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鋼の錬金術師(短編)

夏だ!

銃弾(はなび)だ!

野外訓練だ!



・・・・・・・・。



「最悪っすね」

「言うな」



真夏のかんかん照りの日差しの下、東方司令部と南方司令部の合同演習が行われていた。

実戦に近いアップダウンのある荒野や、障害物として崩れた市街が再現してある場所、ゲリラ戦法も取り入れられそうなちょっとした林などのなかを、兵士たちはかけずり回らなくてはならない。



司令官は臨時に建てられた陣営で指揮をとり、相手を責める。

いわば、リアルチェスだ。

勝敗は、それぞれの陣営の奥で守られているフラッグを先に手にすることで決まる。

ロイは少し小高い丘に作られた陣営の、うだるように蒸し暑いテントの中でつまらなそうな顔をしていた。

目の前の簡易テーブルには、立地の詳細な地図に駒が並べられていて、戦場の模様を描き出していた。

ちなみに今はとりあえず五分といったところだった。





周りでは、リザが資料をまとめ、フュリーが各部隊から状況報告を受けていた。

ハボックとブレダは今頃、他の部隊と一緒に模擬の戦場でかけずり回っているはずである。

ちなみに今回、ファルマンは東方で留守番だ。



「大佐、ちゃんとまじめにやってください。」



大あくびをしたロイに、リザがあきれたように言った。



「どうせ、勝っても負けても南方の将軍に文句を言われるのだ。

やる気が出るわけないだろう。

ペイントゴム弾だから、最悪けが人は出るだろうが、死人が出るわけで無し。」



勝てば花を持たせろと言われ、負ければ手を抜いたと言われ。

どうしろというのだろうか。

これだから、若くして上に立つとろくなことがない。



ちなみにペイントゴム弾は、当たると色がつく顔料がゴム製の玉に仕込まれていて、当たったかどうか判断できる訓練用の弾丸だった。



至近距離で直撃すれば骨にひびくらい入るかもしれないが、死人は出ない。





「はぁ、とっとと終わらせて帰りたいものだ。

犯罪者は待ってくれないというのに。」



「なにやる気なさげにしてんだよ、まじめに仕事しろよな大佐ぁ。」



ため息交じりにぼやいていたロイの耳に、不適な子供の声が聞こえた。

いつのまにか、赤いコートの少年が、テントの入り口で仁王立ちしている。

つり目がちな少年は、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだ。



「鋼の。

なぜ君がここに?」



問いかけるロイに臆することもなく、エドはずかずかとテントのなかに入ってきた。



「ちょっと南方司令部の管轄内で強盗捕まえちまって。

それの護送してきたんだけど、ここのお偉いさんがこっちに来てるって言われたから、さっき向こうの陣地言いって報告してきたところ。

相手が大佐だっていうから、様子見に来た。

さっきちらっと戦いっぷり見てきたけど、大佐手ぇ抜いてねえ?」



「抜いている。

あまり短期間で勝負をつけてしまうとおもしろくないだの何だのと、文句を言われてしまうのでな。」



「そういうもんかねえ」



エドはあきれたように言った。



「左翼、ハボック部隊、南方のラジオラ部隊を撃破!

市街地地域を制圧しました。

当たり判定脱落三人、当たり判定弱二人、けが人なしです」



市街地とは、前にのべた障害物がわりの崩れた町並みのことだ。

フュリーの報告に、エドが首をかしげた。



「当たり判定ってなに?」



「ああ、実弾ではなく、ペイント弾を使っているのでな、それで当たったかどうか審判が判断する。

それで当たったと判断されたのが、当たり判定だ。

頭や胴体部分に当たると即脱落、腕や足は3発当たると脱落になる。

ふむ、ハボックは市街地をとったか。」



ロイは、地図上の駒を動かした。



エドが、手のひらを、顔の前でひらひらさせながら言う。



「しっかし、ここのテント超あっちーなぁ。

中尉たちも大変だね。」



「あら、ありがとう。」



あつくるしいだろうに、リザはエドににっこりと笑顔をかえした。

ロイも、椅子にもたれて顎に手を当てた。



「たしかに、そろそろたまらなくなってきたな・・・。

仕方ない。

鋼のが言うようにそろそろ、まじめに仕事をするとするか。」



ロイは、椅子から立ち上がり、上から地図を見下ろした。

先ほどとは打って変わって凜とした声でロイが言う。



「よし、進路も確保されているな。

ホークアイ中尉。」



「は!」



ロイの後ろでリザが敬礼で答えた。



「射撃部隊を率いてハボックのいる市街地に向かい、そこから、向かいの丘の敵陣営を射撃で攪乱するように。

フュリー、左翼に控えさせていたブレダに連絡。

ホークアイ中尉の援護射撃が開始したら、浮き足立つ南方部隊を横から攻めろ。

ある程度攻めたら二手に分かれ、市街地のホークアイ中尉の部隊の護衛とハボックの援護に回れと伝えろ。

ハボック部隊には、中尉の部隊の射撃の間に敵陣営の手前まで迂回して接近。

ブレダの部隊が二手に分かれたら、敵陣営を攻撃、フラッグを狙うように。

鋼の錬金術師には・・・。」



「え!?おれもなんかすんの?」



「テントの外で見ていてもらう。

ここからなら、戦場全体が見渡せる。

なにか向こうがいちゃもんつけてきたときに、証人になってもらおう。

指示は以上だ。」



「了解!」



ロイの指示を受けて、リザはライフルを持って外に出て行き、フュリーは無線でハボックたちに先ほどのロイの指示を伝える。



「大佐は何してんだ?」



「私は作戦がうまくいかなかった時のことを考えて、ここで待機している。

なにかあった場合は指示をしなくてはならないかもしれないからな。

さあ、中尉が出発するぞ、外で見ていたまえ。」



ロイに言われるがままエドは外にでてテントの横にたった。

たしかに小高い丘に作られているため、模擬戦の戦場がよく見渡せる。

エドがいる丘と戦場を挟んで反対側の丘に、南方司令部の陣営がテントをはっている。

実際の戦場になっているところは、1キロ四方ほどの土地だ。

真ん中の当たりは軍靴で荒らされていて地面がむき出しになっているが、点々とある林やぬかるみなど、起伏に富んでいる。

軍人たちは青い軍服ではなく、カーキ色のトレンチコートに青か赤のたすきを掛けていた。

たすきの色は、きっと東方と南方の組み分けなのだろう。

先ほどの話に出てきた市街地は、南方司令部の陣地側の丘の麓にあり、穴のあいた屋根や、崩れた煉瓦の壁などが見て取れる。市街地というわりに家は6軒ぐらいしかないが、それでも町並みらしくなっていた。



「エドくんじゃあ、行ってくるわね。」



トレンチコートに青いたすきをかけている15人ほどの部隊を引き連れたリザが、エドの隣を通って戦場に降りていく。



「あ、行ってらっしゃい中尉。」



エドが声をかけたのかどうかはわからなかったが、エドの声を合図にしたかのようなタイミングでリザの部隊は走り出した。



それに気がついた南方の兵士が、新しい戦力投入を防ごうと、銃を構える。

しかし、その銃の引き金がひかれるよりも早く、その兵士のどたまにペイント弾が炸裂した。

市街地に展開していたハボックの部隊の援護射撃だ。

ハボックたちの援護で、リザの部隊は一人も欠けることなく市街地の家にたどり着いていた。



「うわ、うわ、すげえかっこいい!」



エドは興奮した面持ちで戦場を眺めた。



「どうだね、うまくいっているか?」



テントからロイが姿を現した。



「さっき、中尉たちが市街地にたどりついたよ。」



「よし、いまのところ順調だな。

しかし、外の方が涼しいかと思ったが、日差しがつよくてそんなことなかったな。」



そうこうしているうちにリザの部隊が市街地に展開し、ライフルの遠距離射撃で敵の本陣を狙い始めた。

丘を見上げるかたちでの射撃なので、さすがに命中率は悪いようだが、それでも南方側の混乱を誘うには十分だ。

浮き足立つ南方司令部の左側からブレダの部隊が動き出した。

丘の中腹当たりのこんもりした林に隠れていたブレダたちは、リザたちの射撃で混乱している、本陣を守っていた部隊を横から攻撃した。

南方の部隊も反撃するが、リザたちは市街地の家の屋根などが邪魔して部隊自体に攻撃できず、ブレダたちは林の木立を盾にしている

また、ブレダの隊は、本陣が襲われていることに気がついて近づいてきた他の部隊も撃ち抜いた。

ブレダの隊が丘以外の敵を引きつけている間、ハボックの隊が市街地を右に迂回して、敵を排除しながら進んでいく。

ペイントまみれになった南方兵士たちが、とたんに戦場に増えだした。



「フュリー、オルドレアン部隊に伝達。

前線から後退し、クォンタイズ部隊とともに東方陣営を守れ。

ブレダ部隊には、分かれる合図を。」



テントの中にロイが言う。

すると、フュリーがすぐさま伝達し、戦場が動く。

少し孤立気味だった真ん中あたりの林にいた青いたすきの部隊が、先ほどのブレダの部隊の攻撃で動けるようになり、東方側陣営に後退した。

もともと東方陣営を守っていた部隊と合流する。

ブレダの部隊は作戦通り二手に分かれ、一方は南方陣営に、もう一方は市街地のほうにじりじりと向かっていく。

ブレダの部隊が分かれたとほぼ同時に、ブレダの部隊と反対側からハボックの隊が敵陣営を攻めだした。

ブレダとハボックに左右から攻められ、正面からはリザたちの射撃。

攻められるほうは、たまったものではない。



「すげー、これ楽勝なんじゃねえ?」



「さて、どうだろうな。

油断は大敵だ。

南方司令部の射撃部隊がまだいるはずだから。」



エドの横で静かに見守るロイは、素っ気なく答えた。



ハボックたちが本陣を攻める直前、南方本陣から射撃部隊が現れ、ハボックたちの隊に猛反撃を試みた。

遮るものがなく、ハボックの隊にペイントに染まる兵士が続出する。



「ああ!ハボック少尉たちが!」



エドが悲鳴を上げた。



「大佐、助けなくていいのかよ!」



しかし、エドの問いに、ロイは答えない。

ただ、戦場のいく末を見守るだけだった。



ハボックの隊は、体中にペイント弾を受けて、どんどん数が減っていく。

ゴム弾とはいえ、銃で発射しているので、当たればそれなりに痛みがあるらしく、当たったものは足を止めたり、倒れたりしているようだ。

隊長であるハボックも最後まで粘っていたが、ついに胸や肩にペイント弾を受けて膝をつく。



カンカンカンカンカンっ!!

その時、模擬戦場いっぱいに、忙しない鐘の音が響き渡った。



「わっ!何の音だ?」



その音に驚いてエドが辺りを見渡した。



「勝負がついたようだな」



ロイが言うと、テントにもどっていった。



「ええええっ!いつ!?」



納得しないようなエドの声に、ロイは双眼鏡を差し出した。



「敵陣営の辺りをよく見てみたまえ。」



エドがロイから双眼鏡をひったくり、あわててのぞいてみれば敵陣営のあたりにブレダが立っていて、その手にはフラッグが握られていた。



「ブレダ少尉!」

「ハボックはもともと囮だ。

実戦では被害が多くて無謀な作戦だが、模擬戦だからな。

人死にがないからこそできる作戦だ。」



「だって、ハボック少尉がフラッグを攻めるって・・。」

「傍受されていたんだよ。お互いに。」



エドはあんぐりしてロイを見た。



「大佐って実はすごい?」

「何をいまさら。」



あきれたような顔で頭をなでらた。



「さーて、これで東方に帰れるな。」



ロイは大きく伸びをして、やれやれとばかにりつぶやいた。



END



7~8月の拍手感謝小説でした。
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