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例大祭

 自宅の母屋に戻った空穏は、超早業で着替えを済ませた。お祭り用の服は、空穏の部屋の中央に山になって積み重なっている。気がはやって、とても畳んでなんていられない。
 玄関で運動靴に足を入れ、三和土たたきにトントンとつま先をぶつけて履いた。
 ガラリと扉を開けて勢いよく飛び出すと、離れから出てきた祖父とちょうどかち合ってしまった。

「なんだぁ? 空穏、どごさいぐんだぁ」
「ん、祭りだよ。行ってきます!」

 怪訝な顔をした祖父だったが「気いつけるんだぞぉ」とだけ言って、庭に出ていく。空穏は出てきたのが祖父であったことに、ほっと胸をなでおろした。祖父は寡黙で、あれこれとうるさく言う人ではない。それに、少うしボケが入っている。口やかましい祖母が出てきたら、根掘り葉掘り聞かれるところだった。
 想像してブルッと身震いすると、空穏は慌ててかけだした。

 杏樹の家の炭小屋には遼平が一人で待っていた。杏樹はもう集会場へ戻ったらしい。
 空穏が小屋の中に飛び込むと、しゃがみこんでいた遼平の顔が上を向いた。ハの字だった眉がぱっと上がり、くしゃっと笑顔になる。

「へへへへ……」
「遼平、寒くねかった?」
「うん。たくさん着てるから、へいき」

 そう言って笑うが、鼻の頭は少し赤くなっている。

「空穏は暑そう」

 走ってきた空穏は、息を切らせて、汗までかいている。

「はい」

 遼平はポケットからタオル地のハンカチをだして、空穏に差し出した。

「汗かいたままだと、風邪ひくだろ?」
「ありがとう!」

 空穏がハンカチで汗を拭うのを、遼平はしゃがみこんだまま見上げていた。汗を拭いてしっとりとしてしまったハンカチを、空穏は少し考えてから、自分のジャンパーのポケットに突っ込んだ。

「んじゃ、行こうか?」

 空穏がそういうと、遼平は立ち上がる。二人してそっと炭小屋を後にして、田舎道を歩き出した。
 山車は、今の時間はまだ集会場で休憩をしているはずで、人に会う心配はあまりない。今のうちに集落を出なければと思う。

「遼平の家は大丈夫?」
「うん。皆、オレがふてくされて寝てると思ってる」
「じゃあ、しばらくは大丈夫かな?」

 それでも二人は、道の端やら木の陰を選びながら足早に神社へと向かった。


 集会場から三、四十分山道を歩くと、神社へとたどり着くことができる。
 参道の入り口には赤い大きな鳥居が建っていて、そこから神社まではたくさんの屋台と、何本もの幟が並んでいた。日が暮れ始めて、火の灯った提灯がお祭り気分を盛り上げている。
 ここまでくると、沢山の人がごった返していて、二人はその中に紛れ込むことができた。
 あちこちの店をのぞきながら歩くだけでも楽しい。

「ねえねえ、空穏、お金持ってきた?」
「ったりまえ!」

 空穏は肩から斜めにかけた黒いボディバックを掲げてみせた。

「オレもー!」

 遼平は首から財布だけさげているらしい。マフラーとコートの中から財布を発掘している。

「お面買おう。顔見えなくなるよ」
「え、それって逆に目立たない?」

 お面屋さんの前でさんざん逡巡した後に、二人は子どもたちの間で流行っている、変身ヒーローのお面をかった。

「げー、お面って高っ!」
「クオン、お金ある? 大丈夫?」
「うー、あるある。全財産持ってきた」

 二人はお面を頭の上にのせた。さすがにこれをかぶって歩いていては目立つので、知り合いの顔を見たら、すぐにこれをかぶろうということにした。
 またブラブラと歩きながら今度はクレープ屋さんを見つける。

「おごる!」

 空穏はそういうと、遼平の手を引いて、クレープ屋の前へと向かった。握った手の熱さに、空穏ははっとする。

「遼平、熱……大丈夫? つらくないの? 頭痛くない?」
 
 そう聞く空穏の手をそっと外して、遼平は笑顔で平気だといった。

「じゃあさ、空穏にはオレがおごってあげるよ」
「それって、意味あるの?」

 遠い目をした空穏に遼平はクスクスと笑いながら、意味あるよーといった。

「まあ、いいか。オレはね~。あ! メロン。メロンなんてある!」
「ふうん。空穏、メロン好きなの?」
「めっちゃ好き。遼平は?」
「うーん。いっつも迷うんだけど、ベリーベリーっていうヤツがいい」

 ブルーベリーやいちごの入ったクレープを、遼平は選んだ。
 メロンを遼平が、ベリーベリーを空穏が買って、それを交換する。交換する時、また空穏が「意味あるのか?」というと、どうやらそれがはまったらしく遼平はいつまでもクスクスと笑っていた。

 もうあたりはすっかりと暗くなり、参道の方からお囃子が聞こえてくる。山車が神社へやってきたのだ。
 山車の近くへ行こうとする遼平の腕を空穏は掴んで引き止めた。

「近くからだと見つかるかもしれないよ? こっち!」

 空穏は人の流れとは反対方向に歩き出す。
 神社は、参道から階段を登った先にある。それほど段数はないのだが、幾分急な階段を登って振り返ると、神社へ向かう参道と山道がよく見えた。

「ここなら見つからない」

 二人はおみくじをくくりつける紐の裏あたりから、お祭りの様子を眺めた。

「ぶつかり合いが始まる前に、お菓子をばらまくんだよ」
「へー。すごいね。あの動いてる山車の中でお囃子演奏するんだよね」
「うん。でも、危ないから夜は小学生は中には入らせてもらえない。山車の後ろからくっついて歩くだけ。そういえば、オレ、こんなところから山車のぶつかり合い見るのはじめてかも。いっつも山車の後ろをくっついてあるってるからさ」

 二人が息を詰めて見守っていると、菓子撒きが終わったのか、二つの山車がぶつかり合いをはじめた。
「とざわー!」だとか「くろだー!」という怒号が飛んでいる。
 
「なあ、遼平、そろそろ帰らない?」
「……まだ、もう少し見ていたい」

 そうは言ったものの、遼平の顔色が悪いような気がして、空穏は早く帰ったほうがよいのではと気が気ではない。断続的な咳も続いていた。

「じゃあ、ほんと、もう少しだよ?」
「うん。あと三回。三回山車がぶつかるまで見てる」
「……うん」

 遠くで山車と山車がぶつかって、観客から歓声が上がった。
 空穏の腕が重くなり、隣に目をやると、遼平が軽く目を瞑って空穏の腕に寄りかかっていた。
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