薬鳴
目を開けるといつも通りの天井が見えた。
横を向いてみれば白銀が目に入る。まだ眠った深い呼吸を聞くと落ち着いた。
まだ君の前で
鳥の声が朝を知らせる。あれは雀だろうか。
ゆっくりと時間を掛けて布団から出、朝日が眩しい襖を開けた。
「おい、朝だぞ」
声を掛けると金色の眼を開ける。寝惚けた顔を布団から出すと、獣の様に一つ欠伸をした。
「全く、相変わらず低血圧なんだな」
掛け布団を取っ払ってみると、鬱陶しそうに縮こまる。
鳴狐、と声を掛け、両手を引っ張った。
やっと立ち上がった鳴狐は目を擦る。寝癖の激しい髪を手櫛で鋤いてやると、急に抱き締めてきた。
「どうした?」
笑いを含んで聞くと、鳴狐は唇を合わせる。
薬研は驚きながらもそれに答えた。
「…鳴狐?」
顔を離した鳴狐は崩れる様に倒れた。
「…鳴狐」
薬研は目を閉じたその顔に声掛ける。
布団に横になったその姿は、ただ眠っているだけに見えた。
手入れ部屋に鳴狐は寝かされ、薬研とお供の狐、審神者は両隣に座っていた。
鳴狐が目を覚まさない。
その噂は瞬く間に本丸中に広まった。
「鳴狐はどうしたのでございましょう」
お供は泣き出しそうな声で狼狽えている。
「昨日までは何ともなかったのですが」
確かに鳴狐に不審な点は見当たらなかった。
いつもの様に生活をしていた。
「これは…遊夢病だね」
審神者は告げる。
「遊夢病…?あれは架空の病だろ」
医学に通ずる薬研も名前を知っていた。ただ眠っている。それ以外は異状のみられない病。しかしそれは小説の中のみに有る病だと認知していた。
「最近他の本丸でも同じ症状の奴が出たらしい。付喪神からしてみれば、あながち架空の存在でもないらしいよ」
そうなのか、と薬研は一人ごちる。
「そいつはどうなったんだ?まだ、寝ているのか?」
「幸い目を覚ましたらしい。ただ、1ヶ月くらい寝てたって」
お供はしくしくと泣き出した。
遊夢病の回復はいつになるかわからない。一日か、一年か。一生起きない可能性も有る。
薬研も泣きたかった。
「なぁ大将、こいつ俺が面倒みていいか?」
手入れ部屋に置いておく訳にもいかない。審神者は頷いた。
「使ってない部屋が在ったはずだから」
静かな部屋で、お供の嗚咽だけが響く。
鳴狐は眠ったままだった。
「鳴狐、おはよう」
と言っても眠っているか、と一人で完結する。
「おはようございます」
部屋に入るとお供が答えた。
「結局起きなかったか」
「はい。熟睡しておりました」
鳴狐の呼吸は穏やかだ。薬研はそれを確認すると、布団の横に座る。
「ま、疲れてただけかもな」
鳴狐は遠征部隊として忙しくしていた。
それを言ったら薬研だって出陣していたし、そんな立場の者はいくらでも居る。
体を休めたいのは鳴狐以外にも居るのだ。
「本当、アンタって奴は」
薬研は溜め息を吐きつつ、涙が溢れ出るのを止められなかった。
このまま目覚めなかったら。
そんな考えが頭を過った。
「薬研、大丈夫ですよぅ」
お供に慰められ、薬研も涙を拭う。
「ああ…。今日も予定が有るから、夕方まで此処寄れないけど…」
「大丈夫でございます!わたくしめがしっかり付いておりますから!」
「悪いな。本当、お供が居て助かった」
「お互い様です!」
薬研は立ち上がり部屋を出た。
お供は薬研の背中が小さくなった様な気がしていた。
結局薬研が顔を出したのは夕日も沈みきろうとした時刻だった。
何やら両手一杯に物を持ち、襖を開けるのも一苦労のようだ。
「薬研、それは何でございますか?」
「色々とな。遊夢病の治療法を調べて使えそうなもんは粗方持ってきた」
「それはそれは」
薬研は鳴狐に様々な物をあてがった。
手首に塩を振ったり、心臓の上に林檎を置いたり、本当に効果が有るか怪しい事もとりあえず試した。
二人が世話しなく動いているのに、鳴狐はピクリとも反応しなかった。
「鳴狐…」
夜も深まる中、お供は泣き出す。
嗚咽だけが部屋に響いた。
お供の頭を撫でる。薬研も途方に暮れ、泣きたくなった。
「…なあ、鳴狐。アンタはただ眠ってるだけなんだよな?」
意地悪しないで、起きてくれよ。
薬研は鳴狐に触れるだけのキスをした。
鳥の鳴き声が聞こえる。
頭に感触を覚え、目を覚ました。
首を動かすと、金色と目が合う。
「…鳴狐?」
名前を呼ぶと、当人は首を傾げた。
「鳴狐!!」
薬研は鳴狐の首に飛び込む。鳴狐はぐえっと鳴いて、薬研ごと倒れこんだ。
「鳴狐…鳴狐…!!ああ、起きたんだな!!本当に起きたんだな!!」
鳴狐の不思議そうな顔に、薬研はキスを落とす。鳴狐は訳がわからない様だったが、薬研は構わず鳴狐を抱き締めた。
「鳴狐!!」
お供も気が付いて鳴狐の懐に入る。
「鳴狐…!!ああ、どれだけ心配したと思うのですか!!」
鳴狐はお供の頭を撫でる。お供は安心したのか泣き出した。
鳴狐が頭に?を浮かべていたので、薬研は早口で状況を説明する。
鳴狐は頷き、ごめんね、と言った。
「本当アンタって奴は…もう…ああ、本当良かった」
薬研は抱き締める腕に力を込める。痛い、と鳴狐は言った。
「結局何だったんだろうなぁ」
雀達が楽しそうに青空を飛ぶ。
縁側に座っていた二人と一匹は、そんな姿を見つめていた。
鳴狐が首を傾げると、薬研は小さく笑う。
「俺が遊夢病に掛かったら、アンタが看病してくれよ」
鳴狐は頷いた。
春風が二人の髪を浚う。
一緒に居られるのが嬉しくて。
約束の代わりに手を繋いだ。
横を向いてみれば白銀が目に入る。まだ眠った深い呼吸を聞くと落ち着いた。
まだ君の前で
鳥の声が朝を知らせる。あれは雀だろうか。
ゆっくりと時間を掛けて布団から出、朝日が眩しい襖を開けた。
「おい、朝だぞ」
声を掛けると金色の眼を開ける。寝惚けた顔を布団から出すと、獣の様に一つ欠伸をした。
「全く、相変わらず低血圧なんだな」
掛け布団を取っ払ってみると、鬱陶しそうに縮こまる。
鳴狐、と声を掛け、両手を引っ張った。
やっと立ち上がった鳴狐は目を擦る。寝癖の激しい髪を手櫛で鋤いてやると、急に抱き締めてきた。
「どうした?」
笑いを含んで聞くと、鳴狐は唇を合わせる。
薬研は驚きながらもそれに答えた。
「…鳴狐?」
顔を離した鳴狐は崩れる様に倒れた。
「…鳴狐」
薬研は目を閉じたその顔に声掛ける。
布団に横になったその姿は、ただ眠っているだけに見えた。
手入れ部屋に鳴狐は寝かされ、薬研とお供の狐、審神者は両隣に座っていた。
鳴狐が目を覚まさない。
その噂は瞬く間に本丸中に広まった。
「鳴狐はどうしたのでございましょう」
お供は泣き出しそうな声で狼狽えている。
「昨日までは何ともなかったのですが」
確かに鳴狐に不審な点は見当たらなかった。
いつもの様に生活をしていた。
「これは…遊夢病だね」
審神者は告げる。
「遊夢病…?あれは架空の病だろ」
医学に通ずる薬研も名前を知っていた。ただ眠っている。それ以外は異状のみられない病。しかしそれは小説の中のみに有る病だと認知していた。
「最近他の本丸でも同じ症状の奴が出たらしい。付喪神からしてみれば、あながち架空の存在でもないらしいよ」
そうなのか、と薬研は一人ごちる。
「そいつはどうなったんだ?まだ、寝ているのか?」
「幸い目を覚ましたらしい。ただ、1ヶ月くらい寝てたって」
お供はしくしくと泣き出した。
遊夢病の回復はいつになるかわからない。一日か、一年か。一生起きない可能性も有る。
薬研も泣きたかった。
「なぁ大将、こいつ俺が面倒みていいか?」
手入れ部屋に置いておく訳にもいかない。審神者は頷いた。
「使ってない部屋が在ったはずだから」
静かな部屋で、お供の嗚咽だけが響く。
鳴狐は眠ったままだった。
「鳴狐、おはよう」
と言っても眠っているか、と一人で完結する。
「おはようございます」
部屋に入るとお供が答えた。
「結局起きなかったか」
「はい。熟睡しておりました」
鳴狐の呼吸は穏やかだ。薬研はそれを確認すると、布団の横に座る。
「ま、疲れてただけかもな」
鳴狐は遠征部隊として忙しくしていた。
それを言ったら薬研だって出陣していたし、そんな立場の者はいくらでも居る。
体を休めたいのは鳴狐以外にも居るのだ。
「本当、アンタって奴は」
薬研は溜め息を吐きつつ、涙が溢れ出るのを止められなかった。
このまま目覚めなかったら。
そんな考えが頭を過った。
「薬研、大丈夫ですよぅ」
お供に慰められ、薬研も涙を拭う。
「ああ…。今日も予定が有るから、夕方まで此処寄れないけど…」
「大丈夫でございます!わたくしめがしっかり付いておりますから!」
「悪いな。本当、お供が居て助かった」
「お互い様です!」
薬研は立ち上がり部屋を出た。
お供は薬研の背中が小さくなった様な気がしていた。
結局薬研が顔を出したのは夕日も沈みきろうとした時刻だった。
何やら両手一杯に物を持ち、襖を開けるのも一苦労のようだ。
「薬研、それは何でございますか?」
「色々とな。遊夢病の治療法を調べて使えそうなもんは粗方持ってきた」
「それはそれは」
薬研は鳴狐に様々な物をあてがった。
手首に塩を振ったり、心臓の上に林檎を置いたり、本当に効果が有るか怪しい事もとりあえず試した。
二人が世話しなく動いているのに、鳴狐はピクリとも反応しなかった。
「鳴狐…」
夜も深まる中、お供は泣き出す。
嗚咽だけが部屋に響いた。
お供の頭を撫でる。薬研も途方に暮れ、泣きたくなった。
「…なあ、鳴狐。アンタはただ眠ってるだけなんだよな?」
意地悪しないで、起きてくれよ。
薬研は鳴狐に触れるだけのキスをした。
鳥の鳴き声が聞こえる。
頭に感触を覚え、目を覚ました。
首を動かすと、金色と目が合う。
「…鳴狐?」
名前を呼ぶと、当人は首を傾げた。
「鳴狐!!」
薬研は鳴狐の首に飛び込む。鳴狐はぐえっと鳴いて、薬研ごと倒れこんだ。
「鳴狐…鳴狐…!!ああ、起きたんだな!!本当に起きたんだな!!」
鳴狐の不思議そうな顔に、薬研はキスを落とす。鳴狐は訳がわからない様だったが、薬研は構わず鳴狐を抱き締めた。
「鳴狐!!」
お供も気が付いて鳴狐の懐に入る。
「鳴狐…!!ああ、どれだけ心配したと思うのですか!!」
鳴狐はお供の頭を撫でる。お供は安心したのか泣き出した。
鳴狐が頭に?を浮かべていたので、薬研は早口で状況を説明する。
鳴狐は頷き、ごめんね、と言った。
「本当アンタって奴は…もう…ああ、本当良かった」
薬研は抱き締める腕に力を込める。痛い、と鳴狐は言った。
「結局何だったんだろうなぁ」
雀達が楽しそうに青空を飛ぶ。
縁側に座っていた二人と一匹は、そんな姿を見つめていた。
鳴狐が首を傾げると、薬研は小さく笑う。
「俺が遊夢病に掛かったら、アンタが看病してくれよ」
鳴狐は頷いた。
春風が二人の髪を浚う。
一緒に居られるのが嬉しくて。
約束の代わりに手を繋いだ。