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薬鳴

夏の中庭


赤と白の鯉に向けて餌を投げる。
黒い鮒が飛沫をあげた。
「夏だ」
じわりと汗ばむ。蝉の声は暑さを強調するだけだ。
鳴狐はお供に団扇を扇ぐ。毛皮は暑いだろうに、と薬研は憐れに思った。
蒼い空に立ち込めた白雲は雨を孕んでいる。降るかな、と薬研は思った。
白い紫陽花は色褪せている。もさもさと群れを為し花壇を隠していた。
地面を歩く蟻は死んだバッタを運んでいる。蝶が楽しそうにひらひらと游いでいた。
「なあ鳴狐」
薬研は額を拭い、鳴狐の隣に座る。
「今年はどうする」
二度目の夏。
季節が廻り、今年も灼熱の時季が来た。
何処へ行こうか
陽炎の中に全てを隠す。
秋も冬も春も、越えて来た。
何時までも一緒だと約束をした。
また季節を越えて行く。
薬研は唇を奪う。
こうして全て去っていくのだ。
一抹の淋しさは熱が奪っていく。
長い様な短い様な、時間。
過ぎ行く度に消えていった季節。

「大丈夫だよ」

約束は朦朧とした記憶の中に。
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