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俊刃の剣

第十話


刃が引き抜かれたとたん、シャークティアーズの腹からは、大量の血が流れ、白いエプロンを染めた。

「ようやく、覚悟が決まりましたか。

ならば殺し合いましょう。ご主人様。」

シャークティアーズの目が、誘うようにきらめいた。

「ああ、ティアー。

決着をつけようか。」

レザーエッジの立っている場所が激しく錬成光をあげると、車の屋根の上でニールを縛っていたワイヤーが貝の殻のように開き、シャークティアーズを襲った。。

シャークティアーズは車の屋根から飛び退き、ワイヤーを避ける。

「うおおおおおおおお!」

自由になったニールが、のたうつワイヤーを足がかりにシャークティアーズに向かって、跳躍した。

指輪をはめた指で柄を握りしめ、片刃の剣をシャークティアーズにむかって振り抜く。

シャークティアーズは空中でニールの剣を素手で受け止めた。

「このまま、折って差し上げましょう!」

シャークティアーズの手のひらからは、激しく赤い血がほとばしったが、とうの彼女はそのことに関して無関心だった。

シャークティアーズは力任せにニールの剣に力をかける。

ニールは剣から手を離し、シャークティアーズの右頬を殴りつけた。

「!」

まさか父親の形見をいともあっさり手放すと思わなかったシャークティアーズは、まともに拳をくらい、バランスを崩して地面にたたきつけられた。

「やっとまともに一発食らわせられたぜ。

この畜生女ぁ!」

ニールはシャークティアーズの血で汚れた拳を構え直しながら、心底楽しそうに言った。

「レザーエッジ大佐、彼を解放してしまうのですか!?

彼はあなたのことも狙っているのですよ!?」

ロイはレザーエッジに言う。レザーエッジはシャークティアーズをにらんだままで、答えた。

「今のこの状況では、彼にも協力してもらったほうがいい。

彼だって、あの状態のティアーくんがいる限り、彼女の方を狙いたがるさ。」

レザーエッジが地面に向かって片手をかざすと、錬成光とともに、一振りの剣が錬成された。

「この、異分子のガキが!」

シャークティアーズは怒声とともに身体を起こし、剣を力任せにひん曲げると、地面にたたきつけて捨てた。

「八つ裂きにしてやる!」

「は、お嬢さん気取ってたキメラめ、その怒声こそがあんたの本性なんだろう?

八つ裂きにしてみろ!この鉄蟷螂(てつかまきり)のニール・アイアンスミスを、殺せるものならな!」

ニールが、堂々とシャークティアーズに見せるように、胸に手を当てて叫んだ。

「刃が折れたカマキリに、何ができる!」

シャークティアーズが、周りに血をまき散らしながら、ニールに飛びかかる。

「二人とも、今だ!」

ロイの叫び声に、シャークティアーズは、はっとした。

ニールが笑っていた。

シャークティアーズが横に視線を向けると、そこではエドとアルが同時に地面に手を置いたところであった。

「うおおおおお!」「でやあああ!」

エドとアルの手から放たれた錬成光は、あっという間に周囲の地面に広がった。

赤みを帯びた光と、青みを帯びた光が交錯し、絡まり合い、砂利が引き詰めてある駐車スペースを埋め尽くした。

あまりのまぶしさに、目がくらむ。

「く、鋼のガキどもめ、何をした!」

シャークティアーズが、目を細めながら悪態をつく。

「は、独壇場を錬成したんだよ!」

そう叫んだのはニールだった。そのとたん、シャークティアーズの肩が激しく切り裂かれた。

「!?」

シャークティアーズが痛みと驚きで振り返った時、あたりを照らし出していた錬成光がおさまった。

ニールの手には、鋭い剣が握られ、その刃先にはシャークティアーズの血がこびりついていた。

「これは!」

シャークティアーズは、足下を見て、それが何かすぐに気がついた。

その場にいる全員の足下が、銀色につやのある白を混ぜたような色の金属でできた床になっていた。

エドとアルのよって錬成された、特殊合金の床に。

ニールが手にもつ剣は、その金属によって作られていた。

「まさか」

シャークティアーズが、さすがに青くなってレザーエッジのほうへ振り向いた。

「俊刃の錬金術師、フェロー・レザーエッジ、参る!」

レザーエッジの名乗りとともに、シャークティアーズの足下が隆起し、無数の刃が地面からつきだした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

シャークティアーズは咆吼をあげて、その場から飛び上がった。

もう少し遅ければ、頭の先まで刃が貫通していただろう。

「くうううう!錬金術師どもめえええええええ!」

驚異的な跳躍力ではあるものの、翼を持つわけではない。

シャークティアーズが着地した場所が、次の瞬間剣山に変わる。

シャークティアーズは、バックステップでずばやく飛びすさる。

その動きは目にもとまらぬ早さだったが、剣山はシャークティアーズの体を狙うために、どこまでもついて行く。

「この金属は生成する時は二人の錬金術師がいなければならない。

しかし、一度作ってしまえば、後は形を変えてしまうだけだ。

瞬間的に錬成できるため、君のような動きの素早い相手でも、ほとんど感覚的に追いかけることができる。」

先ほどからほとんど動かず、錬成しっぱなしのレザーエッジは、それでも疲れをみじんにもみせず、シャークティアーズを追いかけて剣山をはやしていく。

「くそ!」

シャークティアーズが、金属の床の場所を越えて、草木が植わった庭のほうに飛び込んだ。

そこは土から刃を錬成しなくてはならないため、高速で動くシャークティアーズの動きには、さすがに錬成が追いつかない。

剣山の錬成は、金属の床の縁で止まった。

庭のハーブを蹴散らしながら、シャークティアーズが滑るように止まった。

「はぁ、はぁ、ちょこざいな!」

「休ませないぜ!」

そういって飛び出したのは、剣を振り上げたニールだった。

「うるさい!雑魚が!」

シャークティアーズは、飛び込んできたニールの腕をつかみあげ、植木の中にたたきつけて排除した。

シャークティアーズは、ニールを片付けてから、金属の床の上で、いつでも狙えるようににらんでいるレザーエッジを見た。

レザーエッジの脇には、鋼の兄弟、後ろにはロイが構えている。

その間の空間には、さきほどレザーエッジが錬成した剣山がバリケードのようにそびえており、金属の床に飛び込めば、串刺しになることは容易に想像できた。

「私を殺すのではなかったか?ティアー。」

「うるさい!」

シャークティアーズは、ちらりと横目で使えそうなものを確認すると、地面を蹴り、屋敷の外壁を蹴って、剣山が生えた金属の床を飛び越える。

「壁まで歩くのか、あのメイドさんは!」

エドとアルが、飛び込んできたシャークティアーズの攻撃を防ぐために、レザーエッジの前に壁を錬成した。

「くらえ!」

ロイは二人が壁を錬成するのを見越していたのだろう、シャークティアーズの体に狙いをつけて焔を錬成した。

空中で爆発が起きたが、二人で錬成した特殊合金の壁のおかげで、四人のほうには爆風がこない。

「くううううう!」

シャークティアーズは、それでも勢いを殺さず、レザーエッジを目指す。

エドとアルが錬成した壁の上に足をかけ、レザーエッジに向かって飛び込む。

「レザーエッジいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

シャークティアーズの腕が、レザーエッジの喉目指して突き出される。

「あぶない!

レザーエッジおじさん!」

そう叫びながら飛び込んできたのは、ニールだった。

叫んだ瞬間、ニールは思い出していた。

以前に、まったく同じことを、自分は叫んだことがある。

あれは、十年前のことだ。

ニールは、工場の中で、自分の父が「無事では済まなかった」ことに、気がついていた。

小さかったニールには、キメラにしても演技ができないと判断されたせいで、改造はされず、

また、父親の演技の邪魔をしないためにキメラになったという事実が隠されていた。

小さかったニールには、父親の雰囲気がおかしくなることが、何につながるのか理解していなかった。

まだ司令官と顔を合わせる前、正気だった父親は、自分は司令官を殺す命令がされているものと思っていた。

彼は息子に最後の望みをかけた。

「私が少しでもおかしくなったら、まわりに危険を知らせるんだ

レザーエッジを守れるのは、おまえだけだ。」

そう、レザーエッジをみた瞬間、父親の雰囲気が変わった。あのとき、ニールは叫んだのだ。

次の瞬間、ニールはキメラに押し倒され、気絶させられた。

それは父親の中に潜んでいたキメラが、それ以上警告を発することがないように、口を封じるためだった。

「俺がもっとしっかりしてればよかったんだ。

そうすれば、俺を守るために、親父が捕まることもなかった。

そうすれば、廃工場のなかの立ち回りで逃げ出せた。

親父が殺されることも!親父が改造されることも!俺自身が、犯罪者になるともなかった!

俺は、親父との約束を、今度こそ、守る!」

レザーエッジの正面に飛び込んできたニールの、顔の右側の刀傷をなぞるように、シャークティアーズの爪が振り下ろされ、血がほとばしった。

だが、もともと見えない右目を襲われても、ニールがひるむことはない!

「はああああああああああああああああ!」

裂帛の気合いとともに振り抜かれた、ニールの特殊合金の剣は、シャークティアーズの右腕を半ばから切り飛ばしていた。

シャークティアーズが、悲鳴を上げながらのけぞる。

「ああああああああああああああああああああああああああああ!」

ニールの体が、ぐらりとかしいだ。

「ニール君!」

レザーエッジの腕が、よろめいたニールをささえる。

「へへへ、親父との約束、こんどこそ、おじさん・・・・。」

だくだくと血が流れる顔面を押さえながら、ニールは足を踏ん張った。

「よくも!」

シャークティアーズが、髪を振り乱して残った左腕を振り上げる。

「あんたがアイアンスミス大尉にレザーエッジさんをおそわせた時は、もっと痛かっただろうよ!」

そう叫びながら、横手からエドが蹴りを放ち、シャークティアーズの体制を崩しにかかる。

だが、伸ばした足をつかまれ、横様に投げられた。

だが、それはシャークティアーズにとって、致命的な隙を作った。

「シャークティアーズ!これで、終わりだ!」

レザーエッジが、ニールを支えながら吠えると、いっそう強い錬成光が走った。

シャークティアーズは、その場を蹴り、レザーエッジに向かって身を投げるように、勢いよく襲いかかる!


第十一話



シャークティアーズの腕が、レザーエッジに届くより早く。

レザーエッジが錬成した剣山が、正面から迎え撃つかたちで、彼女の体を貫いていた。

無数の刃に切り裂かれ、勢いのまま持ち上げられた彼女は、ぐったりと体を剣山に預け、今までの勢いを感じさせない静けさで血を流した。

「私に正面から襲いかかればこうなることは、わかっていただろうに。」

シャークティアーズを見上げて、レザーエッジは顔をゆがめた。

「なぜ、飛び込んできたんだ、ティアーくん。

君ならば、動きの遅い私の背後に回り込むことも容易であっただろうに。」

レザーエッジの錬成は的確だった。

キメラは、ほぼ即死であった。

レザーエッジの頬には涙の筋が幾筋も流れていた。

そんなレザーエッジの姿を見て、ニールも何も言わなかった。

「君は、まだ復讐のために襲いかかるつもりなのか?」

ロイに訪ねられ、ニールはため息をついた。

「いいや。

もういいや。復讐がこんなにも脱力するものだとは思わなかった。

逮捕したいなら逮捕しろよ。

罪状ならいくらでもででくるから。」


第十二話

エドとアルのよって、ただの砂利道に戻された道に、修理した車が出発を待っている。

ニールに手錠をかけ、ロイが車に乗せようと、彼の背中を押した。

「まっているよ。」

そのときまで黙っていたレザーエッジがニールの背中に声をかけた。

「君の罪が償い終わったら、またここにおいで。

そのときまで、まっているから。」

ニールがかすかに振り向いて、レザーエッジをにらんだ。

「いつまでかかるかわからないぞ」

「この屋敷の相続人を君にしておこう。

君には帰るところがある。

そう思ってくれているだけでいい。

まっているよ。」

レザーエッジは、にやりと笑った。

「ニール君にかんしては、私ができる限り手を尽くします。

レザーエッジ大佐も、お元気で。」

「君もね、マスタングくん。

鋼の錬金術師くん、アルフォンス君、君たちも、元気で。」

四人がぎゅうぎゅう詰めで車にのりこむと、ロイはゆっくり車を発車させた。

ことことと砂利道を進みながら、ニールはため息をついた。

「刑期がおわっても、あの家帰りたくないな。

おっかなくて。

でも、まあ、それは贅沢な悩みかな。」

エピローグ


四人が出発して見えなくなってから、レザーエッジは屋敷の中に入り、あまり使っていなかった客間にはいった。

「マスタングくんたちは出発したよ。

ティアーくん。」

客間のベッドの上には、包帯だらけのティアーが横になっていた。

「そうですか。

お見送り、できませんでしたね。」

疲れたような顔で、ティアーがため息をついた。

「しかたがない。

君は今、絶対安静だ。

ゆっくり怪我を治したまえ。」

そう言って、レザーエッジはティアーの頭を撫でた。

「こうしていられるのが、不思議でなりません。

私はどうして生きているのでしょうか。

あのとき、私は、大佐にとどめを刺されたはずです。

私は、あなたに殺されるつもりで、身を投げ出したのに。」

レザーエッジはうなずいて、近くに引き寄せた椅子に座った。

「そうとも。

君は一度死んだ。

いや、それはおかしいか。

君の中の、キメラだけ殺した、といった方がよいのか、いや、それも間違っているのか。

うむ、言葉の選び方が難しいな。」

「現代の錬金術では、キメラの分離はできないはず。

キメラだけ殺す、というのは不可能です。」

レザーエッジは認めた。

「そうだな。分解は非常に難しい。

だが、私は、あの事件、生半可に調べていたわけではないのだよ。

あの時の実験に使われた被害者はたくさんいた。

だから、申し訳ないのだが、資料はたくさんあった。

私は彼らの傾向を調べた。そのときに気がついたのだ。

彼らは、たしかに優れたキメラの技術を持っていた。彼らのその技術の高さは、一つのものによってもたらされていた。

それは、精確なマインドコントロールを施す、いわばコアとでもいうべきものを、キメラにした人物の体内に埋め込んでいたのだ。

だからこそ、複雑な命令が、ずっと長い間維持できるのだがね。

君の体は、いわば、そのコアによって操られていた。そして、君自身、それをキメラの意識として認識していただろう。

私は、君が襲いかかってきたとき、最後の賭に出た。

そのコアは、腹に仕掛けられているのがほとんどだったのでな。

そのコアを壊せれば、君をマインドコントロールから救えると考えた。

だから、君の腹ばかり狙っていたんだ。

成功するとは、思わなかったが。」

レザーエッジの目が、申し訳なさそうに伏せられた。

「君をキメラの意識から解放できたはいいが・・・。

君を、私と同じ片腕にしてしまった。

もっとはやくコアを壊せていれば・・・。」

ティアーは否定のために首を振った。

「かまいません。まだ、あなたと一緒にいきられるなら。」

ティアーはそう言って、弱々しいが、笑顔を見せた。


きっとある程度先の未来、

この屋敷に三の住人が住んだ時。

その三人ともが笑顔になれる日がくるだろう。

そんな予感を感じさせる、輝いた笑顔だった。




俊刃の刃、完
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