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背徳の雅荘

明日は雪だと、朝の天気予報が言っていた。
仕事柄冷たい水に触れる髭切の手は荒れる。
こまめにハンドクリームを塗るくらいしか出来る事は無い。
はあ、とその手に白い息を吐いた。

背徳の雅荘
4.それぞれの失くしもの

それは、その日に限って楽しい酒を呑んでいる時だった。
「薬研、酒呑むなって医者に言われたんだろ」
日向に梅酒を注いでもらう薬研に行平はそう言う。
「日向が来てる日に呑めねえなら死んだも同じだ」
お前なあ!と行平は咎めるが気持ちはわかるのでそう強くは言わなかった。
そんな二人を見て古今は笑う。その未成年達の飲酒を許す大家も犯罪の片棒を担いでいた。
「まあまあいいじゃん、明日は毎年恒例の”あれ“だし」
”あれ“?と日向の発言に薬研は首を傾げる。行平がそれの説明をしようとしたら、自分のスマートフォンが短く鳴いた。
行平は反射でタップし、ん?と声を漏らす。
どうしたんです?と古今が訊くと、行平は珍しく眉間に皺を寄せた。
「…肥前からLINE」
その発言に三人は、肥前から?と声を揃える。
「…急に悪い。LINE知ってるの細川しか知らなかった」
行平はそのLINEを読み上げた。
「お前も賃貸だった筈だけど、合ってるか?」
その発言に四人は顔を見合わせる。
どう考えてもいきなり過ぎるし、怪しかった。
「肥前って、確か中学が一緒だった子?」
日向は確認する。酒の席でそんな話もした様な気がしていた。
「うん。中学で唯一の友達。吾が三年になる時中退してから連絡取って無かった」
行平と同じで友達と呼べる存在が他に居なかった肥前が、何か有ったら行平を頼るのもわかるのだが。
「面白いから返信して」
星空の眼をるんるんと輝かせる日向に、お前なあ、と薬研は突っかかる。
「大丈夫、その辺の見極めは任せて」
まあ確かにそういう見極めは日向の副業の本業なので指示に従った。
(うん、今もシェアハウス)
カカカ、と三人に見守られながらそう打つ。
5秒で返信が来た。
(そこ部屋空いてるか?どんな部屋でもいいんだが)
四人はまた顔を見合わせる。
「…どうする?」
これは日向が古今に言った。
「…まあ何部屋か空いてはいますが」
こういうものは、査定というものがある。
退っ引きならない事情が無ければ行平と同じ年の少年がそんな事を相談してこないだろう。
そして、この雅荘は退っ引きならない事情の男しか居なかった。
(話だけでも聞いてくれないか)
その一言に行平は唸った。
あ、と日向はいつものように思い出す。
「確か肥前って、朝尊が言ってた…」
その聞き慣れない名前に細川兄弟は、え、と言い、知っている薬研は、あ、と言った。
「あの人言ってたな、確か同居人居るって。それが肥前なのか?」
「うん確か肥前君ってぽろっと言ってた」
マジか…と薬研は唸る。
「ちょっと誰です?ちょうそんって」
「ああ、僕の元家庭教師。その後薬研の家庭教師にもなったんだけど」
「俺の時は三日で解雇された。面白くて興味深い話をしてくれたんだが教育的じゃなかったんだよな」
「うん、僕達だったから面白いで済んだけど、普通の子が聞いたら泣き出すよね」
頷き合う二人に一体どんな話をしたのか、知りたいようで知りたくなかった。
「あー、でも…顔は良かったよね」
「ああ。顔は良かった」
顔は良いんですか?と古今が訊くので、日向はスマホを取り出し写真フォルダをスクロールする。
「…確かに顔が良いですね…」
これ、と見せた画像のピースをするその男は、ウェーブした黒髪に丸眼鏡で、その奥に有る銀の眼と長い睫毛が印象的だった。
割と古今の趣味だな…と行平は思う。
「…いいでしょう。取り敢えず話は聞きます。行平、肥前に空いてる日を聞いて下さい。あ、その朝尊さんも連れてくるようにと」
はいはい、と行平は言いながらカカカと指を動かした。


仕事場の花屋の前で、髭切は空を見る。
冬の空は不思議な程晴れていた。
その青空からは、雪が降るとは考えられない。
天気予報外れたかな、と思っていると、髭切、と声を掛けられた。
髭切は金蜜の眼を前へ向ける。
引きずる程長い髪の、眼を伏せた美女が立っていた。
その右手に花束を持った黒スーツの人間を、髭切は良く知っている。
「恒次」
その一見美女の様な男は、青江恒次と言った。
髭切と同じくこの街で花屋をやっている商売敵で、長い付き合いの親友だ。
「どうしたの?」
すっとぼける髭切に恒次は溜息を吐く。
「今日が何の日か、忘れた訳ではないでしょう?」
そうだね、と髭切は笑う。
「取り敢えずお供えの用意はしましたから、後で昼食奢ってくださいね」
「おっけー」
恒次は菊の花束を差し出す。髭切はそれを受け取り、ふむふむと吟味した。
その光景だけを見れば関係を誤解されそうだったが、その実二人の恋愛感情は拗れている。
「貴方、喪服は?」
「そろそろ弟が持って来てくれる」
「また膝丸の手を煩わせているのですか?」
「ふふ、実はわざと」
「わざとも何も無いでしょう」
そんな冗談混じりの会話が出来る仲だった。

その時、怒声が聞こえた。

何事かと恒次は振り向いたため、その瞬間青ざめた髭切の顔を見れなかった。
恒次は突き飛ばされ、髭切はその男に右腕を掴まれる。
「獅子乃!!!!!来い!!!!!」
その髭切の表情を、恒次は初めて見た。
恐怖に怯える顔。真っ青なその顔は、髭切が出来るのかと思うくらいだ。
反射で恒次はその男の手を掴んだ。何しやがる!!!と男は怒鳴ったが、恒次は引かなかった。
「やめなさい」
恒次は静かに言った。
男は恒次の手を払おうとするが、その手はぴくりとも動かなかった。
その伏せた眼が、開かれる。
虹の様な色彩の眼は、怒りを宿している。
男は錯乱したのか恒次に殴りかかってきた。
しかし恒次はその拳を受け止め、その細い指から想像できない握力でその手を握り締めた。
男は叫び一歩下がる。その隙に恒次は髭切の前に立った。
「なんだ、なんなんだてめえ!!!!!」
男はナイフを取り出す。脅しのつもりだろうが、恒次は刃物など恐くはなかった。
「落ち着いて下さい」
そんな殺意を向ける相手に、恒次は慈悲をかける。しかし男は聞かなかった。
ナイフを持った手を振り上げ、恒次を刺そうとした。
が、それは妨害された。
酷い音がし、男の顔面がひしゃげる。
力強い拳に、男は吹っ飛んだ。
「貴様はああああ!!!!!!!」
その黒スーツの薄い緑色は、鬼の様な形相をしていた。
子供が見たら泣き出す程の般若面に、男は怯む。
「う、薄緑か!?!?」
その言葉を聞いて、膝丸の毛が逆立った。
足元に転がったナイフを取り、男に振り上げる。
「死ね!!!!!!!」
男は目を瞑り縮こまる。しかし、ナイフは降ってこなかった。
「……だめ…!!」
髭切が膝丸の右腕を掴んでいた。
「兄者、でも…!!」
「こいつを殺しても、刑務所に行くのは膝丸なんだよ」
だめ、ひざまる。と名前を重ねて呼ぶと、膝丸の感情が散った。
その手の震えが、髭切の必死さを物語る。
「な、殴ったな!!!!お前らは傷害罪だ!!!!」
男は叫ぶ。
「俺は悪くない!!!悪いのはお前らだ!!!!」
そう喚き散らすが、頭に冷たい感覚を覚え固まる。
ごり、と頭に当たったのは、硬い感触だった。
「おまえ、うるさいよ」
見上げると、黒スーツの水銀が垂れてくるかのように流れている。
その淡い空の眼は、冷え切っていた。
頭に押しつけた物は、チャリ、と鳴る。
「で、頭を吹っ飛ばされるのと、今後この姉さんに近寄らないの、どっちがいい?」
それは、拳銃だった。
男は狼狽し後ずさる。何か訳のわからない言葉を吐き捨て、這いつくばりながら逃げていった。
「だいじょうぶだよ。今のは正当防衛になる。まあならんくてもなるようにするから」
姫鶴がそう言うと、その凶器に唖然としてた膝丸だったが、あ、ありがとう、ときちんと礼を述べた。
「大丈夫ですか?髭切」
眼を伏せ、いつもと変わらない声色の恒次に、髭切は頷いた。
青ざめた顔で両手を身体に巻き付け震える髭切は、どう見ても大丈夫ではなかったが。
「兄者…!!」
膝丸はナイフを投げ捨て髭切を抱き締める。その震えを感じ、腕の力を強めた。
「…姫鶴、ありがとうございます」
そんな二人に慈悲の視線を向けつつ、恒次は言った。
「っす。数珠丸先輩のともだちなら、一文字を上げて守るっす」
「そんな事をしなくても大丈夫ですよ。あと、その名前は捨てました。今は青江恒次と呼んで下さい」
…っす、つねつぐ先輩。と姫鶴は言い直した。
「貴方達も、色々と内緒にして下さい」
首を動かすと、黒い姿の古今、行平、薬研が居た。
「うん。今来た所だから何も見てない」
「そうだな、拳銃なんて見てない」
「薬研」
「ええ。素行の悪い恒次も見てません」
「古今…」
少し茶化す二人に行平はツッコみ溜息を吐く。その漫才のおかげで少し空気が緩んだ。
「…髭切、今日は墓参り辞めますか」
いつの間にかキスをしていた兄弟に古今は問う。
「…ん、大丈夫」
まだその眼の色は暗いが、髭切は笑ってそう言った。
古今が持っていたケースを渡すと、髭切は着替える為に花屋の奥へ消えた。

その虹色の眼を開いたのは、その青を良く見る為だった。
その青はとても強く、明るく、優しかった。
それまで地獄だと思っていた世界がそうでもないと感じられるようにようになったのは、その彼の愛を知ったからだ。
恒次が更生出来たのは、彼のお陰だった。
一緒に過ごした日々は、幸せだった。
そう、やっと幸せになれたのだ。
でも、そんな日々も長くはなかった。

山伏は、トラックに轢かれて死んだ。

「本当、貴方は馬鹿な人でしたね」
国広家と書かれた墓石に恒次は話かける。
愛しいその人は、骨になりその石の下に封じられていた。
恒次が愛した男は、子犬を庇って轢かれて死んだ。
その死に方まで慈悲に溢れているから、本当にどうしようもない。
どうしようもない程愛していたのに、それを伝える事が出来なかった。
多分、彼が言ってくれた「好き」は、友達としての“好き”だと思っていたから、そんな浅ましい感情を伝えられなかった。
他の者達がそれぞれの目的地で手を合わせている中、恒次は一人、親戚でも何でもない家の墓の前に居る。
菊の花を花瓶に入れ、立ち去ろうとした時、少年がこちらを見ているのに気付いた。
「青江恒次さん…ですか?」
その大きな空色の眼に自分の姿が映る。はい、と答えると、少年はほっとした顔をした。
「やっと会えたぁ…」
恒次が首を傾げると、あ、ごめんなさい、と少年は頭を下げた。
「僕は国広堀川と言います。…国広山伏の弟です」
それを聞いて恒次は、ああ、と言った。
「毎年この時期に来てくれてるって住職さんに聞いてて。ずっと会いたかったんですけど、兄弟は連絡先を教えてくれなかったから」
「それは…御手数をお掛けしました」
正直何て言えばいいかわからなかった。山伏の家族は、“ただの友達”であった恒次の事など知らないと思っていたから。
「でも良かった、優しそうな人で。喧嘩が強い人だって兄弟から聞いてたから、少し緊張してました」
そう柔らかく笑う顔はあの人の面影を感じた。
「山伏さんから貴方の事は聞いていましたよ。自慢の兄弟だと」
「ええっ!?なんか恥ずかしいな」
その照れ笑いに、聞いていた様な人の良さを感じる。
「でもそんな自慢出来る人間ではないですよ。昔はそこそこヤンチャしてましたし」
そんな風には見えないが、人の事は言えないので少し笑ってしまった。
「隣、いいですか?」
どうぞ、と少し場所を移動する。
堀川は線香に火を付け軽く振り、煙を立たせた。
それを線香皿に置き、手を合わせ少しの間念じる。
「あ、お花忘れた」
まあいっか、と彼は独り言を言った。
堀川は流れる様にデニムズボンのポケットから煙草を取り出し、火を付ける。
一息吸うのを恒次が見てると、あ!すいません!と慌てた。
「青江さん、吸わない人でしたよね?」
煙たいですか、と訊かれ、大丈夫です、と首を横に振った。
「一本、頂いていいですか?」
「あれ?吸う人なんですか?」
「止めてましたけど、今日くらいいいかと思いまして」
「なんだ、考えてる事一緒ですね」
笑いながら一本分けてくれる。恒次も久しぶりにその毒煙を吸い、やはりほっとするな、と思った。
「でも、未成年の喫煙はやっぱりおすすめ出来ませんね」
人の事は全然言えないので、呟くようにだけ言う。
「あ、僕成人してるんで」
え、と恒次は失礼だが驚いた。
「よく童顔って言われるんですよね。中学の時から背も伸びないし、顔つきも変わらなくて」
免許証見ますか?と言われたら、信じるしかない。
付き合いやすそうな人で良かったなあ、とお互い思いながら、無言で煙草をふかしていた。
「…あ、そう、これだけは伝えなきゃって思って」
堀川は吸殻を携帯灰皿に押し付けながら言う。
「兄弟…国広山伏は、貴方を愛していました」
頭の回転が止まり、恒次は無言で虹色の眼を開いた。
「恥ずかしくてずっと言えなかったけど、幸せにしたいと、思っていたって」
「…………そう、ですか」
やっと絞り出した言葉と共に、視界が滲む。
その涙と共に、想いも溢れた。
「…馬鹿」
「私だって、愛していましたよ」
「人生で何よりも、愛していたんだから」
「なんで、なんで、死んでしまったんですか」
「馬鹿、好きですよ…会いたいよ…」
「馬鹿…好き…」
そう、小声で吐露する。
すんすんと泣く恒次を、堀川は何も言わず見守っていてくれた。
泣き声と煙が、空へ昇っていく。

細川家、と書かれたその石の前に、行平は未開封の缶コーヒーを置く。
それは自販機で買った少し高いやつで、行平のお気に入りだった。
本当は好きな酒を供えたかったが、古今と行平の母親は酒を呑まない人だったし、「その子」に酒を呑ますわけにはいかなかった。
「…でも知らなかったな、行平に双子の弟が居たなんて」
しゃがむ行平の隣で薬研はそう言う。
「まあ、話すネタにもならないからな」
墓石の前に一つ林檎も供えた。
その墓は、細川の分家の墓だ。歴史の浅い分家の墓の下には、少しだけ壺が有った。
その中の一つ小さな壺には、産まれる事の無かった赤子の骨が入っている。
「地蔵は、結局母上の腹の中で死んだ」
行平の兄弟であるその赤子を、行平と古今は「地蔵」と呼んでいた。
勿論通称だ。早くその魂が転生するようにと、そう勝手に名付けた。
行平は、その墓石の前でだけ地蔵との生活を想像する。双子という存在は、もし生きていたらどんな影響を与えただろうか。
もしかしたら、人生が上手く行っていたかもしれないし、破綻していたかもしれない。
そして、一緒に死んだ母親が生きていたら、行平はその温かさを知ったのかも知れなかった。
別に今の人生に不満は無いから、そんな事を考えるのは、一年に一度のこの時だけだ。
「母上、地蔵、この子が吾の彼氏だ」
そう言うと薬研は少し笑う。
「初めまして。俺っちは粟田口薬研。行平の未来の旦那だぜ」
薬研がそう自分で言うと、なんだかむず痒くて笑ってしまった。
「そしてこの方がわたくしの今の恋人です」
古今は隣に居た水銀の腕をぐいと掴む。姫鶴は興味無さそうに、どうも、とだけ呟いた。
「今日は見せびらかしに来ました。わたくし達は幸せにやってますよ」
古今の言葉に行平も頷く。
「だから、安心してほしい」
まあ、その幸せはきっと捻れて見えるんだろうな、と行平は思った。
でも、嘘では無かった。行平はどんな状況だったとしても、薬研さえ居れば、それで幸せだ。
線香を皿の上に置き、四人は手を合わせた。

花屋で着替え終わり、寺へ行くために恒次の車に乗った時から、髭切と膝丸は手を繋いでいた。
髭切は震えてこそはいなかったが、俯いて何も言わない。膝丸はそんな髭切を見つめ、手の力を強めた。
詳しい経緯を知らなくても、あの男が髭切と膝丸の父親である事はわかる。
その恐怖に駆られた顔も、憤怒した顔も、本人達の本名も、恒次は墓まで持っていくつもりだった。
古今と恒次の車を敷地の駐車場に止め、それぞれ目的の墓石へ行く。
この寒い盆でも何でもない時期に墓参りをするのは、髭切と恒次の店が花屋だからだ。
夏のその時期はかき入れ期で、とても自分達の事まで手が回らない。
だから花も枯れる冬のこの時期に、毎年来ていた。
それに、別の理由も有る。
その一際豪華な墓の前に現れる資格が、髭切には無かった。
源とかかれた墓石は、いつもしっかり手入れされている。
その手入れをしてくれている親族に、髭切は会えるわけがなかった。
兄弟は一本ずつだけ線香をあげ、しっかりと黙祷する。
その時だけ、二人は手を離した。
「…覚えてるか、兄者」
膝丸は沈黙を破った。
「毎年、夏に虫取りをした事。兄者がカブトムシを見せると母上は喜んでくれたが、母上は本当は虫が苦手だったんだ」
膝丸は立ち塞がる墓石を見つめる。
「母上が作ってくれるアイスを兄者が食べ過ぎて腹を壊した時は、本当に心配したぞ」
膝丸は源家で暮らしていた頃の話をした。
川へ行った時の事、髭切が膝丸に勉強を教えた事、二人でピアノを連弾した事、大好きなおやつの事。
そんな様々な思い出の中に、いつも二人の母親が居た。
「…そうだったね」
髭切はやっと顔を上げる。
「ひまわりを、覚えているかい」
ひまわり?と膝丸は髭切を見て問い返す。
「君がくれたんだよ。自分の背丈より大きなひまわりを」
「ああ…そんな事も有ったな」
膝丸は少し口角を上げた。
「本当に、嬉しかったんだから」
髭切は恋人繋ぎをした手をぎゅっと握る。膝丸も握り返した。
「今日の打ち上げ、焼肉にしよう」
「え、いつも和食レストランにしているだろう」
「やだ。疲れたから焼肉食べたい」
「…わかった。皆に交渉してみよう」
膝丸が頷くと、髭切はやっと笑う。
その笑顔を見て、膝丸も笑った。

雪が、降り始めていた。
いつの間にか空は雲で暗くなっている。
そのほろほろと泣き出した空に、各々自分の心を寄せた。

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