例大祭
もしかして、つらいのだろうか? 空穏は遼平の方を肩を軽く揺すった。
「大丈夫?」
「うん。くっついててもいい? あったかい」
「うん」
少しでも温かいように、空穏もそっと身を寄せ、二人で眼下の山道をみていた。
山車には、びっしりと提灯が飾られている。強い光を発して明滅する電飾は、夜だからこその賑やかさで山車を彩っている。ギラギラと光り輝く山車が、男たちの手によって、激しく動いていた。
二つの山車はいったん離れ、それぞれの存在を誇示するかのように、体制を変え動き回る。しばらくすると、その動きが静かになり、ぶつかり合いのために体制を整え始める。
――エイサー、ヨイサー、エイサー、ヨイサー
お囃子の音に混じって、威勢のよい掛け声が遠くに聞こえる。本当ならば、空穏はあの中で掛け声を上げているはずだ。遼平にだって、本当はあのぶつかり合いを間近で見せてやりたい。近くで見たほうが断然迫力があるのだ。でも、そうすると見つかる可能性が高くなってしまう。
「そろそろかな。遼平、またぶつかるよ?」
そう言って隣を見ると、遼平は目を閉じて空穏に体を預け、は、は、と浅い呼吸をしていた。
「遼平? もしかして、つらいの?」
空穏が慌てて遼平の体を揺すると、ぼんやり目を開けてコホコホと咳をしながら「へいき……」と言った。額に手を当てると、燃えるように熱い。
「ばか、平気じゃねえだろ! 遼平、歩ける? 帰っから!」
腕を取って歩き出そうとするが、遼平はふらふらと足に力が入らないらしい。
「ここで待ってて? 遼平。オレ、山車ンとこ行って父ちゃん呼んでくっから」
遼平は、神社の灯籠の根本にくたりと座り込んで返事もしない。早く助けを呼ばなければならないのに、こんな状態の遼平を一人でおいていくことも、不安でできそうにない。空穏が途方にくれていた時だった。
「大丈夫かい?」
二人の様子を見ていた老夫婦が、声をかけてくれた。
「すいません! 具合が悪くなっちゃったみたいなんです。オレ父ちゃん呼んできますんで見ていてもらえますか!」
老夫婦が、まごついている間に「すぐ戻りますから!」と、空穏はもう返事も聞かずに、一目散に人混みをかき分けて参道を駆け下りていった。
空穏は走った。
人波にのまれ、とても走ってるとは言えないようなスピードだったけれど、空穏は精一杯駆けた。泣きそうになりながら「すいません! すいません!」と、声を上げた。
ようやくぶつかり合う山車のところへたどり着くと、こちらが見つけるよりも先に、静香に見つけられてしまった。
「元くん! 空穏いたーっ!」
空穏を見つけたとたん、静香は山車をひいている元に向かって、叫ぶ。
すでに遼平が寝床を抜け出したことも、空穏が一緒にいるということも、集落中の皆が承知していたようで、元は空穏の顔を見るなり「遼平くんはどうした!」と、大声できいてきた。
空穏が事情を説明すると、集落の若衆たちは元がお囃子を抜けることを了承し、空穏と元は遼平のもとへと取って返す。走りながら、元はスマホを操作していた。
「ああ、結ちゃんか? ……ああ、遼平くんと空穏が見つかった。やっぱり神社にきてたらしい。遼平くんがちょっと具合が悪いらしくて、参道手前のところまで車で迎えにこれっかい? 集落の男衆はみんな酒入ってっから、運転できねえ」
遼平の両親へ連絡を入れ、元が携帯を切る頃には、もう神社の境内へと到着していた。
遼平のそばでは、さきほどの老夫婦が、心配そうな顔でオロオロとしていた。
「すいません、ご迷惑かけました」
元が頭のねじり鉢巻きを取りながら頭を下げると、老夫婦はホッとしたような顔をする。
「ああ~、ぼく、よかったねえ。お父さんがお迎えに来たよ。ああ、本当によかった……」
あまりにぐったりとした遼平を、老夫婦は心底心配していたらしい。遼平を元の背に乗せるのを手伝うと、自分たちは迷惑をかけられたというのに、何度も頭を下げながら祭りの人混みへと消えていった。
「ごめんなさい……。オレが、祭りに行きたいって……オレが、悪いんだ……」
遼平は、元の背に乗ってから、ずっとうわ言のように言っている。
空穏は、涙が滲んで目元を拭った。
「父ちゃん……遼平、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。風邪ひいて熱があるのに、こんな寒い中遊び回ってたら、こうなって当たり前だ。水分取って、あったかくして……熱が高いようだから、医者に行かないといけないかもしれないが……」
元は遼平をおぶったまま歩きはじめる。空穏は父のとなりで、背中の遼平を見つめながら歩いた。
「ごめん……クオン」
かすれた遼平の声が聞こえた。
「遼平?」
空穏が声をかけたが返事はなく、遼平は時折咳き込みながら、元の背中でうとうととしているようだった。
参道入口の大きな鳥居の前で少し待っていると、車が一台止まった。
後部座席のドアが開き、そこから結が顔を出す。元は背中に背負った遼平を結に渡した。
「ごめんなさい、すぐに車を出すから、後でちゃんとお宅に伺いますから!」
結がそういうと、車は空穏と元をおいて、発進する。曲がりくねる山道を降りていくテールランプを、空穏は見えなくなるまでじっと見送っていた。
「大丈夫?」
「うん。くっついててもいい? あったかい」
「うん」
少しでも温かいように、空穏もそっと身を寄せ、二人で眼下の山道をみていた。
山車には、びっしりと提灯が飾られている。強い光を発して明滅する電飾は、夜だからこその賑やかさで山車を彩っている。ギラギラと光り輝く山車が、男たちの手によって、激しく動いていた。
二つの山車はいったん離れ、それぞれの存在を誇示するかのように、体制を変え動き回る。しばらくすると、その動きが静かになり、ぶつかり合いのために体制を整え始める。
――エイサー、ヨイサー、エイサー、ヨイサー
お囃子の音に混じって、威勢のよい掛け声が遠くに聞こえる。本当ならば、空穏はあの中で掛け声を上げているはずだ。遼平にだって、本当はあのぶつかり合いを間近で見せてやりたい。近くで見たほうが断然迫力があるのだ。でも、そうすると見つかる可能性が高くなってしまう。
「そろそろかな。遼平、またぶつかるよ?」
そう言って隣を見ると、遼平は目を閉じて空穏に体を預け、は、は、と浅い呼吸をしていた。
「遼平? もしかして、つらいの?」
空穏が慌てて遼平の体を揺すると、ぼんやり目を開けてコホコホと咳をしながら「へいき……」と言った。額に手を当てると、燃えるように熱い。
「ばか、平気じゃねえだろ! 遼平、歩ける? 帰っから!」
腕を取って歩き出そうとするが、遼平はふらふらと足に力が入らないらしい。
「ここで待ってて? 遼平。オレ、山車ンとこ行って父ちゃん呼んでくっから」
遼平は、神社の灯籠の根本にくたりと座り込んで返事もしない。早く助けを呼ばなければならないのに、こんな状態の遼平を一人でおいていくことも、不安でできそうにない。空穏が途方にくれていた時だった。
「大丈夫かい?」
二人の様子を見ていた老夫婦が、声をかけてくれた。
「すいません! 具合が悪くなっちゃったみたいなんです。オレ父ちゃん呼んできますんで見ていてもらえますか!」
老夫婦が、まごついている間に「すぐ戻りますから!」と、空穏はもう返事も聞かずに、一目散に人混みをかき分けて参道を駆け下りていった。
空穏は走った。
人波にのまれ、とても走ってるとは言えないようなスピードだったけれど、空穏は精一杯駆けた。泣きそうになりながら「すいません! すいません!」と、声を上げた。
ようやくぶつかり合う山車のところへたどり着くと、こちらが見つけるよりも先に、静香に見つけられてしまった。
「元くん! 空穏いたーっ!」
空穏を見つけたとたん、静香は山車をひいている元に向かって、叫ぶ。
すでに遼平が寝床を抜け出したことも、空穏が一緒にいるということも、集落中の皆が承知していたようで、元は空穏の顔を見るなり「遼平くんはどうした!」と、大声できいてきた。
空穏が事情を説明すると、集落の若衆たちは元がお囃子を抜けることを了承し、空穏と元は遼平のもとへと取って返す。走りながら、元はスマホを操作していた。
「ああ、結ちゃんか? ……ああ、遼平くんと空穏が見つかった。やっぱり神社にきてたらしい。遼平くんがちょっと具合が悪いらしくて、参道手前のところまで車で迎えにこれっかい? 集落の男衆はみんな酒入ってっから、運転できねえ」
遼平の両親へ連絡を入れ、元が携帯を切る頃には、もう神社の境内へと到着していた。
遼平のそばでは、さきほどの老夫婦が、心配そうな顔でオロオロとしていた。
「すいません、ご迷惑かけました」
元が頭のねじり鉢巻きを取りながら頭を下げると、老夫婦はホッとしたような顔をする。
「ああ~、ぼく、よかったねえ。お父さんがお迎えに来たよ。ああ、本当によかった……」
あまりにぐったりとした遼平を、老夫婦は心底心配していたらしい。遼平を元の背に乗せるのを手伝うと、自分たちは迷惑をかけられたというのに、何度も頭を下げながら祭りの人混みへと消えていった。
「ごめんなさい……。オレが、祭りに行きたいって……オレが、悪いんだ……」
遼平は、元の背に乗ってから、ずっとうわ言のように言っている。
空穏は、涙が滲んで目元を拭った。
「父ちゃん……遼平、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。風邪ひいて熱があるのに、こんな寒い中遊び回ってたら、こうなって当たり前だ。水分取って、あったかくして……熱が高いようだから、医者に行かないといけないかもしれないが……」
元は遼平をおぶったまま歩きはじめる。空穏は父のとなりで、背中の遼平を見つめながら歩いた。
「ごめん……クオン」
かすれた遼平の声が聞こえた。
「遼平?」
空穏が声をかけたが返事はなく、遼平は時折咳き込みながら、元の背中でうとうととしているようだった。
参道入口の大きな鳥居の前で少し待っていると、車が一台止まった。
後部座席のドアが開き、そこから結が顔を出す。元は背中に背負った遼平を結に渡した。
「ごめんなさい、すぐに車を出すから、後でちゃんとお宅に伺いますから!」
結がそういうと、車は空穏と元をおいて、発進する。曲がりくねる山道を降りていくテールランプを、空穏は見えなくなるまでじっと見送っていた。