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薬鳴

赤い光が世界を包む。
鳴狐はビニール袋の中身を見ていた。

(折角買ったのに)


シフォンケーキ


本丸が騒がしい。
買い出しから帰った鳴狐は思った。
検非違使が出て、第一部隊から打撃的な被害が出たという話を耳にする。
冷静に対処する審神者の様子を見て、誰も折れていないのがわかった。
手入れ部屋の周りを短刀達がうろつく。留守番組が包帯やら水桶やらを忙しそうに運んでいた。
鳴狐はビニール袋を持って遠巻きにそれを見つめる。
人混みはどうしても慣れなかった。
「どうします?鳴狐」
首のキツネが話しかける。
鳴狐は何も言わずその背中を撫でた。

鳴狐は沿岸に座り、夕日に照らされていた。
第一部隊の世話は一段落ついたらしく、手入れ部屋の周りも少し空く。
ただ、鳴狐がその空間を見つめているのを気にする程の余裕は無いようだった。
いつもの様に夕飯の良い匂いがする。今日は焼き魚か。
鳴狐はビニール袋の中身をどう処分しようか悩んでいた。
薬研が前から食べたがっていたシフォンケーキ。
サプライズで渡そうと思っていた日に限って、この騒ぎである。
食べるなら今しかないが、急にケーキなんて食べたら傷に触るだろうか。
そうこう言ってる間に夕飯の時間は迫る。鳴狐はビニール袋の中身を短刀達に渡そうと思い立ち上がった。
「…鳴狐」
短刀部屋に行く途中で呼ばれた。それは渦中の手入れ部屋からだった。
「薬研、まだ寝てないと」
「少し立つだけだ」
会話の後に襖が開く。包帯だらけの少年が出て来た。
「薬研、大丈夫でございますか?」
キツネが話しかけると、薬研は笑った。
「俺っちに内緒で良いもん食う気か?」
薬研はビニール袋を指差す。
「これは弟達に渡します~」
「だってこれ俺っちの為に買ったんだろ?」
全てお見通しらしい。
「しかし今の薬研は食べれないでしょう?」
「このくらい食べれる。短刀舐めんな」
薬研はビニール袋をかすめ取る。
中身を見て、おっと声を上げた。
「やっぱあそこのシフォンケーキじゃねえか。ありがとな」
薬研は、にかっと笑う。鳴狐は恥ずかしくなって顔を掻いた。
「差し入れは有り難く貰っておくぜ」
鳴狐は頷いて襖を閉めた。
「…良いのですか?」
小声なキツネに鳴狐は頷く。
(きっと主と食べるんだろうな)
羨ましさや妬みは有ったが、薬研が笑顔で居てくれるならそれも良いと思った。
夕日が沈んでいく。
日が短くなったな、と思う。
夕飯の事を気にした。
シフォンケーキはデザートにすべきだったかな、と考えていた。

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