俊刃の剣
第八話
ティアーの告白に、エド、アル、ロイ、ニールまで、驚いた表情をした。
その衝撃に動じなかったのは、レザーエッジだけであった。
その体から放たれる殺気は、格段に鋭くなり、いつ無数の刃が錬成され、ティアーの体がずたずたになってしまうかは、時間の問題のようだった。
「なぜだ。ティアー!
君は、ジャックを何故、殺さなければならなかった?!
何故、私を裏切った!何故、組織に手を貸した!
何故、何故!君が私に誓ってくれた忠誠は、嘘偽りだったのか!?
君は、ずっと今まで私を笑っていたのか!?
この十年は、すべて偽りだったのかっ!?
答えろ!レニィ・シャークティアーズ!!!
私は、・・・・私は君を、・・・・・・
・あ・・・・・・・あ・・・・愛して・・・・・・いたのに・・・・・・・っ!」
レザーエッジの冷たく熱い瞳から流れた涙が、やせた頬に筋を作った。
はき出すように絞り出した声には、身を切り刻まれるような悲鳴が含まれていた。
ティアーは、レザーエッジの、震えながら胸ぐらをつかむ拳を、両手で包み込んで、上から握りしめた。
「このような場所で、このような時に、私がもっとも隠してきたことと、私がもっとも欲してきたものが、同時に明らかになるとは。
とても皮肉なことです。
私も、大佐のことを、心からお慕い申しておりました。
それが答えなのです。
すべての、答えなのです。」
ティアーが、目を伏せて、静かにいった。
「まさか、ここまで被害者を出しながら、根源がただの女の愛だとはな。」
ロイが吐き捨てるように言う。
ティアーは、きっぱりと顔を上げてロイを見た。
「そうです。
そうというでしょう。あなたにはわからない。
私の行動が、ただの三文小説の、馬鹿げた犯人の動機に聞こえるのなら、あなたには理解できないでしょうし、理解していただきたくもない!」
ティアーは、ロイから目を背けた。
「誰とでも、いくらでも、愛し合うことのできる人には、私の気持ちは、わからない・・。」
「手前の気持ちなんざ知ったことか!
おまえだったのかよ!親父に直接手を下したのは!
だまされたよ、俺はてっきり、そこにいるレザーエッジのおっさんかと思ったてたぜ。
俺を解放しろ!あと一太刀でいい!俺に剣を振らせろ!あの女を、ぶっ殺させろ!
俺は、そのために、そのためだけに、今日まで生きてきたんだぞ!
俺にその女を、殺させろーっ!!!」
車が動くほど、ニールは車の屋根で体を強く動かしたが、強固なワイヤーは、ニールに一分の隙も与えなかった。
レザーエッジは、より強く、壁にめり込ませるかのように、ティアーの体を屋敷に押しつけた。
「君が知っている限りのことを、洗いざらい、はいてもらおうか。
マスタングくん、鋼の錬金術師、アルフォンスくん、すまないが証人になってくれ。」
レザーエッジの手から、激しい錬成光が放たれた。
レザーエッジが、胸ぐらから手を離した時には、ティアーの手足は、壁から生えた手錠と足かせによって拘束されていた。
「大佐に命を救われてより、この命と体のすべては大佐のために存在しております。
常におそばでお守りし、常に大佐のために働く。
それが、私の喜びです。
そこに、嘘偽りが入り込む余地はございません。
私は、この十年、幸せでありました。
そして、私はこの幸せを手に入れたいがため、策謀したのであります。」
恋愛などに、まるきり疎いエドが首をかしげる。
「アイアンスミス大尉を殺したり、レザーエッジさんを殺そうとすることが、あんたの幸せなのか?」
ティアーは、エドに視線を向けてくすりと笑う。
「鋼の坊やには、難しいでしょうね。
軍役に従事していた頃、レザーエッジ大佐のそばには、いつもアイアンスミス大尉がいました。
腹心の部下であり、共同研究者であり、参謀であり、親友として。
私も、側近の一人に名を連ねてはいましたが、アイアンスミス大尉には、とうていかなわなかった。
私は、大佐を愛しておりました。
この、呪われた体であっても、心から、女として、大佐を愛しておりました。
そればかりは、大尉に劣らない自負がございました。
恐れ多くも、私は、大佐を私のものにしたかった。
私には、どうしても、アイアンスミス大尉が、邪魔だったのです。」
レザーエッジは、自傷するように笑った。
「私の目も、とんだ節穴だな。
こんなにも、私を思っている女性が、こんなにも近くにいたというのに、意にも介さなかったとは。」
ティアーは続ける。
「申し訳ございませんが、私は、私の気持ちを、レザーエッジ大佐に気がつかれる訳にはまいりませんでした。
訳は・・・後でお話しいたします。
とにかく、私はアイアンスミス大尉を亡き者にするチャンスを狙っておりました。
十年前のあのころに起こった、犯罪組織による誘拐事件。
正直に申し上げますと、私には、あの組織と忌まわしい関係がございました。
そして、その忌まわしい関係は、私自身には、どうしようもない戒めを、私に課せておりました。
私はその関係を逆手にとりました。組織をそそのかし、アイアンスミス大尉を組織に誘拐させたのです。
そのときに、ニール君まで一緒に誘拐されていたのは、想定外でしたが。
私には、大尉が組織の手の中に落ちれば、否応なしに実験の材料にされることは、わかっておりました。
私は、頃合いを見計らい、大佐に廃工場の存在を報告いたしました。
大佐はすぐにアイアンスミス大尉の救出作戦をお立てになり、廃工場を制圧する作戦が結構されました。
あの丘の上で、私は大佐と部下たちの橋渡しをする、通信兵としておそばにおりました。
逐一の報告、大佐の指示、部下たちの動き、すべては私の手のひらの上でした。
工場が、なぜ鮮やかなほど速やかに攻略できたか、もうおわかりでしょう。
私が、工場内のほとんどを把握していたからです。
廃工場内の広さからいって、人手不足になるだろうことは、予測できていました。
私は、工場内の制圧の完了と、アイアンスミス親子の救出成功、人員の不足を報告しました。
大佐ならば、人員を補うために我々をすぐに向かわせるはずだし、アイアンスミス大尉にお会いしたがるだろうと踏んでいたので、救出した部下に、途中で私と親子の案内を変わるように指示をだしました。
私は、途中で、案内を引き継ぎ、親子を大佐のところに案内しました。」
ティアーの話を聞いて、端で聞いているロイも青くなった。
「恐ろしいな。
そこまで掌握されていたら、なすすべがない。」
レザーエッジも、ぞっとしたようだった。
自分のすぐそばに、姿を隠した暗黒が、こんなにも深く広がっていようとは、誰が想像するだろうか。
「アイアンスミス大尉が、すでにキメラになっていて、どんな指示がされているのか、私は知っていました。
だって、そのようにさせたのは、私ですもの。
丘にたどり着いてから、アイアンスミス大尉が襲いかかるまでは、私はなにもしておりません。
アイアンスミス大尉は、大佐のお姿を目にしたとたん、キメラとして、植え付けられた指示に突き動かされました。
傍らにいたニール君を突き飛ばして気絶させ、大佐に向かって剣を抜き、斬りかかりました。
ああ、このときの気持ち、なんと言い表しましょう。
たとえ私の思うように進んでいたとしても、ここで、万が一大佐がお亡くなりになってしまいでもしたら!!
もう少しで、策と相反する動きをしてしまうところでした。
大尉は、見事な太刀筋で、大佐の腕を切り飛ばしました。
大佐は一瞬呆然としていたものの、軍人の本能でございましょう、勇猛果敢に反撃に転じました。
地面からは剣山のように、刃が立ち上がりました。
しかし、それは大尉に一撃を加えることはできませんでした。
大佐は失血のせいか、痛みのせいか、お倒れになりました。
あなた方は、キメラになった大尉が、なぜ、大佐にとどめを刺さなかったのか不思議でございましょう。
大尉は、とどめを刺すことができませんでした。
ええ、そうでしょうとも。
アイアンスミス大尉に与えられた指示はただ一つ、「親友に深刻な一撃を加えた後、正気に戻ること」。
気が狂わんばかりの悲痛な叫びを上げながら、レザーエッジ大佐を腕に抱いておりましたよ。
ああ!今思い出しても、汚らわしい光景でした!!
しかし、これで後のことはおわかりではないでしょうか。
大佐と、ニール君は気絶しておりました。
私は、アイアンスミス大尉の後ろに回り込み、首筋を打って気絶させた後、大尉の体を持ち上げ、目をつけておいた一番立派な剣の上に・・・。」
うっとりと夢をみるような口調で紡がれる、ティアーの言葉に、レザーエッジは悲鳴を上げた。
「やめろ、やめてくれ!」
ティアーは、一瞬きょとんとしたが、頷いた。
「失礼しました。
私がその作業を終えた直後、大佐とニール君が意識を取り戻しました。
しかし、お二人の視線は、アイアンスミス大尉の死体に向いており、私はほとんど影の状態でございました。
ニール君は父親の死体に触ろうとし、大佐がそれを拒みました。
大佐を敵と認識したニール君は、大佐に襲いかかりましたが、返り討ちにあい、血まみれのまま逃げていきました。
私もその後のことは知りませんでしたね。
大佐はその後、また気絶なさってしまいましたので、私は大佐の傷口を止血し、無線によって部下たちに事の次第を伝えました。」
ロイは、緊張した顔でティアーをにらんだ。
「恐ろしい女だ。
その後のことも、大佐はお前に一任していた。
すべて、正規の手続きで、何者にも怪しまれず、自分の策略を進めたということか。」
ティアーは、ため息をついた。
「その通りでございます。
私は、大佐を一人じめしたかった。
邪魔ものはいなくなりました。
負傷の名目で大佐を退役させ、療養の名目でこの屋敷に閉じ込め、退役しても忠誠を絶やさない忠実なしもべとして、私は大佐につきしたがいました。
大佐は私を、大変信頼してくださいました。
すべて、私の、思惑通りに。」
ティアーは、レザーエッジにほほえみを向けた。
しかし、そのほほえみは、静かに崩れていった。
「いつかは、この幸せな時間も、崩れる時が来るとわかっていました。
焔の錬金術師がこなくても。ニール君が復讐にこなくても。
私は・・・。」
第九話
レザーエッジは、青い顔をして、がっくりとその場に膝をついた。
「なんと、なんと滑稽なんだ。
私は、なんと馬鹿なんだ。
こんな、こんな殺人鬼がそばにいて、今の今まで気がつかなかったなんて。
あまつさえ、・・・・心の底で、声に出さずに愛していたなんてっ。」
「幸せでございました。」
ティアーの追い打ちをかける一言に、レザーエッジは力なく頭を垂れた。
「ちょっとまて、狂犬女。
おまえは組織とつながりがあるといったな。
俺は、そんなこと知らないぞ。
俺は、あの廃工場のことを、調べられるかぎり調べた。
あんたらの行方をそりゃあ、必死になって探した。
それでも、俺の情報網に、あんたと組織の直接の関係は引っかからなかった。
あんたは、何者だったんだ?
組織の暗殺者か?策謀家か?秘密幹部か?ボスの愛人か?
あんたみたいな策士を取り逃がしたら、組織がまた復活しかねない。」
ニールが、車の上で縛られたまま、ティアーを睨む。
ティアーは、表情を、とたんに顔から消し去った。
「私は、そのような地位にはありません。
私は・・・・・・・・・。」
ティアーは、髪を振り乱して一度うつむき、それからゆっくりと顔を上げた。
ぎらりと殺気を含んだ視線が、ニールを射る。
髪の間からのぞくその目は、瞳孔が細く、は虫類の目をしていた。
「その目は!」
ニールはぎょっとして、そしてぞっとしたように悲鳴を上げた。
ティアーを拘束していた手錠が、鈍い音を発した。
エドがそちらに視線を向けると、手錠と壁には、ヒビが走っていた。
「わたくしは、あの組織によって、改造錬成を施された、キメラ。
大佐が、わたくしを救い出してくださったとき、わたくしはすでに、手遅れだった。
姿こそ人ではありましたが、わたくしは、わたくしのこの忌まわしい体は!人間ではなくなっていた!
わかりましたか?
ニール・アイアンスミス!
あなたの情報網に触れなくて当然です。
わたくしは、組織としてはただの検体でしかありませんでしたから。
生前、わたくしは、正規の軍人でした。
レザーエッジ大佐の部下に、任命されたばかりの、うかつな新人でした。
わたくしは、他の事件を追っている途中、その事件にも関わっていた組織の手に落ち、「軍に入り込み、組織を追っている司令官を、機会をみて殺す」ために改造を施されました。
わたくしは、レザーエッジ大佐に救出されました。
強力な命令を植え付けられたからでしょうか。女としての、純粋な気持ちだったのでしょうか。
いまとなってはわかりませんが、わたくしは大佐を愛してしまいました。
それからは、長い長い葛藤が始まりました。
わたくしは、キメラの本能として植え付けられた命令と、私自身の意思の間に板挟みになりました。
普通の体だったら、素直に告白して、玉砕するなり、実を結ぶなり、未来があったことでしょう。
しかし、わたくしは、知能を持たされた使い捨ての生物兵器。
自由に恋愛ができる人間には、わたくしの気持ちは、わからない!
わたくしの大佐を心から思うこの気持ちすら、純粋なものなのかわからない、この不安を!恐怖を!
意識が眠っている間に、キメラの本能に突き動かされてしまい、朝に目覚めてみれば大佐がベッドの上で息絶えている。私が何度その夢に飛び起きたことか!
だけど、わたくしは、大佐の近くにいたかった。
何人にも邪魔されず。私だけの人として、いっしょに暮らしたかった。
わたくしの気持ちなど知られない方がいい。ひた隠しにして、ただの従僕として、付き従えるのならば。わたくしにはそれで十分でした。
あなたを殺したい気持ちと、あなたと生きたい気持ちで、わたくしは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
天を仰いだシャークティアーズの頬を、一筋の涙がこぼれた。
バキッ!!
シャークティアーズを拘束していた、手錠を足かせが、音を立てて爆ぜた。
屋敷の壁から錬成されていた手錠と足かせが、壁から引きちぎられ、シャークティアーズの手首と足首にぶら下がる。
レザーエッジがうなだれる目の前で、シャークティアーズが手首をさすりながら立ち上がると、その足下に手錠の残骸が音をたてて転がった。
「あなたを愛しているが故に、殺させていただきます。」
シャークティアーズのは虫類の瞳から、人間の意識が消えた。
にやりと獲物を狙う瞳で笑い、長く伸びた鋭利な爪を妖しくなめた。
「レザーエッジ大佐、危ない!」
エドは、シャークティアーズとうなだれるレザーエッジの間に、頑丈な壁を錬成して、シャークティアーズの爪を食い止めた。
「大佐!レザーエッジさんを!」
「わかっている!」
ロイは、エドの壁が錬成されるのとほぼ同時に飛び出し、膝をついたままのレザーエッジを無理矢理起こして、抱え上げた。
「しっかりしてください、レザーエッジ大佐!」
レザーエッジの目は、絶望の淵に光を吸い取られた色をしていた。
「マスタングくん、私はわからない。
わからなくなってしまった。
私は、今まで何を信じてきたのだろう。
私は、私は・・・。」
ぐったりと体を預けてくるレザーエッジに、ロイは苦々しく顔をゆがめた。
「レザーエッジ大佐・・・!」
攻撃が外れたシャークティアーズは、エドが作った壁に指と爪を食い込ませ、力任せにぶち破った。
「こざかしい。
わたくしに、レザーエッジを殺させなさい。
邪魔立てするものは、容赦いたしません。」
拳の中で、こぶし大の石を握りつぶしながら、シャークティアーズはエドたちをにらんだ。
「ぎえええ!
あのメイドのねーちゃんの握力いくつだよ!?」
エドは、まさか錬成した壁が握りつぶされるとは思わなかったので、引け腰ぎみになりながら悲鳴を上げる。
シャークティアーズは、にやりと笑い、いきなり壁を蹴って空中に飛び上がった。
その高さは、軽く人の背丈を超えた。
とんでもない跳躍力である。
「えええええ!?」
シャークティアーズは空中で鋭利にとがった爪を構え、エドとアルのすぐ近くに着地して、体制を立て直すこともなく二人に向かって爪を突き出した。
エドとアルは、どうにか紙一重でのけぞってよける。
「なかなかお強いようで!」
シャークティアーズは笑いながら体をひねって、一瞬逆立ちになると、ロングスカートのメイド服を翻しながら足を大きく広げて、回転蹴りを繰り出した。
カポエイラの蹴りである。
「なんてやつだ!?」
エドはその蹴りをオートメイルの腕でしのいだ。
だが、その衝撃は、エド自身にも響いたほどだ。
「遅い!」
シャークティアーズは体を起き上がらせから、すぐに体を沈ませて、拳を放ったアルの懐に入り込んだ。
アルは痛みを感じない体と、大きな鉄の鎧を強みに攻めたのだが、小回りのきくシャークティアーズを相手にするとなると、不利であった。
懐に入り込んだシャークティアーズは、アルの体に強烈な体当たりを食らわせた。
アルの体が、危なっかしくかしいだ。
「!?」
まさか巨大な鉄の塊である自分の体が、メイドさんの体当たりで押されるとは思わなかったアルは、とっさにバランスをとることができなかった。
「う、わ!」
バランスを崩したアルの兜を、容赦なくシャークティアーズの手刀がおそった。
バキッと音を立ててアルの兜が凹み、勢いではね飛ばされる。
アルはシャークティアーズの攻撃で態勢が立て直せず、背中から地面に倒れ込んだ。
シャークティアーズがアルにとどめをさそうと、飛びかかったが、その中身を見てさすがに眉をひそめた。
「あら、中身がごさいませんのね。
意外でした。」
空虚な鎧の中を見て、シャークティアーズは感心したようだ。
「アルから離れろ!」
エドがオートメイルの腕を武器にして、シャークティアーズに挑みかかった。
「次は鋼の坊やですか。」
シャークティアーズはアルからバックステップで離れ、広くあいている駐車スペースまで下がった。
「どけ!鋼の!」
エドがシャークティアーズを追いかけようと走り出したとき、その脇を火花が走り抜けた。
ドンっ!と空気を振動させて、エドの目の前でシャークティアーズが立っていた空間が爆発する。
ロイの火炎錬成であった。
エドが振り向くと、レザーエッジを支えたロイの手には発火布の手袋がはめられており、その指先はシャークティアーズを狙っていた。
「手応えはあったが、まだだ!
油断するな、鋼の!」
ロイの言葉を証明するかのように、爆発で舞い上がった爆煙を裂いて、シャークティアーズがエドに向かって突進してきた。
エドは迎え撃とうと、構えをとる。
シャークティアーズはにやりと笑うと、体の下からつきだした手刀でエドの胸を狙う。
エドはその必殺の突きを、体を半身だけ動いてかわし、武器になったオートメイルでシャークティアーズの腕を狙った。
シャークティアーズは強く踏み込んだ足を軸にして、体の向きをエドの方へと反転させると、その勢いでエドの喉を返した手刀で切りつける。
シャークティアーズの腕を狙っていたエドには、防御が間に合わない。
「させるかぁ!」
アルが横から蹴りを放ち、手刀がエドののど仏をえぐる寸前、シャークティアーズを引かせる。
「アル、助かった!」
エドはぞっとしながら、未だにくっついているのどを怖々さすった。
「さすが、国家錬金術師、戦なれしておりますね。」
シャークティアーズが、すこし離れたところで、余裕すら見せながら言った。
ロイの火炎のせいで、メイド服は所々焦げ、髪はもつれ、ヘッドドレスはどこかに行ってしまっていた。
キメラの目が、左右に走り、次の獲物を探す。
シャークティアーズがエドに向かって走る。
今度はエドが先に拳を突き出した。
シャークティアーズはエドに迫る直前で飛び上がり、エドの肩を蹴ってさらに高く跳躍した。
「と、とんだ!」
エドは、自分の頭上はるか上に飛び上がったシャークティアーズを見上げて叫んだ。
シャークティアーズはアルの頭上も飛び越えると、ニールが縛り付けられたままの車の屋根に着地した。
さすがのニールも青くなる。
「誤算でした、ニール・アイアンスミス。
親子そろって、よくも私の邪魔をしてくれましたね!」
シャークティアーズが、にたりとニールに向けて笑った。
「この畜生!
貴様にやられてたまるか!俺がおまえを殺すんだ!
親父の敵を!
俺が殺されてたまるか!」
「はははははははははははははははははははは!親子そろって虫ずが走ります!
親子そろって、わたくしに手も足もでない!哀れなものですよ。
あなた方は!」
シャークティアーズが、青くなっているニールに向かって爪を振り上げる。
「うわああああああああああ!」
ニールが思わず、悲鳴を上げながら堅く目を閉じて顔を背けた。
エド達の目の前で、生々しい音とともに、赤いものが飛び散った。
しかし、それは、ニールの血ではなかった。
「もう、いい加減にしてくれないか。
私を狂わせるのは。」
その言葉を発したのは、ロイに抱えられたレザーエッジであった。
すぐ横にいるロイも、驚いた表情でレザーエッジを見ている。
レザーエッジが、ロイの手を借りて、その場にゆらりと立ち上がった。
「私の大切な人間を、君は何人奪えば、気が済むのかね。
いや、君は、私を破滅させるために生まれたキメラ。
それが、君にとって、正しい行動なのであろうな。
だが、私は、君にこれ以上殺させることはできぬ。」
レザーエッジは、うつむき加減でシャークティアーズに、静かな怒りの言葉をぶつけた。
レザーエッジの体からは、蛇がのたうつように錬成光が荒れ狂う。
「お見事です。
さすが、わたくしのご主人様。」
シャークティアーズが、レザーエッジの方に振り向いて笑う。
その腹部には、鋭利な刃が刺さっていた。
ニールを縛っていたワイヤーから錬成された、鋼鉄の刃だった。
ニールの体を拘束しているワイヤーから一本の刃が生え、まっすぐシャークティアーズの腹部を突き刺していた。
「ですが、わたくしを仕留めるには、甘い、です。」
シャークティアーズが、腹にささった刃をずるりと引きにいた!
続く
ティアーの告白に、エド、アル、ロイ、ニールまで、驚いた表情をした。
その衝撃に動じなかったのは、レザーエッジだけであった。
その体から放たれる殺気は、格段に鋭くなり、いつ無数の刃が錬成され、ティアーの体がずたずたになってしまうかは、時間の問題のようだった。
「なぜだ。ティアー!
君は、ジャックを何故、殺さなければならなかった?!
何故、私を裏切った!何故、組織に手を貸した!
何故、何故!君が私に誓ってくれた忠誠は、嘘偽りだったのか!?
君は、ずっと今まで私を笑っていたのか!?
この十年は、すべて偽りだったのかっ!?
答えろ!レニィ・シャークティアーズ!!!
私は、・・・・私は君を、・・・・・・
・あ・・・・・・・あ・・・・愛して・・・・・・いたのに・・・・・・・っ!」
レザーエッジの冷たく熱い瞳から流れた涙が、やせた頬に筋を作った。
はき出すように絞り出した声には、身を切り刻まれるような悲鳴が含まれていた。
ティアーは、レザーエッジの、震えながら胸ぐらをつかむ拳を、両手で包み込んで、上から握りしめた。
「このような場所で、このような時に、私がもっとも隠してきたことと、私がもっとも欲してきたものが、同時に明らかになるとは。
とても皮肉なことです。
私も、大佐のことを、心からお慕い申しておりました。
それが答えなのです。
すべての、答えなのです。」
ティアーが、目を伏せて、静かにいった。
「まさか、ここまで被害者を出しながら、根源がただの女の愛だとはな。」
ロイが吐き捨てるように言う。
ティアーは、きっぱりと顔を上げてロイを見た。
「そうです。
そうというでしょう。あなたにはわからない。
私の行動が、ただの三文小説の、馬鹿げた犯人の動機に聞こえるのなら、あなたには理解できないでしょうし、理解していただきたくもない!」
ティアーは、ロイから目を背けた。
「誰とでも、いくらでも、愛し合うことのできる人には、私の気持ちは、わからない・・。」
「手前の気持ちなんざ知ったことか!
おまえだったのかよ!親父に直接手を下したのは!
だまされたよ、俺はてっきり、そこにいるレザーエッジのおっさんかと思ったてたぜ。
俺を解放しろ!あと一太刀でいい!俺に剣を振らせろ!あの女を、ぶっ殺させろ!
俺は、そのために、そのためだけに、今日まで生きてきたんだぞ!
俺にその女を、殺させろーっ!!!」
車が動くほど、ニールは車の屋根で体を強く動かしたが、強固なワイヤーは、ニールに一分の隙も与えなかった。
レザーエッジは、より強く、壁にめり込ませるかのように、ティアーの体を屋敷に押しつけた。
「君が知っている限りのことを、洗いざらい、はいてもらおうか。
マスタングくん、鋼の錬金術師、アルフォンスくん、すまないが証人になってくれ。」
レザーエッジの手から、激しい錬成光が放たれた。
レザーエッジが、胸ぐらから手を離した時には、ティアーの手足は、壁から生えた手錠と足かせによって拘束されていた。
「大佐に命を救われてより、この命と体のすべては大佐のために存在しております。
常におそばでお守りし、常に大佐のために働く。
それが、私の喜びです。
そこに、嘘偽りが入り込む余地はございません。
私は、この十年、幸せでありました。
そして、私はこの幸せを手に入れたいがため、策謀したのであります。」
恋愛などに、まるきり疎いエドが首をかしげる。
「アイアンスミス大尉を殺したり、レザーエッジさんを殺そうとすることが、あんたの幸せなのか?」
ティアーは、エドに視線を向けてくすりと笑う。
「鋼の坊やには、難しいでしょうね。
軍役に従事していた頃、レザーエッジ大佐のそばには、いつもアイアンスミス大尉がいました。
腹心の部下であり、共同研究者であり、参謀であり、親友として。
私も、側近の一人に名を連ねてはいましたが、アイアンスミス大尉には、とうていかなわなかった。
私は、大佐を愛しておりました。
この、呪われた体であっても、心から、女として、大佐を愛しておりました。
そればかりは、大尉に劣らない自負がございました。
恐れ多くも、私は、大佐を私のものにしたかった。
私には、どうしても、アイアンスミス大尉が、邪魔だったのです。」
レザーエッジは、自傷するように笑った。
「私の目も、とんだ節穴だな。
こんなにも、私を思っている女性が、こんなにも近くにいたというのに、意にも介さなかったとは。」
ティアーは続ける。
「申し訳ございませんが、私は、私の気持ちを、レザーエッジ大佐に気がつかれる訳にはまいりませんでした。
訳は・・・後でお話しいたします。
とにかく、私はアイアンスミス大尉を亡き者にするチャンスを狙っておりました。
十年前のあのころに起こった、犯罪組織による誘拐事件。
正直に申し上げますと、私には、あの組織と忌まわしい関係がございました。
そして、その忌まわしい関係は、私自身には、どうしようもない戒めを、私に課せておりました。
私はその関係を逆手にとりました。組織をそそのかし、アイアンスミス大尉を組織に誘拐させたのです。
そのときに、ニール君まで一緒に誘拐されていたのは、想定外でしたが。
私には、大尉が組織の手の中に落ちれば、否応なしに実験の材料にされることは、わかっておりました。
私は、頃合いを見計らい、大佐に廃工場の存在を報告いたしました。
大佐はすぐにアイアンスミス大尉の救出作戦をお立てになり、廃工場を制圧する作戦が結構されました。
あの丘の上で、私は大佐と部下たちの橋渡しをする、通信兵としておそばにおりました。
逐一の報告、大佐の指示、部下たちの動き、すべては私の手のひらの上でした。
工場が、なぜ鮮やかなほど速やかに攻略できたか、もうおわかりでしょう。
私が、工場内のほとんどを把握していたからです。
廃工場内の広さからいって、人手不足になるだろうことは、予測できていました。
私は、工場内の制圧の完了と、アイアンスミス親子の救出成功、人員の不足を報告しました。
大佐ならば、人員を補うために我々をすぐに向かわせるはずだし、アイアンスミス大尉にお会いしたがるだろうと踏んでいたので、救出した部下に、途中で私と親子の案内を変わるように指示をだしました。
私は、途中で、案内を引き継ぎ、親子を大佐のところに案内しました。」
ティアーの話を聞いて、端で聞いているロイも青くなった。
「恐ろしいな。
そこまで掌握されていたら、なすすべがない。」
レザーエッジも、ぞっとしたようだった。
自分のすぐそばに、姿を隠した暗黒が、こんなにも深く広がっていようとは、誰が想像するだろうか。
「アイアンスミス大尉が、すでにキメラになっていて、どんな指示がされているのか、私は知っていました。
だって、そのようにさせたのは、私ですもの。
丘にたどり着いてから、アイアンスミス大尉が襲いかかるまでは、私はなにもしておりません。
アイアンスミス大尉は、大佐のお姿を目にしたとたん、キメラとして、植え付けられた指示に突き動かされました。
傍らにいたニール君を突き飛ばして気絶させ、大佐に向かって剣を抜き、斬りかかりました。
ああ、このときの気持ち、なんと言い表しましょう。
たとえ私の思うように進んでいたとしても、ここで、万が一大佐がお亡くなりになってしまいでもしたら!!
もう少しで、策と相反する動きをしてしまうところでした。
大尉は、見事な太刀筋で、大佐の腕を切り飛ばしました。
大佐は一瞬呆然としていたものの、軍人の本能でございましょう、勇猛果敢に反撃に転じました。
地面からは剣山のように、刃が立ち上がりました。
しかし、それは大尉に一撃を加えることはできませんでした。
大佐は失血のせいか、痛みのせいか、お倒れになりました。
あなた方は、キメラになった大尉が、なぜ、大佐にとどめを刺さなかったのか不思議でございましょう。
大尉は、とどめを刺すことができませんでした。
ええ、そうでしょうとも。
アイアンスミス大尉に与えられた指示はただ一つ、「親友に深刻な一撃を加えた後、正気に戻ること」。
気が狂わんばかりの悲痛な叫びを上げながら、レザーエッジ大佐を腕に抱いておりましたよ。
ああ!今思い出しても、汚らわしい光景でした!!
しかし、これで後のことはおわかりではないでしょうか。
大佐と、ニール君は気絶しておりました。
私は、アイアンスミス大尉の後ろに回り込み、首筋を打って気絶させた後、大尉の体を持ち上げ、目をつけておいた一番立派な剣の上に・・・。」
うっとりと夢をみるような口調で紡がれる、ティアーの言葉に、レザーエッジは悲鳴を上げた。
「やめろ、やめてくれ!」
ティアーは、一瞬きょとんとしたが、頷いた。
「失礼しました。
私がその作業を終えた直後、大佐とニール君が意識を取り戻しました。
しかし、お二人の視線は、アイアンスミス大尉の死体に向いており、私はほとんど影の状態でございました。
ニール君は父親の死体に触ろうとし、大佐がそれを拒みました。
大佐を敵と認識したニール君は、大佐に襲いかかりましたが、返り討ちにあい、血まみれのまま逃げていきました。
私もその後のことは知りませんでしたね。
大佐はその後、また気絶なさってしまいましたので、私は大佐の傷口を止血し、無線によって部下たちに事の次第を伝えました。」
ロイは、緊張した顔でティアーをにらんだ。
「恐ろしい女だ。
その後のことも、大佐はお前に一任していた。
すべて、正規の手続きで、何者にも怪しまれず、自分の策略を進めたということか。」
ティアーは、ため息をついた。
「その通りでございます。
私は、大佐を一人じめしたかった。
邪魔ものはいなくなりました。
負傷の名目で大佐を退役させ、療養の名目でこの屋敷に閉じ込め、退役しても忠誠を絶やさない忠実なしもべとして、私は大佐につきしたがいました。
大佐は私を、大変信頼してくださいました。
すべて、私の、思惑通りに。」
ティアーは、レザーエッジにほほえみを向けた。
しかし、そのほほえみは、静かに崩れていった。
「いつかは、この幸せな時間も、崩れる時が来るとわかっていました。
焔の錬金術師がこなくても。ニール君が復讐にこなくても。
私は・・・。」
第九話
レザーエッジは、青い顔をして、がっくりとその場に膝をついた。
「なんと、なんと滑稽なんだ。
私は、なんと馬鹿なんだ。
こんな、こんな殺人鬼がそばにいて、今の今まで気がつかなかったなんて。
あまつさえ、・・・・心の底で、声に出さずに愛していたなんてっ。」
「幸せでございました。」
ティアーの追い打ちをかける一言に、レザーエッジは力なく頭を垂れた。
「ちょっとまて、狂犬女。
おまえは組織とつながりがあるといったな。
俺は、そんなこと知らないぞ。
俺は、あの廃工場のことを、調べられるかぎり調べた。
あんたらの行方をそりゃあ、必死になって探した。
それでも、俺の情報網に、あんたと組織の直接の関係は引っかからなかった。
あんたは、何者だったんだ?
組織の暗殺者か?策謀家か?秘密幹部か?ボスの愛人か?
あんたみたいな策士を取り逃がしたら、組織がまた復活しかねない。」
ニールが、車の上で縛られたまま、ティアーを睨む。
ティアーは、表情を、とたんに顔から消し去った。
「私は、そのような地位にはありません。
私は・・・・・・・・・。」
ティアーは、髪を振り乱して一度うつむき、それからゆっくりと顔を上げた。
ぎらりと殺気を含んだ視線が、ニールを射る。
髪の間からのぞくその目は、瞳孔が細く、は虫類の目をしていた。
「その目は!」
ニールはぎょっとして、そしてぞっとしたように悲鳴を上げた。
ティアーを拘束していた手錠が、鈍い音を発した。
エドがそちらに視線を向けると、手錠と壁には、ヒビが走っていた。
「わたくしは、あの組織によって、改造錬成を施された、キメラ。
大佐が、わたくしを救い出してくださったとき、わたくしはすでに、手遅れだった。
姿こそ人ではありましたが、わたくしは、わたくしのこの忌まわしい体は!人間ではなくなっていた!
わかりましたか?
ニール・アイアンスミス!
あなたの情報網に触れなくて当然です。
わたくしは、組織としてはただの検体でしかありませんでしたから。
生前、わたくしは、正規の軍人でした。
レザーエッジ大佐の部下に、任命されたばかりの、うかつな新人でした。
わたくしは、他の事件を追っている途中、その事件にも関わっていた組織の手に落ち、「軍に入り込み、組織を追っている司令官を、機会をみて殺す」ために改造を施されました。
わたくしは、レザーエッジ大佐に救出されました。
強力な命令を植え付けられたからでしょうか。女としての、純粋な気持ちだったのでしょうか。
いまとなってはわかりませんが、わたくしは大佐を愛してしまいました。
それからは、長い長い葛藤が始まりました。
わたくしは、キメラの本能として植え付けられた命令と、私自身の意思の間に板挟みになりました。
普通の体だったら、素直に告白して、玉砕するなり、実を結ぶなり、未来があったことでしょう。
しかし、わたくしは、知能を持たされた使い捨ての生物兵器。
自由に恋愛ができる人間には、わたくしの気持ちは、わからない!
わたくしの大佐を心から思うこの気持ちすら、純粋なものなのかわからない、この不安を!恐怖を!
意識が眠っている間に、キメラの本能に突き動かされてしまい、朝に目覚めてみれば大佐がベッドの上で息絶えている。私が何度その夢に飛び起きたことか!
だけど、わたくしは、大佐の近くにいたかった。
何人にも邪魔されず。私だけの人として、いっしょに暮らしたかった。
わたくしの気持ちなど知られない方がいい。ひた隠しにして、ただの従僕として、付き従えるのならば。わたくしにはそれで十分でした。
あなたを殺したい気持ちと、あなたと生きたい気持ちで、わたくしは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
天を仰いだシャークティアーズの頬を、一筋の涙がこぼれた。
バキッ!!
シャークティアーズを拘束していた、手錠を足かせが、音を立てて爆ぜた。
屋敷の壁から錬成されていた手錠と足かせが、壁から引きちぎられ、シャークティアーズの手首と足首にぶら下がる。
レザーエッジがうなだれる目の前で、シャークティアーズが手首をさすりながら立ち上がると、その足下に手錠の残骸が音をたてて転がった。
「あなたを愛しているが故に、殺させていただきます。」
シャークティアーズのは虫類の瞳から、人間の意識が消えた。
にやりと獲物を狙う瞳で笑い、長く伸びた鋭利な爪を妖しくなめた。
「レザーエッジ大佐、危ない!」
エドは、シャークティアーズとうなだれるレザーエッジの間に、頑丈な壁を錬成して、シャークティアーズの爪を食い止めた。
「大佐!レザーエッジさんを!」
「わかっている!」
ロイは、エドの壁が錬成されるのとほぼ同時に飛び出し、膝をついたままのレザーエッジを無理矢理起こして、抱え上げた。
「しっかりしてください、レザーエッジ大佐!」
レザーエッジの目は、絶望の淵に光を吸い取られた色をしていた。
「マスタングくん、私はわからない。
わからなくなってしまった。
私は、今まで何を信じてきたのだろう。
私は、私は・・・。」
ぐったりと体を預けてくるレザーエッジに、ロイは苦々しく顔をゆがめた。
「レザーエッジ大佐・・・!」
攻撃が外れたシャークティアーズは、エドが作った壁に指と爪を食い込ませ、力任せにぶち破った。
「こざかしい。
わたくしに、レザーエッジを殺させなさい。
邪魔立てするものは、容赦いたしません。」
拳の中で、こぶし大の石を握りつぶしながら、シャークティアーズはエドたちをにらんだ。
「ぎえええ!
あのメイドのねーちゃんの握力いくつだよ!?」
エドは、まさか錬成した壁が握りつぶされるとは思わなかったので、引け腰ぎみになりながら悲鳴を上げる。
シャークティアーズは、にやりと笑い、いきなり壁を蹴って空中に飛び上がった。
その高さは、軽く人の背丈を超えた。
とんでもない跳躍力である。
「えええええ!?」
シャークティアーズは空中で鋭利にとがった爪を構え、エドとアルのすぐ近くに着地して、体制を立て直すこともなく二人に向かって爪を突き出した。
エドとアルは、どうにか紙一重でのけぞってよける。
「なかなかお強いようで!」
シャークティアーズは笑いながら体をひねって、一瞬逆立ちになると、ロングスカートのメイド服を翻しながら足を大きく広げて、回転蹴りを繰り出した。
カポエイラの蹴りである。
「なんてやつだ!?」
エドはその蹴りをオートメイルの腕でしのいだ。
だが、その衝撃は、エド自身にも響いたほどだ。
「遅い!」
シャークティアーズは体を起き上がらせから、すぐに体を沈ませて、拳を放ったアルの懐に入り込んだ。
アルは痛みを感じない体と、大きな鉄の鎧を強みに攻めたのだが、小回りのきくシャークティアーズを相手にするとなると、不利であった。
懐に入り込んだシャークティアーズは、アルの体に強烈な体当たりを食らわせた。
アルの体が、危なっかしくかしいだ。
「!?」
まさか巨大な鉄の塊である自分の体が、メイドさんの体当たりで押されるとは思わなかったアルは、とっさにバランスをとることができなかった。
「う、わ!」
バランスを崩したアルの兜を、容赦なくシャークティアーズの手刀がおそった。
バキッと音を立ててアルの兜が凹み、勢いではね飛ばされる。
アルはシャークティアーズの攻撃で態勢が立て直せず、背中から地面に倒れ込んだ。
シャークティアーズがアルにとどめをさそうと、飛びかかったが、その中身を見てさすがに眉をひそめた。
「あら、中身がごさいませんのね。
意外でした。」
空虚な鎧の中を見て、シャークティアーズは感心したようだ。
「アルから離れろ!」
エドがオートメイルの腕を武器にして、シャークティアーズに挑みかかった。
「次は鋼の坊やですか。」
シャークティアーズはアルからバックステップで離れ、広くあいている駐車スペースまで下がった。
「どけ!鋼の!」
エドがシャークティアーズを追いかけようと走り出したとき、その脇を火花が走り抜けた。
ドンっ!と空気を振動させて、エドの目の前でシャークティアーズが立っていた空間が爆発する。
ロイの火炎錬成であった。
エドが振り向くと、レザーエッジを支えたロイの手には発火布の手袋がはめられており、その指先はシャークティアーズを狙っていた。
「手応えはあったが、まだだ!
油断するな、鋼の!」
ロイの言葉を証明するかのように、爆発で舞い上がった爆煙を裂いて、シャークティアーズがエドに向かって突進してきた。
エドは迎え撃とうと、構えをとる。
シャークティアーズはにやりと笑うと、体の下からつきだした手刀でエドの胸を狙う。
エドはその必殺の突きを、体を半身だけ動いてかわし、武器になったオートメイルでシャークティアーズの腕を狙った。
シャークティアーズは強く踏み込んだ足を軸にして、体の向きをエドの方へと反転させると、その勢いでエドの喉を返した手刀で切りつける。
シャークティアーズの腕を狙っていたエドには、防御が間に合わない。
「させるかぁ!」
アルが横から蹴りを放ち、手刀がエドののど仏をえぐる寸前、シャークティアーズを引かせる。
「アル、助かった!」
エドはぞっとしながら、未だにくっついているのどを怖々さすった。
「さすが、国家錬金術師、戦なれしておりますね。」
シャークティアーズが、すこし離れたところで、余裕すら見せながら言った。
ロイの火炎のせいで、メイド服は所々焦げ、髪はもつれ、ヘッドドレスはどこかに行ってしまっていた。
キメラの目が、左右に走り、次の獲物を探す。
シャークティアーズがエドに向かって走る。
今度はエドが先に拳を突き出した。
シャークティアーズはエドに迫る直前で飛び上がり、エドの肩を蹴ってさらに高く跳躍した。
「と、とんだ!」
エドは、自分の頭上はるか上に飛び上がったシャークティアーズを見上げて叫んだ。
シャークティアーズはアルの頭上も飛び越えると、ニールが縛り付けられたままの車の屋根に着地した。
さすがのニールも青くなる。
「誤算でした、ニール・アイアンスミス。
親子そろって、よくも私の邪魔をしてくれましたね!」
シャークティアーズが、にたりとニールに向けて笑った。
「この畜生!
貴様にやられてたまるか!俺がおまえを殺すんだ!
親父の敵を!
俺が殺されてたまるか!」
「はははははははははははははははははははは!親子そろって虫ずが走ります!
親子そろって、わたくしに手も足もでない!哀れなものですよ。
あなた方は!」
シャークティアーズが、青くなっているニールに向かって爪を振り上げる。
「うわああああああああああ!」
ニールが思わず、悲鳴を上げながら堅く目を閉じて顔を背けた。
エド達の目の前で、生々しい音とともに、赤いものが飛び散った。
しかし、それは、ニールの血ではなかった。
「もう、いい加減にしてくれないか。
私を狂わせるのは。」
その言葉を発したのは、ロイに抱えられたレザーエッジであった。
すぐ横にいるロイも、驚いた表情でレザーエッジを見ている。
レザーエッジが、ロイの手を借りて、その場にゆらりと立ち上がった。
「私の大切な人間を、君は何人奪えば、気が済むのかね。
いや、君は、私を破滅させるために生まれたキメラ。
それが、君にとって、正しい行動なのであろうな。
だが、私は、君にこれ以上殺させることはできぬ。」
レザーエッジは、うつむき加減でシャークティアーズに、静かな怒りの言葉をぶつけた。
レザーエッジの体からは、蛇がのたうつように錬成光が荒れ狂う。
「お見事です。
さすが、わたくしのご主人様。」
シャークティアーズが、レザーエッジの方に振り向いて笑う。
その腹部には、鋭利な刃が刺さっていた。
ニールを縛っていたワイヤーから錬成された、鋼鉄の刃だった。
ニールの体を拘束しているワイヤーから一本の刃が生え、まっすぐシャークティアーズの腹部を突き刺していた。
「ですが、わたくしを仕留めるには、甘い、です。」
シャークティアーズが、腹にささった刃をずるりと引きにいた!
続く