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薬鳴

夏を思い出していた。


君の跡


ジワジワと蝉が鳴く。
陽炎が揺らめいていた。
その中で人影が泳ぐ。
おい、と声を掛けると、その人影は振り返った。

一瞬、見失う。

蝉の声だけが耳に届いた。
「暑いな」
横に立つと肩の狐がバテているのが分かった。
「早く帰ろう」
鳴狐は頷く。
薬研は額の雫を拭う。不思議と鳴狐は汗をかいてなかった。
ミミズが干からびて死んでいる。蟻の行列が道の横で群れていた。
ジワジワ、ジワジワと蝉が五月蝿い。会話の無い足取りは、紫外線で苦しかった。

冬が来る。
薬研は白い息を吐いた。
隣で寝ていた鳴狐を跨ぎ、廊下に出る。
まだ夜に近い空を見上げた。
体を震わせ、両手を揉む。
暫く見ていると、ちら、と白い物が舞い落ちてきた。
初雪。道理で寒い訳だ。
ひらひら、ひらひらと雪が降る。
「雪だ」
いつの間にか鳴狐が隣に立っていた。
「綺麗だな」
二人は息を曇らせながら雪を見ていた。
どちらともなく二人は部屋に戻る。
「鳴狐は冷たいな」
布団に入り手を握る。薬研も冷える方だが、鳴狐の手は氷の様だった。
少しずつ温もりを取り戻す。鳴狐はあっという間に寝息を立てていた。
呼吸をしていなければ、死体の様な気さえする。
薬研もうつうつと目を閉じる。

世界は生きている。
君の横顔を見ていた。
何故か思い出せないんだ。
暑かった夏も、寒かった冬も。
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