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万雷の白虎

第35話

「ぐ・・・・・・・・・はぁ・・・・・・。」

ロイはようやくがれきの中から這い出し、少し開けたところにたどり着くと、痛みをはき出すようなため息をついた。

「はぁ、はぁ、はぁ、くそ、油断した。」

あたりは墨を流したような暗闇でまったく視界がきかず、爆発の直撃で聴覚も自信がない。

なにより、少し体を動かすたびに、体のそこかしこが悲鳴を上げ、口の中は砂と血の味がいり混ざっていた。

ロイはずるずると地面を這い、壁らしき場所にもたれた。

頭や腹のあたりから、ぬるりという感触がする。

どれほどかはわからなかったが、少なからず出血している様だ。

「う、ぐ、はぁ、はぁ・・・。

一刻を争うというときにっ!」

ロイは悔しげにうめく。

あの時、ロイは無線機でエドと言葉を交わしながら、地下通路を部下と一緒にできるだけ早く進んでいた。

もちろん歴戦の軍人であるロイは、通路に対大人数用のトラップがないかどうかを重々に警戒していた。

が、通路の終わりが見え、エドに怪我人がいるといわれ、エドたちに伝えるべき情報が懐にあったとき、ロイの警戒は焦りに負けてしまった。

「それが、このていたらくか・・・。」

一緒に進んできた部下たちの無事は、今のロイにはまったくわからなかった。

無事かも知れないし、自分以外全滅かもしれない。

ロイは悔しげに拳を握ると、両足を踏ん張って立ち上がった。

血圧が一気に下がった気がしたが、今は倒れてはいられない。

今は、一刻も早く、前に進むしかない。

ロイは発火布をはめた指を鳴らし、一瞬だけ火を空中に出現させた。

ロイの背後には崩れた天井、それと、自分が這い出した時につけた血痕、前方には、無事だったらしい出口の扉が、かすんだロイの視界でもはっきり見えた。

火は一瞬しか空間を照らさなかったが、今のロイにはそれで十分だった。

「うぉあああああああああああ!」

ロイは気合いとともに一気に通路を駆け抜け、扉を両手で押し開く。

やはりそこも暗闇だったが、空気が違うので地下通路を抜けたことを感じた。

ロイはその場で膝をつきそうになったが、気力で耐え、もう一度空中に炎をともす。

案の定、そこは廃ビルの中で、柱の林立、うらぶれた室内、板で乱暴にふさがれた扉や窓が見えた。

「うおおおおおおお!」

ロイは、今回出現させた空中の炎は消さなかった。

より高度な大気錬成を行い、空間に錬成光を走らせると、その光を追いかけて空中の火炎球は勢いよく宙を走る。

火炎球が向かった先は、打ち付けられてふさがれた入り口らしき扉である。

火炎球は扉を封じていたベニヤ板とガラスをぶち破り、大穴を壁に穿つ。

その先は、廃ビルの外であった。

壁に大穴を開けた火球は外に飛び出し、廃ビル上空で爆発した。

「これで、経路は確保できた。

ハボックたちが、合図に気がついてくれるといいのだが・・・。」

ロイの膝が、がくんと抜け、視界が狭まる。

意識が、暗転する・・・・。


×××××


「おっさん、おい、おっさんってば!

しっかりしてよ!

ねえ、ねえってば!」

灰ネズミは、小さな手に揺さぶられて意識を取り戻した。

見れば、そこは中庭の底で、死体の山の上であった。

灰ネズミの脇にはマーリンがおり、涙をためた目で自分を見つめている。

「う、ぐ、よう、小僧。

おいらを起こしてくれたのは、おまえさんかい?」

灰ネズミは生きているのが信じられないのか、目をぱちくりさせた。

体を起こそうとすると、虎に一撃された胸が焼けるように痛み、血が流れるのを感じた。

「うぐ!」

灰ネズミがつらそうにした姿を見て、マーリンがビクンと体を震わせた。

「あ、大丈夫か?おっさん!」

灰ネズミは、無理に体を起こそうとするのをあきらめて、もう一度死体の山の上に体を預けた。

「だ、大丈夫だ。

それより、おまえさんは兄弟と一緒にいたんじゃないのか?」

「グリフォンのこと?グリフォンならさっき起きたよ。

まだぼーっとしてるけど生きてる。

なんで、おっさんがそんなにほっとするんだよ。」

いぶかしげにマーリンに言われ、灰ネズミは苦笑いした。

「おいらは・・・・・、子供が死ぬのが大嫌いなんだよ。

それより、虎のやつにやられちまって、一人じゃたてないんだ、申し訳ないが肩を貸してくれると助かるんだがな。」

「しかたねぇな!」

マーリンは、偉そうな口調で言った。

本当は、頼りにされてうれしいのだろう。

灰ネズミはマーリンの肩を借りて、よろよろと死体の山を下りた。

入り口からビルの中に入ると、まだぼうっとしているグリフォンと合流した。

「おい!おっさん!

兄ちゃんは無事なんだろうな!

なにかあったんじゃ、ただじゃすまないからな!」

マーリンに攻め寄られ、灰ネズミは答えに窮した。

最後に見たフォートレスは血まみれだったが、エドは無事だといっていた。

今の灰ネズミは、その言葉を信じることしかできない。

言葉に詰まっていると、視界の隅をなにかまぶしいものが横切った。

「!?」

灰ネズミはとっさに双子をかばいながら床に伏せると、すぐに爆音がとどろいた。

「きゃあ!」

「うわあ!」

双子は灰ネズミの腕の中で悲鳴を上げる。

「なんだ!?

軍隊の攻撃か!?」

灰ネズミは顔に緊張を貼り付けたが、そのあと続く攻撃はない。

灰ネズミはおそるおそる顔を上げた。

「いったい、今のは何だってんだ?」

灰ネズミは、痛みも忘れて立ち上がり、なくさずに握ったままだったナイフを構えて、様子を見ながら、さきほど爆発があった方をのぞいた。

灰ネズミの後ろから、双子も怖々ついてくる。

「玄関入り口に穴あいてやがる。

いったい何だ?」

しかし、もと軍人である灰ネズミには、その穴が内側から開けられていることがわかった。

灰ネズミが首をかしげながら周りを見渡すと、その開けられた穴からぼんやりと差し込む光で、何かが倒れているのを発見した。

「誰か倒れてる!」

マーリンもそれに気がついて、そちらを指さした。

少しだけ様子を見たが、全然動かないので、三人はゆっくりと倒れているものに近づいた。

「こ、こりゃあたまげた。

新聞で見たことあるぞ、たしか、焔の錬金術師様じゃねえか!」

灰ネズミは、その倒れている人物が誰であるか気がついて、そっと肩を揺り動かした。

「焔の錬金術師の旦那、こんなところでどうしたんですかい?

あの金髪の小僧を探しに来たんですかい?」

灰ネズミがロイの体を触ると、灰ネズミの手のひらは、自分の血ではないもので、ねっとりと汚れた。

「!

焔の旦那、どっかやられてんのか!?

おい、しっかりしろ、死んじまうぞ!」

灰ネズミはロイを少し強めに揺り動かした。

「う、ぐ・・・。」

ロイがかすかに呻いた。

灰ネズミはロイの軍服のスカートを外して自分のナイフで裂くと、手探りながらロイの傷口を縛った。

「暗闇での訓練しといてよかったぜ。

杵柄様々だ。」

出血しているところを手当し終えたころ、ロイがやっと意識を取り戻した。

「う!」

「焔の旦那、目が覚めましたかい?」

ロイは体を起こそうとして、天井が回っていることに気がついた。

どうやら血が流れすぎてしまったらしい。

だが、意識はしっかりしていたし、自分が倒れる寸前に何をしようとしていたかも思い出すことができた。

「た、助けてくれたのか?」

ロイは自分をのぞき込む三人を見上げた。

暗いのでぼんやりと輪郭しか見えなかったが、そこに三人の人がいることはわかった。

「ああ、命拾いしたな旦那。

おいらは灰ネズミってしがない男、こっちの2人はグリフォンとマーリンってんだ。

虎を追っかけてきたのかい?」

ロイは、三人についての報告を聞いていたので、なぜこの三人が一緒にいて、今こうして助けられたのか合点がいかなかったが、とにかく

とにかく、人がいることがありがたい。

「申し訳ない。

助けてもらって頼める立場ではないことはわかっているのだが、頼み事がしたいのだが。」

ロイは無理に体を起こそうとして顔をしかめる。

「おいおい旦那、あんた動ける体じゃないぜ。」

ロイは灰ネズミに言われ悔しそうに顔をゆがめる。

「この建物の近くに、ボーイング製鉄跡地というところがある。

そこのコンクリートのビルの近くに軍人がたくさんいるはずだ。

そいつらのところに行って、ここの廃ビルまで案内してほしい。

地下通路が爆発して、部下が生き埋めになっているんだ。

助けてほしい。

証拠に、これを持って行って渡してくれ。」

ロイは懐から銀時計を取り出すと、灰ネズミの手に渡した。

「俺じゃ、今、早く走れねぇ。

グリフォン、マーリン、こいつはおまえらの兄ちゃんの命にも関わる大事なことだ、ひとっ走りいってこれるか!?」

灰ネズミに兄のためといわれ、グリフォンとマーリンは緊張した顔になった。

「いってくる!」

灰ネズミの手から銀時計を受け取り、双子はすぐさま外に駆けだしていった。

「これで助けがくるんだろう?

一安心だな。」

ボーイング製鉄跡地は、地上を走って行けばさほど離れていない場所にある。

しかし、灰ネズミの言葉に、ロイは頷く訳にはいかなかった。

「すまない、そうはいかない。

鋼のを知らないか?

大きな鎧と、金髪の子供の2人組を見なかったか!?」

灰ネズミは、さきほどフォートレスに応急処置を施していた少年を思い出した。

「見かけたぜ、上で虎と戦って怪我した子供と一緒にいるはずだ。」

その子供が自分の子供であるといえないもどかしさを感じながら、灰ネズミは答えた。

「すまい、そこまで、案内してほしい、ことは一刻を争う・・・。

命に関わるんだ!」

自分よりも手ひどくやられているはずのロイが、無理矢理体を起こしたのを見て、灰ネズミがいかない訳にはいかなかった。

「乗りにかかった船ってやつだな。」

灰ネズミはロイに肩を貸し、できうる限りの全速力で闇の中を進んでいった。

第36話

エドとアルは、暗い廊下でまんじりとしない時間を過ごしていた。

大けがを負ったフォートレスを一刻も早く病院に連れて行きたいところだが、頼みの綱のロイたちとの通信も途中で途切れてしまったし、虎とともに壁の向こうへ消えたダグラスも、後から飛び込んだ灰ネズミも、一向に戻ってこない。

いつ闇の中から虎が再び現れるかわかってものではないこの建物の中で、けが人を抱えて移動する気になれなかったのも正直な話である。

ナイフが刺さったまま止血してあるフォートレスからの出血はそんなに多くはない。

すぐに失血死はしないと思われた。

「兄さん、こんなところで待っているのも危険じゃない?

フォートレスも怪我してるんだし、建物を出た方がよくない?」

アルも同じことを考えていたのだろう。

エドは同じことを検討していたので、すぐに首をふった。

「大けがのフォートレスを抱えてる最中に虎に襲われたら一環の終わりだ。

ダグラス中尉も戻ってくるとしたら、まずここに戻ってこようとすると思うし、離れない方がいいんじゃないかと思うんだ。

止血はされてるから、フォートレスももう少しなら大丈夫だろう。

せめて、大佐たちともう一度連絡が取れてからの方がいいと思う。」

エドは、手の中で握りしめていた無線機をぐっと握る。

あれから何度も無線機を使おうと試みたが、まったく通信は回復しなかった

「大佐も・・・・・・・・・・・、無事でいるといいんだけど・・・・・・。」

アルがぽつりと言った言葉に、エドはギクッとした。

窓から見えたあの大陥没に巻き込まれているとしたら、ロイとて無事では済まないだろう。

だが、エドはその考えを首を振って払った。

「あの大佐だぜ?

殺しても、死なないって。」

エドの声には心配がにじんでいたが、言葉の上では強がって見せた。

その言葉で2人の会話は終了してしまい、気まずい沈黙があたりにおりる。

フォートレスの苦しそうな息づかいと、近くのろうそくが燃える音しか聞こえない。

まるで世界に2人だけ残されてしまったかのようだ。

虎がどこかでダグラスや灰ネズミと戦う音が聞こえてもいい気がしたが、防音がいいのか、それとももはや戦う必要がなくなってしまったから音がしないのか、エドにはわからない。

何かが動く気配や、物音に敏感になっていた2人の耳に、重い足取りの足音が、廊下の先の暗がりから聞こえてきた。

エドたちが上ってきた階段は反対側である。

広い建物なので、階段は一つではないのかもしれない。

エドはパッと体を起こし、音がやってくる廊下の先に向かって身構えた。

アルもその音に気がついているのだろう、エドと同じように廊下の先に気を払いながら、あまり音を立てないように立ち上がる。

「虎、かな?」

アルが、その足音の正体をつかみあぐねてエドに訪ねた。

「わかんねえな。

ただ、ずいぶん足取りが重そうだ。

誰にしても、万全な調子じゃなさそうだな。」

虎が最初に待っていた部屋の前から先には、廊下にろうそくの明かりはない。

足音はその闇の向こうから聞こえてくるので、エドたちにはその正体が全くわからなかった。

だんだんと足音は近づいてくる。

何者にしても、ほのかながら明るい方にいるので、エドたちがいることを、相手は気がついているはずである。

エドたちはいつでも錬成できるよう息を殺して、相手を伺う。

ついに、明かりが届くか届かないかのあたりまで、足音が近づいてきた。

エドとアルは腰を落とし、何者に飛びかかられても対処できるように構えた。

闇の中からろうそくの明かりの中へ入る縁に、相手の靴がぬっと現れ、そしてそこで立ち止まった。

その人物は明かりと影の狭間にたたずみ、体の凹凸を強調するように光を浴び、闇に溶け込むような陰影をつける。

しかし、エドとアルはその姿を見たとたん、緊張を緩め、腕を下ろした。

なにせ、その人物は

「ダグラス中尉!」

「無事だったのか!よかったー!」

ダグラスだったのだから。

エドは、安堵感で胸がいっぱいになった。

「よかった。

虎に襲われて姿が見えなくなってから、どうしたかと思って心配していたんだ。

虎はどうしたんだ?

逃げちまったのか?」

はーっと緊張のあまり詰めていた息を吐き出して、エドは肩の力を抜く。

だが、エドの問いかけにダグラスは答えない。

「よく、ご無事で!

心配していたんですよ!」

アルもうれしそうに言った。

エドとアルは、ダグラスの姿を見て安堵のため息をついたが、ダグラスの方はやはり何も言わない。

闇の縁から動かないダグラスに、2人はだんだんといぶかしげな顔になる。

「ど、どうしたんだ?

ダグラス中尉?」

エドが一歩踏み出しながら訪ねる。

だが、いってしまってからエドは思い出した。

ダグラスはこのビルに来る前に虎に腹を刺されたのだし、さっきまで虎と相対していたのだから、エドたちと合流できた安堵感から動けなくなってもおかしくないのだ。

「そうだ、アル、ダグラス中尉に肩を貸してやれよ。

俺はフォートレスを運ぶ。

申し訳ないけど、ハルトにはもう少し待ってもらう。

ダグラス中尉と合流できたんだ、どこに虎がいるかもわからないし、すぐにいこう。」

2人はダグラスが動けないのなら手を貸そうと、ダグラスに近づく。

もともと迫力のあるダグラスが、闇の中から佇んでいると、まるで伝承に出てくる地獄の鬼である。

エドたちが近づいても、ダグラスは動かないし、何もしゃべらない。

「ダグラス中尉」

エドが、ダグラスに声をかけながら、手を伸ばす。

その時であった。

「鋼のーっ!」

廊下の向こうから、知っている人物が聞き慣れない声で叫んだ。

エドが驚いて振り返ると、廊下の先から、ロイがなぜか灰ネズミに担がれながら血相を変えて叫んでいた。

「大佐!無事だったのか!」

エドが少なからず嬉しそうにいったとき、ロイがまた叫んだ。

「鋼の!アルフォンス君!

ダグラス中尉から、離れろ!!!」

「は?」

ロイが何故そんなことを叫ぶのかわからなかった。

何かが動いたような気がして、ダグラスの方を振り返る。

すると、エドの真上にダグラスの鉄の腕があって、いままさに、エドの頭に振り下ろされるところであった。



第37話

エドは、真上から振り下ろされた凶器に、ぞっと背筋を凍らせた。

だが、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた体は、主人の思考が停止しても稼働していた。

筋肉を動かし、生きるために動いた。

「う、わ!」

エドが飛びすさった瞬間、先ほどまで己の体が存在していた場所に、ダグラスの拳が振り下ろされた。

どんっと、建物が揺れたかと思うぐらいのものすごい音とともに振り下ろされた拳は、床にくっきりと跡をつけるほどの威力であった。

「だ、ダグラス中尉!?」

隣のアルが、驚いてたじろいだ。

ダグラスの体が、ゆっくりと、そして殺気を孕みながら、ようやく影の空間から光の下へと身を晒す。

しかし、光があれば、より濃い影が生まれるのも道理、影が差す横顔の中でダグラスの目だけがギラリと輝く。

「くそ、させるかっ!」

ロイはとっさに発火布で火花を起こし、空間に火花を走らせた。

火花はダグラスの肩の付近で爆発し、熱と衝撃を生む。

「鋼の、アルフォンス!後退しろ!やられるぞ!」

エドとアルは、訳がわからなかったが、とにかく、ダグラスがロイの焔であぶられている隙に後ろに下がる。

「うへえ、なんなんだ!?

ダグラスの旦那がご乱心だ!」

心底恐ろしそうに灰ネズミがたじろぐ。

ロイはそんな灰ネズミに、ぼそっと言う。

「ここまでありがとう、すまなかった。

死にたくなければ、そこの負傷者を連れて、一刻も早くここから離れろ。」

ロイはふらつく足で体をささえ、灰ネズミから腕をのけた。

「し、しかし、焔の旦那!」

たしかにここから離れたいのも事実だが、ここまで連れてきたフラフラの軍人を見放していくのも気が引ける。

「い、いいから、すぐにいけ!

死にたいのか!」

ロイの剣幕に灰ネズミはすくみ上がり、急いで傍らに倒れているフォートレスを担ぎ、来た道をとって返して走って行った。

エドとアルがロイのところにまで後退してきた。

そこで初めて、ロイがけが人であることに2人は気がついた。

「た、大佐、その怪我!」

「私のことは、かまうな。

そ、それよりも、今は生き残ることを考えろ、油断すれば、死ぬぞ。」

ロイの目は、2人ではなく、煙にまみれた廊下の先、ダグラスを睨んでいた。

もうもうと立ち上る煙の壁を裂くように、鋼の拳がうなりを上げる。

ダグラスは、ロイの火炎を肩に浴びたはずだが、何事もなかったかのように2本の足で立っていた。

軍服が焦げているので、直撃したのは間違いないと思われるのだが。

「だ、ダグラス中尉。」

まだ状況が飲み込めていないエドが、対処に困る。

いったい、何だというのだ。

「これは、これは。

お三方がそろうとは・・・。

痛み入る。」

その声は低く、深く、重圧で堂々としていて、迫力があり、それは遠くから駆け抜ける雷鳴のようでもあった。

ダグラスの声であり、そして、違うものの声だった。

純粋な殺気をはらんだ声に、エドはビクッと震えた。

「まんまと、だまされたよ。

デイラー・ダグラス中尉。」

ロイが、はったりの余裕を見せながら言う。

すると、ダグラスは肩をすくめた。

「だます、などと。

ワシは何もだまそうなどとはしておりません。

そちらが、気がつかなかった、それだけでしょう。」

ダグラスは、にやりと影の中で笑う。

それこそまさに猛獣の笑みである。

「た、大佐、どういうことだよ。

説明しろよ!」

エドの本心からの叫びに答え、ロイはうめくように、苦々しく言い放つ。

「鋼の、我々が出発する寸前、国立生体研究所から、回答が届いた。

たった紙一枚だったが、細かな字で、びっしりと真実が書かれていたよ。」

そう言いながら、ロイは胸を触った。

折りたたまれた手紙は、その懐の中に入っている。

「ダグラス中尉は、あの研究所の事件の時、あの研究所にいたのだ。」

ロイが眉間にしわを寄せ、目を細める。

傷も痛むが、裏切られた心も痛い。

「あの事件を起こしたのは、虎と名乗っていた男じゃなかった。

目の前の男、ダグラス中尉だったんだよ。」

突拍子もない話に、エドが抗議の声を上げるよりも早く、ロイは目の前のダグラスに指を突きつけた。

「鋼の、改めて紹介しよう。

彼こそが、目の前にいるデイラー・ダグラスが、本物の虎、錬金術殺しのエキスパート、殺し屋の万雷の白虎だ。

そして、今回のターゲットは我々だ。

そうなんだろう?

ダグラス。答えてもらおうか!」

ロイの告発に、一拍おいて、ダグラスは吠えるように爆笑した。

その笑い方は、初めて会ったときの笑い方とそっくりだったが、人間の笑いではなく、鬼の笑いだった。

「そ、そんなこと嘘だ!

ダグラス中尉が、本物の虎!?

馬鹿も嘘も休み休みいえってんだ、そんないい加減なこと、信じられない!」

「嘘ですよね、そんなの!

だって、僕たち今までずっと一緒にいたんですよ?

錬金術師殺しのプロなら、僕たちは死んでいるはずですよ!」

慌てるエドとアルを見て、ロイの表情も曇る。

「ご名答、ご名答ですよ、マスタング大佐。

その通り。

よく調べられましたな。」

だが、肩をふるわせながら笑い、ダグラスは意外とあっさり認めた。

「そんな!」

エドとアルは本当に裏切られたと知り、愕然とする。

ダグラスが違うといえば、いくらでも弁護するつもりだったが、本人が認めてしまっては、どうすることもできない。

「だって、俺たちをかばって怪我したり、虎を追い詰めたりしたんだぜ?

なんで、そうなるんだよ。

俺たちを守ってくれたダグラス中尉が、なんで俺たちを殺そうとしてるなんていえるんだ!!」

エドは、悔しくて叫んでしまった。

なにが悔しいのか、自分でもよくわからない。

「いろいろと・・・・、事情があるのですよ。

鋼の錬金術師。

最初は、ワシはあなた方を殺す算段などなかった。

ワシはただの虎を追う、西から来た軍人でありました。

依頼があったのは、お会いしてからです。

それから貴方はワシの獲物になった。

それだけなのです。」

ダグラスは言って、拳を構えた。

「先ほどはマスタング大佐のおかげで命拾いしましたが、今度はそうはいきませぬぞ。

このダグラス、いや・・・・、万雷の白虎、参る!」

ダグラスが吠え、鋼鉄の拳を固めて突撃してきた。

エドは廊下に手をつき、ダグラスとエドたち三人の間に壁を何枚も錬成する。

「やめてくれ、ダグラス中尉!

なにかの間違いだろう!?

俺は中尉と戦う気なんかない!」

エドは困惑したままの顔で、ダグラスに向かって叫んだ。

ダグラスは迫り来る壁の群れに衝突する寸前、驚異的な跳躍力でその巨体を空中に躍らせた。

「とんだ!?」

ロイがふらつく足で身構えながら叫んだ。

まさか、もともと廊下をふさげるような巨体が、高く跳躍するとは思わなかったのだろう。

ダグラスは壁の突起に足をかけて、勢いをつけながら方向を変えた。

その一瞬後には、エドたちの目の前に、ダグラスの巨体が重い音を立てながら着地していた。

「くらえ!」

ロイは生き残るためならば何者にも容赦はしない。

目の前にダグラスが振ってきた瞬間、火炎球をその場所に発生させた。

「ぬ!」

ダグラスは蛇のように絡みついて襲いかかる焔によって、一瞬にして飲み込まれた。

間近で生まれた火球に、エドの肌もじりじりと焼けるようだ。

「鋼のはともかく、私は裏切った部下に甘いつもりはないぞ、ダグラス!

そのまま骨の芯まで、燃やし尽くしてやる!」

ロイがエドとアルの前に出るように立ちふさがる。

そのとき、エドは見た。

ロイの軍服の背中は一面の血染めであり、足下には、ひたひたと血のしずくがひっきりなしに滴っているのを。

「た、大佐・・・!」

エドはぞっとして、ロイを呼んだが、振り返らせることはできなかった。

「ぐははははははははは、さすが、焔の錬金術師。

ですが、その爆風を受けた体で、どこまで持ちこたえられるか!」

焔の中でダグラスが笑う。

確かに、エドが見ても、いつ気を失って倒れてしまっても不思議ではないほど、ロイは傷ついていた。

ロイは気力で立っているのだ。

「爆風って・・・、あの外の陥没は!」

エドは窓から見たあの大きく深い陥没の様子を思い出してぞっとした。

やはり、あの下にロイたちはいたのだ。

「あれは、鋼の錬金術師殿たちとここに来るまでの間に、地下通路に仕掛けたワシのトラップによるもの。

後から来るであろう、マスタング大佐とその部下たちを、一網打尽にするために仕掛けた、遠隔操作のできる小さな爆弾によるもの。

ワシのことをしんがりにしたのは失敗でしたな、鋼の錬金術師。」

ダグラスが、一気に両腕で炎を押しのけて振り払う。

炎が裂け、中からダグラスが余裕の表情で現れた。

炎によって焼けたのか、軍服の上着は跡形もなくなっていた。

鋼の腕の全容と、たくましい筋肉をもった肉体が、三人の眼前にさらされた。

オートメイルは生身の腕の筋肉のように機能的であり、盾にも剣にもなれる、凶器そのものであった。

割れた腹筋の横には、虎にナイフで刺された後が残っていたが、その傷口からはもう血は流れていない。

だが、問題はその肉体のたくましさだけではなかった。

体には、たくましい体を包む白い体毛がしなやかに生えそろい、その毛には隈取りのような黒い縞がある。

迷彩の効果をもつという、虎の縞にそっくりであった。

ろうそくの明かりの下に見ていれば、顔立ちも、どこか野性的な色をにじませている。

「虎・・・・、白虎!」

「そんな、本当に!」

エドとアルは、ダグラスの体を見て、ついに否定しきれなくなってしまった。

エドとアルの驚きように、ダグラスは少しだけ顔を陰らせた。

「これでおわかりでしょう。

ワシは人間ではない。

国立生体研究所の、裏の実験で作られたキメラ、万雷の白虎であると。」

ダグラスは虎の咆哮を上げると、ロイに襲いかかった。

「!」

ロイはとっさに回避することができず、肩から胸にかけてざっくりと切り裂かれた。

ダグラスのオートメイルには、虎の爪のような隠しナイフが仕込まれていたらしい。

「あぐ、・・・・・!」

ロイは衝撃で後ろにのけぞり、呼吸の代わりに血を吐いた。

「大佐ーっ!!」

エドは目の前の出来事が信じられなくて、倒れいく男を呼んだ。

ダグラスはさらに踏み込んで、ロイの体をさらに切りつけた。

「ぐぁあ!」

脇腹からの出血がさらに増え、ついにロイは悲鳴を上げた。

「ははは、焔の大佐といえど、人の子よ。

いつかは死ぬものだ。

この虎の爪に狙われたのが不運と嘆くがいい。」

ロイの体が仰向けに床の上に倒れた。

それからぴくりとも動かず、力なく垂れた体から、どろりとした血液が広く絨毯に広がった。

「ダグラス中尉!てめえ!」

エドがオートメイルを刃に変えてダグラスに向けた。

ダグラスは、倒れたロイの方からゆっくりとエドとアルの方に体の向きを変えた。

「目の前で最愛の上司が死んで動転しましたか?鋼の錬金術師。」

ダグラスが、一緒に行動していたときには、みじんも見せなかった残忍な笑みを浮かべた。

「弔い合戦でもしようと?

ふふふ、存じておりますよ、鋼の錬金術師。

あなたは、一度仲間だと思った人間を、本気で攻撃することができない。

だが、あなた方が助かる方法は、ただ一つ。

ワシを殺すことです。

ワシを殺せぬとわかっていながら、逃げるのではなく、戦うのですかな?」

エドは確かに、今でも躊躇い(ためらい)があった。

だが、今はやらなければならない時だ。

「アル!

大佐を連れて逃げろ!

俺がダグラス中尉の相手をする。」

それを聞いたアルが、体を振るわせた。

「そんなこと、できるわけない!

そんなことをしたら、兄さんが殺されてしまうじゃないか!」

エドは慎重にダグラスの動きに注意を払いながら言う。

「今、すぐに大佐を助ければ、助かるかもしれない。

それに、ダグラス中尉は国家錬金術師である俺の方を重点的に狙ってくる。

おまえなら、逃げられるかもしれない。」

アルが倒れているロイと、事切れているハルトをチラッと見た。

「でも!」

「行け!それで、一刻も早く、東の部隊をここまで案内してきてくれ!

それが、俺が生き残れる道だ!」

エドはダグラスとロイを分け隔てるような壁を錬成した。

また、アルと自分を分けるような壁も。

エドとダグラス側、アルとロイ側で、廊下は完全に分かれる。

「兄さん!」

「行け!アル!頼んだ!」

壁の向こうから、エドが叫ぶ。

アルは無粋な壁をぶち抜いて兄の加勢に入ろうかと一瞬思ったが、それはグッと耐えなければならなかった。

「うわああああああああああああああああああああああああ!」

アルは重傷人のロイを抱きかかえ、窓をたたき割って、そこから死体の山めがけて飛び降りた。

第38話

「やってくれましたな、鋼の錬金術師。」

ダグラスは、新設された分厚い壁に触れて少し残念そうにいう。

「ああ、やってやったぜ。

これでもう大佐とアルには、手が出せない。」

エドは背中に流れるいやな汗を感じながら、無理矢理顔に笑みを浮かべた。

「そうですな。

ここで鋼の錬金術師をほっぽって2人を追わないと、今すぐ襲うことはできませんな。

ですが、あなたは余計に危険になった。

勇者ではない、それは愚者のおこないです。

自分も壁の向こうに隠れてしまえばよかったものを。」

「ダグラス中尉の強さはたっぷり見てるからな。

目の前に獲物をおいておかないと、壁をぶち抜いてすごい勢いで追ってくる、そうしたら、けが人を抱えて状態では逃げられない。

そう思っただけだ。」

エドの言葉を聞いて、一瞬きょとんとしたダグラスは、その後すぐに、くっくとのどを鳴らして笑った。

「なるほど、なるほど。

この局面で冷静な判断をしたものですな。

侮れないとは思っておりましたが、注意が足らずに侮っていたようです。

しかし、危険を冒してまでここに残ったのは、その冷静な判断のみではないのでは?

このワシの体に、興味を抱いたのでは?」

エドは、内心図星をつかれてぎくりとした。

「ふふふふ、錬金術師のその好奇心に満ちた・・・・、醜悪なまなざし。

研究所で四六時中向けられておりましたよ。

反吐がでる!

やはり、あなたも同じだ、いや、どんな錬金術師も、同じ。

所詮、ワシの牙にかかる獲物でしかない!」

エドは一度ゴクリとつばを飲んだが、背筋を伸ばして居直り、ダグラスを見た。

「そうだ。

錬金術師は好奇心の塊。

この世の理(ことわり)を暴き出さずにはいられない生き物だからな。

だから、俺は真実を知りたいんだ、ダグラス中尉。

その体のこともそうだが、ダグラス中尉が何者で、なんでこんなことになったのか。

俺は知りたい。

どうせ、一番狙うのが難しかっただろう大佐は、今さっき退場した。

大佐がいなけりゃ、東の軍も容易には踏み込めない。

俺に事の次第を教えるくらいの時間はあるはずだろう、ダグラス中尉。

それに、時間を稼いだところで、たぶん、軍は間に合わない。

そうだろ?」

エドは必死に歯の根がならないように気を払いながら言った。

「なるほどその剛胆ぶり、西に届いていた噂は、あながち尾ひれがついていなかったようですな。

ふふふ、なるほど、ワシにそういった話を聞いてくる輩は初めて。

そして、きっとこれからもおりますまい。」

ダグラスは、おもしろそうに笑っている。

エドは、さらに問う。

「それに・・・・・・・・・・。

それに、俺は聞きたい。

なんで、なんでダグラス中尉が、泣いているのかを。」

エドにいわれ、ダグラスは眉をひそめ、はっとして窓ガラスに顔を写した。

ダグラスの野性味あふれたその顔には、たしかに目から流れ出たしずくが伝っていた。

「なんで、泣いてるんだ。

人を殺すことは、・・・・日常茶飯事なんだろう、あんたには。

なんで、泣いてるんだよダグラス中尉。」

ダグラスは、移った顔をじっと見ていたが、ふっと笑ってエドを見た。

その表情は、今の今まで自分をなぶり殺そうとしていた万雷の白虎ではなく、ここ何日かで見慣れた、ダグラスの顔であった。

「さすが、鋼の錬金術師だ。

・・・わかった。冥途の土産に、説明してやることにしよう。

だが、ワシが、何故泣いているのかは・・・、現場を見てもらった方が早かろう。

襲いはせん、ついてきてもらおうか。」

ダグラスは先ほど出てきた廊下の闇の向こうにエドを案内した。

ろうそくの燭台を一台手の持ち進むと、案の定、そう離れていないところに、別の階段があった。

エドは前を歩くダグラスの大きな、そして人間ではないその背中を眺めながら、背を向けられている今なら逃げるられるかもしれないと一瞬思った。

だが、明かりは自分が持っている。

変な行動をすれば、すぐにばれてしまうのは、間違いない。

一階分下に降り、ダグラスはさらに闇の中にエドを案内した。

「ここの部屋の中を、見るがいい。」

エドはガラスの割れた廊下の窓の前にある、崩れた入り口から中をのぞいた。

そこは、虎にダグラスが襲われて、床を抜いた部屋の下の部屋であり、エドは知らなかったが、灰ネズミが虎をおそった部屋でもあった。

その部屋には、今、一体の死体が横たわっていた。

「!あ、あれは・・・・。」

頭部が粉砕されたその死体の服装に、エドは見覚えがあった。

「と、虎?

俺たちがずっと追いかけていた。」

ダグラスが、エドの横でうなずいた。

「ご名答、あれは、灰ネズミとともに行動していた、ワシたちが追いかけていた虎です。

ワシが殺しました。」

淡々といったダグラスの台詞には身震いを禁じ得ないが、エドはそれでも引っかかりを覚えた。

「ダグラス中尉が、本当の虎だというのなら、おかしいじゃないか。

あの虎は錬金術師じゃなかった。

『虎』は錬金術師殺し専門の殺し屋なんだろう?」

ダグラスは、すぐにはエドの問いかけには答えず、部屋の中の死体を眺めていた。

見ると、その頬に、再び一筋の涙が流れていくのをエドはみとめる。

だが、きっとその涙はダグラスに気がつかれないで流れているに違いない。

「今日ばかりは、特別です。

虎は、あの虎は、ワシの・・・・・・息子、なのですから。

我が子の始末をつけるのは、親の役目でしょう?」





×××××





傷ついたロイを抱え、無事に一階の死体の山の上に着地したアルは、とにもかくにも外に出ようと、ビルの玄関を目指した。

ロイが先に開けていた穴をくぐり、外に逃れ出る。

すぐそこのは陥没した地面が広がり、その下には知り合いたちが埋まっていると思うと気持ちがぐらついたが、腕の中の虫の息のロイを見ると、心を鬼にしてその場を離れた。

「大佐、死んじゃだめです。

死んじゃだめですからね!」

アルはとにかく広い道路に出るために、昼間通った路地を走った。

アルが足を前に一歩出すごとに、ロイの軍服からは血が滴る。

月明かりによく目をこらすと、自分が進む路上に、先にしたたった血痕が点々と落ちていた。

きっと、灰ネズミがかかえたフォートレスから流れた血なのだろう。

アルが必死になって広い通りに出ると、とたんにアルに投光器の光が差し掛けられた。

「うわ、まぶしい!」

アルがその光にひるむ。

明かりの向こうに目をこらすと、そこには見慣れた軍服がぼんやりと見えた。

投光器は車の屋根に設置されているらしかった。

「アル!無事だったのか!」

駆けてきたのはロイの部下、ハボックだった。

走ってきたハボックは、アルの腕の中のロイを見て、さっと青くなった。

「た、大佐!!!」

「ハボック少尉!助けてください!お願いです!

マスタング大佐も、兄さんも、大佐と一緒に地下に入った人たちも、早くしないと、みんな死んでしまう!!」

ハボックは真っ青だった顔を一気に怒りに染め、衛生兵にロイを至急病院に運ぶように指示を出した。

「くそ、どうなってんだ、さっきっから、ひどい状態の話しかはいってきやしねえ!

いくぞ、てめえらぁ!」




×××××


虎の死体の隣の部屋にあった、なにやら悪趣味で豪華な応接室のようなところで、エドはダグラスと真向かって椅子に座っていた。

「自分を殺そうっていう殺し屋と、どうどうと真向かうってのも、変な感じだな。」

それをきいたダグラスも、不気味に笑う。

「そうですな。

自分の正体をあかしておいて、こう真向かうのは珍しいですな。

本当におもしろい方だ、そして、度胸がある。

鋼の錬金術師、貴方に敬意をはらい、これからワシが話すことは、すべて真実と保証します。

ワシも、自分の過去に嘘をつく気はない。

そちらの方が、虫酸が走る。」

机の上には、先ほどエドが持ってきた燭台が置かれ、2人とその周りを、申し訳程度に照らしていた。

「こういった話をするのは始めてですからな。少々手こずるかもしれませぬ。

その場合は、ご容赦を。」

エドは肩をすくめただけで答えた。

容赦してもらうのは、どちらかというとエドの方だ。

「さて、では、始めましょうか。

すべての真実を、聞かせて差し上げますかな。」




つづく
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