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万雷の白虎

第14話



ダグラスの通報によって、東方司令部から部隊が派遣されてきた。

今度は不意の襲撃にも耐えられるよう、大人数の部隊だ。

今回も部隊を率いてきたのはハボックで、前回の襲撃のせいで非常に虎に対して対抗心を燃やしていた。

とりあえず、今回は特に襲撃もなく、ハルトと、テルの遺体は無事に保護され、二人が襲われた粗大物ゴミ置き場周辺には、入念な聞き込み調査が展開された。

「恐ろしい勢いで話が進んでいくな。

さすが鋼の。行く先々でトラブルを招いてくれる。」

司令部では、ロイが三人の報告を聞いて、頭を抱えていた。

「誰がトラブルメーカーだ。

こっちはちゃんと捜査してるだけだぞ!」

エドは唇をとがらせて反論する。

「わかっているさ。

しかし、こう話が順調すぎても、こちらの対処が追いつかない。

とりあえず、テルくんの遺体は司法解剖のあと、きちんとこちらで安置される。

兄の方は、以前保護した親子の隣の部屋にいるはずだ。」

「お、サンキュー大佐。

それから、国立生体研究所のこと、なんかわかった?」

気楽に聞いてくるエドに、ロイは目をつり上げた。

「馬鹿者!

記録が消されたものを調べるのにそんなにスムーズにいくわけがなかろう!

まったく、君と同じにしないでくれ。

今頃、私が送った電報が向こうで読まれているぐらいだろうよ。」

ロイは眉間にしわを寄せながら言う。

「マスタング大佐。

今日これからは難しいでと思いますので、明日、あのハルト少年が虎を目撃したというあたりに調査に行ってみようかと思います。

よろしいでしょうか?」

ダグラスが、進み出て尋ねた。

「わかった。

もともと、君たちはおとりとしてうろついてもらわねばならないからな。

君たちのことだ、また何かやっかいなものを見つけかねないので、これを渡しておく。」

ロイが合図すると、フュリーが手のひらに少し気を回した程度の大きさの機械が運んできた。

「大佐、これは?」

「これは、フュリーが開発した無線機だ。

ほかの周波数に合わせられない代わりに、対になっている無線機には非常に届きやすい。

3キロ圏内ならどうにか届くはずだ。

あまり頻繁に使うと、余計な連中に周波数を割り出されてしまう可能性があるので、極力控えてほしいのだが緊急時に連絡手段がないよりもいいだろう。

使用しないままでいられるとよいのだがな。」

「本当にな。」

エドは皮肉混じりにいいながら受け取って、上着の内ポケットに仕舞った。

「あしたはついに司令部にお偉いさんが来るのでな。

こちらからのフォローが遅れる場合がある。

それだけは気をつけてな。」

エドたちはフュリーから無線機の使い方を教わった後、ホテルに引き上げることにした。

今日は長い一日だった、と、沈みゆく夕日を眺めながら、エドはげんなりと思うのであった。







第15話



翌朝、エドが朝食をとりにホテルのレストランに降りていくと、今日もダグラスが待っていた。

ロビーのソファに腰掛け、新聞を広げている。

「おはよう、ダグラス中尉。

今日もよろしく。

なんかおもしろいニュースでも載ってる?」

エドが尋ねると、ダグラスは紙面をエドに見えるように広げてくれた。

「昨日の襲撃事件のことがもう新聞にのっております。

いやはや、ブン屋の耳は早いものですな。」

確かに、イーシティで通り魔殺人というような記事が小さく載っている。

地方の話なので、内容の割に紙面的にはかなり小さくしか書かれていなかった。

「本当だ。

俺たちが知らないようなことは書いてある?」

ダグラスは首を振る。

「いいえ、記事自体詳しいものではないので。

これといっては。」

ダグラスの目は、再び紙面を追う。

とある一点にダグラスの視線が届いたとき、その表情がぴくりと動いた。

「どうかした?」

「・・・いえ、読み間違って変な文章になってしまっただけでした。」

「俺、朝飯食ってくるけど、ダグラス中尉は?」

「ワシは、もうすませて参りましたので、ここで待っております。

ゆっくりお食事をなさってくだされ。」

そういわれたので、エドは一人でレストランに向かう。

入る直前、ダグラスが電話のあるコーナーに向かっていくのがチラッと見えたが、とくに気にすることはなかった。



エドが腹ごしらえを済ませると、二人は連れだってアルがまつホテルの部屋に向かった。

ホテルの部屋の中では、おのおのの場所に座り、今日の行動を話し合う。

「昨日、ハルト少年がいっていた粗大ゴミ置き場ですが、あのあと東方司令部の正式な調査がはいりまして、調書があがってきました。

周囲の聞き込みも行われましたが、アジトについての有力な情報は入らなかったそうです。

今日はいかがしますか?」

エドは、ダグラスがもってきた調書と、地図を見ながら、うーんと唸った。

「大佐の調査で穴があるとも思えないしな。

それよりもダグラス中尉は、昨日の事件、どう思う?」

ダグラスは、暗い顔つきになった。

「食人、に関してですか?

確かに、西いたときも数々の非道な行いを繰り返すやっかいな男でしたが、さすがに食人とは・・・。

しかし、西にも路上に住む子供たちがいきなり集団失踪するということが何回かありました。

そういう子供たちは、どこでも厄介者扱いされていますから、いなくなって気にされることはまれです。

もしかしたら、その犯人も虎だったのかもしれません。

ただし、これについては西の軍も情報を持っていませんので、憶測をでることはございません。

虎が西にいたときから食人を繰り返していたのか、それとも、東に来てから食人を始めたのかは不明ですな。」

「東にきてから食人を始めたなら、その理由はなんなんだろう。

最初は、錬金術師しか狙わない殺し屋だってきいてたのに、最初に襲われた人物は、錬金術師じゃなかったし。

金を積まれて人を殺すのかとおもえば、行きずりの通り魔っぽいことしてみたり、虎は結局なにがしたいんだろうな。

殺人衝動で暴走でもしてるのか?」

ダグラスも腕を組んで唸る。

「確かに、この所行。

納得いきませんな。

西にいたときはここまで暴走はしていませんでしたからな。」

真剣な顔をして、考え事をしているダグラスは、非常に怖い顔をしている。

ただでさえ図体が大きいので、仲間であるエドでさえ、怖じ気づいてしまうほどだ。

「ダグラス中尉が目星をつけた場所に何かしら関係のあるものがあったんだから、残ってるあとの二カ所も回ってみたらどうかな、兄さん。」

アルの提案に、エドはそうだなとうなずいた。

「たしかに。後の二カ所を捜索するついでに、粗大ゴミ置き場周辺も見に行ってみるか。」





××××



東方司令部の正面入り口、黒塗りの車でご登場の軍法会議所のお偉いさんを迎えるため、ロイをふくむ軍人たちは居並んで敬礼を贈っていた。

車の中から現れた、いかにも高い役職に就き、容赦のない命令をしてきそうな将軍位の軍人は、並ぶ雑魚には目もくれず、まっすぐに正面でまつグラマン中将の前へ進んでいった。

「ようこそ、クルスク将軍。

セントラルからわざわざようこそ。

思う存分視察していってね。」

威圧感を漂わせるクルスク将軍にも、怖じ気づかないグラマンは、にこやかに握手を交わした。

その胆力には、さすがのロイも感心した。

クルスク将軍といえば、軍法会議所の視察を担当する将軍のなかでも、最も厳しいと有名な男なのである。

職務に忠実なのはいいことだが、それだけではなく、気にくわない相手には、容赦ない制裁をあびせるという噂なので、始末に負えない。

特にクルスクとグラマンが仲がいいというわけでもなかろう。

グラマン流の作戦なのかもしれない。

「久方ぶりだな。グラマン中将。

無論、隅々までくまなく視察させていただく。」

クルスクの表情はほとんど動かず、その腹の中身がどうなっているのかを、計り知ることはできない。

軍法会議所の軍人たちが、わらわらと車の中から降りてきて整列している。

その中に、ヒューズの姿があることに、ロイは気がついた。

ヒューズはチラッとロイの方を見て、かすかにウインクをして挨拶をしてきた。

ロイの方としてはウインクなんて気色わるい真似をする気はなかったので、かすかに敬礼の指先を振って、挨拶を返した。

クルスク将軍を、グラマンが案内して中に入ったので、軍人たちに敬礼をやめるようにロイの同僚にあたる司令が合図をした。

軍人たちに、職務に戻るように号令をかけながら、ロイはどうなることやらと、内心深いため息をつくのであった。




第16話



エドたち三人は、ダグラスが目星をつけた建物の一つにいく道すがら、結局粗大ゴミ置き場に立ち寄っていた。

もともと、町の中心部から一番近いところ、という理由で昨日の廃工場に行ったため、どこに行くにしても最初にいっておかないと、後でずいぶん遠回りになっていまうのだ。

ハルトが話していた、粗大ゴミ置き場は、路地裏の家一件分ほどのデッドスペースに、かってに粗大ゴミが捨て置かれて、いつのまにかゴミ捨て場になったような、管理のあまりされていない場所であった。

今は入り口に黄色いテープが貼られ、軍人が見張りをしているため、ゴミを捨てにこようなどという輩はいないようだ。

ほかに話ができそうな人間がいないため、一人見張りに立っている軍人に話しかけた。

「鋼の大将。

ゴミ捨て場の調査か?」

その軍人は、仲良くしてもらったことのあるハボックの隊の隊員だった。

もともと階級をあまり気にしていないエドのことを知っているので、口調は親しげだ。

「そうなんだ。

入っていいかな?」

その軍人は、ちょっと困った顔をした。

「大将と、ダグラス中尉は入れるけど、一応一般人のアルには我慢してもらいてぇな。

アルが悪さしないのはよくわかってるんだけど、一応立ち入り禁止で監視してるところに一般人をいれちまうと、面倒なことになったりするんでな。」

エドは聞いてちょっとムッとしたが、考えてみれば正しい道理である。

アルは自ら進んで言った。

「仕方ないよね。

兄さん、見落とししないようにお願いね。

ダグラス中尉がいれば大丈夫だと思うけど。」

「任せとけ!見落としなんかしないから、安心しろ。」

エドとダグラスがゴミ捨て場の入り口のテープをくぐり、アルは待っている間に軍人の話を聞いておくことにする。

エドとダグラスが中に入ると、襲撃されたのであろう場所はすぐに見つかった。

蝶番(ちょうつがい)が壊れた木製のドアの上に、どす黒く変色した血だまりの跡があったのだ。

「テルくんが襲われたのはここなのかな?」

エドが周りを見渡しながら言った。

「ほかにもいくつか血痕がありますが、そこまで大量ではありません。

きっとそこで襲われたものと思われます。」

ここで人が喰われた、と思うと、ゾッとせずにはいられない。

エドは変色した血だまりから目をそらして、ほかになにかないかあたりを見渡した。

「といっても、もともと乱雑きわまりないから、何がゴミで何が手がかりなのか、さっぱりわからないな。」

腰に手をあてて、エドはため息をつく。

「そうでもありません。


むしろ、わかりやすいほどです。

こつさえわかれば鋼の錬金術師も見つけられますとも。」

ダグラスが言ったので、エドはびっくりした。

「え、何か見つけたのか?」

ダグラスはうなずく。

「ええ、灰ネズミが虎につかみかかって、取っ組みあいになったと昨日聞きましたが、それは確かなようです。

ここに風雨でいたんだ大きな食器棚があります。

飾りガラスが割れておりますな。

この食器棚のガラス、これは昨日割れたものと思われます。

周りがこれだけ痛みが進んでいますが、割れた場所の内側はまだきれいな状態で痛みが進行していません。

これはつい最近このガラスが破られたということ。

そしてこのガラスの割れ方は、石や堅いものが当たった割れ方ではなく、平たいものを押しつけられたときの割れ方です。

この食器棚に、どちらかの背中が当たり、割れたのでしょうな。

として考えると、血痕の場所からかなり離れておりますからここまで転がってきたのでしょう、ハルトくんが逃げる隙は十分にあったと考えられます。」

エドは、ダグラスの推理に感心した。

「すげえ!ダグラス中尉、名探偵だ!」

ダグラスは、少し照れたように顔を赤らめたが、ごほんと咳払いして、気を取り直した。

「ワシはこれでも、事件現場を分析して虎を追う、特殊な任務に就いておりますのでな。

こういった分析も必要な能力の一つなのです。

ですが、もちろんこれは訓練で身につけたもの。

訓練次第では、鋼の錬金術師も、この程度の推理なら簡単にできるようになるかと。

なにせ、もっと高等な錬金術を意のままに操ることができるのですからな。」

エドはどうだろう、と首をかしげた。

でも、そのような分析能力が長けていれば、もっと錬金術の技術が進歩するかもしれないとも思う。

エドが考え事をしていると、視界の隅に、ちらっと何かが映った。

はっとなってそちらを見るが、そこには粗大ゴミの山があるばかりで、ほかに何かがあるわけではない。

エドが何でもない方を見ているのに気がついて、ダグラスがそっと声をかけた。

「さすが、鋼の錬金術師、お気づきになられましたか。」

ダグラスも、エドが視界の隅にとらえたものを認識していたと知り、錯覚ではなかったと確信を得た。

「子供、ですな。

ハルトくんと同じぐらいの年代でしょうか。

ワシの見たところ、三人ほどおりました。」

エドは、ダグラスの鋭い観察眼に舌を巻いた。

「俺は一人しか気がつかなかった。」

「この粗大ゴミ置き場に入っているのは、どうやら一人のようです。

後の二人はもっと年下のようですな。塀の向こう側におります。」

この粗大ゴミ置き場の周りは、トタンの板で囲まれ、周りの路地裏にゴミが漏れないようになっている。

そのトタンの板の塀の向こうに二人分の小さな頭が、ぎりぎり見えた。

「なにか知ってる可能性はあるかな?」

「ああいった子供は、大人が気がつかない情報をつかむ天才ですからな。

なにか知っている可能性は高いでしょう。

しかし、協力してくれるかどうか。」

エドは足音に気をつけて、子供が隠れている朽ち果てたクローゼットを回り込んだ。

「見つけた!」

「うわ!」

見つからないようにうずくまってる子供の背中から、いきなり大声を浴びせたので、隠れていた子供は飛び上がるほど驚いた。

「おまえら!逃げろ!」

見つかったとわかった瞬間、子供はトタンの裏側に向かって叫んだ。

「そうはいかぬ。」

が、その子供二人は、トタンの壁の上から乗り出したダグラスによって捕まえられていた。

そのまま路地から粗大ゴミ捨て場に入れられる。

「はなせ!はーなーせー!」

ダグラスに襟首をつかまれ、子供二人はじたばたと暴れるが、やはりびくともしない。

「どうして、ここに入り込んだんだ?

ここで人が一人殺されたの、知ってるのか?」

エドが捕まえた子供は、エドも同じくらいの年代の子供だとわかると、とたんに強気の態度になった。

「当たり前だろ!だから、軍人の目をかいくぐって中に入り込んだんだろうが!」

「それでいうと、ワシも軍人なのだが?

このまま、見張りのものにつきだしてもよいのだぞ。」

いわれた子供はぎょっとしてダグラスを見上げた。

「俺たち、悪いことをしに来たわけじゃない!」

ダグラスはうなずく。

「そうだろうとも。

だが、ここに忍び込んで、ワシらを伺っていたのは事実。

いったい、何ようだ。」

ダグラスの迫力のある凄みに負けて、少年はしぶしぶ口を開いた。

「だって、ここで殺されたテルは、俺たちの仲間だったんだ。

テルは殺されるし、ハルトのやつもいきなりいなくなるし。

様子を見に来て、何が悪い!」

仲間、といわれれば確かに、子供たちの服装はどれもサイズ違いのもので、薄汚れてボロボロであった。

ここらへんを縄張りにする孤児のグループなのだろう。

「ハルトとテルの仲間だったのか。

なら、どうして正面にいる軍人に話して入れてもらわなかったんだ?

あの人、結構話のわかるひとだぜ。」

子供は、あっかんべをした。

「俺たちみたいな、子供が何言ったって信じてくれるもんか。

現に、あんたらだって捕まえたじゃないか。」

エドは頭を掻いた。

「悪かったよ。でも、話を聞きたいと思ったからだ。

悪いことをしたからって捕まえに来た訳じゃない。」

子供はぷいっとそっぽをむく。

「へん、俺たちには話すことなんてないね。

たとえ知ってても、いきなり捕まえたりする無礼千万やろうどもに、みすみす情報をくれてやるつもりはないな。」

エドが困ってダグラスを見上げると、ダグラスはにっと笑って返した。

「何も、ワシらは無償で話を聞こうなどとはこれっぽっちもおもっとらん。

もちろん、正直に話してくれさえすれば、報酬がげんこつということもないのだが?」

ダグラスがいった報酬、という言葉に、子供たちが反応した。

子供たちが食いついたと感じて、ダグラスは捕まえていた二人を下ろしてやり、懐からなにやら取り出して、もったいつけてちらつかせた。

一瞬だけエドにも見えたが、それは硬貨のようであった。

「話してくれれば、こいつをくれてやろう。

もちろん、一人一枚だ。

まずは名前を聞かせてもらえまいか?」

年上の少年が一瞬の迷いを見せた隙に、年下の少年二人が目を輝かせた。

「おれ、マーリン。」

「おれ、グリフォン。」

「あ!こら、おまえら!」

報酬につられて名乗ってしまった少年二人を、慌てて年上の少年が止めようとしたが、一度言葉にしてしまったものはもう引っ込まない。

「マーリンくんとグリフォンくんか。

なかなか、強そうな名前だな。」

エドにおだてられた二人は、胸を張った。

「兄ちゃんがつけてくれたんだ。いいだろう!」

「いい加減にしろ!」

調子にのった二人を、年上の少年はげんこつ叩く。

「軍人が素直に報酬なんか払うもんかよ!だまされんな!」

力一杯振り下ろされた拳骨は、はたで見ていたエドも首をすくめるほど痛そうな音をたてた。

マーリンとグリフォンは、目にいっぱい涙をためて今にも大声で泣き出しそうになる。

「いかんな。

今のは答えてしまった二人を怒るのではなく、そそのかしたワシを殴るべきだった。」

ダグラスはしゃがんで、取り出したハンカチで二人の目に貯まった涙を拭いてやり、ついでにその水分で顔の汚れもぬぐってやった。

「疑うことは、生きる術だ。

だが、すべてを疑っても切りがないぞ。」

ダグラスに目を合わされていわれ、年上の少年はうっと気圧された。

だんだんと、渋々といった表情になり、最後に小さな声で

「・・・・・フォートレスだ。」

と、名乗ってくれた。

ダグラスはこういった駆け引きがとても上手だと、エドは感心した。

自分の見た目が仁王のように恐ろしい印象を与えるということが、よくわかっている。

巨体を鞭、言葉を飴にする駆け引きは、子供相手にとても効果的であった。

感心しているエドとダグラスの目が一瞬あい、けっこう茶目っ気のあるウインクを送ってきた。

「仕方ない。

いいだろう、聞きたいことがあるなら聞け。

答えられる限りで答える。」

フォートレスは、腕を組んで精一杯の虚勢をはってエドとダグラスに言った。

「お前ら三人のことと、ハルトとテルとはどういう関係なのか、まず教えてくれ。」

エドがいうと、フォートレスはすぐに肩をすくめて答えた。

「俺たちは、一応血のつながった兄弟だ。

父親は解らない。

母親が娼婦の女なんでな。

俺は三歳ぐらいの時、里子に出されたんだが、七歳の時に自力で逃げ出して、記憶を頼りに、母親と昔住んでいた貸家に帰った。

そしたら、栄養失調で母親は布団の上で死んでてな。

そのとき二歳だったこいつらが、そのそばで泣いていた。

おかげで、こいつらが母親になんて呼ばれていたのか解らずじまい。

だから俺が勝手に名前を付けたんだ。

仕方なく、俺たちは使えそうなもの持ち出して、その家から逃げた。

借金の取り立ての奴らがそのうち来ることはわかってたからな。

とにかく、捕まりたくない一心でイーストにまで流れてきたって訳よ。

ハルトとテルとは、一年ぐらい前に出会った。

最初は縄張りでけんかになったけど、最近は結構仲良くやってたんだぜ。

それなのに、殺されちまうなんて。」

フォートレスは子供であるのにも関わらず、深い人生を歩んできた老人のような陰を表情に宿しながら語った。

エドも自分たちの人生も楽な方ではないと思っていたが、その上をいく厳しさだった。

少なくとも、エドとアルの両親ははっきりしている。

それは幸せなことなのだと、エドは認識せざるえなかった。

「なるほど、苦労が絶えない境遇のようだな。」

ダグラスも、切なそうにため息をついた。

フォートレスは小首をかしげる。

「さあな。これが俺たちの普通だから。

厳しいのかなんて、よくわからない。

俺たちは、死にたくないから生きるだけだ。」

フォートレスの目には、温室飼いの人間にはない、厳しい冬の色がにじむ。

ダグラスは、ならば、とフォートレスに尋ねる。

「自分の縄張りに入ってきた怪しい人間は、すぐにわかるようにしているだろう?

ここら辺で、怪しい二人連れ、もしくは怪しい男を見たことはないか?

一人は、細身で近づきがたいような殺気を放つ、恐ろしげな男。もう一人は、貧相でスリが得意な男だ。

細身の男は虎、貧相な男は灰ネズミというのだが。」

フォートレスは生意気な顔をして首をかしげた。

「そうだな、ここらへんじゃあ、スリが得意な男はたくさんいるからな。

いたかどうか。」

ダグラスはむっとした顔になり、仕方なく先ほどちらつかせていた小銭を、三人に向かって指ではじいた。

マーリンとグリフォンは歓声を上げながら飛びついたが、フォートレスは手慣れたように空中でキャッチする。

ちらっと見て本物だと確認すると、ニッと笑ってダグラスを見た。

「そうだな。今、思い出した。

イーストの駅から一駅下がった町の屋敷で、殺しがあったらしい。

そこの近くでそういうやつを見たっていう話を聞いたぜ。」

ダグラスはその得意そうなフォートレスの前に指を一本立てた。

「なかなか駆け引きが達者だが、そう構えていては得られる情報も引き出せなくなることがあるぞ。」

ダグラスに言われたフォートレスは、怪訝な顔になった。

ダグラスは身を起こし、ニヤッと笑い返す。

「ハルトくんは軍が今保護している。

ハルトくんは生きておるよ。

これはワシらが機嫌を損ねれば手に入れられない情報だった、な?」

ダグラスが攻めの顔でいう。

一方でフォートレスは目を見開いて、とても驚いた様子だった。

「まさか!本当なのか!?」

フォートレスは、とっさに隣にいたエドに尋ねる。

エドは隠すこともないだろうと、素直に頷く。

「ああ、今、東方司令部の官舎の中だ。

食い逃げで捕まった訳じゃないから安心しろ。」

エドがいうと、フォートレスはホーッと息を吐いた。

「ハルトだけでも無事だったのか・・・。

よかった・・・。」

その顔は一瞬だけ年相当になり、本当は心の底から心配していたことを伺わせた。

フォートレスは、ぐっと目を閉じた後、いつもの厳しい色の目に戻ってしまったが、マーリンとグリフォンを両手で押さえながら、ダグラスとエドにいった。

「軍人は嫌いだけど、ハルトを助けてくれたんなら話は別だ。

頼んでくれれば、手を貸してやる。

俺たちはここら辺にいつもいるから、声をかけてくれ。」

フォートレスの申し出に驚いて、ダグラスとエドは顔を見合わせた。






××××



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・。」

暗がりの中、うずくまる陰。

ほこりっぽい屋根裏の部屋で、荒い息をこぼすのは一匹の虎。

「うう、く、ぁぁ、くそ・・・。

はぁ、はぁ、はぁ・・・。」

虎は、苦しげに顔をゆがませて、肩で息をし、胸元をきつく掴む。

「ぐぁ・・・、ああ・・・。」

牙の隙間から漏れる、苦しげな喘ぎ。

「・・・って、たまるか・・・!」

誰に聞かせることもない悪態が、無意味に宙に消える。

ぎらりと光る目が、床の上に転がった茶色い薬瓶を見つけた。

虎は、震える指を伸ばし、床を爪で掻き、痙攣する体を必死に動かして、薬瓶に這い寄る。

「あああああああ」

がたがたがたがたと、踊る指で瓶のふたを開け、中からボロボロとこぼれ落ちた錠剤を、定まらない手のひらで受け止める。

蓋を閉めることも忘れ、虎は手のひらの中の薬を、膝立ちになりながら一気に飲み下した。

茶色い瓶のラベルには、戦場での砲弾恐怖症の対処に使われる、強力な精神安定剤の名前が書かれていた。

ガリガリと歯でかみ砕き、酒瓶の中身で一気に飲み下す。


ゴクゴクとのどを鳴らして飲みきってしまうと、中身が空になった瓶を、虎は用済みとばかりに投げ捨てた。

がしゃんと割れる音を聞いた虎の耳は、すでに正常だった。

表情に苦悶の色はなく、その体に震えはない。

膝立ちで天井を仰いだまま、虎は目を細めた。

「ったく、このポンコツの体が・・・・」

つぶやいて、虎は床の上に崩れ落ちた。

「いやだ、いやだ・・・くそぉっ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・助けてくれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・虎・・・・・・・・・・・・・・。」









続く
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