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薬鳴

珍しく暑さで目が覚めた。
もう眩しい光を感じる。鳴狐は廊下に出て外を眺める薬研を見た。
「お早う」
薬研は優しく笑い掛ける。鳴狐もお早う、と言った。
「いきなりで悪いんだが」
薬研は困った顔をする。
「アンタ、誰だ?」


記憶の無い一日


鳴狐は口を動かせなかった。
薬研はそういう冗談を言う人間ではない。
意外と冷静に頭が回った。
きっと記憶喪失なんだろう。
鳴狐は隣に立つ。何も言わないでいると、薬研は困り顔のまま首を傾げた。
薬研の肩を寄せ頭を胸にやる。薬研は何も言わなかったが、安心したようだ。
「何も思い出せねえんだ。一緒に寝てたくらいだからアンタとも仲良いんだろうが、悪いな」
鳴狐は首を振る。
「お早うございます!鳴狐!薬研!」
良いタイミングでお供が来た。
「お早う、喋る狐」
薬研がそう言うと、お供は、はえっ!?と変な声を出した。
「悪い、アンタの事も思い出せねえや」
お供は固まる。思考が追い付いていないようだ。
「記憶喪失みたいでな」
薬研の冷静な態度も混乱を生んでいる。お供は慌てて大広間へと走っていった。

「本当に何にも覚えてないのか?」
「ああ、さっぱりだ」
朝食の為に大広間に集まった集団は、薬研を取り囲んで難しい顔をする。
「君は薬研藤四郎。刀剣男士として刀から顕現され、歴史改変者と戦っていたんだよ」
皆審神者は取り乱すかと思っていたが、意外と冷静にしていたので安堵していた。
皆薬研に情報を話す。薬研は皆の話を真剣に聞いていた。
鳴狐は少し離れた場所でそれを見ていた。まあ、なんとかなるだろう、と意外と楽観的だった。
今日は出陣は取り止めになり、皆で薬研の記憶を取り戻す為に策を講じる事になった。
「悪い。何か用事が有ったんだろ?」
「いいよ。今は薬研が大事だから」
粟田口勢が本丸内を案内する。早口で喋る弟達に、薬研の目は優しかった。
「流石に体が覚えてるんでしょうなあ」
お供の呟きに鳴狐も頷く。
「私達の事も早く思い出して頂きたいですね」
小声のお供に、鳴狐は頷くだけだった。

本丸に何が有っても、時間は均等に過ぎていく。
昼間は暑かったが、夕方になれば風が涼しい。
夕立の空の色を眺めていたら、後ろから良く知った声に呼ばれた。
「鳴狐…だったな?」
自信無さげな薬研に、鳴狐は頷く。
「悪いな。なんせ此処は人が多くて」
構いませんよ、とお供が代理に言う。
「アンタ、俺の叔父なんだってな。粟田口、だろ?」
「ええ、そうですよ」
「それで、俺の恋人だって」
はにかんで言う薬研に、鳴狐は微笑む。
「でも、親戚が恋人って倫理的にどうなんだ?ああ、その前に男同士だし、まず人間じゃないし…」
「関係無いよ」
鳴狐はきっぱり言った。
薬研は目を丸くしたが、そうだな、と頷いた。
「少しは何か思い出せましたか?」
「いや…断片的にだな。戦い方とか、医学の知識は体が覚えてるみたいだが」
俺の事は?という言葉は口にしなかった。胸の中のもやもやは、悟られたくない。
「不安ですか?」
「まあ、少しはな」
薬研を見つめる。外を眺めるその横顔は、いつもと一緒だ。
「こうすれば、思い出すかも」
「えっ?」
顔を向けた一瞬、唇を奪う。
面頬と眼鏡がぶつかり、カチリと鳴る。
いつものキスと、違う味がした。
拙い舌づかいは、薬研らしくない。
顔を離すと、薬研の頬は真っ赤になっていた。
「…悪い」
薬研は踵を返し歩いていく。
鳴狐は遠くなる背中を見つめるだけだった。

夕飯時も薬研の周りには人だかりができ、鳴狐は近寄れなかった。いつもは薬研から近付いてくるが、今日はあれから避けられてる気がする。
星が綺麗だ。
今日は近侍の仕事を後回しに、薬研の為に酒盛りが行われていた。
鳴狐はつまみを食べながら軽く呑んでいたが、やがて酔い潰れたお供を連れて酔い醒ましに廊下へ出る。
「ヒック!薬研も大概にしろってえの~」
酔っ払ったお供はぶつぶつと言っていたが、それは全て鳴狐の内心だった。
鳴狐はお供を打刀部屋へ送り届け、廊下を歩く。
いつの間にか宴会はお開きになったようで、大広間は静かだった。
鳴狐は近侍室に灯りが灯っているのを見て、習慣で近寄る。
襖越しに中を見ると、良く知った影が揺らめいた。
「入れよ」
声を掛けられ、その言葉に甘える。
「ああ、やっぱりアンタか」
薬研の頬は赤い。薬品の匂いに混ざり、少し酒臭かった。
「鳴狐ぇ~」
薬研は鳴狐に抱きついてくる。珍しい事に驚いていたら、ケタケタと笑い始めた。
こんなに酔っ払った薬研も珍しい。
「なーんも思い出せねえ」
薬研は鳴狐に寄り掛かった。
「鳴狐と何話したとか、何やったとか、なーんも思い出せねえ」
鳴狐は無言で聞いている。
「アンタが悪いんだからなあ。お供に任せてなんも喋んねえのが悪いんだからなあ」
鳴狐は薬研の肩を持ち眼を合わせた。
闇色の眼がとろりと動く。
確かに、俺は何も喋れないけど、…ごめん。
という言葉を飲み込んで、唇を合わせた。
ん、と薬研は吐息を漏らす。酒の味と気持ち良い感触を味わった。
顔を離し、流石に言葉にする。
「…思い出せないって嘘でしょ」
舌づかいで一発でわかった。いつものテクニカルな感触だったからだ。
「あっはは!やっぱわかったかあ」
鎌を掛けたわけだ。
「いやー呑んでたら急にぱって思い出してな。酒の力ってやつかな」
鳴狐は溜息を吐く。
「心配掛けて悪かったな」
本当に心配した、という気持ちを込めて薬研の頭を撫でる。
「喋んないアンタが好きなのも知ってるよなぁ」
そう言われたのも鳴狐は覚えていた。
「で、一発ヤッてくか?」
今日は色々あったのに、最終的にそういう話に持ってく辺り、いつもの薬研だ。
流石に抱き方を思い出せない事はないだろう。それこそ体が覚えているはずだ。
鳴狐のジャージのジッパーを下ろす薬研の指に、欲情する。
薬研は眼鏡を机に置き、鳴狐を押し倒した。

薬研と体を合わせながら、記憶が戻って良かったなぁと思った。

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