくて、毛がボーボーの遼平は嫌だなと思った。遼平は小柄で顔もかわいいくせに、わりとすぐに怒るし、怒ると怖い。これで、大男になったら、最強になるんじゃないか? と、空穏は内心思った。

「すごい青痣になってる」

 遼平の指先がそっと空穏の背中をたどった。

「うは、それ、くすぐったい!」

 空穏が背中をよじる。

「あ、ごめんごめん、痛くない?」

 そう言って、遼平は手のひらをピッタリと空穏の背中につけた。

「なに?」
「手当っていうんだってさ、おじいちゃんが言ってた」
「うん? 手当?」
「うん、手当。猫とかもさ、怪我したら舐めたりするじゃん?」
「うん」
「人間もさ、怪我したところとかに手を当てたりすると、いいんだって」
「へー」 

 空穏がちらっと遼平の様子をうかがうと、真剣な顔で背中に手を当てている。
 背中にあたっている手のひらが、ゆっくりと移動していく。
 空穏はちょっとこそばゆくて、でもなんだか眠くなりそうなほど気持ちが良いと思った。これが、遼平の言っている手当ってやつなのかもしれないと思う。
 じわっとした快感に浸ろうとした時、不意に手が離れて、遼平が空穏の顔を覗き込んだ。

「どうだった?」
「うん、すっごっく気持ちよかった」

 そう言うと、遼平はニコリと嬉しそうに笑った。
 風呂から上がり、二階の空穏の部屋に一緒に上がっていくと、母が敷いてくれたのだろう、すでに布団が二つ並んでいる。

「おやすみ」

 電気を消して、オレンジ色の常夜灯にする。
 虫の声を聞きながら、いつしか二人は、夢の中へ落ちていった。
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