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血染めの鉛

第4話


二分後・うっそうとした森の中



エドは、藪の中をかき分けて、ほとんど坂道を落ちるように走った。

エドは、先ほど自分が見たことを思い出していた。

エドが走っていた場所から、ロイたちが山狩りをしているはずの山を見ると、あまり高くない崖の上に、青い軍服が見えた。

そんなに離れていなかったし、見慣れた姿だったので、エドにはそれがロイだと一目で直感した。

ロイは崖に背を向け、森の方を見ている。

何やってるんだと、エドが思った瞬間、ライフルの銃声がして、崖の上のロイの体が折れ曲がり、そのまま崖の下に転落していくのが見えたのだ。

「とっさに飛び出したはいいものの、俺は何をするつもりなんだ?」

エドは、ロイが死んでいるかもしれないという考えを必死で振り払った。

あの大佐は、殺したって死ぬもんか!

エドは藪をつっきり、広い場所に出た。

そこは小川の河原だった。

丸くなった小石が山と山の間の平らな部分に広がっており、低木がちょろちょろと生えている。

少し北よりの土地だから、春になれば雪解け水で水かさが増して大きな流れになるのかもしれなかったが、今はたいした流れではない。

その小川が大きく蛇行したところ、先ほどの崖の下で、エドは、小石の上に倒れているロイを見つけた。

近くには崖から崩れたのだろう大きめの岩も転がっていたので、岩にたたきつけられていないロイは幸運だった。

「大佐!」

エドはすぐにロイに駆け寄った。

夕日に照らされたロイは、不吉なほど赤く見えた。

ロイは木の葉まみれになっていた。きっと崖から落ちたときに枝に引っかかったのだろう。

そのおかげで首の骨を折らなかったにちがいない。

一方で、ロイが撃たれたのは本当のことらしかった。

片方の肩章を撃たれ、その階級章はどこかに吹き飛んでいた。

撃たれた肩からは軽く血がにじんでいるが、そこはあまり問題がなさそうだ。

ロイはエドが揺り動かしても目をあけず、ぐったりとしてる。

「どうしよう、呼吸も安定してるし、目立った外傷はないけど・・・。」

エドが心配そうにのぞき込んでいると、ようやくロイが目をさました。

「はが、ね、の?」

意識がはっきりしないのか、ロイは確認をとるように訪ねた。

「大佐、よかった、意識が戻ったんだな。

崖の上から撃たれて落ちたんだよ。大丈夫か?」

エドがいうと、ロイは苦々しくうめいた。

「あの狙撃犯め。

うく・・、手首をひねったか、骨まで被害がおよんでいないといいのだが。」

ロイは体の下にしてしまったらしい左手を見た。

その手首は気持ち悪い色に腫れている。

「やつは私を狙っていた。

私を仕留め損ねたのはわかっただろう。

追いかけてくるはずだ、すぐに移動して部下たちと合流しよう。」

ロイは打撲や擦り傷だらけの体を動かして、どうにか立ち上がろうとした。

エドは、ロイが立ち上がり安いように、無事な方の手をとり、体をささえた。

「すまんな、鋼の。」

ロイがエドに礼をいって顔を上げたとき、ロイの目は小川の向こう岸からライフルを構える狙撃犯が見えた。

その顔は、獲物を見つけたオオカミのように、残忍きわまりなく笑っている。

ぞっとしてロイは叫ぶ。

「鋼の、伏せろ!」

ロイが叫ぶのと、エドが震えるのは同時だった。

エドの目が見開き、体がロイの方に倒れてくる。

「鋼の!!」

ロイはその体を受け止め、二発目が発射される前にエドを担いで藪の中に飛び込んだ。

狙撃犯は、肩をふるわせて笑い、ゆっくりとライフルを下ろした。

「ちぇー、手前の岩のせいで弾がそれて、仕留められなかったぁぁ!

くそぉー、二匹とも一発で貫通できるかと思ったのにぃぃぃぃ。

ま、いいか。狩りが長引けば、それだけおもしろいしねぃ。

きしゃしゃしゃ、お逃げ、お逃げ、俺のかわいいウサギちゃんたち。

きしゃしゃしゃしゃしゃ!」


第5話


三十分後・山の中のうらぶれた小屋



ロイは、見つけた小屋の中に飛び込み、床の上にエドを下ろして、肩でしていた息を必死に押さえようとした。

「は、は、鋼の!はぁ、はぁ、無事か!?」

ロイがエドの方に視線を向けて、ぎくっと体を跳ねさせた。

エドの体の下には、血だまりができていたのだ。

「鋼の!生きているか!鋼の!」

「う、た、いさ」

ロイはエドのうめき声を確認すると、すぐに止血にとりかかった。

エドの服を開くと、脇腹のあたりから出血している。

「貫通はしていない、弾は腹の中か・・・。

私が抱えていたときは圧迫されて出血が抑えられていたのか、危ないところだった。」

ロイが手早く傷口を縛り上げて止血すると、激しい出血はなくなった。

しかし、その間にエドは再び気を失ってしまったようだった。

「狙撃犯が見つけるか、部下がみつけるか、それとも見つけられずにこのまま死ぬか、三択だな。

でたらめに走ったせいで、どちらに町があるのかさっぱりわからん。」

ロイは、どす黒い紫色に晴れた手首を、応急処置として裂いたハンカチで固定した。

エドの顔色は悪く、息は浅い。ロイはできるだけエドが楽なように、姿勢を調節してやった。

「やつの弾は、鉛が仕込まれた改造弾だったはずだ・・・。

このまま発見されずに長時間過ごせば、鋼のは鉛中毒になってしまう。

・・・しかし、どうする?ここで弾をえぐり出すか?そんな馬鹿な。

何の準備もない。しかも、近くには犯人がいるはず。

手当の最中に襲われたら、どうしようもない。」

ロイは、万が一の時のためにと軍人が装備する小さめのウェストポーチを開けた。

幸いにも、ポーチの中身は無事で、中には軍用非常食のバーが2本と、固形燃料2つ、ろうそく2本、水に浮かべて使う小さな方位磁石が1つ、あとは応急処置用の包帯と消毒薬と脱脂綿と軟膏のひとまとめのセット。

先ほど、エドの傷口を止血したときは、エドのコートを裂いて使ったので、応急処置用の包帯は、まるまる一本分残っている。

「あとは、拳銃と発火布、折りたたみ式のナイフ、銀時計ぐらいだな。

鋼のが撃たれてから、約30分か。」

ロイは懐に入っているものを服の上から触って、1つ1つ点検した。

「た い さ。」

エドが目を覚まし、傍らに座るロイを呼んだ。

「鋼の。目が覚めたか。

君は脇腹を、狙撃犯に撃たれている。弾は貫通していない。

部下たちとは未だはぐれたままで、ここは小さな山小屋の中だ。」

ロイは、エドが聞き取りやすいように顔を近づけて、はっきりと発音した。

「・・・マジかよ。

あいつが使う弾って、改造してあって、鉛が仕込んであるっていわなかったっけ。

弾抜かないと、まずいよな。」

苦笑いのエドは、ロイを見あげる。

ロイは険しい顔をした。

「しかし、私には、君ほどの生体治療はできない。錬金術での治療は期待しないでくれ。

役に立ちそうなものは限られているし、第一、はでに動けば狙撃犯に見つかる可能性もある。

治療の最中に撃たれれば、どうしようもない。」

エドは、ロイをにらんだ。

「俺はここで死ぬわけにはいかない。

大佐だって、弾を抜く必要性はわかっているはずだ。

大佐、あんたの手で、俺から弾を抜いてくれ。」

ロイは、ますます厳しい顔でエドを見た。

「死んでも恨むなよ。」

「手を尽くしてくれたんなら、きっと恨まないよ。

でも、そのときはアルをよろしく。」


第6話

????・山の中のうらぶれた小屋


ロイは急場しのぎに作った器に、大急ぎで沢から水をくんできて、固形燃料に火をつけて沸かした。

錬成して直した床に、同じく錬成して直した蓙とコートを広げてエドを寝かせ、ロイはサバイバルナイフの刃を熱湯に入れて殺菌する。

ロイは消毒薬で手を拭きながら、おとなしく床に横たわるエドに、難しい顔で静かにいった。

「申し訳ないが、麻酔なんてものはない。

そうとうの痛みを覚悟しろ。

近くには、例の狙撃犯が必ず潜んでいるはずだ。

声は極力だすな。一応、口にはハンカチを押し込んでやるが・・・。

どうしても、痛みに叫び声を上げたくなったときは、私の腕を噛め。

私の左腕は今、麻痺している。遠慮はいらん。」

ロイはエドの顔のすぐまえに、負傷している左腕を差し出した。

エドは、覚悟した目で、目の前のロイの腕を見上げ、そして、ロイの顔を見た。

「大佐、やってくれ!」

ロイは緊張した顔でうなずき、ともしたろうそくを手元に引き寄せ、わいた鍋からナイフを取り上げた。


第7話

????・山の中のうらぶれた小屋


ろうそくの明かりが照らす、狭い小屋の中、荒い息づかいがその空間を支配していた。

「はぁ、はぁ、・・・うぁ・・・。」

苦しげな、喘ぎ声が時折、まざる。

古い板張りの壁には、揺らめく人影がふたつ映っている。

横たわった子供の上に、覆い被さる黒髪の男。

「う、う、ふぐ、ふぁ・・・。」

子供の口には、ハンカチが猿ぐつわの代わりにかまされており、その悲鳴は声にならない。

男が手を動かすと、子供は床の上に敷かれた蓙(ござ)の上で、汗まみれになって体を引きつらせた。

「我慢しろ、もう少しだ。」

厳しい目で少年をにらむ男は、小さな、しかし強い口調で言う。

子供が体をいやがるようにしならせた時、その口からハンカチが外れた。

「大佐、たい、さ、あぁ、俺・・・。」

「すまない。鋼の。本当にもう少しなんだ、痛いなら、私の腕を噛んでいろ。

悲鳴は上げるんじゃない。」

床の上の子供、エドは泣きながら、目の前のロイの軍服をきている腕を噛みしめる。

ロイの指が、ひときわ強く中をまさぐった時も、エドは力の限りロイの腕を噛んで声を殺すしかない。

エドの血まみれになったロイの指が、エドの体内を探り、肉の間をまさぐる。

銃弾が開けた穴をたどり、ロイの指がついに最奥にある堅いものに触れた。

「!これか!

鋼の、今、引き抜いてやる。」

ロイの指が、長細いライフルの弾を力を込めて抜こうとした。

「は、あがああっはあぅぅぅぅぅぅ!」

エドが目を見開いて、ロイの腕を遠慮なく噛んだ。

軍服を挟んでも、エドの歯がロイの皮膚を食い破らん勢いだ。

ひときわ強い悲鳴だと気がついたロイは、ふと思い当たった。

「そうか、鋼のに当たった弾は、岩に当たっていた・・・。

柔らかい鉛の部分がひしゃげて、やじりの返しのようになっているんだな。

このまま引き抜けば、余計に出血してしまう。」

ロイは青くなった。

ここまで来て弾が抜けないとは。

「体の中で、弾を錬成すれば・・・。

いや危険だ。周りの肉まで巻き込んでしまう。

打つ手なし、なの・・・か?」

ロイは唇を、血が出るほど強く噛んだ。

眉間に谷ができるほど皺をよせ、目尻が燃えるように熱くなった。

悔しい。これでは、殺しているようなものだ!

「はあ、はあ、はあ、・・・。」

エドは、床の上でぐったりとしていて、一刻をあらそう。

「ええい!ままよ!」

ロイは、エドの血で錬成陣を書き殴ると、そのまま・・・・


血染めの鉛8へ続く
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