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万雷の白虎





第5話

「とりあえず犠牲者は出さなかったものの、負傷者10名、重傷者2名、殺し屋とその手下は逃亡中か。

なかなかやってくれるな。

西の殺し屋は。」

東方司令部の執務室で、ロイは帰ってきたハボックとエド、アル、ダグラスの報告を受けて厳しい表情をした。

「協力を要請してものの二時間程度で本命に当たるとは、鋼ののトラブル体質も見上げたものだな。」

あきれすぎて感心しているような声で、ロイはエドに言った。

「うるせえ。

俺が好きこのんでトラブルに飛びこんでんじゃなくて、トラブルの方から俺を襲いに来るんだからしょうがないだろうが!」

「君たちに怪我がないのがせめてもの救いだったな。

さて、ここまで被害が出てしまっては、君たちだけに押しつけている訳にはいかなくなってしまったな。

頼んですぐに命令を撤回するのは不本意だが、鋼のの命令を撤回する。

君たちは即刻イーストを離れた方がいい。

ここからは我々に任せて、また旅に出たまえ。」

ロイがいうと、エドはむっとした。

「ずっぽり首を突っ込ませておいて、ここで手を引け?

引き抜くんなら手より、首だろ。

そう簡単に引ける状態じゃないと思うけど?」

ロイはエドを睨むほどの目で見た。

「今や、イーストは危険だ。

特に、君のような有名な錬金術師はな。

各地でいくつもテロやら組織をつぶしている君は、いつ虎に襲われてもおかしくない。

狙われる前に、姿を隠すのが一番だ。

旅に出てしまえば、君たちはほとんど消息不明になれる。

いくら情報網がある殺し屋といえども、君たちは容易には捕まえられなくなるだろう。

君たちのためだ。鋼のだって、アルフォンス君を危険にさらしたくはないだろう?」

エドはアルの名前を出されると弱い。

渋い顔をしたが、押し黙ってしまった。

「お言葉ですが、マスタング大佐。」

そこで口を挟んだのはダグラスだった。

「虎のやつは、たいへん狡猾です。

情報力をなめてはいけません。

鋼の錬金術師が旅の空であったとしても、見つけ出されてしまう可能性は捨て切れません。

また、所在が不明のままでも、我々は不思議に思わないでしょうから、気がついたときには手遅れになっておるということも考えられます。」

ロイはダグラスを見た。

「なら、イーストにとどまるのも危険、旅に出しても危険となると、このやんちゃ坊主をどうするつもりなのかね、ダグラス中尉。

これでも全国に名がとどろく人物だ。

虎は鋼のを狙ってイーストにきた可能性さえあるのだぞ。

国家錬金術師の死者は自分の管轄内では出したくないのだが。」

「最初から俺が殺される前提で話をすすめるな!」

エドが言ったが、残念ながら誰にも相手にされない。

「おとりにしてみては、いかがでしょう。」

ダグラスが、ロイにいった。

それを聞いたロイの腹心の部下たちはぎょっとする。

この東方司令部内において、この子供たちは大変特別な存在であり、中でもロイは、表に出さないものの兄弟のことをとても大切にしているので、ダグラスの申し出は地雷になりかねなかったのだ。

ロイの目が、本人も気がつかぬうちに、鋭くなる。

「おとり、だと?」

だが、そんな視線にさらされても、ダグラスはひるまなかった。

「はい。

ワシも含めて、先ほどの命令が取り消されなかった風を装うのです。

そうすれば、虎たちはワシとエルリック兄弟が自分たちが調査しているものと勘違いし、東方司令部の本体の調査隊のカモフラージュになる。

そうワシは考えます。」

ロイの目から、ふと殺気が消えた。

エドとアルだけを危険にさらすのではなく、自分の身を含めておとりにせよというところに関心したようだ。

「なるほど、もともと西で虎の捜査に当たっていた君が動いていれば、勝手に向こうが本丸であると思ってくれるということか。

しかし、それだと君が虎を捕らえられなくなってしまうかもしれないが?」

ダグラスは、少し意外そうな顔をしたが、にっと笑った。

「それはワシが功績を立てられないとご心配くださっておるのですか?

功績など、なんぼのものでしょう!

ワシが一つ昇格するよりも、人の命一人助ける方がよほど大切であると、言ってご理解いけますか?

それに、マスタング大佐は死力を尽くした部下を無碍には扱わないと、信じております。」

ダグラスが言い切ったので、ロイの方が面食らってしまった。

「私は君にそんなに信頼してもらえるほどの男ではないかもしれないが?」

意地悪するような顔で、ロイは言う。

しかし、ダグラスはそのロイの言葉を笑い飛ばした。

「マスタング大佐。

これでもワシはいろいろな戦場を渡り歩いてまいりました。

その間に、多少人間を見る目は養ったつもりです。

ワシは自分の目で見て、マスタング大佐を信用しました。

それで裏切られれば、それはワシの目が鈍っておるということです。

また、ワシ自身についても同じこと。

ワシのことを信用して、ワシが裏切ったときは。

戦場で死ぬのが軍人の本分、どうぞ殺していただきたい。」

はっきりとこのようなことを堂々と言い切るのだから、ダグラスの剛胆さがうかがえるというものだろう。

「よろしい。

ならば今回は信用しよう。

鋼の、先ほどの命令を変える。

君たちはしばらくイーストに滞在していてほしい。

そのあいだ、ダグラス中尉を護衛につける。

我々の虎の調査が感づかれないように、おとりをしていてくれ。

その間は、調べ物をするなり、買い物をするなり、自由に過ごしていてくれてかまわん。

ただし、あくまでおとりだ。

何か発見があったら、すぐに連絡をいれるように。

それに、虎の襲撃がないとも限らない。

油断はするな。」

エドは頷く。

「わかった。

まあ、仕方ないな。」

エドの方を見て、ダグラスは軽く頭を下げた。

「申し訳ない、鋼の錬金術師。

巻き込んでしまいまして。」

「ふん、大佐たちに仲間はずれにされるよりはよっぽど!

大佐ってば、すぐに俺たちにこと仲間はずれしようとするんだもんな。」

エドの言葉に、ロイは表情を変えることはなかったが、ロイの部下たちは、それがロイなりの心配の仕方なのだと思っていた。

「とりあえず、今日のところは宿に戻って一息つくといい。

ブレダ、部下の誰かを護衛につけろ。

ダグラス中尉は虎について相談したい十分後に作戦室に来てくれ。

鋼のの護衛は明日からとする。

以上。」

「は!」

ダグラスとブレダが敬礼で答えた。

エドとアルがブレダの部下に送られていき、ダグラスが退室してから、ロイは疲れた顔で窓の外を眺めた。

時は夕方、日の光が建物の壁面を血のように赤く染め上げていた。

ロイは額を押さえながら、一つため息をつく。

「やれやれまったく、頭痛の元が一つ増えた・・・。」


第6話

翌日、エドが起きて朝食をとりに食堂に降りていくと、そこにはダグラスがまっていた。

「ダグラス中尉、おはよう。

ずいぶん早いね。」

ダグラスは快活な笑顔をエドに向けた。

「おはようございます、鋼の錬金術師。

ワシぐらいの年になると、朝が早くてこまりますわい。」

そんなことをいうダグラスに、エドはつい笑った。

「ダグラス中尉、そんな年じゃないだろ?

どう多く見たって、三十代の後半ぐらいじゃないのか?」

「ご明察です、ワシは今年38になります。

ワシのようなものとしては、もう高齢の部類ですな。」

「またまた~」

エドは笑いながら、ビュッフェスタイルのレストランで朝食をとった。

エドの食事が終わると、二人はアルが待つ部屋に向かう。

「これが、昨日襲われた事件の調書です。

ご覧になりたいかと思うて、もってまいりました。」

エドは、ダグラスから渡された茶封筒の中身を引っ張り出して、机の上に広げた。

「えーと、名前はビクター・エルダーか。

へええ、あのおじさん作曲家だったんだ。

襲われてた時に錬金術で反撃してなかったから、十中八九錬金術師じゃないと思ってたけど、やっぱり違ったんだ。」

エドは、昨日虎に襲われた男性を思い浮かべながら言った。

ダグラスも頷く。

「たしかに、家の中を見て回ったときに錬金術の実験室などはあしませんでしたな。

大きなピアノや、いくつかの楽器はありましたが。」

アメストリスにおいて、芸術家、なかでも音楽家は非常に尊敬されている職業の一つだった。

錬金術が発達しているこの国では、複製が簡単にできてしまうため、形あるものよりも、形がなく、その瞬間にしか体験できないもののほうが重きを置かれる傾向がある。

名画といわれるたぐいももちろん存在するが、贋作技術と鑑定技術がしのぎを削っているため、オリジナルの作品の見分けはプロでも難しい。

なので、真贋を問うことなく本物を鑑賞できる音楽が、非常に人気があるのだ。

また、反対に芸術家でも彫刻家は、同じ理由で非常に形見が狭い職業である。

「ビクター・エルダーって、国営放送でやってる『お昼の憩い』って番組のオープニング曲を作曲した人じゃなかったけ?

兄さんが食べるのに夢中になってる時によくレストランで流れてるから、兄さんにはなじみが薄いかもしれないけど。

兄さんも聞けば思い出すタイプだとおもうよ。

あの曲を作曲した人なのか、イーストの人だったんだね。」

アルの言葉に相づちを打ちながら、ダグラスも言う。

「そうですな。

それに関しては、ワシもセントラルの人間だと思っておったので以外でしたな。

お昼の憩いの曲以外にも、有名な曲が何曲があるようで。

ワシはそういった音楽などは詳しくないので、よくわかりませんが、そういうことに詳しい人物にとっては非常に人気のある人物のようですな。」

エドはぺらぺらと書類をめくって、一通り目を通してから顔を上げた。

「虎って、錬金術師専門の殺し屋で有名なやつなんだろ?

この調書を見る限り、このエルダーさんは錬金術師じゃない。

依頼人はどうして虎に依頼したんだろう。」

アルも腕を組んで考えた。

「まあ、もともと錬金術って、真理を探究するための学問だから、いろんなアプローチで真理を目指すっていうのはあるけど、それ、錬金術が発展し始めた最初の頃の話だよね。

虎って、そういう広い感覚で依頼受けてるのかな?」

そうだったらすさまじくやっかいである。

しかし、エドはその意見には同意しなかった。

「今は、芸術家と錬金術師って完璧に分業してるもんな。

でも、虎も今回は錬金術師じゃないから灰ネズミにやらせたっていってたし。

そこまで深く考えなくてもいいんじゃないか?

ほら、虎だって東じゃ名前全然知られてないから、とりあえず依頼されたやつを片っ端からこなして、実力を示そうとしたとか。

昨日見たあいつの言い方からすると、あいつが錬金術師襲うのって、なんかスポーツ感覚っぽかったし。」

ダグラスは、殺気を宿した目で、虚空をにらむ。

「許せませんな。」

それがあまりに本気のつぶやきだったので、エドとアルがぞっとしたほどだった。

「とりあえず、俺たちは虎を本格的に調べることはしなくていいことになったけど、おとりになるからには、調べてる風に見えなくちゃいけないんだよな。」

「そうだね。のんきにゆったりお茶とかしてたら、あんまり調べてる風には見えないよね。」

アルが、自分たちがオープンカフェあたりでくつろいでいるところを想像しながら言った。

パラソルの下でお茶をする三人。

たしかに、ほのぼのしていて、殺し屋の調査をしているようには見えない。

「そこで、もうついでだし、こっちには詳しいダグラス中尉がいるし、何にもつかめなくて元々で俺たちなりに調査を続けないか?

このまま中途半端にしたら、万が一、誰かが犠牲になった時に後悔しそうだ。」

エドの言葉にうれしそうにしたのはダグラスだった。

ロイには昨日のようなことをいったものの、やはり虎のことが気になってしかたがないのであろう。

「もちろん、協力を惜しみません、鋼の錬金術師。

うおお、ワシの鋼の腕にも血がたぎる思いですわい!」

ダグラスはやる気満々で腕を曲げ伸ばしした。

「ううん、大佐には悪いけど、僕も気になるな。

僕たちみたいに戦いなれてる錬金術師も少ないと思うし、一般人まで狙う殺し屋なんて許せないよ。」

こうして、めでたく三人の意見が合致した。

「ということで、ダグラス中尉。

どこから調べるべきだと思う?

やっぱり、いってたみたいに銀行とか質屋とか回ってみる?」

ダグラスは鋼の腕を組んで考える。

「そのようなことは、きっとマスタング大佐も思いつくかと。

そのようなことは人海戦術ができる本体に任せておいて、我々は人海戦術が通用しないようなことを調べるべきではないでしょうか。」

「人海戦術ができないような調査、か。

うーん?」

残念ながら、エドやアルは、イーストの裏事情などには詳しくない。

チンピラなどをしばき倒して情報を得たり、裏に詳しい酒場に潜入しようにも、前知識がないので難しかった。

「西なら、それとなく情報が探れるような場所を知っておるのですが、東では・・・。」

ダグラスも残念そうにいう。

「兄さんも僕も、もともと未成年だから酒場とか詳しくないしねぇ。

調べようにも手詰まりから始まっちゃったね。」

眉間にしわを寄せて考えるエドだったが、突然がばっと顔を上げた。

「とりあえず、こんな部屋でああだこうだいってても仕方がないから、外の空気すいにいこうぜ。

気分が変われば、なんか思いつくだろ。」

見れば外は雲一つない快晴であった。

たしかに部屋で腐っているよりもましかもしれない。

「そうですな。

そうしますか。」

ダグラスも同意したので、三人は部屋を後に外の空気を吸いに出たのであった。

続く
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