蜘蛛女の怪
第十話
「へっへっへ、侵入成功。
まさかこんなに楽々入れるとは思ってもみなかったぜ。
なあ、ラット。おまえでも今日は絶対捕まらないぜ。
というか、なんでここの警備の軍人、床やら地面やらでねてんだ?」
「フォックス兄貴ぃ、やっぱやめようよ。
軍人がこんなに倒れてんだよ?絶対なんか変なことがあったに決まってるって、蜘蛛女の仕業だよ。
みんな寝かせて食っちまうんだ、きっと!」
博物館の一階の裏口のガラスを破って館内に入り込んだのは、二人の若者であった。
一人はフォックス兄貴と呼ばれた、背が高い男である。
ひょろりとした出で立ちで、手にはちゃちなナイフを持っていた。
あまり上品な服装ではなく、狐のような狡そうな目をして、あたりを見渡している。
もう一人は、ラットと呼ばれた背が低く、ぽっちゃりした体型の小男だった。
やはりあまり良い服装ではなく、不安そうにあたりをきょろきょろ見渡している。
「おいおい、太っちょネズミ。おまえ、こういうときだから仕事がしやすいんだろうが。
昔の王冠やら、宝石が、牢獄の中のお姫様よろしく、展示ケースの中で俺たちを待ってるんだぜ?
それに、今、何かなくなっても、みいんな罪は蜘蛛女がかぶってくれるしな。
さあ、お宝探しに出発だ!」
フォックスは、にやりと笑うと、転がっている軍人をまたいで、ずんずん進んでいく。
「まっまままままま、まって兄貴!一人にしないで、俺、すんげえ怖い!」
ラットも慌ててフォックスの後を追いかけて、展示室に入っていった。
その二人の様子を階段の陰から眺めていた四人は、顔を引っ込めて、互いに顔を見合わせた。
「なんというか、見るからに、ことに乗じたこそ泥だな。
チンピラを絵に描いたような二人組だった。」
ロイがあきれたようにいった。
「あんな特殊天然記念物、初めてみたぜ。
あんなわかりやすい悪党が、この世に存在するなんてな。」
ヒューズも別の意味で驚きを隠せない様子だ。
ミーシャが、エドのすぐ隣で怒りをあらわにした。
「盗みを働いても、みんな蜘蛛女のせいですって!?
冗談じゃない!私は返しに来たのよ、盗みなんか、一つもしてないってーの!」
「ミーシャ、ここで転がってる軍人、あとどれぐらいで起きるんだ?
すぐに全員たたき起こして、あいつらを捕まえられるかな。」
ミーシャは少し考えたが、首を振った。
「ちょっと無理かな。
毒性はないけど、作業がいつまでかかるかわからなかったから、朝までぐっすりになるようにしたから。」
「そうか、じゃあ、やっぱ俺たちでどうにかするしかないってことか。」
「だが、我々には、地の利があるヒューズと、蜘蛛女の装備で自由に動き回れるクイックメイトがいる。
かなりこちらが有利だ。
制圧するのは簡単だろう。・・・というか、彼らを利用してしまおう。
みんな耳を貸せ」
ロイが悪い顔をしてにやりと笑った。
第十一話
フォックスは、ナイフの柄で、展示ケースをこじ開け、中に入っていた宝石まみれの王冠を手に取り、拾ったライトでぱっと照らした。
七色に輝く天然物の宝石が、目がつぶれんばかりに輝いた。
「うおおおお、うはあ、まぶしいなあ。
おい、ラット、この王冠一つで、俺たち一生食うのに困らねえぞ。
宝石を一個一個解体して、うっぱらっちまえば、誰もきがつきゃしねえしな。」
最初こそ怖がっていたラットも、軍人が全然起きてこないのをいいことに気を大きくして、拾ったライトであたりを物色し、大きなサファイヤがあしらわれた杖を手に取った。
「すんげえ、兄貴、兄貴、うんまいご飯と、上等な洋服と、あったかい風呂と、ふかふかの寝床、いっぺんに手に入るかなあ。
俺、上等の靴もほしいな。」
ラットの言葉に、フォックスが笑った。
「へん、そんなちゃっちいもの以上のものが手に入るさ。
金があれば、女には事欠かなくなる!
女の尻を追っかけるんじゃなくて、俺たちに女がよってくるんだぜ。
酒池肉林ができらあ」
下ネタな妄想でもしているのか、フォックスの鼻の下が伸びる。
「へっへっへ、こう、ぼいんぼいんの子とかよう、いいケツした子とかよう、太ももとかさわり放題だぜ。」
いやらしい手つきで、妄想のオネーチャンをモミシダク、フォックス。
「なあなあ、兄貴い。
ぼいんのおねーちゃんてさ。」
ラットが、ライトの光でどこかしらを照らしている。
フォックスは妄想をイイトコロで中断されたので、ちょっと不機嫌な顔をしてラットのほうに振り向いた。
「あん?なんだよネズミ。」
「壁も上れるの?」
ラットの声は震えていた。
フォックスがラットの持つライトが照らしている壁の方を見た。
ライトのレンズ型に丸く壁を照らしている、その中心には、壁に手足を広げ、覆面とゴーグルで顔を隠し、金髪を振り乱してラットとフォックスをにらんでいる、蜘蛛女。
一瞬の思考停止のあと
「ふんぎゃあああああああああああああ!!
出たああああああああああ!!」
ラットとフォックスは大絶叫をあげていた。
蜘蛛女はそのすきに、フォックスが持っていた王冠をネットを発射して絡め取り、手元に一瞬で引き寄せた。
「あああ!あいつ!あの蜘蛛女!
俺の王冠!返せ!」
恐怖より欲が勝ったフォックスが、ミーシャに向かって怒鳴った。
ミーシャはワイヤーを伸ばして壁から天井へと、自由に展示室を動き回ってみせ、追いかけようとするフォックスを翻弄した。
「こんの野郎(女だけど)!
俺の王冠だぞ!かーえーせーーー!」
地団駄を踏むフォックスを、半場あきれるように眺め、ミーシャはため息をついた。
「あんなのと間違われて疑われるの、やだな。」
激高するフォックスの足下に、ラットは杖を投げ捨ててすがりついた。
「あああああ、あにきいいいいいい、何あれ、何あれ!
ものすごい勢いで、ぶんぶん飛び回ってる!
怖い!帰ろうよ、王冠なんかあきらめて!かえろうよおおおおおおおおおう!」
泣き叫ぶラットを蹴飛ばして、フォックスは怒鳴った。
「馬鹿たれ!今ここで大金逃して、次にいつこんなチャンスがあるとおもってんだ!
帰りてえなら、てめえだけで帰れ!
俺はあの王冠をなんとしても、持って帰るんだよ!
じゃないと、借金取りにとり殺されちまう。」
フォックスはどうやら借金で四苦八苦しているらしい。
「かわいそうだけど、こそ泥を帰すわけにはいかないのよね。」
ミーシャはフォックスの手が届くか届かないかのすれすれを動き回り、さんざんじらしてから、おーほっほっほと高笑いをあげて隣の展示室への出入り口から飛び出していった。
フォックスは顔を真っ赤にしながら、蜘蛛女を追いかける。
「ああああああああああああああああああああああああああああんの、あまあああああああああああああああああ!
許すまじ!!!ラット、追うぞ!ついてこい!」
「あううう、待って、兄貴いいいいい」
走って行ってしまったフォックスを追いかけて、ラットも全力で、泣きながら走っていった。
第十二話
「あの蜘蛛女!
捕まえたら亀甲縛りに縛り上げて、宙づりにして、鞭で百たたきにしてやる!」
フォックスは蜘蛛女を追いかけて、展示室を二つほど横切った。
もう少しというところで、毎回蜘蛛女は逃げてしまい、なかなか捕まえられない。
しかも、所々に軍人が転がっているので、足下が不安だった。
エントランスまで来たフォックスは、あたりを見渡した。
「エントランスに入ったのはみた。
くそ、蜘蛛女め、どこ行きやがった!」
吹き抜けで天井も広さもあるエントランスを見渡して、フォックスは眉間にしわを寄せた。
ライトを振り回すと、中央に飾ってある大きな恐竜の骨が、えらく巨大な影を壁に映す。
そこに追いついてきたラットがやってきた。
「うひいいい!恐竜だ!お化けだ!恐竜のお化けだああ!」
「馬鹿たれ!あれは影だ!落ち着け!それよりも、蜘蛛女だ、あいつ、どこ行きやがった!」
壁や天井をライトで闇雲に照らすが、蜘蛛女は見つからない。
左右に首を動かして蜘蛛女を捜していると、目の隅を何かがかすめた。
「ん!」
フォックスが、勢いよくそちらに顔を向けた。
そちらは、フォックスたちが来た入り口と反対側の一階の入り口であった。
その入り口のあたりの中空に、小さな灯火が一つ、燃えている。
ろうそくの炎かと思ったが、その火は、ふわり、ふわりと宙を漂っており、だんだんとフォックスとラットの方に近づいてくる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああ兄貴!!!!
ほひひひひ、ひとだま!浮いてる!こっちくるうううう」
「ななななななななななななんだありゃあああ~~~~~」
さすがのフォックスも青くなって、ふわりふわりと近づいてくる人魂に釘付けになって凝視している。
完璧に腰が引けている。
ゆっくりゆっくり近づいていた人魂だったが、フォックスとラットの目の前まで来ると、いきなり勢いよく燃えあがり、二人に襲いかかった。
「ぐぎゃああ、燃える燃えるうう!」
「うぎゃあああ、かあちゃんん、おたすけえええええ」
炎は一瞬燃え上がって二人の目の前で消えてしまったが、それでも二人の恐怖をあおるには十分だった。
がたがた震えるチンピラ二人の背後で、ぎし、ぎし、ぎし、という音がした。
「つつつつつつ次は何だってんだあああああ」
「あにきいいいいい、かえろうよううううううう!」
二人がこわごわ振り向くと、飾ってあった巨大な恐竜の骨が、ゆっくりと動き、二人に向けて、鎌首をもたげているところだった。
巨大な牙が生えた頭蓋骨が、二人を狙うかのように、小さく左右に振れる。
【この俺様の屋敷を荒らす不届き者は、お~ま~え~た~ち~かああああああああああ】
恐竜の巨大な顎が、二人に向かって大きく開き、二人を食い殺さんと襲いかかった!
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?」
二人は声にならない叫びを上げながら、白目をむいて、泡を吹きながら後ろにばったりと倒れれてしまった。
完全に伸びてしまった二人を確認したのは、恐竜の台座に隠れていたヒューズだった。
「はっはっはっは、大成功、みんな出てきても大丈夫だぜ。」
ヒューズは立ち入りを制限するポールにかかっていた縄で、チンピラ二人を縛り付けながら、隠れているのもたちに声をかけた。
「どうどう、結構迫真の演技だってでしょ?」
隣の展示室からひょっこり現れたのは、ミーシャ。
「骨を動かす錬成は初めてやったぜ。レプリカみたいだから、大丈夫だろ。」
赤い上着を脱いだエドが、恐竜の腹から這い出してきた。
「空中にうく不思議な炎はなかなか効果的だったな。」
ミーシャが出てきた入り口とは反対の部屋から出てきたのは、ロイだった。
「お化けごっこもなかなか楽しかったなー。」
エドがにやっとしながらいった。
「さてと、じゃあ、後は仕上げだな。」
第十三話
次の日、エントランスホールで、縛られて、贋作の山に埋もれたフォックスとラットが発見された。
二人の額には、手紙が張り付いており、それはこんな内容だった。
「この者たち、博物館内で悪行を働こうとしていたものなり、贋作とともに天誅を下す。蜘蛛女」
目を覚ました軍人たちにすぐに捕まったフォックスとラットは、気、が、つ、い、た、ば、か、りの、ヒューズの手によって、留置場に護送され、彼らを埋めていた贋作は、専門家たちの鑑定によって、た、し、か、に、贋作であることが確認されたのだった。
まったくの茶番である。
第十四話
セントラル駅のホームにて、知った三人の顔があった。
予約を入れてあった列車のコパートメントに乗り込んで窓を開けているのが、ロイとエド。
ホームに立って二人を見送りに来たのが、スカートに身を包んだミーシャだった。
残念ながら、ヒューズは後処理に追われているらしい。
エドが進行方向に向かって、ロイはその向かいの席に座っている。
「まったく、いい茶番劇だった。
君も、これからは無茶なことをしないで、まじめに開発のほうに専念するんだね。」
ロイが寝不足の顔で、ミーシャにいった。
「うふふ、そうですね。
私がもっとすごいものを開発したら、売り込みにいきますから、楽しみにしていてくださいね。」
晴れやかに答えるミーシャの笑顔とは対照的に、エドも、眠そうな顔をして目をこする。
「はああ、眠い。やっぱり徹夜は答えるよ。
なんだって、ミーシャのじいさん、あんなにため込んでたんだか。」
ミーシャの家から、博物館まで贋作の山を運び込むのは、四人総出で朝までかかってしまったのだ。
今頃ヒューズも眠いに違いない。
「おかげさまで、捕まらないですみました。
ありがとうございました。」
ミーシャはにっこりして、二人に輝かしい笑顔を向けた。
やがて、貴社は走り出し、東方はイーストシティに向かって走り出した。
「どうせ、この汽車の終点はイーストだ。
到着するまで、一眠りしよう、鋼の。」
ロイは座席に深く座り直して、腕を組み、目を閉じた。
「うん、そうしようぜ。俺、もう限界・・・・。」
エドも、赤いコートを脱いで体にかけると、ロイの向かいがわの席で目を閉じた。
とりあえず、もう蜘蛛女は出現しないであろう。
蜘蛛女の怪
完
おお、今回は珍しく人死にが出てない!
「へっへっへ、侵入成功。
まさかこんなに楽々入れるとは思ってもみなかったぜ。
なあ、ラット。おまえでも今日は絶対捕まらないぜ。
というか、なんでここの警備の軍人、床やら地面やらでねてんだ?」
「フォックス兄貴ぃ、やっぱやめようよ。
軍人がこんなに倒れてんだよ?絶対なんか変なことがあったに決まってるって、蜘蛛女の仕業だよ。
みんな寝かせて食っちまうんだ、きっと!」
博物館の一階の裏口のガラスを破って館内に入り込んだのは、二人の若者であった。
一人はフォックス兄貴と呼ばれた、背が高い男である。
ひょろりとした出で立ちで、手にはちゃちなナイフを持っていた。
あまり上品な服装ではなく、狐のような狡そうな目をして、あたりを見渡している。
もう一人は、ラットと呼ばれた背が低く、ぽっちゃりした体型の小男だった。
やはりあまり良い服装ではなく、不安そうにあたりをきょろきょろ見渡している。
「おいおい、太っちょネズミ。おまえ、こういうときだから仕事がしやすいんだろうが。
昔の王冠やら、宝石が、牢獄の中のお姫様よろしく、展示ケースの中で俺たちを待ってるんだぜ?
それに、今、何かなくなっても、みいんな罪は蜘蛛女がかぶってくれるしな。
さあ、お宝探しに出発だ!」
フォックスは、にやりと笑うと、転がっている軍人をまたいで、ずんずん進んでいく。
「まっまままままま、まって兄貴!一人にしないで、俺、すんげえ怖い!」
ラットも慌ててフォックスの後を追いかけて、展示室に入っていった。
その二人の様子を階段の陰から眺めていた四人は、顔を引っ込めて、互いに顔を見合わせた。
「なんというか、見るからに、ことに乗じたこそ泥だな。
チンピラを絵に描いたような二人組だった。」
ロイがあきれたようにいった。
「あんな特殊天然記念物、初めてみたぜ。
あんなわかりやすい悪党が、この世に存在するなんてな。」
ヒューズも別の意味で驚きを隠せない様子だ。
ミーシャが、エドのすぐ隣で怒りをあらわにした。
「盗みを働いても、みんな蜘蛛女のせいですって!?
冗談じゃない!私は返しに来たのよ、盗みなんか、一つもしてないってーの!」
「ミーシャ、ここで転がってる軍人、あとどれぐらいで起きるんだ?
すぐに全員たたき起こして、あいつらを捕まえられるかな。」
ミーシャは少し考えたが、首を振った。
「ちょっと無理かな。
毒性はないけど、作業がいつまでかかるかわからなかったから、朝までぐっすりになるようにしたから。」
「そうか、じゃあ、やっぱ俺たちでどうにかするしかないってことか。」
「だが、我々には、地の利があるヒューズと、蜘蛛女の装備で自由に動き回れるクイックメイトがいる。
かなりこちらが有利だ。
制圧するのは簡単だろう。・・・というか、彼らを利用してしまおう。
みんな耳を貸せ」
ロイが悪い顔をしてにやりと笑った。
第十一話
フォックスは、ナイフの柄で、展示ケースをこじ開け、中に入っていた宝石まみれの王冠を手に取り、拾ったライトでぱっと照らした。
七色に輝く天然物の宝石が、目がつぶれんばかりに輝いた。
「うおおおお、うはあ、まぶしいなあ。
おい、ラット、この王冠一つで、俺たち一生食うのに困らねえぞ。
宝石を一個一個解体して、うっぱらっちまえば、誰もきがつきゃしねえしな。」
最初こそ怖がっていたラットも、軍人が全然起きてこないのをいいことに気を大きくして、拾ったライトであたりを物色し、大きなサファイヤがあしらわれた杖を手に取った。
「すんげえ、兄貴、兄貴、うんまいご飯と、上等な洋服と、あったかい風呂と、ふかふかの寝床、いっぺんに手に入るかなあ。
俺、上等の靴もほしいな。」
ラットの言葉に、フォックスが笑った。
「へん、そんなちゃっちいもの以上のものが手に入るさ。
金があれば、女には事欠かなくなる!
女の尻を追っかけるんじゃなくて、俺たちに女がよってくるんだぜ。
酒池肉林ができらあ」
下ネタな妄想でもしているのか、フォックスの鼻の下が伸びる。
「へっへっへ、こう、ぼいんぼいんの子とかよう、いいケツした子とかよう、太ももとかさわり放題だぜ。」
いやらしい手つきで、妄想のオネーチャンをモミシダク、フォックス。
「なあなあ、兄貴い。
ぼいんのおねーちゃんてさ。」
ラットが、ライトの光でどこかしらを照らしている。
フォックスは妄想をイイトコロで中断されたので、ちょっと不機嫌な顔をしてラットのほうに振り向いた。
「あん?なんだよネズミ。」
「壁も上れるの?」
ラットの声は震えていた。
フォックスがラットの持つライトが照らしている壁の方を見た。
ライトのレンズ型に丸く壁を照らしている、その中心には、壁に手足を広げ、覆面とゴーグルで顔を隠し、金髪を振り乱してラットとフォックスをにらんでいる、蜘蛛女。
一瞬の思考停止のあと
「ふんぎゃあああああああああああああ!!
出たああああああああああ!!」
ラットとフォックスは大絶叫をあげていた。
蜘蛛女はそのすきに、フォックスが持っていた王冠をネットを発射して絡め取り、手元に一瞬で引き寄せた。
「あああ!あいつ!あの蜘蛛女!
俺の王冠!返せ!」
恐怖より欲が勝ったフォックスが、ミーシャに向かって怒鳴った。
ミーシャはワイヤーを伸ばして壁から天井へと、自由に展示室を動き回ってみせ、追いかけようとするフォックスを翻弄した。
「こんの野郎(女だけど)!
俺の王冠だぞ!かーえーせーーー!」
地団駄を踏むフォックスを、半場あきれるように眺め、ミーシャはため息をついた。
「あんなのと間違われて疑われるの、やだな。」
激高するフォックスの足下に、ラットは杖を投げ捨ててすがりついた。
「あああああ、あにきいいいいいい、何あれ、何あれ!
ものすごい勢いで、ぶんぶん飛び回ってる!
怖い!帰ろうよ、王冠なんかあきらめて!かえろうよおおおおおおおおおう!」
泣き叫ぶラットを蹴飛ばして、フォックスは怒鳴った。
「馬鹿たれ!今ここで大金逃して、次にいつこんなチャンスがあるとおもってんだ!
帰りてえなら、てめえだけで帰れ!
俺はあの王冠をなんとしても、持って帰るんだよ!
じゃないと、借金取りにとり殺されちまう。」
フォックスはどうやら借金で四苦八苦しているらしい。
「かわいそうだけど、こそ泥を帰すわけにはいかないのよね。」
ミーシャはフォックスの手が届くか届かないかのすれすれを動き回り、さんざんじらしてから、おーほっほっほと高笑いをあげて隣の展示室への出入り口から飛び出していった。
フォックスは顔を真っ赤にしながら、蜘蛛女を追いかける。
「ああああああああああああああああああああああああああああんの、あまあああああああああああああああああ!
許すまじ!!!ラット、追うぞ!ついてこい!」
「あううう、待って、兄貴いいいいい」
走って行ってしまったフォックスを追いかけて、ラットも全力で、泣きながら走っていった。
第十二話
「あの蜘蛛女!
捕まえたら亀甲縛りに縛り上げて、宙づりにして、鞭で百たたきにしてやる!」
フォックスは蜘蛛女を追いかけて、展示室を二つほど横切った。
もう少しというところで、毎回蜘蛛女は逃げてしまい、なかなか捕まえられない。
しかも、所々に軍人が転がっているので、足下が不安だった。
エントランスまで来たフォックスは、あたりを見渡した。
「エントランスに入ったのはみた。
くそ、蜘蛛女め、どこ行きやがった!」
吹き抜けで天井も広さもあるエントランスを見渡して、フォックスは眉間にしわを寄せた。
ライトを振り回すと、中央に飾ってある大きな恐竜の骨が、えらく巨大な影を壁に映す。
そこに追いついてきたラットがやってきた。
「うひいいい!恐竜だ!お化けだ!恐竜のお化けだああ!」
「馬鹿たれ!あれは影だ!落ち着け!それよりも、蜘蛛女だ、あいつ、どこ行きやがった!」
壁や天井をライトで闇雲に照らすが、蜘蛛女は見つからない。
左右に首を動かして蜘蛛女を捜していると、目の隅を何かがかすめた。
「ん!」
フォックスが、勢いよくそちらに顔を向けた。
そちらは、フォックスたちが来た入り口と反対側の一階の入り口であった。
その入り口のあたりの中空に、小さな灯火が一つ、燃えている。
ろうそくの炎かと思ったが、その火は、ふわり、ふわりと宙を漂っており、だんだんとフォックスとラットの方に近づいてくる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああ兄貴!!!!
ほひひひひ、ひとだま!浮いてる!こっちくるうううう」
「ななななななななななななんだありゃあああ~~~~~」
さすがのフォックスも青くなって、ふわりふわりと近づいてくる人魂に釘付けになって凝視している。
完璧に腰が引けている。
ゆっくりゆっくり近づいていた人魂だったが、フォックスとラットの目の前まで来ると、いきなり勢いよく燃えあがり、二人に襲いかかった。
「ぐぎゃああ、燃える燃えるうう!」
「うぎゃあああ、かあちゃんん、おたすけえええええ」
炎は一瞬燃え上がって二人の目の前で消えてしまったが、それでも二人の恐怖をあおるには十分だった。
がたがた震えるチンピラ二人の背後で、ぎし、ぎし、ぎし、という音がした。
「つつつつつつ次は何だってんだあああああ」
「あにきいいいいい、かえろうよううううううう!」
二人がこわごわ振り向くと、飾ってあった巨大な恐竜の骨が、ゆっくりと動き、二人に向けて、鎌首をもたげているところだった。
巨大な牙が生えた頭蓋骨が、二人を狙うかのように、小さく左右に振れる。
【この俺様の屋敷を荒らす不届き者は、お~ま~え~た~ち~かああああああああああ】
恐竜の巨大な顎が、二人に向かって大きく開き、二人を食い殺さんと襲いかかった!
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?」
二人は声にならない叫びを上げながら、白目をむいて、泡を吹きながら後ろにばったりと倒れれてしまった。
完全に伸びてしまった二人を確認したのは、恐竜の台座に隠れていたヒューズだった。
「はっはっはっは、大成功、みんな出てきても大丈夫だぜ。」
ヒューズは立ち入りを制限するポールにかかっていた縄で、チンピラ二人を縛り付けながら、隠れているのもたちに声をかけた。
「どうどう、結構迫真の演技だってでしょ?」
隣の展示室からひょっこり現れたのは、ミーシャ。
「骨を動かす錬成は初めてやったぜ。レプリカみたいだから、大丈夫だろ。」
赤い上着を脱いだエドが、恐竜の腹から這い出してきた。
「空中にうく不思議な炎はなかなか効果的だったな。」
ミーシャが出てきた入り口とは反対の部屋から出てきたのは、ロイだった。
「お化けごっこもなかなか楽しかったなー。」
エドがにやっとしながらいった。
「さてと、じゃあ、後は仕上げだな。」
第十三話
次の日、エントランスホールで、縛られて、贋作の山に埋もれたフォックスとラットが発見された。
二人の額には、手紙が張り付いており、それはこんな内容だった。
「この者たち、博物館内で悪行を働こうとしていたものなり、贋作とともに天誅を下す。蜘蛛女」
目を覚ました軍人たちにすぐに捕まったフォックスとラットは、気、が、つ、い、た、ば、か、りの、ヒューズの手によって、留置場に護送され、彼らを埋めていた贋作は、専門家たちの鑑定によって、た、し、か、に、贋作であることが確認されたのだった。
まったくの茶番である。
第十四話
セントラル駅のホームにて、知った三人の顔があった。
予約を入れてあった列車のコパートメントに乗り込んで窓を開けているのが、ロイとエド。
ホームに立って二人を見送りに来たのが、スカートに身を包んだミーシャだった。
残念ながら、ヒューズは後処理に追われているらしい。
エドが進行方向に向かって、ロイはその向かいの席に座っている。
「まったく、いい茶番劇だった。
君も、これからは無茶なことをしないで、まじめに開発のほうに専念するんだね。」
ロイが寝不足の顔で、ミーシャにいった。
「うふふ、そうですね。
私がもっとすごいものを開発したら、売り込みにいきますから、楽しみにしていてくださいね。」
晴れやかに答えるミーシャの笑顔とは対照的に、エドも、眠そうな顔をして目をこする。
「はああ、眠い。やっぱり徹夜は答えるよ。
なんだって、ミーシャのじいさん、あんなにため込んでたんだか。」
ミーシャの家から、博物館まで贋作の山を運び込むのは、四人総出で朝までかかってしまったのだ。
今頃ヒューズも眠いに違いない。
「おかげさまで、捕まらないですみました。
ありがとうございました。」
ミーシャはにっこりして、二人に輝かしい笑顔を向けた。
やがて、貴社は走り出し、東方はイーストシティに向かって走り出した。
「どうせ、この汽車の終点はイーストだ。
到着するまで、一眠りしよう、鋼の。」
ロイは座席に深く座り直して、腕を組み、目を閉じた。
「うん、そうしようぜ。俺、もう限界・・・・。」
エドも、赤いコートを脱いで体にかけると、ロイの向かいがわの席で目を閉じた。
とりあえず、もう蜘蛛女は出現しないであろう。
蜘蛛女の怪
完
おお、今回は珍しく人死にが出てない!