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錬金術師が住む屋敷

第五話

二人は書庫から本を借りて、今度は貸してもらった部屋で本を読んでいた。
しかし、二人とも、先ほどの強烈な視線が気になって、本に集中できない。

「さっきの視線、何だったんだろうな。」

「解らない。
でも、すごい強力な目線だったね。
殺気はこもってなかったと思うけど、いったい誰の視線だったんだろう。
セスルファムさんは一人暮らしだっていってたのに。」

二人して首をかしげるが、答えは出るはずもない。

「ううん、でも、あの視線の正体をセスルファムさんは知ってるみたいだった。
気にしなくて大丈夫だって言ってたから、危険はないんだろうけど。」

「あー、なんか怖いよ、兄さんが寝てる間に何かあったらどうしよう!」

「大丈夫だよ。
暗い場所でいきなり見るアルより怖いものなんかないって。」

「なにそれー」

二人は何気ない会話をしながら、感じていた。
やはり、なにかに、誰かに、見られている。
先ほどの居間ほどではないが、かすかな視線を感じる。
しかし、部屋の作りはシンプルで、人が隠れられる場所はないし、窓にはカーテンが引いてあるので、外からは見えないはずであった。

「なんなんだろうな?」
「わかんない!」

二人は一瞬で行動を起こした!
身を翻すと、アルはカーテンを開け、エドはドアを開けて暗い廊下を見渡す。
しかし、外も廊下も誰もいなかった。
そして、二人が行動をおこした瞬間、ずっと感じていた視線がかき消えた。

「・・・逃げた、か?」
「外からでも廊下からでもなさそうだね。
壁に穴もないし、絵も飾ってないし。
ベッドの下は足が見えるタイプだから隠れてても気づくし、棚やタンスは隠れるには小さいし。
解らないね。足音も、慌てた感じもなく、気配がかき消えたって感じだった。」

「「・・・・。」」

ざあざあざあざあざあ・・・・

二人が黙った部屋に、雨音だけが響いていた。


第六話

次の日、雨は小雨になっていた。
「おはよう、エドワードくん、よく眠れたかい?」
洗面所で顔を洗いに行くと、セスルファムが使っているところだった。
「うん、まあ・・・」
昨日の視線が気になって、あまり熟睡はできなかったエドは曖昧に答えるしか無い。
セスルファムは、それを感じ取ったのか、困ったようにいった。
「昨日のあれが気になってしまったのかい?
気にしなくても、大丈夫だといったのに。」

エドは少しどきっとした。
「セスルファムさんは、その、正体をしってるみたいだな。」

セスルファムは寂しそうに笑う。
「正体なんていうほどたいそうなものじゃ無いんだよ。
私は、とても助けられているんだけどね。」
「じゃあ、いっそのこと教えてくれよ。
あれはなんなんだ?」

セスルファムは少し迷ったが、結局首を振る。

「いや、いえない。
申し訳ないが、秘密なんだよ。」

残念そうに言うセスルファムの顔には、苦しそうな表情が浮かんでいた。



「まあ、ずっと気にしててもなんだか解らないし、本読ませてもらおうぜ。」
「うーん、まあ、そうだね」
二人はまた書庫で小山を作って本を読んでいた。
本に集中してしまえば、視線があろうがなかろうが、気にならない。
読みふけっていると、セスルファムが書庫にやってきて、二人に声をかけた。

「二人とも、お昼ご飯なんだけど、切り上げられるかい?」
「ええ!もうそんな時間?」

本に没頭しているエドよりも、アルのほうが気がついた。

「兄さん、お昼ご飯だってよ。
食べないとお腹すいちゃうよ。」

アルに声をかけられて、ようやくエドも気がついたようだった。

「ああ、もうそんな時間かー。
時間過ぎるのはやいな。」

本を閉じたエドは、書庫の入り口に立っているセスルファムを見つけた。

「あ、セスルファムさん。」
「そろそろご飯だよ。
アルフォンスくんも休憩にしたらどうだい?」

アルも、セスルファムの言葉に従い、本を閉じた。

「そうですね、そうします。」

第七話

三人でテーブルにつき、また暖めた缶詰をつつく食事をしていると、セスルファムが、二人に頼み事をしてきた。

「実は、思ったより缶詰のストックが少なくてね。ちょっと村まで買い出しに行ってきてもらえないだろうか。
今、どうしても長い時間離れられない実験をしているんだ。」

二人は快く頷いた。

「俺のせいで足らなくなるんだから、もちろん行かせてもらうよ。
申し訳ないけど、まだまだ読み終わりそうにないんだ。」
「じゃあ、僕は荷物持ちに一緒にいってきますね。」

セスルファムはありがとうといって、二人に財布と布袋を渡した。

「村は、家の前の道からだと遠回りなんだ。家の裏に村に抜ける道があるから、そちらからいったほうがいい。」



セスルファムが言った通り、セスルファムの屋敷の裏側から、小さな道が延びていた。

二人は傘を差して、その小道を進んでいった。
例の視線は、今は感じない。
小雨の中を進んで行くと、周りが急に開けた。
二人は畑に村を囲む畑の渕に立っていた。

「あれか、ニーネックの村は。
こうやって迷わなければ近いんだな。」
「そうだね。
お店は村の真ん中のほうかな?」

村の中は、さすがに雨のため、人通りがあまりない。
エドは村で唯一らしい店を見つけると、傘をたたんで中にはいった。

「ごめんくださーい」

「はいはい、いらっしゃい。
おや、見かけない子だね」

エドが中に入ると、おばあさんが声をかけてきた。
帳場にいるので、店番らしい。

「俺たち、今、セスルファムさんのところでやっかいになってるんだ。
缶詰を買いに来たんだけど。」
「セスルファムさんのところからかい!
おやまあ、そいつはご苦労だねえ。
缶詰だったね、ここにあるよ。」

おばあさんは棚を指さした。
二人は棚から缶詰を手にとって、適当に抱えると、おばあさんの前にドサリと置いた。


「じゃあ、これだけもらうよ。
幾ら?」

しかし、エドの言葉におばあさんは首を振る。

「セスルファムさんはあたしらの大恩人なんだ、あの人のところから来たってんなら、お代は貰えないよ。」
「大恩人?
セスルファムさんは、この村でそんな風に呼ばれてるのか。」

おばあさんは、驚いたように言った。

「なんだい、しっててあの人んと子にいるんじゃないのかい?」
「たしかにセスルファムさんがすごい錬金術師だって聞いて来たんだけど、村でそんな風に呼ばれてるとは、
しらなかった。
セスルファムさん、何したんだ?」
「そりゃあ、あの人はあたしらの怪我直してくれたり、病気見てくれたり、今あたしがこうして動いてられるのもあの人のおかげなんだよ。
この村じゃみんなそうさ。
帰ったら、売り物屋のエネばあさんが感謝してたって伝えてくんな。」

おばあさんはにっこり笑って、しわだらけの手で缶詰を布袋に包んだ。
エドは、缶詰を満載した布袋を受け取る。

「解った。伝えとくよ。
でも、財布返すときに金額が変わってないと、俺たちが怒られちゃうから、金は払わせてよ。」

おばあさんは渋ったが、結局幾らか割引された金額を受け取ってもらうことができた。

二人分の、新聞にくるんだふかしジャガイモをお使いのお駄賃にもらってしまったが。

店を出て、二人はもとの来た道を歩き始める。
アルが荷物を持ってくれたので、エドは芋をかじることができた。

「セスルファムさんは、ずいぶん感謝されてるみたいだな。」
「そうだね。
やっぱりすごい錬金術師なんだねえ。
小さな村じゃ医者もいないだろうし。
一人錬金術師がいると、重宝されるよね。」

ついつい、二人の故郷のリゼンブールを思うかべる。
二人も昔、よくちょっとした修理を任されたものだ。

「昔、よくおやつにジャガイモ食ったっけな。
母さんがゆでてくれてさ。」
「うんうん、堀たてって、なにもつけなくてもおいしいよね!」
「それで言うと、もらったジャガイモもなかなか旨いぜ。
塩いらねーもんな。」

握り拳大のジャガイモを一つ食べてしまうと、包んであった新聞をはたいた。

「あのおばあさん、ずいぶん前の新聞に芋包んでくれたんだな。
七年前の新聞だぜ。」
「こういう山奥だから、新聞も毎日じゃないだろうし、届いた新聞も捨てたりしないで何かにつかってるんじゃない?
昔、僕らの家でもトイレ紙にしてたし。」
「あー、そうそう。
字がケツに写っちまうんだよな!」

二人は笑いながら、小雨の中、洋館に通じる小道に入っていった。


第八話

「セスルファムさん、ただいまー」

エドとアルが洋館に入ると、またとたんに視線を感じだした。
やはりどこから見ているのかさっぱり解らない。

「おかえり、二人とも悪かったね。」

研究室から顔をだし、セスルファムは二人にお礼を言った。

「お金は足りたかな?」
「それが、三割引の値段になっちゃって、だいぶ余っちゃたんだ。
売り物屋のエネばあさんって人が、セスルファムさんに感謝してるって伝えてくれって言われた。」

セスルファムは、少し困ったように苦笑した。

「またあのおばあさんか。
最近はまともに金を払わせてくれなくてね。
こちらが恐縮してしまうよ。」
「村の人も、みんなセスルファムさんに感謝しているっていってた。
セスルファムさん、すげえんだな!」

エドが言うと、セスルファムはあわてて手を振った。

「とんでもない!
私がやったことなんて、たかがしれているんだよ。
謙遜じゃなくて、本当にね。
それに、私の自己満足みたいなものなのだから、感謝されると・・・。」

セスルファムはだんだんと、うつむいてしまった。

「申し訳なくなる。」

二人は、村人が感謝していると聞いてまさか落ち込んでしまうとは思ってもみなかったので、次の言葉が出なくなってしまった。

困っている二人に気がついて、セスルファムは顔を上げた。

「あ、ああ、すまない。
缶詰は台所に置いておいてくれるかな?
本を読んでいる最中にお使いを頼んで悪かったね。」

二人は台所に缶詰の入った布袋を置くと、また書庫にはいっていった。



続く
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