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俊刃の剣

第三話

三人は応接室に一人彼を残し、庭を見せてもらうことにした。

庭には、ハーブのたぐいが多く植えられており、葉を利用するもの、花を利用するもの、実を利用するものと、分類分けがなされているようであった。

また、花を楽しむための木や、果実が採れる木も、いきとどいた手入れがされており、庭の真ん中にある、小さな東屋には、外用のテーブルセットがしつらえられていた。

白樺の森の中の秘密の庭、といった趣がある。

「この庭、すごく手入れされてるな。料理に使うようなのもあるけど、薬になるハーブも植わっている。

レザーエッジさんが手入れしてるのかな。」

エドが、咲き誇っているブルーベリーの花を眺めながらいった。

「そうだな、今回の了承を得るためにかけた電話で、ガーデニングに目覚めたと言ってらしたから、ほとんど世話をご自分でしてるのかもしれないな。

もともと、まめな方だから」

ロイも、手入れの行き届いた、そこそこの広さがある庭に感心しているようであった。

「大佐は、レザーエッジさんと親しいようですね。

軍にいらしたときに面識があったんですか?」

アルに訪ねられたロイはうなずいた。

「ああ、私が国家錬金術師の資格を取ったとき、彼が私の実技の時の試験官をしてくださってね。

彼がよい評価をしてくださったからこそ、私は今ここにいられるのだよ。

それに、もともとあのような気さくな性格の方だから、その後も私のことを気にかけてくださってね。

何度か食事などに誘っていただいたこともあるんだ。

彼が腕を負傷して退役されてからは、残念ながらあまり交流がなくなってしまってね。

その作戦時に腹心の部下も亡くされたと聞いたし・・・。

だが、あまりお変わりなさそうで何よりだった。」

エドは、自分の時の試験の様子を思い浮かべた。

実技試験の時は、大総統に向かって槍を繰り出してみせたあのときだが、大総統のインパクトが大きいせいで、ほかにどんな試験官がいたか覚えていなかった。

「腕をなくすなんて、どこかの戦闘で?

イシュヴァール?」

エドの問いかけにロイが首を振る。

「いや。ここからだと西南のほうにある街での、違法研究施設の掃討作戦時だと聞いたな。

違法で、非人道的な研究が行われていた犯罪組織の研究所の手入れの時に、キメラに襲われたらしい。」

エドとアルは、凶暴なキメラに腕を食いちぎられるところを想像してぞっとした。

「オートメイルや義手にはしなかったんだな。」

エドは、自分の右手を左手でさすった。堅いオートメイルの感触がする。

「なんでも、怪我の具合で、オートメイルにするためには脊髄にまで手を加えないとならなかったらしい。

もともと、オートメイルは腕や足などの表面的な人体の欠落をカバーするためのものだ。

人体の消化器官、脳髄などの重要器官のオートメイル化は、未だ成功例がない。

俊刃の錬金術師は、オートメイルにしたくても、できなかったんだよ。」

「そうか、そういうのもあるんだな」

エドは、こういったことに詳しいであろう幼なじみに、故郷に帰った時に聞いてみようかと思った。

「あれ?」

エドがオートメイルについて考えを巡らしていると、隣にいたアルが、何かに気がついたのか声を発した。

「ん、どうした?アル」

「ううん、今、誰か訪ねてきたみたい。

帽子をかぶった人が、玄関の方に歩いて行くのが見えたから。

近所の別荘の人かな?」

アルの言葉に、ロイが眉をひそめる。

「近所?それは・・・」

ロイが言いかけたとき、その言葉を遮って、突然ガラスが盛大に割れる音が響き渡った。

「何だ!?」

エドは音がした方、レザーエッジの屋敷に目を向けた。

「レザーエッジ大佐!」

ロイは音を聞いた瞬間、屋敷に向かって躊躇なく走り出した。

エドとアルも、慌ててロイの後を追う。

ロイは開いていた応接室の窓から屋敷の中に入ると、応接室の中には彼の手書きの書類が散らばっていた。

が、室内にレザーエッジの姿はない。

「いったい、どこに!?」

ロイが室内に目を走らせた時、玄関エントランスから、堅いものを打つ音が聞こえてきた。

ロイはすぐさまエントランスにいくために、応接室の扉を開けた。

そこでは、レザーエッジと帽子で顔を隠した男が、がっちりと武器をかみ合わせて、つばぜり合いをしている真っ最中だった。

レザーエッジの手には、木でできた警棒のような武器があった。

小さなつばで、相手の武器を受け止めている。きっと応接間にあった暖炉の脇にいくつか積んであった薪を錬成した、とっさの武器なのだろう。

一方で、遅いかかかっている帽子の男は、大ぶりの片刃の剣を持っていた。

が、その刃はつぶされており、りっぱではあるが模造刀のようだ。

剣を握る指には、金色の指輪がはめられている。

片腕のレザーエッジと、若い男の力は拮抗しており、ロイは男を攻撃するのをためらった。

下手に手出しをすれば、レザーエッジが負傷しかねないからだ。

「貴様!何をしている!」

帽子の男がロイの恫喝に驚いた隙に、レザーエッジが相手の剣を流して、攻撃に転じた。

「ち!」

帽子の男は、大きく後退してレザーエッジの一撃をかわした。

その動きは間違いなく武術をたしなんだ動きであった。

少し離れたところで、帽子の男は体勢を整え、いつでも斬りかかれるように剣を構える。

「観念しろ、貴様に勝ち目はない!

武器を捨てて投降せよ!」

ロイは懐から出した拳銃を構え、レザーエッジも警棒の先をぴたりと帽子の男に向けた。

帽子の男は、にやりと笑い、金の指輪をはめた指で、剣のつぶれている刃をすうっとなでた。

その動きを見て、レザーエッジがはっとした。

「俺はこの屋敷にいる裏切り者を殺せれば、どうなったってかまわないさ。

怖いものなんてない!」

帽子の男は目標を変え、ロイの方に向かって切り込んだ。

ロイはとっさに後退しながら、襲いかかってくる帽子の男に向かって発砲したが、弾道を読まれていたらしく体を深く沈ませてよけられてしまう。

沈んだ体を起こすバネを使って、帽子の男が剣をすくい上げるように繰り出す。

その白刃は鋭利で凶悪な光を発し、残像を残しながらロイが構えていた拳銃の銃身を切り飛ばした。

「何!?」

ロイが驚愕の声を上げる。

帽子の男はそのままロイに突っ込んでくる。返した剣で切り伏せるつもりだ!

首筋に迫った剣を、ぎりぎりで受け止めたのは、間に入ったレザーエッジの警棒だった。

渾身の気合いが込められた剣を、片手で受け止めるレザーエッジの警棒は、危なっかしく震えた。

「貴様、何者だ。

なぜ、その指輪を持っている。なぜ、その錬成ができる!?」

レザーエッジは、帽子の男に向かって叫んだ。

ロイが自分の首筋に食い込もうとしている剣を見て驚いた。先ほどまでこの剣は紛れもない模造刀だったはずなのに、今やその刃は鋭利な刃になっていた。

押し切れないと判断したのか、帽子の男はすぐに力を抜いて、ロイとレザーエッジから離れた。

剣をだらりと垂らし、帽子に手をかける。

「なぜかって?馬鹿いっちゃいけないぜ、裏切り者のレザーエッジ。

俺のこの傷、忘れたとはいわせないぞ!」

帽子の男は、かぶっていたハンチング帽を二人の目の前でかなぐり捨てた。

茶髪で黒い瞳の、整った顔つきの青年だったが、右側の額から顎を通り首筋にかけて、大きな刀傷がはしっており、その傷は服の中にまで達していた。右目は完全に失明しているようだった。

目を血走らせ、レザーエッジをにらんでいる。

青年の顔があらわになるやいなや、レザーエッジが驚愕する。

「君は、まさか、生きて、いたのかい・・・!」

青年は嘲るように、口の端をゆがめた。

「思い出してくれたようだな。

ならば、襲われる理由もわかるだろう!冥途で親父に詫びてこい!死ね!」

顔に大きな傷のある青年が、再び裂帛の気合いを込めて剣を振り上げた。

が、青年はレザーエッジに剣を振り下ろすことはなかった。

横から飛んできたものを避けるために、剣を振るうしかなかったからだ。

虚空を引き裂くように飛来してきたいくつものナイフを、青年は二回の斬撃ではじく。

しかし、完全には防ぎきれなかったのか、肩に一本ナイフが突き刺さるのが見えた。

「遅れて申し訳ありません、ご主人様!」

そのすきに、レザーエッジと青年の間に、スカートを翻して立ちふさがったのは、ナイフを構えたメイドの女性だった。

「おお、ティアーくん、助かったよ。」

「貴様!くそぉ!」

肩を押さえながら青年は悪態をつき、玄関に向かって身を翻した。

「待て!」

メイドがナイフを投げるが、柱に当たってしまい、青年には届かない。

顔に傷のある青年は、ガラスの破れた玄関のドアをくぐり、外に躍り出た。

「おっと、こっちだったか、いらっしゃい。」

「!」

玄関の外で仁王立ちになって立ちふさがったのは、得意げな顔をしたエドだった。

犯人が逃げてきたときに備えて、エドは玄関前、アルは庭で待ち構えていたのだ。

「さぁて、縛についてもらおうか!」

エドがいいながら両手を地面につけて錬成すると、それがスイッチとなり、玄関の上にあらかじめ錬成しておいた檻が落ちてきた。

青年はエドが待ち伏せしていたことに最初は慌てたものの、檻が頭上から落ちてきた時にはすでに冷静になっていた。

結構なスピードで落下してきた檻を、一太刀のもとに切り捨て、エドが張った罠をとくぐり抜けた。

思いもよらない展開に、エドが唖然としているその脇をすり抜け、青年は白樺林の中に、まんまと逃げていってしまったのだった。


第四話

戸締まりを確認してから、エド、アル、ロイ、レザーエッジは、応接室に集まった。

ソファーに座った四人に、先ほどレザーエッジにティアーくんと呼ばれたメイドが、紅茶を配ってくれた。

「普段は私たち二人しかここの屋敷にはいないのに、今日に限ってこうお客が重なるとは。思いもよらなかった。

君まで危険にさらしてしまって申し訳ない、マスタングくん。」

少し疲れた顔で、レザーエッジはロイに頭を下げた。

「いえ、そんなことは。

俊刃の錬金術師にお怪我がなくて何よりでした。

しかし、あの悪漢は何者だったのでしょうか。

大佐の言い方から察するに、あのものと面識があるようでしたが。」

レザーエッジはロイの言葉にうなずいた。

「うむ。だが、私が彼を知っていたのは、もう十年ほど昔の話になる。

私は彼が死んだと思っていた。

いや、この場合、私は彼を殺したものと思っていた。」

レザーエッジの顔は苦渋にゆがんだ。

「十年前となると、レザーエッジさんが、腕をなくしたのとほぼ同時期ですね。」

エドが先ほどロイに聞いていた情報を思い出して言った。その言葉にレザーエッジは頷く。

「その通りです、鋼の錬金術師。

より正確にいうとすれば、彼を殺したのと、腕をなくしたのは、同じ出来事なのです。」

それは、ロイにとっても初耳であった。

「それはどういうことでしょうか。レザーエッジ大佐。

どうか教えていただけないでしょうか。」

ロイの言葉に、レザーエッジは少し悩んだようだった。

紅茶を二口ほど飲んでから、口を開いた。

「君たちも巻き込んでしまった手前、何故襲撃を受け、彼が何者なのか、君たちは知る権利があるだろう。

だが・・・、これは私にとっては、とても人には教えたくない秘密なのだ。

・・・条件を出すつもりはなかったのだが、マスタングくん。

錬成式を君たちに教える代わりに、この襲撃についてのことを秘密にしてくれないかね。」

さすがに、東方司令部の司令官として、ロイは眉をひそめた。

「秘密、ですか。

それは先ほどいっていた殺人を秘匿するためですか?」

レザーエッジは首を振った。

「それは違う。

死者が出たのは、軍の正式な作戦中のことだ。

この国の法に照らし合わせれば、罪には問われない。

殺人については、私の心を苦しめ続ける罪の意識はあるが。

私が秘密を望むのは、故人の名誉を守るためだ。」

ロイは聞いて少し考えたが、結局はうなずいた。

「新たな第三者に被害がでない限り、秘密にするとお約束しましょう。

鋼のとアルフォンスくんも、他言しないように。」

エドとアルも素直にうなずいたので、レザーエッジはほっとした顔になった。

「申し訳ない。マスタングくん。

こんなことがなければ、私は錬成式を無償で譲渡するつもりだったのに。」

「いたしかたありません。

そのような条件が出されなければ、私は東方を管轄する司令官の一人として、この事件の本格的な調査に乗り出さなくてはならなくなる。

私はあなたの秘密が守れなくなってしまう。」

レザーエッジは、申し訳なさそうにうなずいた。

「ご主人様、どうか私に襲撃者に備えて見張りに立っておりますことを、お許しください。」

後ろに控えていたメイドのティアーが、レザーエッジに静かに申し出た。

「ああ、そうだな。

見落としなく見張っていてくれ。」

「御意。何かご用の際は、お呼びください。」

ティアーはレザーエッジと三人に、退室のために一礼すると、すぐに部屋を出て行った。

「メイドさん一人を見張りに立てるのは、危ないんじゃないでしょうか。」

アルは、ティアーが出て行った扉のほうに視線を向けながら、レザーエッジに尋ねた。

「ティアーくんは、かつて私の下にいた軍人なんだ。

とても頼りになる女性だから、心配はいらないよ。」

レザーエッジはアル言葉に、少し笑いながら応えた。

「へえ、あのメイドさん、元軍人さんだったのか。」

「なるほど、だからあのナイフ捌(さば)きか。頷ける話だ。」

先ほどのティアーのナイフ投げを見ているロイは、納得したように言う。

「私は、軍役時代、彼女の命を救ったことがあってね、それから彼女は私に深い恩義を感じてくれているんだ。

私が退役したときに一緒に軍を辞めて、私の身の回りの世話をするといって聞かなくてね。こんな森の中にまでついてきてくれたのだよ。

といっても、私も彼女には何度も助けられているし、今は一人で生活するのは心許ない。

彼女がいてくれて、よかったと思っている。」

ロイは少し意外なように感じた。

「そこまで思っていらっしゃるなら、ご結婚されればよかったのではないですか?

あなたは未だに独身でいらっしゃるし、前は、将来結婚をしたいようなことをよくおっしゃっていたではないですか。」

レザーエッジは、苦笑いした。

「馬鹿いっちゃいかんよ、マスタングくん。

彼女とは二十も離れとるんだよ?こんなじじいの世話、いつまでもさせるなんてできるわけがない。

彼女にもいつか、好きな人が現れるさ。」

ひととき表情を柔らかくしたレザーエッジだったが、覚悟が決まったのか、表情を硬くして、ソファーの上で座り直した。

「さて、こんな話よりも、襲撃者についてだったね。

長い話になるが、どうかつきあって欲しい。


あの襲撃者の名前は、ニール・アイアンスミス。

私の親友にして、研究協力者であり、腹心の部下であった、ジャック・アイアンスミス大尉の一人息子だ。

ジャックは、軍で剣術指南をするほどの剣の腕前と、資格は取らなかったものの、国家錬金術師になれるほどの知識をもった男だった。

そのくせ、自分の実力を自慢したりせず、部下に慕われていて。私とは唯一無二の親友だった。

実を言うと、あの合金もジャックと一緒に共同で開発したものだ。

今になっても、あの合金を再現できないというのも当然の話で、あの合金は一人だけでは錬成できない代物なのだよ。

そのために、教える錬金術師は息の合った二人にしてくれとお願いしたわけだ、マスタングくん。」

「電話で指示された時はどうしてかと思っていたのですが、そういうことだったのですね。」

「そういうことなのだ。

私は、そのジャック・アイアンスミスを、親友をこの手にかけた。」

この手にかけた、といったときのレザーエッジの表情は、深い悲しみと思い出される苦悩で、暗く沈んだものとなった。

「その仇をとりたい、というニールくんの気持ちはよくわかる。

この自分自身でないのなら、ジャックを殺した仇を討ちたいと、私も考えただろうからな。」

目を伏せたレザーエッジからは、悲しみがあふれた。

「そんなに大切に思っていた友達を、どうして。」

エドは訪ねずにはいられなかった。

「順をおって話そう。鋼の錬金術師。

かれこれ、十年ほど前の話だ。

その当時、南方では年齢を問わず、行方不明者が続出する事件が起きていた。

そのころ、南方司令部の一司令官だった私は、その事件の調査にあたることとなった。

ジャックや、ティアーくんにも協力してもらってね、捜査は大規模に行われた。

調べていくうちに、各所で起きていた誘拐時間は、強大な違法組織による犯行だというのが見えてきた。

違法組織のやつらは、誘拐した人間を使って、麻薬や、それ以上に恐ろしい実験をしていたのだ。

やがて、その違法組織が実験に使っている場所は、南方のラードスという片田舎の廃工場だというのをつかんだ。

が、その調査の途中、捜査に当たっていたジャックとその家族のニールくんが行方不明になるという事件が発生してしまったのだ。

私は、焦った。司令官としてはあるまじきことに、親友が行方不明になり、取り乱してしまったのだな。

私は、ジャックを拉致したのは、我々が追っていた組織による犯行だと考えた。

ジャックを無事に助け出すには、一分一秒を争う。廃工場へ突入するしかないと考えた。

私は廃工場の近くの丘の上で陣頭指揮をとり、部下を突入させた。

私自ら乗り込みたかったが、司令官である以上、部下を効率よく動かすためには少し離れている必要があったのだ。

部下たちは実によく動いてくれて、廃工場内を速やかに制圧することができた。

が、行方不明者だったものたちは、ことごとく実験に使われていて、工場から救出できたのは、ジャックとニールくんだけだった。

だが、私は、すなおに喜んでしまったよ。

どうにか作戦が間に合って、ジャックとその息子が実験に使われる前に救出することができたのだと思ったのだ・・・。

が、本当はそうではなかった。

ジャックは、救出されたとき、誘拐された時のそのままの姿だった。

汚れてはいたが青い軍服を着ていて、部下たちにねぎらいの言葉をかけたそうだ。

私は、その報告を受けて胸をなで下ろした。と、同時に心配が怒りに変わってな。うかつにも捕まってくれた親友に、一発何か言ってやろうと考えた。

部下たちを廃工場の調査に向かわせ、救出されたジャックとその息子を丘に来させた。

それが間違いだった。

ジャックは、私の姿を見た瞬間、豹変した。

剣を振り上げ、私を切りつけてきたのだ。その目は尋常ではなかった。私を見るその血走った目は、瞳孔が細く、は虫類の目をしていた。

ジャックはキメラにされていたのだ。見た目には、全く人間のまま。

人間を装い軍に侵入し、司令官を襲うよう命令されていたのだろう。

私は驚きと衝撃のあまり、愚(おろ)かにも立ち尽くし、彼の持ち前の剣術を右肩に受けて、腕を失った。

私の記憶はそこから、激痛と失血のせいでおぼろになっている。

結果的に見て、私は彼と戦ったのだろう。はっきりした記憶はないのだが。

私は、闇雲に地面から無数の刃を錬成し、ジャックの胸を貫いた・・・らしい。その瞬間の記憶は、ありがたくも私にはない。

父親の豹変を唖然と見ていた、息子の前で私は・・・。

私がはっきり思い出せるのは、真っ赤にそまった視界の中で、彼の息子がジャックに手を伸ばそうとしていたその手を、叩いてとどめたことだ。

十歩譲っても、あの廃工場は褒められた設備をしていなかった。

その中で改造錬成されたジャックの血液が、何かに汚染されている可能性はゼロではなかった。だから、私はニールくんにジャックを触らせるわけにはいかなかった。

彼は、ニールくんは、私のことを敵だと認識した。当たり前だな、目の前で唯一の肉親を殺されたのだから。

次の瞬間、ニールくんは私に向かって叫び声をあげながら襲いかかってきた。

私は、彼さえも、人体実験され、キメラになったのだと思った。

手加減をしている余裕などなかった。私はジャックを殺したときと同じように、地面から刃を錬成し、彼を切りつけた。

私の錬成した刃は、彼の右半身を縦に切りつけた。彼が叫びながら、血を吹き出して崩れ落ちるのを見た・・・。

私は、そこでまた意識を失ってしまったようだ。

次に気がついたとき、私は部下たちにかこまれ、応急処置を受けているところだった。

辺り一面、丘が剣山のようになっていてな。

部下の生け垣の向こう、その中のひときわ鋭く大きな一本に、ジャックが突き刺さっていたのを覚えている。

体を刃に預けて、ジャックは空中でぐったりとうなだれていた。

胸から背中まで貫通した刃が、真っ赤に染まっていたよ・・・。」

レザーエッジは、腕を失った右肩の袖の結び目を握りしめた。

「私が腕を失ったのは、決して、ジャックの意識的な悪意のせいではなかった。

だが、状況証拠だけでは、ジャックの墓に、上司を襲った裏切り者という汚名を刻みかねなかった。

だから、私は部下たちに協力してもらい、私のけがは、廃工場内でのキメラとの戦闘のためであるとし、ジャックは発見したときにはすでに死亡していたと報告した。

まあ、実際に手配してくれたのは、ティアーくんだったがな。

私はてっきり、アイアンスミス親子を殺してしまったとばかり思っていたのだ。

まさか息子が生きているとは。おもってもみなかった。」

ロイは、その話を聞き終わって、うなった。

「なるほど、よくわかりました。

そのときニールくんは、そこまで致命傷を受けていなかったのでしょう。深手をおって、どうにかその場を離れた。

どうやって生き残ったのかは謎ですが・・、失血死しなかった彼は、あなたの行方を捜して今日、とうとう復讐を遂げるチャンスを得た訳ですね。」

「念願は果たせなかったがね。

だが、彼はまた私を狙いに来るだろう。

それこそ、・・・・私を殺すまで何度でも。

彼は小さい頃から、ジャックの教えを受けて剣術に長けていた。

この十年、私を殺すために腕をみがいたのだろう。

先ほどの動きからするとな。

しかも、それに加えて、父親の技術も継いだようだ。」

レザーエッジは、暗い顔でいったのだった。


続く
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