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背徳の雅荘

ペットボトルの表面に付いた水滴が垂れた。
その雫はアスファルトに染み込み、直ぐ蒸気になってしまう。
空へと還る水分は、人間には見えない。
それが当たり前だが、
もし、それが視えたら、


背徳の雅荘
12.御手杵と正国


結城御手杵と同田貫正国は、中学校も同じだった。
しかしその時はクラスメイトになる事も無く、お互いほぼ面識が無かった。
高校に上がり、そんな二人が仲良くなったのは源獅子王のおかげだ。
なんとなく、馬が合う。
親友というものは、それだけの理由でなるものだった。

じりじりと熱い光が大地を焦がしている。
太陽は生物に厳しい。その熱さは、去年よりも強い気がした。
正国は胴を身に付けたまま体育館の縁で休んでいた。
首に巻いたタオルで汗を拭っても、厚着のままだと止まるものも止まらない。
それでも、風がある分中よりはマシだ。
「お疲れさん」
その隣に、バスケのユニフォーム姿の長身が座った。
御手杵の労いに正国は、おう、と答えた。
「あっちいなー」
「な」
「今日去年の最高気温越えてるらしいぜ」
「どうりでな」
御手杵はペットボトルを煽る。正国はそれを横目に見ると、御手杵は何も言わず手の物を渡す。正国は感謝の短い声を出した。
そのペットボトルの中身はキンキンに冷えている。凍った状態だったであろうスポーツ飲料は、少し濃い気がした。
「獅子王、鳴狐と付き合うって」
「ああ、やっとか」
御手杵が突然話題を振るのはいつもの事だ。大体それは噂話なのだが、これは確かな情報なのはわかった。
「もう俺ら構ってもらえねえかもなー」
「そうだな」
先に構わなくなったのは二人の方だから何も言えないのだが。
「まあ、それならそれでいいだろ。俺は御手杵が居ればそれでいい」
正国はさらりと告白紛いの言葉を発した。しかし御手杵も、そうだな、と流す。
「付き合うってどんなんだろうなー」
正国から返されたペットボトルを頬に当て、御手杵は妙に哲学的な事を言った。
「付き合いてえのか?」
「うーん…それがなー…」
わっかんねー、と御手杵は焦色の目を閉じる。
「別に正国が好きなのは好きなんだけど、なんかそういうの?わかんねえ」
「やっぱそうだよな」
その気持ちを打ち明け合ったのは、実はそんなに最近の話でもない。
獅子王が鳴狐に絡む前から、御手杵と正国は好き合っていた。
訊かれれば、もう一人の親友にだってその話はしたのだが、訊かれる事も無く。
ただの友情に似た感覚で、ただ平行的に過ごしていた。
「本当はこういう時にキスとかするんだろうな」
普段の正国しか知らない人間が聞いたら耳を疑う言葉を吐く。しかし、御手杵もそうだなあと流すだけだった。
二人は、手を繋いだ事も無い。
ただ、好きだった。
お互い、好きなだけだった。
御手杵は、正国の健康的な肌色や、未成年とは思えない鍛え方をした腹筋が好きだった。
正国は、御手杵の羨ましい程の高身長や、そのゆったりとした声が好きだった。
そう告白しあっても、照れる事も無かった。
何となく分かっていたのだ。
二人は、大体考える事を分かり合っていた。
だから、今更それを共有する必要が無いと思っていた。
「そろそろ休憩終わるわ」
剣道着の少年は立ち上がる。
御手杵が、ん、とだけ言うと、その返事に鳶色の頭を撫でられた。

じりじりと焼く太陽は、帰る時には大人しくなっているだろうか。
正国が体育館に帰る姿を見つめながら、そういや今間接キスしたなあ、と御手杵は思った。

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