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血染めの鉛

第8話

????・山小屋近くの山林のなか


ライフルを肩に担いだ狙撃犯は、エドがしたたらせた血を道しるべに、ゆっくりゆっくりと急な山の斜面を登っていた。

「よく逃げるウサギちゃんたちだぃ。

へっへ。きしゃしゃしゃ。

だが、猟師を甘く見るなよぃ。ここらへんの地形には、俺は誰より詳しいんだからなぁ。」

狙撃犯は、もともとここいらの山で猟をする、猟師だった。

いつからだろうか、人間を撃ちたくてたまらなくなったのは。
人間が、獲物にしか見えなくなってきたのは。

「きしゃしゃしゃしゃ。

一人目を殺したときは、この世にこんな楽しいことがあるのかってほど、楽しかったねぃ。

なにせ、人間にゃ毛皮もなければ、食べられもしないから、撃つところはどこだって文句はでないしねぃ。

脳髄まき散らせながら、ぶっ倒れるあの様、はひゃひゃひゃ、見物だったなー。」

狙撃犯は、犯行を思い出して、その場に立ち止まり、うっとりと虚空を眺めた。

「もう少し、もう少しで小屋があるはずだぃ。素人はそこに逃げ込むだろうゃ。

ずいぶん遠くまで逃げたもんだぁ。そこが、おまえたちの棺桶だぃ。

きしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!ひゃはしゃしゃしゃしゃ!」



第9話


10分後・山小屋近くの山林の中


狙撃犯の目に、ついに目指す山小屋が見えた。

したたる血もそこに続いているようだったし、第一、おんぼろで隙間だらけの小屋からは、かすかに明かりが漏れていた。

「きしゃしゃしゃ、間違いないねぃ。

追っ手もこないし。ゆっくり調理しちょうよ、ウサギちゃんたちい!

最初は、青い軍服のおっきいほうにしようかなぃ。
それとも、金髪の子供のほうかぃ?

ああん、どっちにしよう迷うゃ!

どちらにせよ、弱ってるはずだしぃ!

ああ、きしゃしゃ、ぞくぞっくしちゃう、ぞわぞわするうゃ!」

狙撃犯は、しばらく木陰でじたばたしたあと、流れた唾液をぬぐって、気を改めて登り始めた。

狙撃犯は、ライフルを構えて、様子をうかがいながら小屋に近づく。


第10話

同時刻・小屋の中


小屋の中で、エド意識を失うか失わないかの瀬戸際だった。

体は完全にいうことを聞かない。

まさぐられた腹が、マグマを飲んだように熱い。

無意識に、怖いと思った。

気持ちのわるい笑い声と、興奮した息遣い、浮かれた足音。

外から聞こえる音に、ぞっとした。

ついに狙撃犯が追いついてきたのだ。

「たいさ」

ロイは気がついているのだろうか。

いや、もちろん気がついているだろう。

しかし、今はお互い疲れ切っている。

今襲われれば、なぶり殺されるしかないだろう。

「た・・・い・・・・・・・・・・・さ」

指先に力を入れて、エドは最後の力で手の中のものを握った。

しかし、それが限界で、エドの意識は、墨の波にのまれて、闇の中に落ちていった。


第11話


2分後・山の中の小屋


狙撃犯は、ドアノブに手をかけ、一気にドアを開けた。

「お待ちかねだぞぁ!ウサギちゃんたちいいいいいい!」

ライフルを構えて中に踏み込んだ彼が見たものは・・・。

「え、えひぃ?」

ぴちゃり、ぴちゃりとしたたる赤いしずく。

血だまりの中に力なく倒れるエドと、それを禍々しく照らし出すろうそく、血染めの軍服の上着。

そして、エドの手の中には、真っ赤に染まった拳銃が握られていた。

「な、仲間割れ?自殺??あれ??」

思いもやらない光景に、狙撃犯は戸口のところまで、後ろに後ずさった。

そのとき、狙撃犯の頭上で、かすかに音がした。

狙撃犯が、慌てて上を向くと、口にナイフをくわえたロイが、血染めのワイシャツ姿で木から飛び降りてくるのが見えた。

「罠かぃ!」

狙撃犯は、慌ててライフルをロイに向かって発射する。

たしかに手応えはあったはずだが、ロイはものすごい形相のまま、狙撃犯に襲いかかった。

ナイフを右手に構えて狙撃犯に飛びかかり、狙撃犯の眉間に勢いのままナイフを突き立てた。


「ぎいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


狙撃犯は、絶叫をあげながら地面の上でのたうち、ふいに絶叫が途切れて、手足を投げ出したまま動かなくなった。

だらない表情のまま変わらなくなった顔に、赤い筋が伝っていく。

ロイも、着地したはいいがそのままがくりと膝をつき、地面に倒れ伏した。

ロイは、左手から激しく出血しているのを感じながら、もう左手はだめかもしれないと思ったが、どうすることもできず、そのまま闇の中に意識が沈んでいってしまった。



第12話

????・?????

「ほひえ?」

エドが再び目を開けたとき、そこには白い天井しか見えなかった。

どうやら、ベットの上に寝かされているらしい。

体は、いまの状態のままだと、痛いとか、つらいとかはなく、むしろ、だるい。

「なんで、おれ、こんなところで、ねてるんだっけ?」

エドは、ぼうっとした頭で考えたが、どうもはっきりしなかった。

かすかに顔を横に動かすと、隣では同じようにベッドに寝かされているロイが見えた。

ロイの顔には、脱脂綿やら、絆創膏やら、包帯やらが巻かれ、やたらと重傷そうだ。

エドは、少し青くやつれたようなロイを見て、自分たちに何事があったかを思い出した。

ーそうだ!ニタルの町の狙撃犯!おいかけていて、俺撃たれたんだった!

ーそれで、山の中の小屋に逃げ込んで、俺の腹の中にあったライフル銃の弾をほじくり出してもらったんだ!

しかし、エドの記憶は途中からあやふやになっており、結局狙撃犯がどうなったとか、なぜ自分がここに寝かされているかなどの記憶は、さっぱり思い出すことはできなかった。

エドは、急にロイが心配になり、体ごとそちらを向こうと、体に力を入れた。

とたんに、エドの体を雷のような衝撃が走り抜けた。

「うぎょああ!いってぇぇぇぇぇえ!」

その悲鳴に、ロイの体が震え、目を覚ました。

「く、は、鋼の、無事、か?!」

まだ夢うつつに、山の中で戦っているつもりなのか、ロイの声は切迫していた。

「大佐、大佐ってば、もう、大丈夫みたいだぜ。起きろよ。」

エドの穏やかな声を聞いて、意識がはっきりしたのか、ロイがはっとして数回瞬きをした。

「ここは、病院、か?」

呆然としたようにロイが言う。

その黒い瞳が、ゆっくりとあたりを見渡し、危険が去ったのだとわかると、長いため息をついた。

ゆっくりと体が布団のなかに沈み込み、エドはロイの体の緊張がほぐれていくのを感じた。

「我々二人とも、生還できるとは思わなかったよ。」

心底安心した声で、ロイは感慨深く言った。

実を言うところ、エドも同じ気持ちだった。

「そうだよな。よくもまあ生きてたよな。」

ほっとした声でエドも言った。

それほどまでに、本気で死の覚悟をしたのだ。

しばらく、二人は、生きていることを実感する時間が必要だといわんばかりに、だまったままベッドに横になっていた。



二十分後・ニタル病院、病室内

「お二人とも、起きられましたか。
よかった。」

病室に入ってきたリザ・ホークアイが、二人が起きていることを確認して、堅かった表情を和らげた。

「ホークアイ中尉。

ここはどこだろうか。今の状況を教えてくれないか?」

ロイは、横になったままリザに訪ねた。

「ここは、ニタル町の病院です。

あの事件から、まる1日たっています。

お二人が山中の小屋で発見された時、大変な怪我を負っていましたので、ここに搬送されて手術をうけ、入院することになりました。

大佐は、特に重傷なのは左手です。ライフルで狙撃されたと思われる銃創と、手首にひびが入っております。

あと全身に打撲、切り傷、すり傷などがたくさん。これは、崖から落ちたときにできたものと思われます。

エドワードくんは、ライフル銃の弾をむりやり摘出した時の怪我が一番ひどいそうよ。

大佐も、ひどいことをなさいますね。」

リザは、少し怒ったように上司をにらんだ。

ロイはため息をつくように呼吸をしながら、リザに笑いかける。

「君も知っての通り。

あいつの使っていた弾には鉛が仕込まれていた。

早く摘出しなくてはいけないのは、君だってわかっているだろう?」

リザはまだ何か言いたいようだったが、小さくため息をついただけで、その言葉を飲み込んでしまった。

「それより、あの犯人は?

あの気持ち悪いやつ。

あれは捕まえられたのか?」

リザは少しいいにくそうにいった。

「逮捕、はできなかったわね。

遺体は確保できたけれど。」

エドはびっくりしたようだった。

「死んじまったのか、あの気持ち悪いの!

一発殴るチャンスあると思ったのに。」

リザが、ちらりとロイを見た。

ロイは寝ているので、じっと天井を眺めていた。

リザの視線を知ってのことだろう。

一度目を閉じてから、ゆっくりと目を開けた。

「あの犯人なら、私が仕留めてしまった。

殴るチャンスを奪って悪かったな。」

エドは、びくりとして、ロイを見た。

「大佐が、殺したってのか?」

「そうだ。ナイフを突き刺してな。」

エドは、複雑な表情でロイを見つめるしかできない。

「毛嫌いしたいなら、したまえ。
怒りたいなら、怒ればいい。

だが、私は軍人だ。あのときは、軍属の君を守る義務が私にはあった。

それが仕事なのは、君だって承知しているだろう?」

「それは、そうだけど。」

それきり、エドは何も言えずに黙ってしまった。

「それでは、私は医師にお二人の意識が戻ったことを伝えて参ります。」

リザはそう言って病室を出て行った。

病室には再び静寂が訪れたが、その静けさは先ほどとは違い、居心地の悪さがあった。

そばらくして、その静寂を破ったのはロイだった。

「私は、君に謝らねばならない。」

エドは憮然とした表情でいった。

「なんだよ。」

「あのとき、君の手当が終わり、外を確認したとき、例の狙撃犯が近づいているのがわかった。

やつは隠れようともせず、大声でなにやら派手な独り言をつぶやいていたからな。よくわかった。

私は、君を守るためには、やつを仕留めるしかないと考えた。

しかし、周りはよく燃える針葉樹林で山火事の危険性があり、焔は使えない。

視界が悪く、拳銃も使えない。ライフルの方が射程距離も長いしな。

私に残された武器は、君も世話になった、あのナイフしか手がなかった。

私は、君をおとりに使うことにした。

君を守るといっておいて、一番の危険にさらしたのだ・・・。

あのとき、犯人が腹いせに君を撃ってしまう可能性もあったのに、だ。

君の了解も得ずに、危険にさらしてすまなかった。」

ロイは横になっているため頭を下げることはできなかったが、声にははっきりと謝罪の気持ちが表れていた。

「俺をおとりに使って、どうやって犯人を仕留めたんだ?」

「ああ、私は君が自殺か、私を撃ち殺しでもしたかのように見せかけるために、安全装置をかけての拳銃を君に握らた。

それから、小屋の横に生えていた、比較的上りやすい木に登って、犯人を待った。

そして、犯人が君に気をとられたところを襲ったという訳だ。

まあ、思いがけず、反撃を食らってしまったがな。」

ロイは負傷している左腕を、エドに見えるようにもちあげた。

「だが、結果的に君を守れてよかったと思っている。」

ロイの腕は、包帯とギプスに完璧に包まれていた。

「大佐は、それが最良だと思ったのか?」

「そのときは、それが最良で、それしかないと思った。

それ以外に策があれば、君をわざわざ危険にさらしはしなかったさ。」

エドは、ため息をついて、布団に沈み込んだ。

「なら、大佐は最後まで手を尽くしたってことだ。

いっただろ?

最後まで手を尽くしてくれれば、恨まないってな。」

ロイは、少し驚いたようにエドを見た。

エドはかすかに笑いながら、目を閉じていた。

「助けてくれて、ありがとよ。」

ロイは救われたような気持ちになって、自分も目を閉じた。

「それは、私も同じだよ。」

二人が再び、そろって眠ってしまうまで、さしたる時間はかからないのは、言うまでもない。



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