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薬鳴

それはほんの気紛れだった


フェチ


隣の銀色は規則正しい寝息を立てている。
枕の上に置かれた面頬を見て、これに拘るその姿を可愛いと考えていた。
薬研は気紛れで面頬をしてみた。
革と鳴狐の匂いがする。鏡でその姿を見てみると、面頬は多少大きくて不恰好だった。
「薬研」
声に振り返る。鳴狐は目を見開いていた。
「悪い、直ぐ外
「そのままで」
鳴狐は布団から抜け出しじっくりと薬研の顔を見る。
薬研はばつが悪くなり直ぐに面頬を外そうとするが、鳴狐はその手を取った。
「な、鳴狐」
「…良い」
うっとりとした顔で見つめる鳴狐に冷や汗を感じ始めていると、鳴狐はキスをしてくる。
いつもよりも熱烈なキスに戸惑いを感じながらも答えた。
「ん…ふ…な、鳴狐」
顔を離すと鳴狐は物足りないという眼で見つめてくる。
「アンタ…いつもより興奮してる?」
鳴狐は頷いた。薬研は鳴狐の手を払い面頬を取る。
面頬を鳴狐に着け、触れるだけのキスをして無言でその場を去った。
鳴狐を近侍室に置いて廊下を歩いていた薬研は、頭がぐるぐると回っている。
妙に冷たい汗が背中を伝い、言い知れぬ恐怖感の様なものを感じていた。
「どうした薬研。恐い顔して」
審神者が心配そうな顔で薬研を見ている。薬研は自分の表情に気が付くと、うん…と小さく唸った。
「何かあったの?」
審神者は薬研の髪を撫でる。薬研はぽつりぽつりと今あった事を話した。
「あー…鳴狐マスクフェチだったんだ」
「フェチ?」
「面頬付けた薬研に欲情したんでしょ。まあ可愛いけど。薬研は本能的にそれをヤバいって感じたんだよ」
冷や汗も恐怖感もそういう事だと言う。薬研はピンと来なかったが、冷静に考えるとそういうものなのかもしれない。
「薬研は嫌だった?」
審神者の問いに薬研は考え込む。
「…どんな形にしろ、鳴狐に好意を持たれるのは悪くないな」
あんな顔をされたのは初めてかもしれない。少し悔しかったが、悪くはなかった。
「嫌じゃないならいいじゃん。薬研にも有るかもよ?フェチ」
眼鏡姿とか。と審神者に言われて考えるも、それは無いな、と返す。
「おや、鳴狐」
審神者の言葉に振り返ると、ちゃんと面頬を着けた鳴狐が居た。
「ちゃんと言ってやんなよ」
審神者がそう言い立ち去ると、鳴狐はばつが悪そうな顔をする。
「…ごめんね」
鳴狐はぽつりと言った。
「いや、俺こそ悪かった。アンタにそういう所が有るのに驚いただけなんだ」
薬研の言葉に鳴狐はほっとした顔になる。
「…自分でも驚いてる」
「そうか」
薬研はやっと笑えた。釣られる様に鳴狐も微笑む。
「ややっ!お二人とも起きたのですか!」
足下から声がする。お供が二人を見上げていた。
「鳴狐!髪が乱れたままですぞ!!顔も洗いなさい!」
鳴狐はキャンキャンと喚くお供を抱き抱える。近侍室へ戻る鳴狐達を見守ってから、欠伸をしつつ薬研は顔を洗いに向かった。

朝日が少し優しくなる。
夏が終わり、秋は近くまで来ていた。

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