君との出会い
空穏が意識を手放していたのはほんのわずかな時間で、すぐに正気に返ったのだが、打ったのが頭であるために、保健室で休むようにと担任の蒲田に指示された。
本人としては、ちょっと頭がずきずきするものの、いたって元気だったのに、掃除もせずに下校まで横になっているように言われてしまった。なんだか掃除をサボってしまったみたいな気がするし、あのあと遼平と雷太たちがどうなったのか気が気でない。
けれども保健室はしんと静かで、白いカーテン越しの柔らかい光とぽかぽかした空気に、空穏はいつの間にかうとうとしてしまってた。
うっかり眠ってしまったことにハッとして目が覚める。
目を開いたとたんに、心配げに眉をひそめてこちらを見下ろす整った顔立ちが、飛び込んできた。
「うわぉうぅ!!」
思わず空穏が声を上げて飛び起きると、空穏を見下ろしていた遼平もその勢いにびっくりしたようにのけぞる。
何しろ超好みの顔が、眼を覚ましたとたんに、視界いっぱいに広がっていたのだ。空穏は赤くなりながらバタバタと意味もなく手を振り回した。
「えっと……あの……その……え??」
何か話そうとしたものの、うまく言葉にならなくて、訪れた妙な沈黙に、空穏はいたたまれなくなる。
しんとした空気のなか、うつむいていた遼平がちらりと空穏を見上げた。
上目遣いの遼平に空穏の心臓が不規則に跳ねた。
視線の先で、少しすねたように尖っていた唇がひらく。
「さっきは、ごめん。それと、えっと……ありがとう」
遼平の頬はほんのりとピンク色に染まっていた。遼平の赤面は、単に礼を言うことの気恥ずかしさからくるものなのだろうが、空穏にとってはじゅうぶんな破壊力があった。
「いやっ!」
緊張しきりの空穏からは、場違いなほど大きな声が飛び出すが、本人はそのことにすら気づいていない。
「ぜんぜん……ぜんっぜん、大丈夫だしっ! あの、俺も、なんかいろいろ役に立てなくって! ごめんっ!」
勢いの良い言葉とともにがばっと頭を下げた。
そのままの姿勢でちろりと視線を上げると、びっくりしたように空穏をみていた遼平が小さくふふっと笑った。
「はは、は、ははは」
空穏も遼平の笑顔を見ながら、笑ってみせる。はじめはちょっとわざとらしかった笑いが、ホントの笑いになっていった。
保健室をあとにした空穏と遼平は、昇降口を出て、学校裏の敷地に停まっていたスクールバスに乗り込む。すでにバスの中には戸沢集落の五人の生徒が勢揃いしていた。スクールバスとはいっても、乗るのはたったの七人だから、小さなマイクロバスだ。
今戸沢にいる小学生は、高学年は空穏一人で、後はみんな四年生以下のチビたちが五人である。
空穏と遼平が並んで後部座席に座ると、キラキラと目を輝かせたチビたちに遼平は質問攻めにされた。
特に小学二年生の空穏の妹の清水は、二人の前の座席でほとんど後ろ向きに座って、自己紹介をすると、好きな食べ物、好きな遊び、好きなアニメと、あまり意味のなさそうな質問をバンバンぶつけてくる。それとともに、自分の好きなものについても熱く語っていた。
まったく遼平と会話ができない空穏が苛立って「清水うるせえ!」と言ったけれど、清水は兄に向かってべっと舌を出し、まったくこたえた様子はない。
そんな中で、四年になる大槻杏樹と目のあった遼平がくいっとわずかに頭を下げた。
「りょうちゃん、久しぶりー」
色白でほんの少しポチャッとした杏樹は、いつものほんわりとした口調で遼平に声をかけた。
「あれ?」「あんちゃん、知ってるの!? 遼平くんのこと知ってるの?」
チビたちが一斉にしゃべりだして、マイクロバスの中は大にぎわいとなった。
「はとこなんだよー」
杏樹が答えた。
戸沢集落はみな名字が佐藤か大槻で、だいたい全員どこかしらかで血縁関係にある。杏樹の家は大槻家の本家といわれる古い大きなお屋敷だ。
「はとこー?」
「うん。りょうちゃんのおじいちゃんと、うちのじいちゃんが兄弟だったんだってー」
へえええ、とチビたちは感心したように杏樹と遼平を見比べた。
遼平は少し居心地が悪そうに、口を引き結び窓の外に視線を向けている。
小さなスクールバスは、くねくねと曲がりくねった山の縁を渡り、戸沢の集落へと入っていった。
バスの発着所は廃校となった旧戸沢小学校だ。小学校の校庭にバスが到着すると、子どもたちはそれぞれの家へと帰っていく。
空穏の家は、小学校より山に少し登っていかなくてはならないし、遼平の住んでいる富雄じいさんの家は小学校より少しだけ坂を下った方にある。
「じゃあね」
「うん。またあした」
「あ……、ねえ」
「……なに?」
振り返って遼平がこちらをみていた。
「クオンって、呼んでもいいのかな?」
そう言った遼平の声は少しだけ小さくて、空穏は思わず「もちろんっ!」と大きな声で答えていた。
遼平が笑う。こんなに全開の笑顔をみたのは、はじめてだった。
「あの、さ、じゃあ、俺も遼平って呼んでいい?」
「うん、もちろん! じゃあ、クオン明日ね!」
「うん、遼平、じゃあな!」
手を振って、別れる。
空穏は坂の上を見上げると、先に家へ向かった清水を追って勢いよく走り出した。
本人としては、ちょっと頭がずきずきするものの、いたって元気だったのに、掃除もせずに下校まで横になっているように言われてしまった。なんだか掃除をサボってしまったみたいな気がするし、あのあと遼平と雷太たちがどうなったのか気が気でない。
けれども保健室はしんと静かで、白いカーテン越しの柔らかい光とぽかぽかした空気に、空穏はいつの間にかうとうとしてしまってた。
うっかり眠ってしまったことにハッとして目が覚める。
目を開いたとたんに、心配げに眉をひそめてこちらを見下ろす整った顔立ちが、飛び込んできた。
「うわぉうぅ!!」
思わず空穏が声を上げて飛び起きると、空穏を見下ろしていた遼平もその勢いにびっくりしたようにのけぞる。
何しろ超好みの顔が、眼を覚ましたとたんに、視界いっぱいに広がっていたのだ。空穏は赤くなりながらバタバタと意味もなく手を振り回した。
「えっと……あの……その……え??」
何か話そうとしたものの、うまく言葉にならなくて、訪れた妙な沈黙に、空穏はいたたまれなくなる。
しんとした空気のなか、うつむいていた遼平がちらりと空穏を見上げた。
上目遣いの遼平に空穏の心臓が不規則に跳ねた。
視線の先で、少しすねたように尖っていた唇がひらく。
「さっきは、ごめん。それと、えっと……ありがとう」
遼平の頬はほんのりとピンク色に染まっていた。遼平の赤面は、単に礼を言うことの気恥ずかしさからくるものなのだろうが、空穏にとってはじゅうぶんな破壊力があった。
「いやっ!」
緊張しきりの空穏からは、場違いなほど大きな声が飛び出すが、本人はそのことにすら気づいていない。
「ぜんぜん……ぜんっぜん、大丈夫だしっ! あの、俺も、なんかいろいろ役に立てなくって! ごめんっ!」
勢いの良い言葉とともにがばっと頭を下げた。
そのままの姿勢でちろりと視線を上げると、びっくりしたように空穏をみていた遼平が小さくふふっと笑った。
「はは、は、ははは」
空穏も遼平の笑顔を見ながら、笑ってみせる。はじめはちょっとわざとらしかった笑いが、ホントの笑いになっていった。
保健室をあとにした空穏と遼平は、昇降口を出て、学校裏の敷地に停まっていたスクールバスに乗り込む。すでにバスの中には戸沢集落の五人の生徒が勢揃いしていた。スクールバスとはいっても、乗るのはたったの七人だから、小さなマイクロバスだ。
今戸沢にいる小学生は、高学年は空穏一人で、後はみんな四年生以下のチビたちが五人である。
空穏と遼平が並んで後部座席に座ると、キラキラと目を輝かせたチビたちに遼平は質問攻めにされた。
特に小学二年生の空穏の妹の清水は、二人の前の座席でほとんど後ろ向きに座って、自己紹介をすると、好きな食べ物、好きな遊び、好きなアニメと、あまり意味のなさそうな質問をバンバンぶつけてくる。それとともに、自分の好きなものについても熱く語っていた。
まったく遼平と会話ができない空穏が苛立って「清水うるせえ!」と言ったけれど、清水は兄に向かってべっと舌を出し、まったくこたえた様子はない。
そんな中で、四年になる大槻杏樹と目のあった遼平がくいっとわずかに頭を下げた。
「りょうちゃん、久しぶりー」
色白でほんの少しポチャッとした杏樹は、いつものほんわりとした口調で遼平に声をかけた。
「あれ?」「あんちゃん、知ってるの!? 遼平くんのこと知ってるの?」
チビたちが一斉にしゃべりだして、マイクロバスの中は大にぎわいとなった。
「はとこなんだよー」
杏樹が答えた。
戸沢集落はみな名字が佐藤か大槻で、だいたい全員どこかしらかで血縁関係にある。杏樹の家は大槻家の本家といわれる古い大きなお屋敷だ。
「はとこー?」
「うん。りょうちゃんのおじいちゃんと、うちのじいちゃんが兄弟だったんだってー」
へえええ、とチビたちは感心したように杏樹と遼平を見比べた。
遼平は少し居心地が悪そうに、口を引き結び窓の外に視線を向けている。
小さなスクールバスは、くねくねと曲がりくねった山の縁を渡り、戸沢の集落へと入っていった。
バスの発着所は廃校となった旧戸沢小学校だ。小学校の校庭にバスが到着すると、子どもたちはそれぞれの家へと帰っていく。
空穏の家は、小学校より山に少し登っていかなくてはならないし、遼平の住んでいる富雄じいさんの家は小学校より少しだけ坂を下った方にある。
「じゃあね」
「うん。またあした」
「あ……、ねえ」
「……なに?」
振り返って遼平がこちらをみていた。
「クオンって、呼んでもいいのかな?」
そう言った遼平の声は少しだけ小さくて、空穏は思わず「もちろんっ!」と大きな声で答えていた。
遼平が笑う。こんなに全開の笑顔をみたのは、はじめてだった。
「あの、さ、じゃあ、俺も遼平って呼んでいい?」
「うん、もちろん! じゃあ、クオン明日ね!」
「うん、遼平、じゃあな!」
手を振って、別れる。
空穏は坂の上を見上げると、先に家へ向かった清水を追って勢いよく走り出した。