ぼくらの世界へ
このところ、眠りにつくたびに、毎回同じ夢を見る。
ぼくは空を見上げている。
視界いっぱいに広がるのは、セルリアンブルーの絵の具をぶちまけたみたいな、青。
雲ひとつない。
足元には、ふくらはぎほどの高さの草原が、濃く薄く輝いている。さわさわと草を揺らす乾いた風は、心地よくシャツと素肌の間を抜けていく。
だいたいいつもこんな風景の中にぼくはいる。
一番最初にこの景色の中に放り出されたときは、しばらく呆然として立ち尽くしていたっけ。
それから、あいつが来たんだ。
不意に、強い風と巨大な影がぼくを包みこんだ。それらは一瞬で、ぼくには何が起きたのかもわからなかった。ただ頭を抱えてしゃがみこんだだけ。
なに?
風が止まって暫くして、ようやくぼくはそっと顔を上げた。
おそるおそる目を開けて、見上げた先に君がいたんだ。
きのこみたいな髪型の、おそらく小学校低学年くらいの子ども。なんの飾りも色味もない、白いシャツに白いパンツ姿の。
「君、だれ?」
だけど君は、どこかすねたような、怒ったような表情で
「お前こそ、こんなところで何をやってるんだよ!」
だって。
大人に向かって、お前なんて言うもんじゃないよ? そうたしなめようとしてはっとしたんだ。
ぼくは、大人なのか?
掲げた手のひらが、妙に小さい。
ぼくは、子ども?
いや――ぼくは、誰だ?
◇
目が覚めると、ぼくはベットの上だった。
窓からはカーテン越しの柔らかな光。
「あら、起きたの?」
君の顔が上からのぞき込んでいた。
君といっても、夢の中で出会った少年ではない。
ぼくを見下ろしているのは、妻の綾子だ。
心配気な綾子に、ぼくは声をかけようとしたのだが、うまく言葉にならなくて、ただため息だけが漏れた。
そのため息すら、酸素マスクの中に消えていく。
「ごめんね」
ようやう絞り出した言葉は、結局妻への謝罪だなんて。情けない男だな。
「何言ってるの、私にあやまる暇があるなら、少しでも早く元気になってよね。そうしたら私、うんと楽させてもらうんだわ」
そんなふうにおどける綾子に、ぼくはうまく笑えただろうか?
ぼくを励まそうとしてくれる君の言葉が、心の中に染みてこない。
撥水加工の布の上を転がる水滴さながらにぽんぽんと弾けて、どこかに転がっていってしまうんだ。
◇
何度も夢の中に入るうちに、ぼくは夢の中で自分が誰であるか忘れるようなことはなくなっていった。
ただ、夢の中でぼくはひとまわり小さくなるらしい。手のひらだけではなく、足もほっそりとしているし、体もどうやら小さくなっている。小さくなるだけではなく、どことなくどこもかしこもつるんとしている。わりと濃いめなはずの、すね毛も見当たらない。
つまり、ぼくは夢の中で子どもに返っているらしい。
ぼくを「お前」呼ばわりした少年よりはほんの少し背が高いようだったが、それでも現実のぼくとは、ずいぶんと違う。
現実だったら、もっとびっくりするのだろうが、夢の中だと思えば、そう驚くこともないように思う。
ある時ぼくは、あの草原にまた一人で立っていた。
背後から何かが近づく気配を感じて、後ろを振り返った。
そうしたら、空を縫うように大きなムカデみたいな虫が飛んでいて、さすがにこれには驚かされた。
あんまり驚いたから、しゃがみ込むことすら忘れていたら、ブゥゥゥゥゥゥゥンという大きな羽音がして、頭の上すれすれをその虫は飛び越えていった。
風が巻き起こり、光が遮られて影が落ちたと思ったら、次の瞬間にはまた、ぼくは光の中に立っていた。
振り返るともう虫の姿はなくなっていて、代わりに少年がそこに立っていた。
「おう、今の見たか? な? かっこいいだろう!」
ワクワクと話しかけてくる君に、でもぼくはなんと言ったらいいだろう。だってぼく、あんまり虫は得意じゃないんだ。
「今の虫、君だったの?」
「だぜ!」
えっへんと、胸を張る君。
「虫、かっこいいだろう?」
って、ぼくに同意を求める。
あれ? このフレーズ、どこかで聞いたことがあるみたい。
どこでだっけ?
返事もせずにぼうっとしてしまったぼくを心配してくれたんだろうか
「どうしたんだ?」
って、君がぼくの顔をのぞき込んでいた。
「いや、こんなでっかい虫が空を飛ぶなんて、アニメの中だけだと思ってたよ」
と言ったら、そうだろう? って、きみは満足げに鼻の下をこすっていた。
◇
このところ、遠方からの見舞客もよくやってくる。
「いやあ、思ったより元気そうだよ」
彼らはたいがい、励ますように笑いながら言う。骨と皮みたいなぼくの、どこが元気そうなんだろう。
「また会おうな」
「また来るよ」
なんて言って帰っていくけど、ぼくは知ってる。
またあの世で会おう、っていう意味なんだろう?
そんなふうに考えてしまうぼくは、もう生きることに疲れ果てているんだ。
あきらめが、僕の心身を侵食していく。
けれども夢の中でなら、ぼくは何でもできる。
虫に変身するあの少年と飽きるまでおしゃべりすることも、走り回って追いかけっこをすることも。
虫になった少年の背中に乗せてもらったこともある。
虫は得意じゃないけど、ここまで大きいサイズになると、案外虫っぽくなくて平気なもんだった。
「なあ、お前、最近よくここに来てくれるよな。大丈夫なのか?」
ある時少年は気づかわし気に聞いてきた。
「めいわくかな?」
「いいや、うれしいよ!」
少年は歯を見せて、にっとわらった。
そのくせ「でもさ」と、とたんに暗い声になる。
「俺はさ、いつまでもここで待ってるからさ、もうちょっとお前にはやることとか、あるんじゃないのか?」
やること?
やりたいこと?
あったかもしれないけど……。
ぼくにはもう……。
「あなた、起きてたの?」
妻の声にハッとする。
今ぼくは、夢の中にいたのか? それとも現実にいたのか?
「良かったわ、叔母さんがお見舞いに来てくださったのよ」
叔母さん?
寝返りをうつことすらうまくできないぼくは、瞳だけで叔母さんの姿を探す。
「トモくん。久しぶりだない」
ああ、福島の叔母さんか。
ぼくが子どもの頃住んでいた場所。家が近かったから、叔母さんのところの子どもとよく遊んだっけ。
「おぼえてっかい? ウチの武と仲良くしてもらってたない」
ぼんやりとしていたぼくに、叔母さんはにこにこと話しかける。
そうだ、タケシ。
おぼろげな記憶だけど、いつも一緒に遊んでいた「タケシ」という名の従弟がいたのは覚えている。でも確か、タケシは小学校に入ってすぐに、水の事故で死んでしまった。
『なあ、トモくん。虫いっぱい獲った! 虫、かっこいいだろう?』
今まで何十年間も忘れていたタケシの声が頭の中に響いた。
タケシがぼくに見せたビニール袋の中には、ハサミムシやらムカデやらシデムシまで入っていて、ぼくにはとてもかっこよくは見えなかったのも思い出した。今まで、少しも思い出すことなんかなかったのに。
「今日はトモくんに会えて、うれしかったよ」
ねえ、叔母さん。
ぼく、タケシにあったよ。
タケシ、君は一人で、あの草原で、ずっと……ぼくを待っているんだね。
◇
こぽ、こぽこぽこぽ。
ごぼん!
ベビーブルー、アクア、ライトシアン……ゆらめく水色の中にぼくはいる。
明るく発光するライトブルー。緩やかに揺れる水面。キラキラと白い光線が、ぼくのもとまで届いている。
ああ、もうすぐ水面に顔を出せそうなのに、何故か手が届かないんだ。だれか、ぼくを引き上げてくれないか?
「だれか!」
ぼくの言葉はあぶくになって、ボコボコと水面へ登っていった。
伸ばしたぼくの腕を、小さな手が、けれども力強く掴む。
とたんにぼくはぐんぐん引き上げられて、水中から水面、そして。
「トモ!」
名前を呼ばれてはっと気がつくと、ぼくは緑の草原の中に倒れていた。心配そうにこちらを覗いているタケシの顔が見える。
「よかった。目を覚ましたか!」
「目を? 覚ました?」
ぼくは草原の中で、上半身を起こし、あたりを見回した。
セルリアンブルーの空。でも、いつも見ていたあののっぺりとした空に、今は白い雲が湧き出している。
緑のさざなみ。その向こうには、蒼い山並み。
そよぐ風が、ぼくの髪を揺らし、今まで以上にこの世界が輝いて見えた。
「いこうぜ」
タケシが歩き始める。
「何処に行くんだ?」
「何処? 俺達の世界だよ。なんだってできるんだ。どんなところにだって行けるんだ。走ることも、飛ぶことも、冒険することもさ。山だろうが、海だろうが! さあ!」
ぼくたちのせかい。
「姿だって変えられるぞ。なんになる?」
「頼む、虫はやめてくれ、あまり得意じゃない」
「マジで? 早く言えよ。ううーん。じゃあ俺は人間のままでいいや」
そうか。
そうだなあ、じゃあぼくは龍になろう。力強く空を翔ける龍だ。
ぼくは、自分の体が変化していく音を聞いた。見慣れた腕が、体が、想像の中にしか存在しなかったものへと変わっていく。
ぼくと同じくらいだったタケシが、小さく見える。
ぼくは巨大な龍となった。
『さあ、行こう』
ぼくの声は、咆哮となった。
ぼくを見上げるタケシの目に涙がたまっている。
「トモ、俺、ここでずうっと待ってたんだ。どこにも行かないでさ。ずっとずうっと、待ってたんだよ」
ぼくはタケシを背中に乗せる。
『待たせちゃってゴメンね』
「いいよ」
行こう。いっしょに。
此処から先は、ぼくらの世界だ。
了
ぼくは空を見上げている。
視界いっぱいに広がるのは、セルリアンブルーの絵の具をぶちまけたみたいな、青。
雲ひとつない。
足元には、ふくらはぎほどの高さの草原が、濃く薄く輝いている。さわさわと草を揺らす乾いた風は、心地よくシャツと素肌の間を抜けていく。
だいたいいつもこんな風景の中にぼくはいる。
一番最初にこの景色の中に放り出されたときは、しばらく呆然として立ち尽くしていたっけ。
それから、あいつが来たんだ。
不意に、強い風と巨大な影がぼくを包みこんだ。それらは一瞬で、ぼくには何が起きたのかもわからなかった。ただ頭を抱えてしゃがみこんだだけ。
なに?
風が止まって暫くして、ようやくぼくはそっと顔を上げた。
おそるおそる目を開けて、見上げた先に君がいたんだ。
きのこみたいな髪型の、おそらく小学校低学年くらいの子ども。なんの飾りも色味もない、白いシャツに白いパンツ姿の。
「君、だれ?」
だけど君は、どこかすねたような、怒ったような表情で
「お前こそ、こんなところで何をやってるんだよ!」
だって。
大人に向かって、お前なんて言うもんじゃないよ? そうたしなめようとしてはっとしたんだ。
ぼくは、大人なのか?
掲げた手のひらが、妙に小さい。
ぼくは、子ども?
いや――ぼくは、誰だ?
◇
目が覚めると、ぼくはベットの上だった。
窓からはカーテン越しの柔らかな光。
「あら、起きたの?」
君の顔が上からのぞき込んでいた。
君といっても、夢の中で出会った少年ではない。
ぼくを見下ろしているのは、妻の綾子だ。
心配気な綾子に、ぼくは声をかけようとしたのだが、うまく言葉にならなくて、ただため息だけが漏れた。
そのため息すら、酸素マスクの中に消えていく。
「ごめんね」
ようやう絞り出した言葉は、結局妻への謝罪だなんて。情けない男だな。
「何言ってるの、私にあやまる暇があるなら、少しでも早く元気になってよね。そうしたら私、うんと楽させてもらうんだわ」
そんなふうにおどける綾子に、ぼくはうまく笑えただろうか?
ぼくを励まそうとしてくれる君の言葉が、心の中に染みてこない。
撥水加工の布の上を転がる水滴さながらにぽんぽんと弾けて、どこかに転がっていってしまうんだ。
◇
何度も夢の中に入るうちに、ぼくは夢の中で自分が誰であるか忘れるようなことはなくなっていった。
ただ、夢の中でぼくはひとまわり小さくなるらしい。手のひらだけではなく、足もほっそりとしているし、体もどうやら小さくなっている。小さくなるだけではなく、どことなくどこもかしこもつるんとしている。わりと濃いめなはずの、すね毛も見当たらない。
つまり、ぼくは夢の中で子どもに返っているらしい。
ぼくを「お前」呼ばわりした少年よりはほんの少し背が高いようだったが、それでも現実のぼくとは、ずいぶんと違う。
現実だったら、もっとびっくりするのだろうが、夢の中だと思えば、そう驚くこともないように思う。
ある時ぼくは、あの草原にまた一人で立っていた。
背後から何かが近づく気配を感じて、後ろを振り返った。
そうしたら、空を縫うように大きなムカデみたいな虫が飛んでいて、さすがにこれには驚かされた。
あんまり驚いたから、しゃがみ込むことすら忘れていたら、ブゥゥゥゥゥゥゥンという大きな羽音がして、頭の上すれすれをその虫は飛び越えていった。
風が巻き起こり、光が遮られて影が落ちたと思ったら、次の瞬間にはまた、ぼくは光の中に立っていた。
振り返るともう虫の姿はなくなっていて、代わりに少年がそこに立っていた。
「おう、今の見たか? な? かっこいいだろう!」
ワクワクと話しかけてくる君に、でもぼくはなんと言ったらいいだろう。だってぼく、あんまり虫は得意じゃないんだ。
「今の虫、君だったの?」
「だぜ!」
えっへんと、胸を張る君。
「虫、かっこいいだろう?」
って、ぼくに同意を求める。
あれ? このフレーズ、どこかで聞いたことがあるみたい。
どこでだっけ?
返事もせずにぼうっとしてしまったぼくを心配してくれたんだろうか
「どうしたんだ?」
って、君がぼくの顔をのぞき込んでいた。
「いや、こんなでっかい虫が空を飛ぶなんて、アニメの中だけだと思ってたよ」
と言ったら、そうだろう? って、きみは満足げに鼻の下をこすっていた。
◇
このところ、遠方からの見舞客もよくやってくる。
「いやあ、思ったより元気そうだよ」
彼らはたいがい、励ますように笑いながら言う。骨と皮みたいなぼくの、どこが元気そうなんだろう。
「また会おうな」
「また来るよ」
なんて言って帰っていくけど、ぼくは知ってる。
またあの世で会おう、っていう意味なんだろう?
そんなふうに考えてしまうぼくは、もう生きることに疲れ果てているんだ。
あきらめが、僕の心身を侵食していく。
けれども夢の中でなら、ぼくは何でもできる。
虫に変身するあの少年と飽きるまでおしゃべりすることも、走り回って追いかけっこをすることも。
虫になった少年の背中に乗せてもらったこともある。
虫は得意じゃないけど、ここまで大きいサイズになると、案外虫っぽくなくて平気なもんだった。
「なあ、お前、最近よくここに来てくれるよな。大丈夫なのか?」
ある時少年は気づかわし気に聞いてきた。
「めいわくかな?」
「いいや、うれしいよ!」
少年は歯を見せて、にっとわらった。
そのくせ「でもさ」と、とたんに暗い声になる。
「俺はさ、いつまでもここで待ってるからさ、もうちょっとお前にはやることとか、あるんじゃないのか?」
やること?
やりたいこと?
あったかもしれないけど……。
ぼくにはもう……。
「あなた、起きてたの?」
妻の声にハッとする。
今ぼくは、夢の中にいたのか? それとも現実にいたのか?
「良かったわ、叔母さんがお見舞いに来てくださったのよ」
叔母さん?
寝返りをうつことすらうまくできないぼくは、瞳だけで叔母さんの姿を探す。
「トモくん。久しぶりだない」
ああ、福島の叔母さんか。
ぼくが子どもの頃住んでいた場所。家が近かったから、叔母さんのところの子どもとよく遊んだっけ。
「おぼえてっかい? ウチの武と仲良くしてもらってたない」
ぼんやりとしていたぼくに、叔母さんはにこにこと話しかける。
そうだ、タケシ。
おぼろげな記憶だけど、いつも一緒に遊んでいた「タケシ」という名の従弟がいたのは覚えている。でも確か、タケシは小学校に入ってすぐに、水の事故で死んでしまった。
『なあ、トモくん。虫いっぱい獲った! 虫、かっこいいだろう?』
今まで何十年間も忘れていたタケシの声が頭の中に響いた。
タケシがぼくに見せたビニール袋の中には、ハサミムシやらムカデやらシデムシまで入っていて、ぼくにはとてもかっこよくは見えなかったのも思い出した。今まで、少しも思い出すことなんかなかったのに。
「今日はトモくんに会えて、うれしかったよ」
ねえ、叔母さん。
ぼく、タケシにあったよ。
タケシ、君は一人で、あの草原で、ずっと……ぼくを待っているんだね。
◇
こぽ、こぽこぽこぽ。
ごぼん!
ベビーブルー、アクア、ライトシアン……ゆらめく水色の中にぼくはいる。
明るく発光するライトブルー。緩やかに揺れる水面。キラキラと白い光線が、ぼくのもとまで届いている。
ああ、もうすぐ水面に顔を出せそうなのに、何故か手が届かないんだ。だれか、ぼくを引き上げてくれないか?
「だれか!」
ぼくの言葉はあぶくになって、ボコボコと水面へ登っていった。
伸ばしたぼくの腕を、小さな手が、けれども力強く掴む。
とたんにぼくはぐんぐん引き上げられて、水中から水面、そして。
「トモ!」
名前を呼ばれてはっと気がつくと、ぼくは緑の草原の中に倒れていた。心配そうにこちらを覗いているタケシの顔が見える。
「よかった。目を覚ましたか!」
「目を? 覚ました?」
ぼくは草原の中で、上半身を起こし、あたりを見回した。
セルリアンブルーの空。でも、いつも見ていたあののっぺりとした空に、今は白い雲が湧き出している。
緑のさざなみ。その向こうには、蒼い山並み。
そよぐ風が、ぼくの髪を揺らし、今まで以上にこの世界が輝いて見えた。
「いこうぜ」
タケシが歩き始める。
「何処に行くんだ?」
「何処? 俺達の世界だよ。なんだってできるんだ。どんなところにだって行けるんだ。走ることも、飛ぶことも、冒険することもさ。山だろうが、海だろうが! さあ!」
ぼくたちのせかい。
「姿だって変えられるぞ。なんになる?」
「頼む、虫はやめてくれ、あまり得意じゃない」
「マジで? 早く言えよ。ううーん。じゃあ俺は人間のままでいいや」
そうか。
そうだなあ、じゃあぼくは龍になろう。力強く空を翔ける龍だ。
ぼくは、自分の体が変化していく音を聞いた。見慣れた腕が、体が、想像の中にしか存在しなかったものへと変わっていく。
ぼくと同じくらいだったタケシが、小さく見える。
ぼくは巨大な龍となった。
『さあ、行こう』
ぼくの声は、咆哮となった。
ぼくを見上げるタケシの目に涙がたまっている。
「トモ、俺、ここでずうっと待ってたんだ。どこにも行かないでさ。ずっとずうっと、待ってたんだよ」
ぼくはタケシを背中に乗せる。
『待たせちゃってゴメンね』
「いいよ」
行こう。いっしょに。
此処から先は、ぼくらの世界だ。
了
1/1ページ