君との出会い
夏休みが終わり、始業式を迎えた山辺 小学校六年二組の教室は、いつも以上にざわめいていた。
「おはよー」
「なあなあ知ってる? このクラスに転校生が来るんだって」
転校生という言葉に、近くにいた生徒たちが聞き耳をたてる。
加賀美町立山辺 小学校は、東北地方の山間部にある、各学年ニクラスという小規模校だ。数年前に合併して、今では町にたったひとつの小学校となっている。
少子高齢化に悩む小さな町の小さな小学校では、転校生がやってくる事自体めずらしく、みんな興味津々なのだった。
「知ってるよ。その子、遼平っていうんだって。俺の住んでる集落に今日引っ越してくるんだ。父ちゃんが言ってた」
空穏 が自分の持っている情報を披露すると、クラス中の注目が集まる。
「え? クオンの集落に引っ越してくるの!?」
「なぁんでまた?」
空穏の住む戸沢集落は、小学校からは車で二十分ほども山道を登った先にある。たった六人しかいない小学生は、スクールバスで学校に通っている。
引っ越していく家族はいても、引っ越してくる家族なんてここ二十年くらいはいないような集落だ。
「じゃあ、クオンはその転校生に会ったことあんのかよ?」
後方から、山木雷太の野太い声がした。
小学六年生といえば成長著しい時期で、特に男子の体格差は大きい。雷太は六年二組の中でも一番体格の良い男子で、すでに身長は百六十を超え、体重も五十キロを超えていた。性格的にも我が強く、力もあるため、六年二組で逆らえる男子はいない。
一方空穏といえば、身長も体重も平均的。153センチの43キロ。見た目も学力もほぼ平均値、多少運動神経がいい程度の、いたって目立たない生徒だった。女子からはよく優しいねと評されるが、ようするに、気が小さいということだ。
「だいたいなんで、わざわざ戸沢なんかに引っ越してくるんだよ」
雷太の取り巻きの一人の言葉に、空穏はそこはかとない棘を感じる。
「集落に住んでるじいちゃんの孫なんだって。なんで越してくるかなんて、俺だって知らないよ。ただ、スクールバスとか一緒だから、面倒見てやれって、今日父ちゃんに言われてきたんだよ」
「同じ集落のじいさんの孫なのに、会ったことないのかよ」
「ないよ。じいさんの家にはきてたのかもしれないけどさ」
戸沢がいくら小さい集落だからって、住んでいる住人の親戚まで全員知っているわけないじゃないか。空穏は少しかちんと来たものの、それを表には出さない。不機嫌な態度を取って、雷太たちのグループに目の敵にされるのはゴメンだ。
「あのね、私、その転校生みたよ!」
女子の一人が会話に割って入ってきた。
「私もみた」
「すっごい可愛い子じゃなかった?」
「そう、それそれ! 私服だったし、お母さんみたいな人と一緒だったから、あれ絶対転校生!蒲田 先生と校長室に入っていったよね?」
「ねえクオン! あの子、男の子なの?」
「えっと、遼平って言ってたから、男の子だと思うよ?」
「へー、そうなんだあ。すっごく可愛い子だったんだよねえ」
その時廊下から、すったすったすったすったと、足音が聞こえてきた。少し引きずるような足音に、生徒たちはバタバタと自分の席へと戻って行く。
クラス中の視線が、教室前方の開け放たれたドアに集まる。
まず担任の蒲田 人志が姿を現した。
手に椅子をひっくり返して乗せた机を持っている。蒲田の後ろには小柄な生徒が一人、濃紺のランドセルの肩ベルトを握りながら立っていた。
『すっごく可愛い子だったんだよねえ』
空穏はぽけっと口を開いたまま、入り口に立つ転校生にみとれた。
まあるい形の良い頭にゆれる茶色い髪の毛。それ、染めたの? と聞きたくなるほど髪の色が薄い。ゆるく横分けにした少しだけ長い前髪。アーモンドみたいな形の目はちょっとつり気味で、山辺小のどの女子よりもかわいいと、空穏は思った。
制服が間に合わなかったのか、白いポロシャツにオフホワイトのジーンズが、なんだかおしゃれに見える。
はっきり言って、目の前に、空穏の理想が服を着て立っていた。
(え? 遼平だよね? 女の子? 遼平って名前の女の子?)
そんな、馬鹿なことを考えるくらいに、空穏の脳内は軽くパニクっている。
遼平が蒲田にうながされて、教室の中に入って来た。
空穏の首は、それを追って、右から左へと動く。
蒲田は、黄色いチョークで黒板に大きく「大槻遼平」と書き、そのわきに「オオツキリョウヘイ」と、ふりがなを振った。
遼平は、握っていたランドセルの肩ベルトから手を離して、まっすぐにクラスメイトたちと対峙する。
息を吸い、胸を張り「大槻遼平です。東京から引っ越してきました。よろしくお願いします」と自己紹介をすると、ぴょこんと頭を下げた。
「遼平さんは、空穏さんと同じ沢登地区に引っ越してきたそうです。空穏さん、しばらく遼平さんの面倒を見てあげてくれるかな?」
若い男性教諭といえば、それだけで女子に人気が出そうなものだが、蒲田に関して言うならば、それは当てはまらない。ポチャッとした外見といい、手入れしているとは思えない硬くて癖のある髪といい、どう贔屓目に見ても女子生徒にさわがれる要素は皆無だった。それでもたいそう優しい先生であり、いつも穏やかな様子は、生徒たちに好感を持たれている。
蒲田は、手にしていた机と椅子を、空穏の席の隣へ置いた。
遼平は新しく置かれた自分の机へ歩いてくると「よろしくね」と、空穏に向けて、ほんの少し笑顔を見せた。
空穏の心臓がどきんと大きく音を立てた。
「おはよー」
「なあなあ知ってる? このクラスに転校生が来るんだって」
転校生という言葉に、近くにいた生徒たちが聞き耳をたてる。
加賀美町立
少子高齢化に悩む小さな町の小さな小学校では、転校生がやってくる事自体めずらしく、みんな興味津々なのだった。
「知ってるよ。その子、遼平っていうんだって。俺の住んでる集落に今日引っ越してくるんだ。父ちゃんが言ってた」
「え? クオンの集落に引っ越してくるの!?」
「なぁんでまた?」
空穏の住む戸沢集落は、小学校からは車で二十分ほども山道を登った先にある。たった六人しかいない小学生は、スクールバスで学校に通っている。
引っ越していく家族はいても、引っ越してくる家族なんてここ二十年くらいはいないような集落だ。
「じゃあ、クオンはその転校生に会ったことあんのかよ?」
後方から、山木雷太の野太い声がした。
小学六年生といえば成長著しい時期で、特に男子の体格差は大きい。雷太は六年二組の中でも一番体格の良い男子で、すでに身長は百六十を超え、体重も五十キロを超えていた。性格的にも我が強く、力もあるため、六年二組で逆らえる男子はいない。
一方空穏といえば、身長も体重も平均的。153センチの43キロ。見た目も学力もほぼ平均値、多少運動神経がいい程度の、いたって目立たない生徒だった。女子からはよく優しいねと評されるが、ようするに、気が小さいということだ。
「だいたいなんで、わざわざ戸沢なんかに引っ越してくるんだよ」
雷太の取り巻きの一人の言葉に、空穏はそこはかとない棘を感じる。
「集落に住んでるじいちゃんの孫なんだって。なんで越してくるかなんて、俺だって知らないよ。ただ、スクールバスとか一緒だから、面倒見てやれって、今日父ちゃんに言われてきたんだよ」
「同じ集落のじいさんの孫なのに、会ったことないのかよ」
「ないよ。じいさんの家にはきてたのかもしれないけどさ」
戸沢がいくら小さい集落だからって、住んでいる住人の親戚まで全員知っているわけないじゃないか。空穏は少しかちんと来たものの、それを表には出さない。不機嫌な態度を取って、雷太たちのグループに目の敵にされるのはゴメンだ。
「あのね、私、その転校生みたよ!」
女子の一人が会話に割って入ってきた。
「私もみた」
「すっごい可愛い子じゃなかった?」
「そう、それそれ! 私服だったし、お母さんみたいな人と一緒だったから、あれ絶対転校生!
「ねえクオン! あの子、男の子なの?」
「えっと、遼平って言ってたから、男の子だと思うよ?」
「へー、そうなんだあ。すっごく可愛い子だったんだよねえ」
その時廊下から、すったすったすったすったと、足音が聞こえてきた。少し引きずるような足音に、生徒たちはバタバタと自分の席へと戻って行く。
クラス中の視線が、教室前方の開け放たれたドアに集まる。
まず担任の
手に椅子をひっくり返して乗せた机を持っている。蒲田の後ろには小柄な生徒が一人、濃紺のランドセルの肩ベルトを握りながら立っていた。
『すっごく可愛い子だったんだよねえ』
空穏はぽけっと口を開いたまま、入り口に立つ転校生にみとれた。
まあるい形の良い頭にゆれる茶色い髪の毛。それ、染めたの? と聞きたくなるほど髪の色が薄い。ゆるく横分けにした少しだけ長い前髪。アーモンドみたいな形の目はちょっとつり気味で、山辺小のどの女子よりもかわいいと、空穏は思った。
制服が間に合わなかったのか、白いポロシャツにオフホワイトのジーンズが、なんだかおしゃれに見える。
はっきり言って、目の前に、空穏の理想が服を着て立っていた。
(え? 遼平だよね? 女の子? 遼平って名前の女の子?)
そんな、馬鹿なことを考えるくらいに、空穏の脳内は軽くパニクっている。
遼平が蒲田にうながされて、教室の中に入って来た。
空穏の首は、それを追って、右から左へと動く。
蒲田は、黄色いチョークで黒板に大きく「大槻遼平」と書き、そのわきに「オオツキリョウヘイ」と、ふりがなを振った。
遼平は、握っていたランドセルの肩ベルトから手を離して、まっすぐにクラスメイトたちと対峙する。
息を吸い、胸を張り「大槻遼平です。東京から引っ越してきました。よろしくお願いします」と自己紹介をすると、ぴょこんと頭を下げた。
「遼平さんは、空穏さんと同じ沢登地区に引っ越してきたそうです。空穏さん、しばらく遼平さんの面倒を見てあげてくれるかな?」
若い男性教諭といえば、それだけで女子に人気が出そうなものだが、蒲田に関して言うならば、それは当てはまらない。ポチャッとした外見といい、手入れしているとは思えない硬くて癖のある髪といい、どう贔屓目に見ても女子生徒にさわがれる要素は皆無だった。それでもたいそう優しい先生であり、いつも穏やかな様子は、生徒たちに好感を持たれている。
蒲田は、手にしていた机と椅子を、空穏の席の隣へ置いた。
遼平は新しく置かれた自分の机へ歩いてくると「よろしくね」と、空穏に向けて、ほんの少し笑顔を見せた。
空穏の心臓がどきんと大きく音を立てた。
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