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薬鳴

「今日は大将居ないのか」
いつも通りの本丸。


ネクタイピン


審神者はちょくちょく顔を出さない日があった。
そんな日は勿論出陣も無い訳で。
刀剣男士達は思い思いに羽を伸ばしていた。
「薬研~」
涼しい空気が過ごしやすい早朝。
弟達はまだ寝ている。
朝食の支度を済ませた薬研は沿岸で庭を見ていた。
「お、鳴狐」
鳴狐は薬研の隣に座る。鳴狐(のお供のキツネ)から話し掛けるのは珍しかった。
「今日は暇でしょうか?」
「ああ、特に用事は無いぜ」
鳴狐はジャージのポケットから小さな物を出す。
ぽっきりと二つに割れたネクタイピンだった。
「あーあ…こりゃあ直んねえな」
「これを機に新調しようと思いまして」
「買い物に付き合えって?」
薬研が苦笑すると、珍しく鳴狐は
「お願い」
と喋った。
そんな風に言われたら断るわけにもいかない。
「いいぜ。飯食ったら行こう」
そう言うと鳴狐は笑った。相変わらず緊張感の無い顔だな、と薬研は思った。

街は活気に溢れている。
店が開店する時刻。薬研と鳴狐は本丸御用達の商店街に来ていた。
薬局、八百屋、そば屋などいつも使う店を流し見し、小物屋で足を止める。
「初めて入ります~」
「俺っちも二三回乱に付き合ったぐらいだな」
可愛いらしい小物が並んでいる。ペン、置物、ハンカチ、お目当てのネクタイピンは店の奥に有った。
「どんなのがいい?」
「う~ん…やはりシンプルな物が良いですなぁ」
「おや、お兄ちゃんの就職祝いかい?」
二人がガラスケースを見ていると、店主が声を掛けてきた。
どうやら兄弟に見えたらしい。間違ってはいない。
「いや、前使ってたのが壊れたんだ」
「あらーじゃあ代えも買った方がいいわよ!」
店主はガラスケースの鍵を開け、良く見えるようにしてくれた。
「前のって赤かったよな」
薬鳴は黒手袋でひとつ手にする。
「あんまり変わらないけど、これがいいかな。安いし」
鳴狐は頷き、ひとつ手にした。
それを薬研のネクタイにあてる。
「選んでくれたのか?」
青いガラスのワンポイントのシンプルな物だった。薬研は二つを手にしてレジへ出す。
鳴狐はちょんと薬研の背中をつついたが、薬研はいい、と言った。
「そんな高くないし、兄貴の就職祝いだからな」
からかうように笑うと、鳴狐は眉をひそめた。
二人は店を出、馴染みのそば屋へ入った。
「本当によろしいのですか?買って頂いてしまって…」
「いい。たまには良い顔させろ。どうしてもって言うんじゃ此処奢ってくれ」
「わかりました」
二人はいつも通りきつねうどんを頼み、静かに食べる。会話らしい会話は無かったが、二人にとっては至福の一時だった。
「ご馳走さん」
店を出ると太陽は高い位置にいた。
薬研は鳴狐が選んだネクタイピンに付け換える。青いワンポイントは空の光を反射した。
土産の菓子を両手にぶら下げ、二人は本丸の在る山へと帰る。
鳴狐は薬研にぼそりと囁いた。
薬研はそれを聞いて大笑いする。
「そんなん当たり前じゃんか。今日だけじゃなくていつもだし、これからもするだろ?」
薬研は鳴狐に軽く体当たりした。

涼しくなってきたというのに、蝉が鳴いている。
他愛の無い事が本当に嬉しくて。

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