このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

錬金術師が住む屋敷

第十三話

部屋の真ん中にいたもの。

それは、棚に飾ってあった一体の熊の人形だった。

作りのしっかりしたテディベアが、テーブルの上に立ち、瞳を爛々と赤く輝かせてエドを見据えていた。

たしかに、今まで感じていた、あの視線をテディベアは放っている。

熊の瞳と呼応するように、壁のタペストリーもぼんやりと光をはなっているように見える。

エドの背筋を冷たい汗が流れた。

『おぉにぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁん、いぃっしょにぃ・・・

あぁぁぁぁぁぁそぉぉぉぉぉぉぉぉぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉうぅ』


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


エドは一目散に部屋から転がり出た!

熊も追って部屋を飛び出す。

『まぁぁぁってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』

「うわあああああ!?」

エドは半泣きで廊下を全力ダッシュし、あっという間に客間に飛び込んでドアを閉め、鍵をかけた。

「に、兄さん、今の悲鳴何!?
どうしたの!?」

「聞こえてたんなら、助けにこいよ!

熊の人形が!テディベアが!

立ってしゃべって追ってきたんだ!

なんだここの家はお化け屋敷か!!」

「だから、僕も言ったでしょ!」

真っ青になった二人は、まんじりともせずそのまま一夜を過ごすことになったのだった。


第十四話

「ど、どうしたのかね!?
エドワード君、ものすごい顔だが・・、

具合でも悪いのかい?」

「・・・・・。
実は、昨日の夜、斯く斯く云々(かくかくしかじか)・・・・」

朝食の席で、ものすごい隈を目の下につくったエドは、ことのあらましをセスルファムに伝えた。

セスルファムは困ったような、脱力したような顔になって、エドの話を聞いていた。

「なるほど、そこまで君たちが気にしてしまったとは・・・。

私の責任だな。すまない。」

「本当のことを教えてくれないかなセスルファムさん。

この屋敷に、いったいなにがあるのか。」

セスルファムはため息をつくと、仕方が無いと頷いた。

「解った。
食事が終わったら、君たちにことの真相を教えてあげよう。」

食事が終わると、セスルファムは二人を二階に案内した。

本当に長いこと使われていないのか、階段も廊下もほこりだらけである。

「昔、ここには私の妻と娘も住んでいたんだ。
あの熊のぬいぐるみは私の娘のお気に入りだったから、いまもあそこに飾ってあるんだ・・・。

六年ほど前、村にはやり病が蔓延した。

妻はその時に死んで、娘も死を待つばかりになってしまった。

私は、娘をどうしても助けようと、村人で治療の実験をかさね、研究をした。

だから、私には村人に感謝されるいわれはないんだ。」

セスルファムは二人を一番奥の部屋に案内した。

「人体錬成をするほどの実力がある君たちなら、ここに画いてある錬成陣の意味も理解できるだろう。」

部屋は、ほとんど家具はなく、板張りの床には面いっぱいの大きな錬成陣が画かれていた。

錬成陣の真ん中には簡素な木のベッドが横たわっている。

エドはペンキで描かれたらしい陣を食い入るように眺めた。

「人体錬成・・・、とは違う。

なんだ、かなり特殊な・・・、病気を治す類いのものじゃないだろう。」

セスルファムは頷いた。

「その通り。
村人で研究している間に、娘は手の施しようがないほど進行してしまったのだ。

だから、私も君たちと同じような禁忌を犯してしまった。」

「でも、その時、まだ娘さんは生きてたんだろう?
《死んだ者を生き返らせる》人体錬成はできないはずだ。

それにこれは、人体錬成の陣でもない。」

「さすが、だね。
そう、これでは死んだものを生き返らせることなんて事はできない。

これは、・・・・」



第十五話

「これは、アルフォンス君と同じ、人間の魂を他のものに宿らせる陣なんだよ。

ただ、無理矢理はがすのでは無く、離れかけている魂を他のものに定着させて存在を維持するためのものだ。

私は、娘の魂を、この屋敷に宿らせた。
君たちが見たのは、私の娘だよ。」

「えええ!」

二人は驚いたような声を上げた。

「魂は下のタペストリーに宿らせてあってね、この屋敷なら娘に解らないことはない。

どこの窓が開いたとか、誰が来たとか、私に教えてくれるんだ。

昨日の雨漏り、本当はしていたんだよ。

娘に言われて錬金術で直したところだったんだ。」

「じゃあ、セスルファムさんも、どこか真理にとられていたのか?」

セスルファムは頷いた。

「ああ、私には嗅覚が無いんだ。
臭いが全くわからないからね、食事の味もよくわからない。

だから、最初に君たちにお茶を出すとき、本当に味や臭いがあるか解らなかったんだ。」

セスルファムは、少し寂しそうに言った。

三人は、一階に降りてきた。

見れば、玄関ホールに熊のぬいぐるみがまっていた。

『おとぉさん、おにぃちゃん』

セスルファムは、ぬいぐるみを抱き上げた。

「この子は、家の中のものなら、好きに動かす事ができるのだが、このぬいぐるみが一番のお気に入りでね。

昨日、この姿でエドワード君を驚かせてしまったのだろう。

アルフォンス君は、この子と存在が近いから、違う見え方になるのかもしれない。

紹介しよう、私の娘のミリーナだ。」

『きぃのうはぁ、ごめんなさぃい。

ぬぅいぐるみだとぉぉ、声がぁこもぉって、お話ぃぃにぃくいの忘れぇててぇ、

おどろぉかせぇちゃったぁ。』

ミリーナは、エドとアルに向かって、ぬいぐるみの頭を下げた。

「そうか、昨日は逃げちまってすまなかったな。

すごくおどろいちまって・・・。」

「前に僕の体の話が出たときに視線を強く感じたのは、君が僕に興味をもったからだったんだね。」

「君たちが最初に来たときは、娘の事を調べに来たのかと思ったのだ。

疑って悪かった。」

「ま、普通そう思うよな。
あー、謎が判明してすっきりしたから、俺もう一回寝直そうかなー」

『よこでぇ、こぉもぉり歌をぉ、歌ぁってあげようかぁ?』

「え、遠慮します!」

全力ダッシュで部屋に逃げていくエドをみて、見送る三人は笑ってしまった。

これで、怪騒動は幕を下ろす・・・・・・

はずだったのだが・・・・


第十六話

それから四人になった屋敷の中で、エドとアルは比較的和やかにすごした。

最初のころこそ、驚く二人をおもしろがっていたずらをしていたミリーナだったのだが、二人がなれてきてしまってからは、あまりいたずらを仕掛けてこなくなった。

その間も、ずっと雨が降り続いていた。

エドとアルはセスルファムの書庫を網羅し、取り入れられる知識を頭に詰め込んだ。

そして、ついに洋館から旅立つ時が来た。

「長い間、お世話になりました。」

「すっかり長居してしまって、ご迷惑をおかけしました。」

「いやいや、こちらもとても楽しかったよ、とても賑やかで私もミリ-ナも嬉しかった。」

『さびしくなっちゃうよ』
と、言ったのはぬいぐるみでは無くて、ドアノブの飾りだった。

「また来るよ」

そうアルが返す。

『・・・うん』

ミリーナは寂しそうに声で頷く。

エドとアルは木の枝で傘を錬成すると、それを差して降り続く雨の中に出た。

「じゃあ、また来るぜ!」

「お世話になりましたー!」

エドとアルは洋館が見えなくなるまで二人に手を振り続けた。

しかし、その姿も、木立間に隠れて、やがて見えなくなった。

『いっちゃったね』

「そうだな」

『お父さん』

「ん?」

『・・・ありがとう』

「・・・・気にするな。
それが親というものだよ。

私は、君のことを心から愛しているのだよミリーナ」


『うん。

私も、私もよ。

お父さん・・・・』


もうすぐ雨は止むだろう。

つづく
4/5ページ
スキ