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薬鳴

夏が近い割に、夜は冷える。


三日月が笑う


歌仙は一人中庭の見える縁側で月見をしていた。
「お、歌仙の旦那」
声に振り向くと、闇色の髪の少年が歩いていた。
「珍しいね、薬研がこんな遅くに此処に居るなんて」
「今日はちょっと図書室でな。旦那は月見かい?」
「良い月だったからね」
付き合わないかい?と徳利を振ってみせれば、お、いいなと薬研も縁側に座り込む。
「蜂須賀の旦那と一緒じゃないなんて珍しいじゃねえか」
薬研は歌仙から焼酎を貰いながら言った。
「たまにはね。君だって今くらいはいつもは近侍室に居るだろう?それこそ鳴狐と」
下世話かな、と思いつつも口が回るのを酒の所為にする。
「いつも近侍室に行ってるだろう?鳴狐。何をしてるのやら」
「それ言ったら旦那達だって言えない様な事ヤってんだろ?」 
歌仙は曖昧に笑いかわした。
「でも意外だな、薬研と鳴狐の関係」
「そうか?アイツも結構可愛い奴だぜ」
薬研は猪口を煽る。
「それなら旦那達だって。まあ良く似てるし気が合うのも解るがな」
「蜂須賀は美しいよ。身形も内面も」
「少し取っ付き難い所も有るがな」
「それなら鳴狐だって」
「アイツは恥ずかしがりやさんなだけだ。其処がまた可愛いし」
「それ言ったら蜂須賀だって気高いだけだよ。其処がまた美しいし」
二人は目を合わせ、笑った。
「なんだか話してたら顔が見たくなってきたな」
歌仙が呟くと薬研も頷く。
「俺っちも。実はさっきまで一緒だったんだがな、ちょっと本読んでたら居なくなってた」
「え、それヤバいんじゃないの?」
「やっぱりか?」 
さして焦ってない薬研を見て、歌仙は溜め息を吐いた。
「それ拗ねたやつでしょ。早く謝らないと後が大変だよ」
歌仙に言われ、流石の薬研も考える。
「じゃあ捜して謝るか」
薬研は立ち上がった。歌仙に礼を言い、その場を立ち去る。
そんな薬研の背中を見て、歌仙は蜂須賀の事を考えた。

三日月が美しい。
蜂須賀は冷たい夜風を肌で感じながら、舌の上で熱くなる焼酎を楽しんでいた。
どたどたと足音がする。
甲高い声に振り向くと、銀色の髪の青年が通りかかった。
「どうしたんだい?」
いつものポーカーフェイスが崩れている様を見て、どういう事か気になった。
「おや、蜂須賀殿!いやあ少々鳴狐が臍を曲げましてな…」
鳴狐が止まると、肩に居たお供の狐が喋る。
「何かあったのかい?まあ此処に座りなよ。酒でも呑みながら訳を教えておくれ」
「鳴狐!お酒を頂きながら少し落ち着きましょう!」
お供に言われ、鳴狐は縁側に座った。蜂須賀が透明な液体を注いだ猪口を渡すと、鳴狐はそれを一気に煽る。
「良い呑みっぷりだねぇ」
「鳴狐!やけ酒は良くないですよ!」
蜂須賀は目付きの悪い鳴狐を見て笑った。
「こんなに機嫌を損ねるなんて、何があったんだい?」
「いやぁ、先程鳴狐は薬研と図書室に居たのですが、薬研が本に夢中で此方を無視したので鳴狐も機嫌が悪くなり…」 
「拗ねたんだね。それで怒って置いて来たと」
「はい…そういう次第です」
蜂須賀はその場面を思い描く。意外と可愛いところが有るんだな、と思った。
「…………薬研の馬鹿」
酒に酔ったのか、鳴狐は呟く。それに驚きつつ、鳴狐の手元に焼酎を注いでやった。
「其れはいけないね。でもまぁ、謝ってきたら許してやりなよ」
鳴狐は無言で焼酎を呑む。それを見て、蜂須賀は苦笑した。
「鳴狐!!」
幾分か低い声が呼び、二人と一匹は廊下を見る。闇に溶けそうな少年が歩いて来た。
「さっきは悪かった」
薬研は謝るが、鳴狐は顔を逸らす。鳴狐!とお供が鳴いた。
薬研は鳴狐の隣に座り、鳴狐の顔を持つ。
何事かと思えば、薬研は鳴狐の唇を奪った。
蜂須賀とお供が絶句していると、薬研は顔を離す。
「悪かったって言ってるだろ?」
鳴狐は頬を赤らめ、薬研の胸に顔を埋めた。
「…許したって事ですね?鳴狐」
お供の言葉に鳴狐は頷く。
「…いきなりだなおい…」
蜂須賀はまだショックを受けていた。

薬研と鳴狐達が立ち去ると、入れ替わりの様に薄紫の髪の男が現れる。
さっき起こった話をすると、隣に座った歌仙は大きく笑った。
「いやぁ災難だったなぁ」
「全くだよ」
蜂須賀は焼酎を呑みながら呟く。
「でもまぁ、面白いものだったけどね」
歌仙はまだ笑っている。蜂須賀は溜め息を吐いて痛い頭を抱えた。

三日月が笑っている。
二組の恋人はそれぞれの夜を過ごした。

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