俊刃の剣
第五話
「父親の技術ですか。」
「うむ、マスタングくんも見たであろう。
ニールくんが手にしていた模造刀が、いつの間にか切れる真剣に変わっていたのを。
あれは、ジャックが使っていた錬金術だ。
指にはめた金の指輪に錬成陣が仕込んであってな。
刃こぼれしても、血糊がべったりとついても、あの指輪をした指でなでるとすぐに刃が研げるという、地味ではあるが、画期的な代物なのだ。
それに、ジャックはあの剣にも錬成陣をしこんでいてな。
君の拳銃が切られたとき、白刃が輝くのをみたかね?
あの剣は、刃が触れた金属を、瞬時に錬成しながら切ってしまうのだ。」
エドが納得したようにうなずいた。
「そうか、俺が錬成した檻が破られたのは、その剣で切られたからだったんだな。」
「肉体は刃で、金属は錬成で、何でも切る剣か。やっかいだな。」
エドとロイは、危険な剣をもつ輩を、どのように確保すべきかと考えを巡らせていたが、その中でアルだけは、別のことを考えていた。
「それでいうと、レザーエッジさん。
そのときの丘で錬成した刃なんですが、剣山みたいになっていたそうですが、刃はまっすぐに突きたっていたんですか?」
アルの質問に、レザーエッジは顎に手を当てて考えた。
「あのときは狙う余裕がなかったからね。
刃をとにかく錬成していたから、まっすぐ上を向いていたと思うよ。
それがどうかしたのかい?」
アルは考えながら、つぶやく。
「いえ、レザーエッジさんと、そのジャックさんが戦うことになったのは、丘の上なんですよね。
レザーエッジさんの方が上に立っていて、丘の下から襲われた時に、剣をまっすぐ上に錬成したら、ニールさんみたいに、体の表面を傷つけることはあっても、胸から背中まで貫通なんかするのかなと思って。
貫通するなら、股間から頭にかけて、串刺しになるかと思ったんです。
丘は坂になってるから、わざわざ刺されるために、前に体を倒さないと、胸から背中には刺さりませんよね。」
アルの話を聞いて、ロイもその状態を想像した。
「たしかに。
平らな場所なら、剣を振るうために突っ込んで来たときに前傾姿勢になって、胸に刺さるかもしれないが、坂を上るとなると前傾姿勢になるのは難しいな。
前傾姿勢のつもりでも、姿勢はまっすぐだ。足の陰になってしまい、直接胸には刺さるまい。」
エドは、訳がわからないという顔つきになった。
「でも、実際、ジャックさんの胸には、でかい刃が刺さってたんだろ?」
ロイがうなずく。
「それが死因なのは間違いあるまいが、レザーエッジ大佐には、アイアンスミス大尉を刺し殺した直接の記憶がない。
ならば、かすかではあるが、アイアンスミス大尉は、ほかの人物に殺された可能性がある。」
ロイの言葉に一番驚いたのは、レザーエッジだった。
「そんな馬鹿な!」
「レザーエッジ大佐、あなたは腕を失い、親友を失い、大変なショックがかさなっていました。
そして、自分の錬成したものによって親友が殺されているところを実際に見た。
あなたはご自分の手で親友を手にかけてしまったと、思い込んでしまった可能性があるのです。」
レザーエッジは、左手で頭を抱えた。
「信じられん。
私は、私は、ジャックを殺したのか?殺さなかったのか?
・・・・いや、どちらにしても今になってはあまり意味がない話だ。
真犯人がいたとしても、私には誰だか、皆目予想がつかない。私の苦痛は変わりはしない。」
ロイは否定のために、首を振った。
「違います、大きく意味は変わってくる。
たしかに、ニール君の顔に怪我を負わせたのは、残念ながらレザーエッジ大佐で間違いないでしょう。
しかし、ニール君の顔の怪我の跡が物語っているように、あの場で錬成された刃は、水平に対して垂直であり、丘の表面に対しての垂直ではなかった。
丘の斜面に対して垂直なら、ニール君は父親と同じような、悲惨な最期を遂げていたにちがいない。
しかし、実態のところを見れば、大怪我をおい、微調整ができなかった大佐が同じように錬成したもので、親子の運命は大きく分かれている。
父親は胸を貫通されて死亡しているが、息子は体に縦方向の刀傷をつけた。ニール君もタイミングによっては死亡していたかもしれないが、それは下半身から上半身への縦方向の刺され方で、父親のような、胸から背中への横方向には刺さらないはずなのです。
この矛盾の答えは一つ、何らかの外的要因があったに違いありません。
つまりそれは、ほかに犯人がいた可能性を示している。」
エドは、腕を組んでロイを見た。
「でもよう大佐。
その時、丘には司令官のレザーエッジさんと、助け出されたアイアンスミス親子しかいなかったんだぜ?
ほかの軍人たちは、廃工場の調査に入っていたんだから。
レザーエッジさんが犯人じゃないとすると、アイアンスミス大尉の自殺か、息子のニールが父親を殺したかになっちまう。
父親を殺したんなら、わざわざ復讐なんかしにくる必要はない。
アイアンスミス大尉は、そのときキメラ化していて、自殺なんか考えもしないだろうし。」
ロイも頭をひねる。
「アイアンスミス大尉が、一時的に意識を取り戻し、レザーエッジ大佐を手にかけてしまったと勘違いしたとしたらどうだろうか。
親友を手にかけてしまったと思って責任をとるつもりで、白刃に身を投じたとか。」
アルも頭をひねる。
「人間の振りをしながら軍のなかに入り込んで、司令官を見たら襲えっていう、高度な命令をされていたようですし、つごうよく意識が回復するのはあまり考えられないと思います。
あまり本人の意識を残しておいたら、いざというときに襲えないですから。
たぶん、完璧にマインドコントロールされていたと思います。」
レザーエッジは苦渋に満ちた顔でうめいた。
「容疑者が誰もいなくなってしまう。
やはり、犯人など、私以外考えられない。」
「しっかりしてください、レザーエッジ大佐、今はあなたの記憶に頼るしかないのです。
もしもほかに犯人がいて、あなたがニールくんに殺されてしまったら、私には立つ瀬がない。
真犯人がいるのなら、まだ間に合うかもしれない。
私が責任をもって捕縛し、大佐とニールくんの前につきだしてやりますとも。」
レザーエッジは、真剣に順を追って考え始めた。
顔色は優れないが、目は軍人の目をしている。
「あのときは、そうだ、二人を無事に保護したという連絡、廃工場が制圧できたという連絡、人員が足らないという連絡を受けて、丘で私の護衛をしていてくれた兵たちも工場に向かわせた・・・。
あの周りには、廃工場以外、建造物もなく、見晴らしのいい丘の上だったから、護衛はいらんと判断したのだったな。
護衛たちと入れ替わりに、アイアンスミス親子が丘にやってきた。
・・・・、彼らを案内してきてくれた軍人が、誰かいたはずだ・・・、く、だめだ、思い出せん。
その後すぐに私は襲われている。可能性があるとすれば、そのものぐらいなのだが・・・。」
「入れ違いになったというんなら、もともと護衛についていた兵士は除外してよさそうだな。」
エドの言葉に、レザーエッジはうなずいた。
「そうだな。あのときは、護衛兼、連絡要員として、側近が私の護衛についていた。
たしか、ティアーくんが通信関係をしていてくれたはずだ。
彼女が、アイアンスミス親子を見つけたという連絡を私に教えてくれたはずだからな。」
ロイはうなずいた。
「ならば、彼女を含め、側近たちは容疑を除外してもよさそうですね。」
レザーエッジは、おぼろげながら浮かんで消える兵士の陰を、思い出そうとしているようだ。
「たしかに、一人、いた気がする・・。
しかし、思い出せない。あれは、誰だったのだろう。」
「連れてきてすぐにアイアンスミス大尉が襲いかかっているとすれば、その案内してきた軍人もその様子を見ているはず。
止めに入らなかったとなると、ますます怪しいな。
そいつはレザーエッジさんが殺されるのを望んでいたんだろうか。」
ロイは不思議そうに首をひねる。
「だが、おかしい。
どこかがおかしい。前提が違う気がする。
アイアンスミス大尉がキメラにされていたのは、その軍人にとっても予想外だったはずだ。
つまり、アイアンスミス大尉が大佐に襲いかかったのは、不測の事態だった。
その軍人は、大佐とアイアンスミス大尉を同時に亡き者にしようとしていたのだろうか。
ほかに見ているものもいない。射殺してしまえば、残党が撃ったと言い訳できる。作戦のあったあとだから、弾丸を消費していても誰も怪しまないしな。
だが、それもおかしい。
実際のところ、なくなったのはアイアンスミス大尉のみ。
虫の息だったレザーエッジ大佐を仕留めることなど、簡単だったはずなのに。
不思議なことに犯人は、大佐を助けている。
状況から考えて、ほかの人員たちに事件の発生を教えたのは、その軍人だろうからな。
かといって、大尉が襲いかからなかった場合は、その軍人自らが、大尉だけに襲いかからねばつじつまが合わない。
しかし、その場合はレザーエッジ大佐に、ことの次第をすべて目撃されてしまう。
もしも、アイアンスミス大尉を亡き者にして、自分がその後釜につこうと考えていたとしても、まさか親友を目の前で殺した殺人者を、大佐が起用するとは考えまい。」
「なんだよそれ、犯人の行動がちぐはぐじゃないか。」
「ちぐはぐにしないためには、その軍人がもともとアイアンスミス大尉がキメラになっていると知っている必要がある。
それならば、確実に大佐が襲われるだろうと予想がつくからな。
つまり・・・。」
「私の部下に、組織への内通者がいた、ということになるわけだな、マスタングくん。」
「その通りです。しかも、そのものは、大佐と大尉、お二人を亡き者にしようとしていた可能性が高い。
すくなくとも、大尉は確実に殺す算段だった。
レザーエッジ大佐ご自身も、命は取られなかったものの、社会的に殺されたと同じですし、お二人に深い恨みを持つものかもしれません。」
レザーエッジは、ロイから目をそらし、ため息をついた。
「しかし、マスタングくん。
その一部始終を見ていたはずのニールくんが、私に復讐をしにきているのだよ?
やはり、記憶があろうとなかろうと、私が犯人に間違いはないのではないだろうか。」
ロイは可能性の糸を追っていく。
「もしも、ニール君が、やはり父親と同じようにキメラにされていたとしたらいかがでしょう。
すでに違法組織の輩に、大佐が敵であると信じ込まされていたら。」
レザーエッジは首を振る。
「それはないだろう。
それならば、私は確実に殺されているはずだ。
私が勝手に死んだと思っただけで、ニールくんは死んではいなかった。
改造錬成をされていたのなら、たとえ深手をおっていても、目の前の獲物を仕留めるよ。
キメラは獲物を仕留めることに貪欲だからな。」
四人は、ますます頭を悩ませた。
「犯人は、なんでレザーエッジさんとアイアンスミス大尉を殺そうと思ったんだろう。
そんで、もともとはどちらを狙っていたんだろう。」
エドの疑問に、ロイが顔を上げた。
「犯人の動機か。
確かに、そこから調べていくのも手だな。」
アルがレザーエッジに顔を向けた。
「その事件のあと、だれが得をしたとか、あるんですか?」
レザーエッジは首をひねった。
「得、か。
私が抜けた司令官の穴埋めとして後任に配属されたのは、前線から帰ってきたばかりの中佐のはずだから、私の部下が下克上を考えた、というのは考えにくいな。
内容を秘密にしたため、どちらかというとこの作戦は失敗に近かった。
犯罪組織は捕縛できたものの、救出しようとした軍人は殺されて、指揮をとっていた私は襲われて大怪我を負ったわけだからな。
だから、この作戦で階級が上がったという人物はいないはずだ。
ジャックを亡き者にして、私に近づこうにも、私は退役してしまったし。
私を殺したいとおもっていたなら、私は生き延びてしまったし。
私しか錬成できない合金は、もう手に入る見通しが立たなくなってしまうし。
この事件の後、得をした人物っておらんかもしれぬ。」
「ここまで誰も得をしない事件というのも、珍しいですね。」
動機から探る、という方法も通用せず、四人は困り果ててしまった。
「やはり、思い出せない。
思い出せないということは、やはり、本当は誰もいなかったのだろう。
やはり私こそが犯人なんだよ。
刃の刺さり方は、たしかに不自然だが、倒れたか何かしたときに突き刺さっただけのかもしれぬ。
それにもしも、ほかに犯人がいたとして、どうしろというのだ?
ニールくんに襲われたくないが故に、そのものの名前を彼に伝えて、殺す目標を変えてもらうとでもいうのかね。
たとえ、真犯人が私を心から恨んでいて、それ故の犯行であったとしても、私は元部下の命を売り渡してまで、この生にしがみつこうなどとは思わぬ。
今はただの森の中の隠居だ。
今はマスタングくんたちが訪れている時に起きたことだから、こうして賑やかに意見を述べてもらっているが、これが普段であったら、きっとほとんど抵抗なく私もティアーくんも殺されて、何ヶ月も、下手をしたら何年も発見されないなんてことも考えられたのだよ。
私が世界に存在しようと、しなかろうと、世間に影響はほとんどないのだ。マスタングくん。」
あきらめたように言うレザーエッジは、寂しげな笑いを見せた。
「く・・・。」
悔しげなロイは、拳を膝の上で握りしめた。
今までの話の大元は、すべてレザーエッジの記憶に頼っている。
レザーエッジが思い出すことを放棄してしまえば、この話はあきらめるしかないのだ。
レザーエッジは、無理矢理思い出そうと、力一杯、記憶の深淵から引いていた記憶の縄を、あきらめてふっと離した。
緊張が一気に緩んだせいであろうか、レザーエッジの脳裏に、何事かの映像が思い浮かんだ。
この記憶はいつの頃のものだろうか、軍服を着ている何者かが、レザーエッジに笑いかけている。
唇が動く。何者かが、何かを言っている。不思議なことに、声は思い出せないが、言葉は思い出せた。
―これで、あなたは、わたしのもの―
そこで、レザーエッジの記憶は、現実の情報に飲まれてかき消えた。
しかし、レザーエッジはそんな記憶があること自体が、不思議でならなかった。
レザーエッジには、妻はいない。
忠誠を誓ってくれている部下はいるが、自分が誰かに心からの忠誠を誓ったことはない。
誰かに、個人的に所有される立場にいたことは、一度としてない。
国家錬金術師として、軍に忠誠は誓ったが、軍の狗なのであって、誰かの狗ではない。
「私は、いったい、誰のものになったというんだ?」
ぼそりと口からこぼれた一言を、ロイは聞き逃さなかった。
「大佐、今、なんと?」
レザーエッジは、はっとしてロイを見た。
「いや、何でもない。
ただの想像の産物かもしれない、不確かな記憶が思い浮かんだだけだ。
気にしないでくれ。」
レザーエッジは、首を振って記憶の断片を頭から振り払った。
「レザーエッジ大佐、私には、どうしても腑に落ちません。
どうか、その作戦に参加していたティアーさんの話を聞かせてもらえないでしょうか。
私は、どうしても、納得できないのです!」
ロイは、応接セットのテーブルの上に身を乗り出してレザーエッジに頼み込んだ。
レザーエッジは、少し困ったような顔をする。
「なぜ、君がそんなにも必死になるんだね、マスタングくん。」
ロイは、体を引き、ソファーに座り直した。
その顔には、苦渋がにじんでいた。
「私は、レザーエッジ大佐にしていただいたことのお返しを、一度もできませんでした。
大佐が南方で事件を追いかけていたとき、私はイシュヴァールにいた。
大佐が苦しんでおいでの時に、私は何もできなかった。
私は、それが悔しい。
国家錬金術師の資格をとり、何の功績もないくせに一足飛びに軍の上層部に食い込んだ若造と、私を軽蔑しなかったのは、あなただけだった。
私は、あなたのために、一度だけでもいい、報いたかった!
今回の特殊合金の錬成式についてもそうです。
レザーエッジ大佐と、アイアンスミス大尉が開発した、比類なき合金を復活させることで、人々の記憶にあなたをとどめたかった。」
エドとアルには、ロイがレザーエッジに対して、強い気持ちがあることを感じた。
若くして国家錬金術師になり、ある程度の地位を手に入れ、めきめきと頭角を現したロイが、上層部に疎まれ、陰湿な嫌がらせを受けたこと、いや、今も受けていることは、エドもアルもそことなく伝え聞いていた。
軍に入隊した直後の、まだ誰が味方なのかわからず、親友の階級も追いついていないとき、孤軍奮闘していたロイを救ったのが、レザーエッジだったのだろう。
「君もなかなか義理堅いな、マスタングくん。
だが、そんな気遣いは無用だよ。
私は微力ながら若者に手を貸してあげることができたという自己満足だけで十分さ。」
レザーエッジは、柔らかく笑うと、紅茶を口に含んだ。
「すっかり、お茶が冷めてしまったね。
すまない。
すっかり長い話につきあわせてしまった。
不毛な話はこれで終わりにしよう。
お預けをくっていた錬成式を渡す。この錬成式を見たら、約束通り、先ほどの話は忘れるんだよ。」
レザーエッジは、ティアーが集めてそろえておいてくれた書類を確認して、三人の前に差し出した。
「これを読んだら犯人捜しは終わりだ、マスタングくん。
きみの今日の目的は、これを学ぶこと、ほかにすることはないはずだ。」
ロイは、目の前に差し出された書類を、悔しげに見つめた。
そして一度強く目をつむり、歯を食いしばった。
「拝見、いたします。」
ロイは、絞り出すようにいうと、レザーエッジから錬成式の書かれた書類を両手で受け取った。
ロイが書類をそろえて、エドとアルに渡す。
二人はレザーエッジに一礼してから、ロイから手渡された書類に目を通した。
「・・・すげえ」
「こんなに、複雑できれいな式、初めて見た!」
エドとアルは、自分たちが考えつきもしないような、緻密で、複雑で、そして整った錬成式を食い入るように読んだ。
錬金術とは、理解し、分解し、再構築する技術であるが、この錬成式は、材料を特殊合金に再構築するための、すべてが要素が書き込まれている。
エドとアルはあっという間にすべてに目を通し、二言三言相談すると、ロイに向かってうなずいた。
「これ、すごいよ。
本当にこんなすごい錬成式を、俺たちが使わせてもらっていいのか?」
エドがレザーエッジに訪ねると、彼は笑顔で答えた。
「先ほどもいったではないか。
こんな森の中の隠居が抱えているだけでは、宝の持ち腐れだとね。
おおいに役立ててもらいたいのだ。
頼むよ、鋼の錬金術師。そして、約束をお忘れなく。」
エドは、書類をまとめると、ロイに預けた。
ロイは持ってきていた書類鞄から封筒を取り出し、書類を収めると、大切そうに中にしまった。
「さて、もうここには用はないだろう?
君たちは、これ以上巻き込まれる前に、ここから早く立ち去るがいい。
ニールくんに関しては、我々がどうにかする。
どうにかされる方かもしれないがね。」
「しかし!レザーエッジ大佐!」
ロイは言いながら顔を上げた。が、その勢いはレザーエッジの視線にの鋭さによって、そがれてしまった。
「ここから、一刻も早く立ち去りなさい。」
レザーエッジの視線は、現役時代の殺気をはらんでいた。
「・・・といっても今の私はただの一般人。命令など、できはしないのだがね。」
「い、一般人を守るのが軍人のつとめです。」
ロイがうつむいていった。だが、レザーエッジには届かない。
「何を言っている?マスタングくん。
ここでは、何も起きていないし、君はここで何の話も聞いていない。そうだろう?
私を何から守ってくれようというのか?」
軍人の顔をしたレザーエッジは、真顔でロイに言う。
押し黙ったロイの、完全な負けであった。
第六話
「お帰りですか?」
三人が応接室からエントランスに出てみると、窓ガラスの破れた玄関のところで、メイドのティアーが砕けたガラスをかたづけているところだった。
「ああ、邪魔をした。」
まだ心残りなのか、ロイは暗い表情でティアーの問いに答えた。
ティアーは窓ガラスが割られたドアから外を確認して、外に襲撃者がいないことを視認してから、ロイとエドとアルのために玄関のドアを開けた。
「どうか、お気をつけてお帰りください。」
ティアーは三人に深々とお辞儀をした。
ロイは、残念そうな顔をしたまま、ティアーに言う。
「どうか、大佐をよろしく頼む。」
ティアーは顔を上げて笑った。
「私は、そのためにここにいて、ご主人様にお仕えしているのです。
私のすべては、ご主人様に捧げています。命を賭してお守り申しあげます。」
ロイとエドとアルの三人は、それぞれ自分たちでも外を確認してから、素早く車が駐車しているところまで移動し、中に素早く乗り込んだ。
ロイが車に不審な点がないか大まかに調べ、異常がないことを確認してから、エンジンをかける。
車のエンジンは、調子よくかかった。
ロイは車をゆっくりと方向転換させ、道の方に頭を向ける。
「大佐、絶対来るぜ、これ。」
ロイは憮然としていて、何も答えない。
車が穏やかに走り出し、白い砂利を踏みしめながら、レザーエッジの屋敷から出ようとした。
ロイは斜め横の木立の上で、光るものを見た。
「伏せろ!」
ロイの言葉とほぼ同時に、エドとアルは後部座席の陰に身を伏せた。
ロイは思い切りブレーキを踏み、ゆっくりと動いていた車を、その場で急停止させる。
がくん!という衝撃でエドとアルは前の座席に押しつけられた。
さきほどロイが見たものは、前の襲撃の時にティアーが放ったナイフだった。おそらく、自分で肩から引き抜き、使ったのだろう。
刃の部分は錬成されていたらしく、車の前輪を見事に貫いており、地面とタイヤをつないでいる。
あのままゆっくりと車が前進していたら、ガラスを突き破って運転席のロイを仕留めていたに違いない。
ロイは車が停止すると同時にドアを蹴破り、ナイフが飛んできた木に向かって焔を錬成した。
「ぐあ!」
まさか火球に襲われるとは思ってもみなかったのだろう。
火だるまになったニールが白樺の枝から転がり落ち、車の屋根に落下した。
どすん、という音とともに、エドとアルの上の天井がへこんだ。
「く、くそう・・・!」
ニールは悪態をつきながら、車の屋根の上で、剣を抜こうともがく。
「観念しろ、君が襲撃してくるのは、完全に読めていた。
復讐などさせはしない。」
ロイは車外に出て、ニールに発火布の手袋をはめた手を突き出した。
エドとアルが車外に出たのとほぼ同時に、屋敷の中からレザーエッジとティアーが現れた。
レザーエッジの手には、一振りの剣が握られ、ティアーは拳銃を構えている。
「罠だったか・・・!」
ニールは抜刀するのをあきらめて、屋根の上で肘をつき、上半身を起こした。
エドは車の屋根を錬成して、ワイヤーを錬成すると、それでニールを縛る。
ニールは苦々しい顔で、その場の全員をにらんだ。
「君は、たとえ負傷していようと、今日のうちにもう一度、失敗すればそれ以上に、襲撃を重ねると思っていた。
小道のところの木から、こちらの出方をうかがっているのは、わかっていたからね。
マスタングくんの車が動けば君も動くことは容易に想像できた。
細い小道で車を事故らせれば、くるかもしれない軍の車両も足止めできるしね。
案の定、君は引っかかってくれた訳だ。
おとりにして悪かったね、マスタングくん」
レザーエッジは、屋敷の玄関先のポーチに立ったまま、ニールにいった。
「じゃあ、大佐も、レザーエッジさんの作戦を読んで、おとり役を買って出たってことか・・・。」
エドは、レザーエッジとロイの間で、言葉なく作戦の段取りが決められていたことに驚いた。
「レザーエッジ大佐が、無理矢理に近く、我々を早く帰らせようとしていたからね。
善意の客人はどんなときでも、心からもてなすべし、いっていた大佐の性格から考えると違和感があるだろう?
だから、我々をおとりにしたがっているのだとわかった。」
ロイの言葉を聞いたニールが、車の上であざけるように笑った。
「は、知り合いだろうが、客だろうが、かまわずおとりにも使う!
これだから軍人って生き物は信用するに値しないんだ!
信用すれば最後、墓の中で泣くことになる!」
叫んだニールに、ロイが叱咤した。
第七話
「あっはっはっはっはっは!
そんなことが聞きたいのか?どれだけ俺がおまえを殺したいかを聞きたいっていうのか?
たしかに、それは俺の得意分野だな。
いいだろう、話してやろうとも。俺も、あんたがすぐに楽になっちまうのは不本意だからな。
全部話を聞いたとき、自分で自分をやっちまわないでくれよ。
俺の十年が無駄になるからな。」
ニールは急に笑いを引っ込めると、レザーエッジをにらんだ。
「あの日、いつの間にか、丘の途中で俺は倒れていた。
俺の目の前には、死んだ親父の体が、剣にぶっささって風に揺れていたぜ。
情けないことに、親父が死んだところを見て、ショックで倒れちまったんだろう。
親父に触ろうとしたが、あんたは俺の手を、血まみれの手で叩いて止めた。
思わず、パニクった俺が飛びかかれば、ぶった切られるしな。
俺はあんたに体の右側を手ひどくやられ、右目をつぶされた。
心底、あんたが恐ろしかったよ。
少し前まで、遊んでもらっていたおっさんが、おっかねえギラギラした目で、見下ろしてくるんだからな。
ガキだったあのころの俺は、この場にいたら、ぶっ殺されると思った。
混乱した俺は、あんたに体当たりを食らわせてひるませると、親父の指輪と血まみれの剣をひっつかんで、とにもかくにも一心不乱に逃げた。
どこをどう走ったんだか覚えちゃいないが、いつの間にか、俺は林の中で、ぶっ倒れていた。
そこに通りがかったのが、例の廃工場から、どこをどうやったのか知らないが、まんまと逃げ出してきた、組織のお偉いさんだ。
俺はそいつに拾われて、組織のべつの拠点に連れて行かれて治療された。
まあ、廃工場でとっ捕まっていたガキだとわかったんだろうな。
俺と親父は工場内で、逃げだそうと一度大立ち回りをしていたから、奴らは俺が剣が使えることをしっていた。
俺は、食い物と、寝る場所を与えられる代わりに、組織の鉄砲玉として育てられた。
親父は死んだ、おふくろも、とっくのとうに病気で死んじまってる。俺にはほかに行く当てがなかった。
他の組織との抗争、軍との絶え間ないドンパチ、仲間内の裏切り、敵からの寝返り、蔓延する薬、組織の金に手をつけたやつを、俺は何人もつぶしてきた。
むなしかった。いつ狂っちまうか、いつ薬浸りなるか、わからなかったが、俺にはあんたに復讐するという目的があった。
組織の中では、復讐は美談でな。そういう目的があるのならと、俺は実験も薬もされなかった。
俺は組織の中で腕を磨いた。何人も剣の錆にしているうちに、いつの間にか組織の上役に気に入られ、いつの間にか俺自身が、上役になっていた。
だがな、俺の復讐の目標は、一つだけじゃなかった。
そもそも、親父を誘拐して、人体実験しやがったのは、あいつらだ!
あいつらさえいなければ、親父は死ななかった!
つい先日のことだ。俺はついに組織に反旗を翻した。
年に一度、秘密裏に幹部が一同にそろう大集会があってな。
俺は、そこで一花咲かせた。
俺が言いくるめた部下と一緒に、会場じゅうの大幹部とそれに続く側近と、かっこつけに連れてきていた部下どもを、一人残らず、血祭りにあげた。
俺が言いくるめた部下も、ちゃあんとあの世まで送っておいた。
組織はその日に崩落したよ。
そこにいる東方の司令官は驚いたんじゃねえか?
手前が死にものぐるいで追いかけていた組織が、いきなりぶっ潰れたわけだからな。」
確かにロイは驚いていた。
その組織は、ロイたちが狙っていた一大犯罪組織のことだったからだ。
ロイたちは、その大集会の情報を手に入れ、会場周辺で一網打尽にするチャンスを狙っていた。
ロイたちがつかんだ情報によると、集会というのはほとんど名目で、ボスと数人が溝舌ぶって音頭をとった後は、飲めや騒げや、××から、○○まで、何でもござれの大酒席がまるまる四日間ほど催されるとのことだった。
その宴席を狙うつもりで見張っていたのだが、集会が始まってすぐに異様な雰囲気になり、異常を感じて踏み込んでみれば、会場は地獄絵図のような有様になっていた。
「それでいうと、見事な手並みだった。
我々は、幹部同士のいがみ合いで、殺し合いが起きたのかと思った。
誰か一人の仕業だとは、思わなかったよ。」
ニールは乾いた笑いを見せた。
「だろうな。
実際のところ、俺は逃がしたくねえ奴らしか殺さなかった。
あとは、俺が丸め込んだ部下たちの仕業さ。
俺はその仕事を片付けたあと、悠々シャワーを浴びて、着替えて、秘密通路から逃げ出したやつがいないかどうか確認しながら外に出て、そんで身一つでここまで来たってわけだ。
俺は、あと、そこの二人を殺せれば、なんだっていい。
俺の目的が達成されれば、死のうが何だろうが、かまわない。
殺させろ、レザーエッジ、おまえの魂を、俺の剣でつぶしてやる、おまえの体を、引き裂いてやる!
裏切り者の、レザーエッジ!
親父はあんたのことを、最後まで、信じてたのに・・・。」
ニールは、胸につかえていたすべてをはき出したのか、ふと力を抜いて車の屋根に体を預けた。
ニールが声の限りに吐いていた呪いの言葉を、静かに口を挟まずきいていたレザーエッジは、彼の言葉が途切れたところで、静かに口を開いた。
「ニールくん、君が私を心底恨んでいるのはよくわかった。
君が憎しみの力で、今まで生きてきたことも。
だが、わからないことがある。
なぜ君は、ティアーくんまで、標的にしている?
君が殺すのは、ジャックを殺した私だけでいいはずだろう?」
レザーエッジの問いに、ニールは首をあげ、にらみをきつくした。
「あのとき、親父と俺は、てめえの部下の一人に連れられて、あんたが待っていた丘に行った。
その途中のことだ。丘の方から、何人かの軍人が歩いて行きた。
よく知った、親父の同僚、あんたの側近連中だった。
すれ違ったとき、俺たちを連れてきた軍人は、あんたの側近の一人と話をし、その側近と入れ替わった。
俺たちをあんたのすぐ近くまで連れて行き、すべてを見ておいて、何もしなかった馬鹿野郎!それが、レニィ・シャークティアーズなんだよ!」
ニールが恨みを込めて叫んだ言葉を聞いて、エドと、アルと、ロイは、はっとした。
そしてレザーエッジの顔からは血の気が引き、次いで影が差した。
背後に立つ、ティアー、レニィ・シャークティアーズの方に振り返り、レザーエッジは勢いよく彼女の胸ぐらにつかみかかると、そのまま屋敷の壁に押しつけた。
ティアーが持っていた拳銃が、地面に落ちて重たい音をたてた。
ティアーは驚いた表情で、自分につかみかかっているレザーエッジを見下ろす。
「ご、ご主人様、いったい、何をなさるのですか・・・」
「しらばっくれるな!」
レザーエッジは、血を吐くような声で叫ぶ。
その声は、ニールのものよりも、悲痛であり、強烈であり、低く、殺気立っていた。
純粋な殺気を帯びた目線を向けられて、ティアーはひるんだ。
「君だったのか!?
君だったのかね、ティアーくん!君が、君が、ジャックを殺したのか!?
正直に答えろ、君が私に忠誠を誓うというのなら!」
ティアーの表情が、驚きから、静かな表情に変わっていく。
冷たいほどの悲しみを帯びた目で、レザーエッジの瞳を見つめ返した。
エドたちが息を忘れるほどの一瞬の後、ティアーは、レザーエッジの問いに、静かに答えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・その通りです。
ご主人様、俊刃の錬金術師、レザーエッジ大佐。
私が、アイアンスミス大尉を、殺しました。
私が、犯人です。」
続く
「父親の技術ですか。」
「うむ、マスタングくんも見たであろう。
ニールくんが手にしていた模造刀が、いつの間にか切れる真剣に変わっていたのを。
あれは、ジャックが使っていた錬金術だ。
指にはめた金の指輪に錬成陣が仕込んであってな。
刃こぼれしても、血糊がべったりとついても、あの指輪をした指でなでるとすぐに刃が研げるという、地味ではあるが、画期的な代物なのだ。
それに、ジャックはあの剣にも錬成陣をしこんでいてな。
君の拳銃が切られたとき、白刃が輝くのをみたかね?
あの剣は、刃が触れた金属を、瞬時に錬成しながら切ってしまうのだ。」
エドが納得したようにうなずいた。
「そうか、俺が錬成した檻が破られたのは、その剣で切られたからだったんだな。」
「肉体は刃で、金属は錬成で、何でも切る剣か。やっかいだな。」
エドとロイは、危険な剣をもつ輩を、どのように確保すべきかと考えを巡らせていたが、その中でアルだけは、別のことを考えていた。
「それでいうと、レザーエッジさん。
そのときの丘で錬成した刃なんですが、剣山みたいになっていたそうですが、刃はまっすぐに突きたっていたんですか?」
アルの質問に、レザーエッジは顎に手を当てて考えた。
「あのときは狙う余裕がなかったからね。
刃をとにかく錬成していたから、まっすぐ上を向いていたと思うよ。
それがどうかしたのかい?」
アルは考えながら、つぶやく。
「いえ、レザーエッジさんと、そのジャックさんが戦うことになったのは、丘の上なんですよね。
レザーエッジさんの方が上に立っていて、丘の下から襲われた時に、剣をまっすぐ上に錬成したら、ニールさんみたいに、体の表面を傷つけることはあっても、胸から背中まで貫通なんかするのかなと思って。
貫通するなら、股間から頭にかけて、串刺しになるかと思ったんです。
丘は坂になってるから、わざわざ刺されるために、前に体を倒さないと、胸から背中には刺さりませんよね。」
アルの話を聞いて、ロイもその状態を想像した。
「たしかに。
平らな場所なら、剣を振るうために突っ込んで来たときに前傾姿勢になって、胸に刺さるかもしれないが、坂を上るとなると前傾姿勢になるのは難しいな。
前傾姿勢のつもりでも、姿勢はまっすぐだ。足の陰になってしまい、直接胸には刺さるまい。」
エドは、訳がわからないという顔つきになった。
「でも、実際、ジャックさんの胸には、でかい刃が刺さってたんだろ?」
ロイがうなずく。
「それが死因なのは間違いあるまいが、レザーエッジ大佐には、アイアンスミス大尉を刺し殺した直接の記憶がない。
ならば、かすかではあるが、アイアンスミス大尉は、ほかの人物に殺された可能性がある。」
ロイの言葉に一番驚いたのは、レザーエッジだった。
「そんな馬鹿な!」
「レザーエッジ大佐、あなたは腕を失い、親友を失い、大変なショックがかさなっていました。
そして、自分の錬成したものによって親友が殺されているところを実際に見た。
あなたはご自分の手で親友を手にかけてしまったと、思い込んでしまった可能性があるのです。」
レザーエッジは、左手で頭を抱えた。
「信じられん。
私は、私は、ジャックを殺したのか?殺さなかったのか?
・・・・いや、どちらにしても今になってはあまり意味がない話だ。
真犯人がいたとしても、私には誰だか、皆目予想がつかない。私の苦痛は変わりはしない。」
ロイは否定のために、首を振った。
「違います、大きく意味は変わってくる。
たしかに、ニール君の顔に怪我を負わせたのは、残念ながらレザーエッジ大佐で間違いないでしょう。
しかし、ニール君の顔の怪我の跡が物語っているように、あの場で錬成された刃は、水平に対して垂直であり、丘の表面に対しての垂直ではなかった。
丘の斜面に対して垂直なら、ニール君は父親と同じような、悲惨な最期を遂げていたにちがいない。
しかし、実態のところを見れば、大怪我をおい、微調整ができなかった大佐が同じように錬成したもので、親子の運命は大きく分かれている。
父親は胸を貫通されて死亡しているが、息子は体に縦方向の刀傷をつけた。ニール君もタイミングによっては死亡していたかもしれないが、それは下半身から上半身への縦方向の刺され方で、父親のような、胸から背中への横方向には刺さらないはずなのです。
この矛盾の答えは一つ、何らかの外的要因があったに違いありません。
つまりそれは、ほかに犯人がいた可能性を示している。」
エドは、腕を組んでロイを見た。
「でもよう大佐。
その時、丘には司令官のレザーエッジさんと、助け出されたアイアンスミス親子しかいなかったんだぜ?
ほかの軍人たちは、廃工場の調査に入っていたんだから。
レザーエッジさんが犯人じゃないとすると、アイアンスミス大尉の自殺か、息子のニールが父親を殺したかになっちまう。
父親を殺したんなら、わざわざ復讐なんかしにくる必要はない。
アイアンスミス大尉は、そのときキメラ化していて、自殺なんか考えもしないだろうし。」
ロイも頭をひねる。
「アイアンスミス大尉が、一時的に意識を取り戻し、レザーエッジ大佐を手にかけてしまったと勘違いしたとしたらどうだろうか。
親友を手にかけてしまったと思って責任をとるつもりで、白刃に身を投じたとか。」
アルも頭をひねる。
「人間の振りをしながら軍のなかに入り込んで、司令官を見たら襲えっていう、高度な命令をされていたようですし、つごうよく意識が回復するのはあまり考えられないと思います。
あまり本人の意識を残しておいたら、いざというときに襲えないですから。
たぶん、完璧にマインドコントロールされていたと思います。」
レザーエッジは苦渋に満ちた顔でうめいた。
「容疑者が誰もいなくなってしまう。
やはり、犯人など、私以外考えられない。」
「しっかりしてください、レザーエッジ大佐、今はあなたの記憶に頼るしかないのです。
もしもほかに犯人がいて、あなたがニールくんに殺されてしまったら、私には立つ瀬がない。
真犯人がいるのなら、まだ間に合うかもしれない。
私が責任をもって捕縛し、大佐とニールくんの前につきだしてやりますとも。」
レザーエッジは、真剣に順を追って考え始めた。
顔色は優れないが、目は軍人の目をしている。
「あのときは、そうだ、二人を無事に保護したという連絡、廃工場が制圧できたという連絡、人員が足らないという連絡を受けて、丘で私の護衛をしていてくれた兵たちも工場に向かわせた・・・。
あの周りには、廃工場以外、建造物もなく、見晴らしのいい丘の上だったから、護衛はいらんと判断したのだったな。
護衛たちと入れ替わりに、アイアンスミス親子が丘にやってきた。
・・・・、彼らを案内してきてくれた軍人が、誰かいたはずだ・・・、く、だめだ、思い出せん。
その後すぐに私は襲われている。可能性があるとすれば、そのものぐらいなのだが・・・。」
「入れ違いになったというんなら、もともと護衛についていた兵士は除外してよさそうだな。」
エドの言葉に、レザーエッジはうなずいた。
「そうだな。あのときは、護衛兼、連絡要員として、側近が私の護衛についていた。
たしか、ティアーくんが通信関係をしていてくれたはずだ。
彼女が、アイアンスミス親子を見つけたという連絡を私に教えてくれたはずだからな。」
ロイはうなずいた。
「ならば、彼女を含め、側近たちは容疑を除外してもよさそうですね。」
レザーエッジは、おぼろげながら浮かんで消える兵士の陰を、思い出そうとしているようだ。
「たしかに、一人、いた気がする・・。
しかし、思い出せない。あれは、誰だったのだろう。」
「連れてきてすぐにアイアンスミス大尉が襲いかかっているとすれば、その案内してきた軍人もその様子を見ているはず。
止めに入らなかったとなると、ますます怪しいな。
そいつはレザーエッジさんが殺されるのを望んでいたんだろうか。」
ロイは不思議そうに首をひねる。
「だが、おかしい。
どこかがおかしい。前提が違う気がする。
アイアンスミス大尉がキメラにされていたのは、その軍人にとっても予想外だったはずだ。
つまり、アイアンスミス大尉が大佐に襲いかかったのは、不測の事態だった。
その軍人は、大佐とアイアンスミス大尉を同時に亡き者にしようとしていたのだろうか。
ほかに見ているものもいない。射殺してしまえば、残党が撃ったと言い訳できる。作戦のあったあとだから、弾丸を消費していても誰も怪しまないしな。
だが、それもおかしい。
実際のところ、なくなったのはアイアンスミス大尉のみ。
虫の息だったレザーエッジ大佐を仕留めることなど、簡単だったはずなのに。
不思議なことに犯人は、大佐を助けている。
状況から考えて、ほかの人員たちに事件の発生を教えたのは、その軍人だろうからな。
かといって、大尉が襲いかからなかった場合は、その軍人自らが、大尉だけに襲いかからねばつじつまが合わない。
しかし、その場合はレザーエッジ大佐に、ことの次第をすべて目撃されてしまう。
もしも、アイアンスミス大尉を亡き者にして、自分がその後釜につこうと考えていたとしても、まさか親友を目の前で殺した殺人者を、大佐が起用するとは考えまい。」
「なんだよそれ、犯人の行動がちぐはぐじゃないか。」
「ちぐはぐにしないためには、その軍人がもともとアイアンスミス大尉がキメラになっていると知っている必要がある。
それならば、確実に大佐が襲われるだろうと予想がつくからな。
つまり・・・。」
「私の部下に、組織への内通者がいた、ということになるわけだな、マスタングくん。」
「その通りです。しかも、そのものは、大佐と大尉、お二人を亡き者にしようとしていた可能性が高い。
すくなくとも、大尉は確実に殺す算段だった。
レザーエッジ大佐ご自身も、命は取られなかったものの、社会的に殺されたと同じですし、お二人に深い恨みを持つものかもしれません。」
レザーエッジは、ロイから目をそらし、ため息をついた。
「しかし、マスタングくん。
その一部始終を見ていたはずのニールくんが、私に復讐をしにきているのだよ?
やはり、記憶があろうとなかろうと、私が犯人に間違いはないのではないだろうか。」
ロイは可能性の糸を追っていく。
「もしも、ニール君が、やはり父親と同じようにキメラにされていたとしたらいかがでしょう。
すでに違法組織の輩に、大佐が敵であると信じ込まされていたら。」
レザーエッジは首を振る。
「それはないだろう。
それならば、私は確実に殺されているはずだ。
私が勝手に死んだと思っただけで、ニールくんは死んではいなかった。
改造錬成をされていたのなら、たとえ深手をおっていても、目の前の獲物を仕留めるよ。
キメラは獲物を仕留めることに貪欲だからな。」
四人は、ますます頭を悩ませた。
「犯人は、なんでレザーエッジさんとアイアンスミス大尉を殺そうと思ったんだろう。
そんで、もともとはどちらを狙っていたんだろう。」
エドの疑問に、ロイが顔を上げた。
「犯人の動機か。
確かに、そこから調べていくのも手だな。」
アルがレザーエッジに顔を向けた。
「その事件のあと、だれが得をしたとか、あるんですか?」
レザーエッジは首をひねった。
「得、か。
私が抜けた司令官の穴埋めとして後任に配属されたのは、前線から帰ってきたばかりの中佐のはずだから、私の部下が下克上を考えた、というのは考えにくいな。
内容を秘密にしたため、どちらかというとこの作戦は失敗に近かった。
犯罪組織は捕縛できたものの、救出しようとした軍人は殺されて、指揮をとっていた私は襲われて大怪我を負ったわけだからな。
だから、この作戦で階級が上がったという人物はいないはずだ。
ジャックを亡き者にして、私に近づこうにも、私は退役してしまったし。
私を殺したいとおもっていたなら、私は生き延びてしまったし。
私しか錬成できない合金は、もう手に入る見通しが立たなくなってしまうし。
この事件の後、得をした人物っておらんかもしれぬ。」
「ここまで誰も得をしない事件というのも、珍しいですね。」
動機から探る、という方法も通用せず、四人は困り果ててしまった。
「やはり、思い出せない。
思い出せないということは、やはり、本当は誰もいなかったのだろう。
やはり私こそが犯人なんだよ。
刃の刺さり方は、たしかに不自然だが、倒れたか何かしたときに突き刺さっただけのかもしれぬ。
それにもしも、ほかに犯人がいたとして、どうしろというのだ?
ニールくんに襲われたくないが故に、そのものの名前を彼に伝えて、殺す目標を変えてもらうとでもいうのかね。
たとえ、真犯人が私を心から恨んでいて、それ故の犯行であったとしても、私は元部下の命を売り渡してまで、この生にしがみつこうなどとは思わぬ。
今はただの森の中の隠居だ。
今はマスタングくんたちが訪れている時に起きたことだから、こうして賑やかに意見を述べてもらっているが、これが普段であったら、きっとほとんど抵抗なく私もティアーくんも殺されて、何ヶ月も、下手をしたら何年も発見されないなんてことも考えられたのだよ。
私が世界に存在しようと、しなかろうと、世間に影響はほとんどないのだ。マスタングくん。」
あきらめたように言うレザーエッジは、寂しげな笑いを見せた。
「く・・・。」
悔しげなロイは、拳を膝の上で握りしめた。
今までの話の大元は、すべてレザーエッジの記憶に頼っている。
レザーエッジが思い出すことを放棄してしまえば、この話はあきらめるしかないのだ。
レザーエッジは、無理矢理思い出そうと、力一杯、記憶の深淵から引いていた記憶の縄を、あきらめてふっと離した。
緊張が一気に緩んだせいであろうか、レザーエッジの脳裏に、何事かの映像が思い浮かんだ。
この記憶はいつの頃のものだろうか、軍服を着ている何者かが、レザーエッジに笑いかけている。
唇が動く。何者かが、何かを言っている。不思議なことに、声は思い出せないが、言葉は思い出せた。
―これで、あなたは、わたしのもの―
そこで、レザーエッジの記憶は、現実の情報に飲まれてかき消えた。
しかし、レザーエッジはそんな記憶があること自体が、不思議でならなかった。
レザーエッジには、妻はいない。
忠誠を誓ってくれている部下はいるが、自分が誰かに心からの忠誠を誓ったことはない。
誰かに、個人的に所有される立場にいたことは、一度としてない。
国家錬金術師として、軍に忠誠は誓ったが、軍の狗なのであって、誰かの狗ではない。
「私は、いったい、誰のものになったというんだ?」
ぼそりと口からこぼれた一言を、ロイは聞き逃さなかった。
「大佐、今、なんと?」
レザーエッジは、はっとしてロイを見た。
「いや、何でもない。
ただの想像の産物かもしれない、不確かな記憶が思い浮かんだだけだ。
気にしないでくれ。」
レザーエッジは、首を振って記憶の断片を頭から振り払った。
「レザーエッジ大佐、私には、どうしても腑に落ちません。
どうか、その作戦に参加していたティアーさんの話を聞かせてもらえないでしょうか。
私は、どうしても、納得できないのです!」
ロイは、応接セットのテーブルの上に身を乗り出してレザーエッジに頼み込んだ。
レザーエッジは、少し困ったような顔をする。
「なぜ、君がそんなにも必死になるんだね、マスタングくん。」
ロイは、体を引き、ソファーに座り直した。
その顔には、苦渋がにじんでいた。
「私は、レザーエッジ大佐にしていただいたことのお返しを、一度もできませんでした。
大佐が南方で事件を追いかけていたとき、私はイシュヴァールにいた。
大佐が苦しんでおいでの時に、私は何もできなかった。
私は、それが悔しい。
国家錬金術師の資格をとり、何の功績もないくせに一足飛びに軍の上層部に食い込んだ若造と、私を軽蔑しなかったのは、あなただけだった。
私は、あなたのために、一度だけでもいい、報いたかった!
今回の特殊合金の錬成式についてもそうです。
レザーエッジ大佐と、アイアンスミス大尉が開発した、比類なき合金を復活させることで、人々の記憶にあなたをとどめたかった。」
エドとアルには、ロイがレザーエッジに対して、強い気持ちがあることを感じた。
若くして国家錬金術師になり、ある程度の地位を手に入れ、めきめきと頭角を現したロイが、上層部に疎まれ、陰湿な嫌がらせを受けたこと、いや、今も受けていることは、エドもアルもそことなく伝え聞いていた。
軍に入隊した直後の、まだ誰が味方なのかわからず、親友の階級も追いついていないとき、孤軍奮闘していたロイを救ったのが、レザーエッジだったのだろう。
「君もなかなか義理堅いな、マスタングくん。
だが、そんな気遣いは無用だよ。
私は微力ながら若者に手を貸してあげることができたという自己満足だけで十分さ。」
レザーエッジは、柔らかく笑うと、紅茶を口に含んだ。
「すっかり、お茶が冷めてしまったね。
すまない。
すっかり長い話につきあわせてしまった。
不毛な話はこれで終わりにしよう。
お預けをくっていた錬成式を渡す。この錬成式を見たら、約束通り、先ほどの話は忘れるんだよ。」
レザーエッジは、ティアーが集めてそろえておいてくれた書類を確認して、三人の前に差し出した。
「これを読んだら犯人捜しは終わりだ、マスタングくん。
きみの今日の目的は、これを学ぶこと、ほかにすることはないはずだ。」
ロイは、目の前に差し出された書類を、悔しげに見つめた。
そして一度強く目をつむり、歯を食いしばった。
「拝見、いたします。」
ロイは、絞り出すようにいうと、レザーエッジから錬成式の書かれた書類を両手で受け取った。
ロイが書類をそろえて、エドとアルに渡す。
二人はレザーエッジに一礼してから、ロイから手渡された書類に目を通した。
「・・・すげえ」
「こんなに、複雑できれいな式、初めて見た!」
エドとアルは、自分たちが考えつきもしないような、緻密で、複雑で、そして整った錬成式を食い入るように読んだ。
錬金術とは、理解し、分解し、再構築する技術であるが、この錬成式は、材料を特殊合金に再構築するための、すべてが要素が書き込まれている。
エドとアルはあっという間にすべてに目を通し、二言三言相談すると、ロイに向かってうなずいた。
「これ、すごいよ。
本当にこんなすごい錬成式を、俺たちが使わせてもらっていいのか?」
エドがレザーエッジに訪ねると、彼は笑顔で答えた。
「先ほどもいったではないか。
こんな森の中の隠居が抱えているだけでは、宝の持ち腐れだとね。
おおいに役立ててもらいたいのだ。
頼むよ、鋼の錬金術師。そして、約束をお忘れなく。」
エドは、書類をまとめると、ロイに預けた。
ロイは持ってきていた書類鞄から封筒を取り出し、書類を収めると、大切そうに中にしまった。
「さて、もうここには用はないだろう?
君たちは、これ以上巻き込まれる前に、ここから早く立ち去るがいい。
ニールくんに関しては、我々がどうにかする。
どうにかされる方かもしれないがね。」
「しかし!レザーエッジ大佐!」
ロイは言いながら顔を上げた。が、その勢いはレザーエッジの視線にの鋭さによって、そがれてしまった。
「ここから、一刻も早く立ち去りなさい。」
レザーエッジの視線は、現役時代の殺気をはらんでいた。
「・・・といっても今の私はただの一般人。命令など、できはしないのだがね。」
「い、一般人を守るのが軍人のつとめです。」
ロイがうつむいていった。だが、レザーエッジには届かない。
「何を言っている?マスタングくん。
ここでは、何も起きていないし、君はここで何の話も聞いていない。そうだろう?
私を何から守ってくれようというのか?」
軍人の顔をしたレザーエッジは、真顔でロイに言う。
押し黙ったロイの、完全な負けであった。
第六話
「お帰りですか?」
三人が応接室からエントランスに出てみると、窓ガラスの破れた玄関のところで、メイドのティアーが砕けたガラスをかたづけているところだった。
「ああ、邪魔をした。」
まだ心残りなのか、ロイは暗い表情でティアーの問いに答えた。
ティアーは窓ガラスが割られたドアから外を確認して、外に襲撃者がいないことを視認してから、ロイとエドとアルのために玄関のドアを開けた。
「どうか、お気をつけてお帰りください。」
ティアーは三人に深々とお辞儀をした。
ロイは、残念そうな顔をしたまま、ティアーに言う。
「どうか、大佐をよろしく頼む。」
ティアーは顔を上げて笑った。
「私は、そのためにここにいて、ご主人様にお仕えしているのです。
私のすべては、ご主人様に捧げています。命を賭してお守り申しあげます。」
ロイとエドとアルの三人は、それぞれ自分たちでも外を確認してから、素早く車が駐車しているところまで移動し、中に素早く乗り込んだ。
ロイが車に不審な点がないか大まかに調べ、異常がないことを確認してから、エンジンをかける。
車のエンジンは、調子よくかかった。
ロイは車をゆっくりと方向転換させ、道の方に頭を向ける。
「大佐、絶対来るぜ、これ。」
ロイは憮然としていて、何も答えない。
車が穏やかに走り出し、白い砂利を踏みしめながら、レザーエッジの屋敷から出ようとした。
ロイは斜め横の木立の上で、光るものを見た。
「伏せろ!」
ロイの言葉とほぼ同時に、エドとアルは後部座席の陰に身を伏せた。
ロイは思い切りブレーキを踏み、ゆっくりと動いていた車を、その場で急停止させる。
がくん!という衝撃でエドとアルは前の座席に押しつけられた。
さきほどロイが見たものは、前の襲撃の時にティアーが放ったナイフだった。おそらく、自分で肩から引き抜き、使ったのだろう。
刃の部分は錬成されていたらしく、車の前輪を見事に貫いており、地面とタイヤをつないでいる。
あのままゆっくりと車が前進していたら、ガラスを突き破って運転席のロイを仕留めていたに違いない。
ロイは車が停止すると同時にドアを蹴破り、ナイフが飛んできた木に向かって焔を錬成した。
「ぐあ!」
まさか火球に襲われるとは思ってもみなかったのだろう。
火だるまになったニールが白樺の枝から転がり落ち、車の屋根に落下した。
どすん、という音とともに、エドとアルの上の天井がへこんだ。
「く、くそう・・・!」
ニールは悪態をつきながら、車の屋根の上で、剣を抜こうともがく。
「観念しろ、君が襲撃してくるのは、完全に読めていた。
復讐などさせはしない。」
ロイは車外に出て、ニールに発火布の手袋をはめた手を突き出した。
エドとアルが車外に出たのとほぼ同時に、屋敷の中からレザーエッジとティアーが現れた。
レザーエッジの手には、一振りの剣が握られ、ティアーは拳銃を構えている。
「罠だったか・・・!」
ニールは抜刀するのをあきらめて、屋根の上で肘をつき、上半身を起こした。
エドは車の屋根を錬成して、ワイヤーを錬成すると、それでニールを縛る。
ニールは苦々しい顔で、その場の全員をにらんだ。
「君は、たとえ負傷していようと、今日のうちにもう一度、失敗すればそれ以上に、襲撃を重ねると思っていた。
小道のところの木から、こちらの出方をうかがっているのは、わかっていたからね。
マスタングくんの車が動けば君も動くことは容易に想像できた。
細い小道で車を事故らせれば、くるかもしれない軍の車両も足止めできるしね。
案の定、君は引っかかってくれた訳だ。
おとりにして悪かったね、マスタングくん」
レザーエッジは、屋敷の玄関先のポーチに立ったまま、ニールにいった。
「じゃあ、大佐も、レザーエッジさんの作戦を読んで、おとり役を買って出たってことか・・・。」
エドは、レザーエッジとロイの間で、言葉なく作戦の段取りが決められていたことに驚いた。
「レザーエッジ大佐が、無理矢理に近く、我々を早く帰らせようとしていたからね。
善意の客人はどんなときでも、心からもてなすべし、いっていた大佐の性格から考えると違和感があるだろう?
だから、我々をおとりにしたがっているのだとわかった。」
ロイの言葉を聞いたニールが、車の上であざけるように笑った。
「は、知り合いだろうが、客だろうが、かまわずおとりにも使う!
これだから軍人って生き物は信用するに値しないんだ!
信用すれば最後、墓の中で泣くことになる!」
叫んだニールに、ロイが叱咤した。
第七話
「あっはっはっはっはっは!
そんなことが聞きたいのか?どれだけ俺がおまえを殺したいかを聞きたいっていうのか?
たしかに、それは俺の得意分野だな。
いいだろう、話してやろうとも。俺も、あんたがすぐに楽になっちまうのは不本意だからな。
全部話を聞いたとき、自分で自分をやっちまわないでくれよ。
俺の十年が無駄になるからな。」
ニールは急に笑いを引っ込めると、レザーエッジをにらんだ。
「あの日、いつの間にか、丘の途中で俺は倒れていた。
俺の目の前には、死んだ親父の体が、剣にぶっささって風に揺れていたぜ。
情けないことに、親父が死んだところを見て、ショックで倒れちまったんだろう。
親父に触ろうとしたが、あんたは俺の手を、血まみれの手で叩いて止めた。
思わず、パニクった俺が飛びかかれば、ぶった切られるしな。
俺はあんたに体の右側を手ひどくやられ、右目をつぶされた。
心底、あんたが恐ろしかったよ。
少し前まで、遊んでもらっていたおっさんが、おっかねえギラギラした目で、見下ろしてくるんだからな。
ガキだったあのころの俺は、この場にいたら、ぶっ殺されると思った。
混乱した俺は、あんたに体当たりを食らわせてひるませると、親父の指輪と血まみれの剣をひっつかんで、とにもかくにも一心不乱に逃げた。
どこをどう走ったんだか覚えちゃいないが、いつの間にか、俺は林の中で、ぶっ倒れていた。
そこに通りがかったのが、例の廃工場から、どこをどうやったのか知らないが、まんまと逃げ出してきた、組織のお偉いさんだ。
俺はそいつに拾われて、組織のべつの拠点に連れて行かれて治療された。
まあ、廃工場でとっ捕まっていたガキだとわかったんだろうな。
俺と親父は工場内で、逃げだそうと一度大立ち回りをしていたから、奴らは俺が剣が使えることをしっていた。
俺は、食い物と、寝る場所を与えられる代わりに、組織の鉄砲玉として育てられた。
親父は死んだ、おふくろも、とっくのとうに病気で死んじまってる。俺にはほかに行く当てがなかった。
他の組織との抗争、軍との絶え間ないドンパチ、仲間内の裏切り、敵からの寝返り、蔓延する薬、組織の金に手をつけたやつを、俺は何人もつぶしてきた。
むなしかった。いつ狂っちまうか、いつ薬浸りなるか、わからなかったが、俺にはあんたに復讐するという目的があった。
組織の中では、復讐は美談でな。そういう目的があるのならと、俺は実験も薬もされなかった。
俺は組織の中で腕を磨いた。何人も剣の錆にしているうちに、いつの間にか組織の上役に気に入られ、いつの間にか俺自身が、上役になっていた。
だがな、俺の復讐の目標は、一つだけじゃなかった。
そもそも、親父を誘拐して、人体実験しやがったのは、あいつらだ!
あいつらさえいなければ、親父は死ななかった!
つい先日のことだ。俺はついに組織に反旗を翻した。
年に一度、秘密裏に幹部が一同にそろう大集会があってな。
俺は、そこで一花咲かせた。
俺が言いくるめた部下と一緒に、会場じゅうの大幹部とそれに続く側近と、かっこつけに連れてきていた部下どもを、一人残らず、血祭りにあげた。
俺が言いくるめた部下も、ちゃあんとあの世まで送っておいた。
組織はその日に崩落したよ。
そこにいる東方の司令官は驚いたんじゃねえか?
手前が死にものぐるいで追いかけていた組織が、いきなりぶっ潰れたわけだからな。」
確かにロイは驚いていた。
その組織は、ロイたちが狙っていた一大犯罪組織のことだったからだ。
ロイたちは、その大集会の情報を手に入れ、会場周辺で一網打尽にするチャンスを狙っていた。
ロイたちがつかんだ情報によると、集会というのはほとんど名目で、ボスと数人が溝舌ぶって音頭をとった後は、飲めや騒げや、××から、○○まで、何でもござれの大酒席がまるまる四日間ほど催されるとのことだった。
その宴席を狙うつもりで見張っていたのだが、集会が始まってすぐに異様な雰囲気になり、異常を感じて踏み込んでみれば、会場は地獄絵図のような有様になっていた。
「それでいうと、見事な手並みだった。
我々は、幹部同士のいがみ合いで、殺し合いが起きたのかと思った。
誰か一人の仕業だとは、思わなかったよ。」
ニールは乾いた笑いを見せた。
「だろうな。
実際のところ、俺は逃がしたくねえ奴らしか殺さなかった。
あとは、俺が丸め込んだ部下たちの仕業さ。
俺はその仕事を片付けたあと、悠々シャワーを浴びて、着替えて、秘密通路から逃げ出したやつがいないかどうか確認しながら外に出て、そんで身一つでここまで来たってわけだ。
俺は、あと、そこの二人を殺せれば、なんだっていい。
俺の目的が達成されれば、死のうが何だろうが、かまわない。
殺させろ、レザーエッジ、おまえの魂を、俺の剣でつぶしてやる、おまえの体を、引き裂いてやる!
裏切り者の、レザーエッジ!
親父はあんたのことを、最後まで、信じてたのに・・・。」
ニールは、胸につかえていたすべてをはき出したのか、ふと力を抜いて車の屋根に体を預けた。
ニールが声の限りに吐いていた呪いの言葉を、静かに口を挟まずきいていたレザーエッジは、彼の言葉が途切れたところで、静かに口を開いた。
「ニールくん、君が私を心底恨んでいるのはよくわかった。
君が憎しみの力で、今まで生きてきたことも。
だが、わからないことがある。
なぜ君は、ティアーくんまで、標的にしている?
君が殺すのは、ジャックを殺した私だけでいいはずだろう?」
レザーエッジの問いに、ニールは首をあげ、にらみをきつくした。
「あのとき、親父と俺は、てめえの部下の一人に連れられて、あんたが待っていた丘に行った。
その途中のことだ。丘の方から、何人かの軍人が歩いて行きた。
よく知った、親父の同僚、あんたの側近連中だった。
すれ違ったとき、俺たちを連れてきた軍人は、あんたの側近の一人と話をし、その側近と入れ替わった。
俺たちをあんたのすぐ近くまで連れて行き、すべてを見ておいて、何もしなかった馬鹿野郎!それが、レニィ・シャークティアーズなんだよ!」
ニールが恨みを込めて叫んだ言葉を聞いて、エドと、アルと、ロイは、はっとした。
そしてレザーエッジの顔からは血の気が引き、次いで影が差した。
背後に立つ、ティアー、レニィ・シャークティアーズの方に振り返り、レザーエッジは勢いよく彼女の胸ぐらにつかみかかると、そのまま屋敷の壁に押しつけた。
ティアーが持っていた拳銃が、地面に落ちて重たい音をたてた。
ティアーは驚いた表情で、自分につかみかかっているレザーエッジを見下ろす。
「ご、ご主人様、いったい、何をなさるのですか・・・」
「しらばっくれるな!」
レザーエッジは、血を吐くような声で叫ぶ。
その声は、ニールのものよりも、悲痛であり、強烈であり、低く、殺気立っていた。
純粋な殺気を帯びた目線を向けられて、ティアーはひるんだ。
「君だったのか!?
君だったのかね、ティアーくん!君が、君が、ジャックを殺したのか!?
正直に答えろ、君が私に忠誠を誓うというのなら!」
ティアーの表情が、驚きから、静かな表情に変わっていく。
冷たいほどの悲しみを帯びた目で、レザーエッジの瞳を見つめ返した。
エドたちが息を忘れるほどの一瞬の後、ティアーは、レザーエッジの問いに、静かに答えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・その通りです。
ご主人様、俊刃の錬金術師、レザーエッジ大佐。
私が、アイアンスミス大尉を、殺しました。
私が、犯人です。」
続く