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秋の終わり

 遼平はその後、数日入院をすることになった。風邪をこじらせた挙句、肺炎をおこしてしまっていたらしい。
 空穏がお見舞いに行きたいというと、静香は結に連絡を取り、水曜の学校帰りに少しだけ遼平の入院する病院へお見舞いに行ってもいいことになった。

 お見舞いに行く日。
 空穏は学校が終わると、校門で迎えを待っていた。

「クオン、バイバーイ!」
「遼平によろしくな~」
「クオン、ちゃんと遼平くんに手紙渡してよね!」

 クラスメイトたちが目の前を通り過ぎていく。校門前でぽつねんと立っているのは、なかなかに苦痛だ。手持ち無沙汰を紛らわすように空穏は手にした紙の手提げ袋の中身を確認した。
 先生から渡されたお便りの入った大きな封筒。クラスメイトからの一言の書かれたお手紙。宿題のプリント。

「よおクオン! 待たせたな!」

 威勢のよい声がして、紙袋の中から顔をあげると、目の前には同じ集落に住む中学三年生の佐藤陽菜さとうひなが立っていた。
 陽菜は空穏が遼平の見舞いに行くというと、自分も一緒に行くと言いだしたのだ。陽菜はあの集落の子どもたちのリーダーとして、空穏と一緒にお見舞いに行くのだと言った。大人たちも、陽菜ちゃんが一緒なら安心ねと言う。
 オレ一人でも行けるのに! と、空穏は少しだけ唇を尖らせた。
 陽菜と一緒に遼平の御見舞をし、スクールバスには乗れないので、元が迎えに来てくれることになっている。

 病院へ到着すると、受付の中の人達は皆忙しそうに仕事をしている。なんだか、声をかけづらい。

「ちょっと待ってろよ!」

 陽菜がキョロキョロとしながらも、なんとか受付で遼平の病室を聞き出してきた。
 一人で来れると思っていたのだが、このときは陽菜がいてよかったと、空穏は思った。一人だったらおろおろとしてしまい、なかなか受付の中の大人に声をかけられそうにない。
 病院の見取り図を見ながら、二人は病室を目指した。かなり広い病院で、乗り込むエレベーターを間違えると、目的の場所にたどり着かないらしい。

 ようやく扉の脇のプレートに遼平の名前を発見したときは、二人は顔を見合わせてうなずきあった。

 病室に入ると、ベットの上で点滴につながれた良平は、二人に笑顔を向けた。

「遼平! どう? 元気になった?」

 空穏がベットの脇に駆け寄ると、遼平は「元気だよ!」といって力こぶを作ってみせる。

「はい、これ学校から」

 空穏は持っていた紙袋を差し出した。

「まあ、ありがとうね」

 遼平に付き添っていた結がその紙袋を受け取った。病室は四人部屋だけれど、他のベットとはカーテンで仕切られていて見えない。

「空穏くん。杏樹ちゃんからいろいろきいたわ。遼平のわがままに付き合ってくれてありがとう。いろいろごめんなさいね」

 結が椅子を勧めてくれた。戸棚からお菓子をだして、空穏と陽菜の前に出してくれる。

「飲み物、スポーツドリンクでいいかしら?」

 空穏と陽菜が「はい!」と返事をすると、結は病室を出ていった。

 白いカーテンで仕切られた空間に、陽菜と空穏と、ベットの上の遼平の三人になった。

「聞いたぞ遼平。また引っ越すんだって?」

 陽菜が、お菓子の包装紙をさっそく剥きながら言った。

「お父さんとお母さんと一緒に住めるようになったんだろう? よかったな」

 陽菜にそう言われて、遼平は強く首を振った。

「よくない、勝手だよ」

 ぷっと遼平の頬が膨れる。

「勝手に喧嘩してさ。勝手に引っ越して」
「だから、またもとに戻れるんだろう? よかったじゃねえか」

 陽菜は壁によりかかり足を組んだ。

「よくないよ!」

 今度は遼平に代わり、空穏が陽菜の方へと身を乗り出して抗議する。

「せっかく仲良くなったのに、引っ越したら皆と会えなくなるんだぞ。お祭りだって、たくさん練習したのに、一度も参加できないんだ。子どもは大人の都合に合わせるしかないなんて、おかしいや!」

 空穏の言葉に、遼平もそうだそうだと相槌を打つ。
 陽菜は二人の話を聞いていたはずなのに、すぐには返事をせず、包装紙をゴミ箱に捨て中から出てきたブッセをパクパクと食べた。

「うわ、これ好きなんだ。空穏も食べたら?」

 空穏は手にしたお菓子の包を見つめてから「いらない」と首をふった。

「なあ、空穏と遼平は、今何年生だよ?」
「……六年だよ、知ってるだろ?」

 空穏はふてくされて答える。

「だよなあ。ボクは中学三年。ボクはさあ、後数ヶ月したら家を出るわけで、そうしたら、いつか戸沢に帰るかもしれないけど、もしかしたら一生戻らないかもしれないわけ」

 陽菜はいらないならよこせと、空穏の手の中のブッセも奪い取る。

「空穏だって、あと三年。そうしたら、親とは一緒にいれなくなるだろう? 最近さあ、そんなことを思うとすごく怖くなったりするんだよな」
「こわい?」

 空穏と遼平の声が重なった。陽菜から怖いなんて言葉が出るのも似合わないし、大体二人にはなにが怖いのかもわからなかった。

「うん。親子でさ、いや、これから先だって親子だけどさ、でもなんか中学を卒業したら、なんか違ってきそうな気がしてさ。なんていうか……本当の親子でいられる時間って、すげー短いんだなあとかさあ。お前らだって三年だよ! あと三年。そしたら大人!」
「え……そうかなあ?」
「よそは知らんけど、戸沢はそうなの。お前らだって戸沢の子なんだからそうなんだよ!」

 空穏が陽菜に言われたことを考えてみる。
 産まれてからこれまで、すごく長い時間だった気がするけど、あっという間だった気もする。それから考えたらあと三年って、たしかにすごく短い。

「今って平均寿命って、いくつだっけ? 八十くらい? だったらさ、三年くらい親と一緒にいればいいじゃん。ボクは今すごく不安なんだな。まずは朝一人で起きれるのかが一番不安」

 陽菜がブッセを食べ終えて、手をぱんぱんと叩いた。遼平がベットの隣の棚にあるウエットティッシュを陽菜に渡す。そうして、顎に手を当てて少し考えた後に、ぱっと顔を上げて、陽菜と空穏の顔を見た。

「あと三年か……。じゃあ、オレ決めた! オレさ、高校になったら、またクオンに会いに来る。クオンと同じ高校に行く」
「ん? それは難しくないか? 高校って、学区とがあんだろ?」
「なんだよ。高校生になったら大人だろ? オレは一人暮らしして、クオンと同じ学校に行く」
「あー、まあ、頑張ってみれば?」

 陽菜と遼平がそんな言い合いをしていると、結が元と一緒に病室に入ってきた。

「遅くなっちゃってごめんなさいね。もう、お迎えがきちゃったわ」

 結は陽菜と空穏に売店で買ってきたスポーツドリンクを手渡した。
 結の後ろから病室に入ってきた元は、遼平の足元の方に立つと「調子はどうだ?」と、聞いた。遼平はニコリと笑顔を見せて「もう、ほとんど良くなりました」と答える。

「そうか、早く退院しないとな。空穏と同じ高校に行くんだろう?」

 はじめがそう言ってニヤリとした。どうやら、話を途中から聞かれていたらしい。遼平は目をパチクリとして顔を赤くした。

「さあ、帰るぞ。あんまり長居して、遼平くんが疲れるといけないからな」

 元の言葉を合図に、陽菜と空穏は帰り支度をする。
 
「空穏くん?」

 病室を出ようとした時、結の声がして、空穏は足を止めた。

「空穏くん。遼平と仲良くなってくれてありがとう。それから遼平」

 後ろを振り向き遼平と向かい合った結が静かに頭を下げた。

「……ごめんなさいね」

 そうつぶやいた結の声が、わずかに震えていた。
 
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