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万雷の白虎

第26話


東方司令部は、エドからの一報を受けて大慌てで出動の準備を整えていた。

「鋼のがよこしたという伝言が、ストレートに私のところにきていれば、こんなに慌てることもなかったし、視察はサボれるし、功績は挙げられるしで万々歳だったのだがっ!

ハボック、三番部隊の出動準備はととのったか?!」

ロイは自分も出動するため、大急ぎで準備を整えている最中だった。

「はい、いつでも出られます!

車のほうも、準備できてます!」

ハボックは、懐の拳銃の弾を確認しながら答える。

ロイはその答えにうなずき、Goサインを出すために立ち上がった。

だが、そこに青い顔で小走りに近づいてきたリザのせいで、その言葉はお預けになってしまった。

「大佐!お忙しいところ申し訳ありません。

至急お伝えすべきと判断し、お持ちいたしました。」

リザが、ロイに差し出したのは、たった一枚の紙だった。

リザが差し出したそれをロイは受け取り、さっとすばやく目を通した。

そしてギクッとした表情になると、リザを見た。

「これは、本当か!?」

「はい、電信で間違いなく国立生体研究所から届いたものです。

内容自体の真偽は把握しかねますが、信憑性は何よりも高いかと。

いかがいたしましょう、これが本当なら、エドワード君たちは・・・・。」

ロイは通信機のところに待機しているフュリーに小走りで近づく。

「フュリー、鋼のに連絡をとってくれ。

ことは命に関わる!」

ロイの切羽詰まった様子に、ただ事ではないと感じたフュリーは、すぐさまエドの持つ無線機にアクセスにかかる。

しかし・・・。

「だめです。

建物の中なのか、無線が通じません。

もしや、先に踏み込んでしまったのでは・・・」

ロイは、すぐに身を翻すと、懐に紙をねじ込んで、より殺気をともなった声で部下に号令した。

「時は一刻をあらそう!

出動せよ!

ホークアイ中尉、君もきたまえ!」

リザは愛用のライフルを真剣な表情で持ち上げた。

「了解!」




×××××



秘密の地下通路は、地上の廊下に比べたらたしかに狭かったが、意外にもきちんと整えられた通路であった。

ちゃんと天井には電線が通っているのか、おしゃれな電気ランプのあかりで通路の中が見えたし、床には真っ赤なカーペットが途切れることなく敷かれていた。

ゴミや埃のたぐいはほとんどなく、上の建物に比べたら別世界である。

「なんだか、いきなり豪華な作りになったな。」

きょろきょろと通路の様子を見ながら、エドはびっくりしたようにいった。

「ダグラス中尉、大丈夫ですか?」

アルが、心配そうに一番後ろからくるダグラスを振り向いた。

ダグラスは多少遅れながらも、しっかりした足取りであとについてきていた。

「申し訳ありませんな。

ワシのことは、お気になさらず。」

ダグラスの軍服を伝って落ちる赤いしずくが、点々と赤いカーペット上にも落ちている。

「ダグラス中尉、無理するなよ。」

ダグラスは、にっと笑顔を返す。

「心配ご無用ですとも、鋼の錬金術師。

ほれ、この通り!」

ダグラスは元気であることを示すように、勢いよく腕を曲げて見せた。

「あ、あででででっ!」

案の定、苦痛に顔をゆがめて、よろめいてしまったが。

「いわんこっちゃない!」

エドが支えようとするが、狭い通路なのでアルの向こう側にいるダグラスに手が届かない。

ダグラスは、腹部のナイフに手を当てながら、痛みをやり過ごす。

「はははは、ご心配かけまいとしたのですが。」

「余計に心配だよ。

ゆっくりでいいから、本当に無理しないで。」

エドに強めにいわれ、ダグラスは頭をかいた。

そして小さな声で、笑うのだ。

「鋼の錬金術師は、本当にお優しい。」




知らない道を初めて通る時というのは、非常に長く感じるものだが、単純な長さでもこの地下通路は距離があった。

何度か曲がり角もあったので、どっちに向かってきたのかエドはわからなくなってしまった。

やっと地下通路の終わりが見えた時、虎がフォートレスを殺すと言った十五分ぎりぎりの時間がかかっていた。

エドは全速力で走ってドアを開け、また埃っぽいにおいをかぎながら、力の限りに叫ぶ。

「虎ああああああああああああああああ!

来てやったぞ!どこだああああああああ!」

ずいぶん広そうな建物だったが、その建物全体に聞こえるよう、エドは吠えた。

とりあえず、到着したことを伝えてはみたが、自分の指もわからない墨を流したかのような闇である。

すぐ隣で虎が構えていてもわからないに違いない。

エドは油断なく、なにか小さな物音でも聞き漏らさないように、耳をそばだてた。

だが、叫んだことに対する虎の返事は、待てど暮らせど聞こえない。

やがて追いついてきたのだろう、アルとダグラスも上がってきた。

室内が真っ暗なことに気がついたダグラスが、持ってきていた先ほどのたいまつにもう一度火をつけて、あたりを照らした。

見える限りの近くに虎はいない。

「やつめ、どこにいったのか。」

ダグラスが、あたりを探るように目を走らせる。

アルが近くの壁に近づいて、板で乱暴にふさがれた窓に触った。

「あんまり暗いと思ったら、板で窓がふさがれてるんだね。

ここがどこだかわからないようにしているのかな。」

ダグラスは頷く。

「そうかもしれません。

ここが虎のアジトであれば、我々に場所を特定されたくないですからな。

とにかく、時間がありません。

先に進みましょう。」

ダグラスの持つたいまつの明かりを頼りに、エドたちは真っ暗な建物の中を進む。

迷わせる迷路になっている訳ではないので、間取りは単純だった。

「つぶれた貸しビル、といったところでしょうか。

そんなに複雑な間取りにはなってませんな。」

床面積は相当ひろいようだが、ほとんど壁らしい壁もなく、太い柱が何本も等間隔に並んでいるだけで、めぼしいものはほとんどない。

強いていえば、なんだが気持ちの悪いにおいがする。

エドたちが階段を見つけたのとほとんど同時に、その階段の真向かいに中庭に面した大きな窓を見つけた。

たいまつの明かりは限られているのでよくわからないが、建物の中心を貫く吹き抜けになっている中庭に、なにか大きなものがある陰があった。

「なんだ?」

エドが疑問を感じた声を発したので、ダグラスがたいまつをそちらの方に傾けた。

窓ガラスを通して、中庭にたいまつの明かりが差す。

「う、うわぁぁぁぁああ!!」

たいまつの明かりで照らされたものを見て、悲鳴を上げたのはグリフォンだった。

中庭には、死体の山があった。

人の背丈ほどの山になっているその死体たちは、みな身なりはいいものの、どうも人相がごろつきや悪者といった風体のものばかりである。

無残に体を切り刻まれていたり、打たれていたりしていて、どれもこれも血まみれであった。

「う、なんなんだ、こりゃ・・・。」

エドやアルでさえ、後ずさりするほどの惨状である。

ダグラスだけが、その山を見据えて歯ぎしりした。

「なるほど、我々を虎と勘違いして襲ってきた、あの組織の本丸でしょう。

同じマークをつけているものがいます。

虎に、殺されてしまったのですな。」

組織のボスらしい、一番身なりのいい男の手の甲には、虎に襲われた印の×が描かれていた。

「見ろよ、上の階の窓。

内側の窓はどの階もふさがれていないらしい。

明かりが見える。

虎はそこだ!」

エドが中庭ごしに見える窓を指さした。

たしかに、淡いながら明かりが見える。

下から数えると、どうやら四階のフロアらしい。

「あそこに、にいちゃんが・・・・。

兄ちゃん!」

叫んだグリフォンが、アルの手を振り払って階段を駆け上がっていく!

「しまった!アル!グリフォンくんを追うぞ!

虎に襲われちまう!」




第27話

2階から上の階は、まるで違う建物のように豪華で少し悪趣味な内装になっていた。

駆け上がる階段にはカーペットが敷かれ、天井には明かりのはいっていないシャンデリアがずらりと並んでいた。

ところどころに、なんだかわからないが高級そうな柱時計や、金ぴかの置物、芸術過ぎてよくわからない名画が飾られている。

雰囲気作りのインテリアなのか、それとも実用的な道具かはわからなかったが、飾られている三つ首の燭台が等間隔に通路を照らし、虎までの道を照らし出していた。

さきほど階下から見えた明かりは、これの一つであろう。

カーペットの上を、乱暴に走るグリフォンと、その後を追いかけるエドとアル。

ダグラスは素早く動くことができないため、よろよろと後を追いかけた。

廊下は中庭に面しており、ぐるっと中庭の吹き抜けを囲うような作りになっている。

グリフォンは、等間隔にともるろうそくの明かりに導かれ、一枚の扉にたどり着き、様子をろくに見ないまま、その扉を勢いよく開け放った。

「にいちゃんを返せ、この人殺し!」

その部屋は、この建物の中でもっとも立派な部屋だった。

ボスが来客人を出迎える応接室で、ふかふかの絨毯と、飾りの暖炉、豪勢なシャンデリアと、ブランドもののシックな椅子、磨き上げられた丸テーブルの上には、廊下に並んでいたのと同じ、三つ首の燭台の炎が揺れている。

出入り口の正面にある一際豪華な椅子に、灰色のスーツを身につけた虎が、足を組んで待っていた。

その足下にフォートレスがぐったりと倒れている。

暗さと雰囲気で、フォートレスが生きているのかどうかはわからなかった。

「なんだ?

一等着目は、ガキなのか。

ダグラスの旦那は来ないのか?」

虎はややつまらなさそうに言い、グリフォンを興味がなさそうに眺めた。

「兄ちゃんを返せっていってるんだ、この人殺し!」

目にいっぱいに涙をためて、グリフォンは叫ぶ。

虎は、すっと目を細めた。

「うるさいガキだ。」

虎はため息交じりにいうと、立ち上がって足下に倒れていたフォートレスの体を持ち上げた。

胸ぐらをつかみあげられても、フォートレスは無抵抗だ。

「ダグラスの旦那が来ないんじゃ、このガキはもう用済みだ。

そんなに返してほしけりゃあ・・・。」

虎が、立ちすくむグリフォンに向かってフォートレスの体を振り上げる。

「こんな粗大ゴミ、くれてやるよ!」

虎が、思い切りフォートレスの体をグリフォンの方へ投げ飛ばす!



×××××


「あ~・・・、虎の旦那はどこいっちまったんだ?」

夜の闇のなか、灰ネズミはよろよろと路地裏をさまよっていた。

今日は、虎が仕事に行っている間に、灰ネズミが食料調達にいくという役割だったのだが、待てども待てども虎はアジトに帰らず、しかたなく探しに出たのである。

きょろきょろとあたりを見渡しても、虎らしき人物は見当たらない。

日陰者であるため、虎も灰ネズミも行く場所は限られている。

思い当たる場所を何軒か回った後、今日の仕事先であるはずのビルに向かった。

一応、一緒に行かない時は、仕事先の住所を虎は教えていた。

虎ほどの人物が返り討ちにあうことはまず考えられなかったが、負傷したときなど、手がないと困る時があるかもしれないという、虎なりの保険だった。

「この時間だと、ぜったい仕事は終わってると思うんだけど・・・。」

心底、人が虐殺されている現場など行きたくない。

だが、いかなかった後のことを考えても身震いが止まらなくなる。

灰ネズミの足取りは非常に重たかったが、それでも目的地の廃ビルに到着してしまった。

「ここ、だよな。

うへええ、お化けでも出てきそうだぜ。」

あたりを見渡して入り口らしきところが見当たらなかったので、灰ネズミは持ち前の身軽さでフェンスをあっという間によじ登った。

ネズミ、というあだ名は、伊達ではない。

「とりあえず、廃ビルの中、入ってみるか。」

灰ネズミは、大きな廃ビルの周りをぐるっと一周し、子供も入れなさそうな狭い板の割れ目を見つけた。

そこから中をのぞいて鉢合わせになる見張りなどがいないことを確認し、ふところから仕事道具を取り出した。

そのほとんどが専門の道具ではなく、髪留めのピンやら、釘やら、鉄片やらを自分で改造した手作りの仕事道具だったが、それゆえに、制作者である灰ネズミの折り紙付きである。

灰ネズミは、板の割れ目を調べて、板を止めている金具を、自分の愛用品をちょいちょいといじった。

そうしていると、さほど時間をかけないうちに板は簡単に外れてしまい、簡単に窓をくぐることができた。

「こういうことは、得意なんだけどな。」

自慢にならないことをつぶやくと、灰ネズミはするりと建物の中に入り込んだ。

思った以上に中が真っ暗なので驚いたが、そこは裏を生業にしているものとして闇にはなれている。

自分が開けた窓からそそぐ町明かりと月明かりで、灰ネズミの目にはものを確認する程度のものは見えた。

「うーん、おんぼろの建物にしか見えねえが、こんなところに虎の旦那の仕事相手なんかいるのかねえ?」

灰ネズミはひたひたと建物の中を歩いた。

探す、といっても、壁もろくにないような建物で、探せる場所も限られている。

灰ネズミはまっすぐに進み、中庭の窓にぶつかった。

「あいてて、ここ、ガラスだったか。」

灰ネズミがぶつけたおでこをなでながら、冷たいガラスをなでた。

その先にあるのは中庭で、なにやら大きな山ができている。

「ん~?」

灰ネズミが目をこらすと、それは死体の山であることに気がついた。

「うひゃあああ!し、死体ぃ~」

悲鳴を上げるほど仰天した灰ネズミだが、長年鍛えられた目はほかものも、めざとく見つけていた。

死体の男たちの身なりは大変整っていて、ネックレスや宝石のついた指輪なども身につけていたのである。

灰ネズミは、ごくりとのどを鳴らした。

実は灰ネズミ、今、人生で一番現金がほしい。

その糸口が目の前にある。

黙って見ていられるほど、きれいな良心は残っていなかった。

「おいらも因果な商売だねえ。」

灰ネズミは、ため息をつくと中庭に降りるため、窓ガラスのドアを探し当てて、鍵を開けた。

少々怖いが、虎の仕業にしてみると、よっぽど上品な殺しだ。

灰ネズミはそろそろと男たちの死体に手を伸ばし、その指から大きな指輪やネックレスをはぎ取った。

「仏さんには申し訳ないが、どうせ人には言えないような金で買ったんだろうから、奪われても仕方がないと思っておくれよな。」

灰ネズミは戦利品を懐に入れた。

山の目のつくところが物色し終わると、灰ネズミは再び虎を探しに行こうと、死体の山から飛び降りた。

そのとたんであった。




第28話

虎が投げたフォートレスは、無抵抗のまま立っていたグリフォンにぶちあたった。

「うわあああああ!」

グリフォンが悲鳴を上げて、後ろにフォートレスもろとも吹っ飛ばされる。

「グリフォン!フォートレス!」

後を追いかけてきたエドが、必死で腕を伸ばしたが間に合わず、2人の体は中庭に面した窓ガラスをぶち破った。

すさまじい音と、ガラス片が、中庭の方に向かってはじける。

「きゃああああああああああああああああああ!」

グリフォンが上げた悲鳴が耳を突く!

「グリフォン!フォートレス!

くそう!」

エドは間に合わなかったことを悔やみながら、部屋の中にいる虎の方を向いた。

「虎あああああ!貴様、なんてことしてやがる!」

怒るエドとアルを見ても、虎は表情をあまり動かさない。

「なんだよ。

さっきのナイフでダグラスの旦那、くたばっちまったのか?

なら、もっと楽しんでおけばよかったな。

あの人は、もっと強いと思ってたのに。」

虎がため息をつきながらいったので、エドは目をつり上げた。

「何が楽しむだ!

人の命を、何だとおもってんだ!

人間をおもちゃにするのも、大概にしろよ虎ぁ!」

虎は、エドの言葉を聞いていない訳ではない。

「なるほど?

その言葉、そっくりそのまま人間のあいつらに聞かせたかったぜ。」

悪魔のような笑みを浮かべ、ろうそくの明かりの中で虎は笑う。

「俺は、な。

ガキんちょさんよ。

それは俺にもいえることか?

俺の命もそんな風に扱ってもらえる権利があったというのかぁっはっは?

一番最初に俺の命を切り刻んでもてあそんだの人間の方なんだぜ、ガキ。

そのまんまお返ししてるだけだ。何が悪い?

俺は虎だ。人間じゃねえ。

だから、人間のほーりつも、人間のチツジョも、俺には関係ねーな。

それでも説教たれるというのか?

てめえが、全身切り刻まれて、薬打たれて、狂って、身もだえて、生きて、死んで、自分が自分じゃなくなってから、同じことがいえるんだったぁ、聞いてやるよ。

それくらいやられたことがないやつが、知った口をきくなよ、ガキが。」

虎の目が、よりいっそうの殺気を帯びた。

「くはかかかかかかかか、俺は捕まるわけにいかない。

虎になるんからな。俺は、俺は俺はかははははは!」

意味が通らない台詞を吐いた虎の目から、殺気を超えた狂気があふれる。

そして、それと平行して、理性が消えていく。

「くはははははははははははははははははぁ!」

ばき、ばきっと鈍い音がして、虎の体が異様な姿に変化する。

腕は、先ほど床を打ち砕いた時のように太く隆起し、目はまさに獣の瞳孔となった。

鋭い犬歯は野獣を思わせ、分厚い筋肉が服を押し上げて、細身だった体がよりしなやかに動く。

「俺は、俺は、おれは、何だ?何だ?何だ?

一つ、一つ、一つだけ、いえることは、俺は、人間じゃない、ない、それだけさああああ!

人を、引き裂いて、食らうためにう、う生まれた、俺は・・・・・・・・人間じゃ、ないんだよ」

獣人、とでも言い表した方が適切な姿となった虎が、その体躯にものをいわせて、一気に廊下に立つエドまで跳躍してきた。

「くそ!」

エドはとっさに横に逃げて、虎の一撃から逃れる。

虎はそのまま窓ガラスを破って落下するかと思いきや、細い窓ガラスのフレームに足をかけて体の向きを変えると、エドの進行方向をふさぐように体をまわして着地した。

「ぎえ!」

エドが偶然さしこんだ月明かりで見えた虎の姿に悲鳴を上げた。

「ぐるるるるる、貴様の肉を喰わせてもらおうかああああ!」

完全に、かすかに残っていた人の理性さえ捨てたらしい。

虎は、床を蹴ってエドに突進する。

「させない!」

エドの後ろからアルの声がしたと思うと、エドと虎の間にげんこつが錬成され、虎の体を迎え撃った。

「!」

虎は腹に錬成された拳を受け、反動で後ろに吹き飛ばされた。

「やったか!?」

エドはアルの隣まで後退して、アルに手応えを訪ねる。

「確かに当たったけど、後ろにジャンプして衝撃を緩和したみたい。

手強いよ、兄さん、気をつけて!」

アルがいうが早いか、錬成されたげんこつが崩れさった。

その陰から飛び出した虎が、壁を蹴って跳躍し、2人に襲いかかる。

「うわ!きた!」

虎は、鋼の鎧のアルよりも、エドの方が攻めやすいと判断したのだろう。

エドの腹めがけて、鋭く伸びた爪を振り下ろす!

「は は は はぁ! 死ねっ! 」

「させる、くぁぁ!」



がぎゅん!



金属が削れる鋭い音。

ダグラスがエドと虎の間にオートメイルを差し入れ、襲いかかった爪を受け止める!

「ダグラスの」

虎が、己の一撃を受け止めた人物を呼ぶ。

「旦那!」

その顔はおもちゃを見つけた子供のように無邪気に、かつ、刃のように残忍に笑う。

虎はよりいっそうの力を込めてダグラスを押した。

「ぐおおお!」

ダグラスは足を踏ん張って、虎の一撃を受け止め続ける。

しかし、力が入っているぶん、腹に刺さったナイフからの出血が増え、ダグラスの軍服は今まで以上の面積を、あっという間に汚した。

床にしたたるしずくも量を増し、足下にたまりを作る。

「ヒーローは一番おいしいところを持ってくって?

ダグラスの旦那!

ずいぶんとまだ余裕があるみたいじゃないか?」

虎は容赦なく異様な長さになった爪でダグラスのオートメイルを傷つける。

「ぬ、ぬかせ、このど阿呆めがっ!」

ダグラスは押し返そうと体に力を入れるが、その分、出血となるマイナス分がダグラスの体力を急激に削った。

「アル!」

「うん!」

ダグラスが虎を受け止めいる間に回り込んだエドとアルが、虎の横の壁から太い柱を何本も錬成し、加勢する。

「ぐあぁ!」

ダグラスとのつばぜり合いを楽しんでいた虎は、出現した柱に打たれ、後ろにはね飛ばされた。

圧力がなくなり、体制を立て直そうとするダグラスの足下が、不安げによろめく。

「た、助かりました、鋼の錬金術師・・。」

「それはこっちの台詞だ、ダグラス中尉!

なんか、虎がいきなり人間やめたんだけど、ありゃなんだ?」

エドが慎重に虎の様子をうかがいながらダグラスに尋ねる。

「・・・説明すると長いですからな。それは後で・・・。」

ダグラスが息をきらせながら言う。

「はくははははは、それはひどいな、ダグラスの旦那。

あんただったら知ってるんだろう?

俺、俺、が、何者、なのかを。」

虎は倒れた体をゆっくりと起き上がらせて、にやにやと笑う。

「俺がぁ、国立のぉぉぉ、生体研究所でぇぇぇ人体実験にぃ、使われたぁ、はははははは、ただの検体だってなあぁぁ!」


第29話

「お、おい!ガキども!

生きてるか?おい、おいよう!」

灰ネズミの目の前で、ガラスとともに中庭に落ちてきたフォートレスとグリフォンは、うまく死体の山に落ちた。

だが、2人とも気を失っており、灰ネズミがいくら呼びかけても意識を取り戻さない。

「しっかりしろって!

おいら、子供が死ぬのはいやなんだよ!

おい!しっかりしてくれって!」

灰ネズミは、フォートレスの肩をつかんで、強く揺すった。

2、三回、必死に揺すると、ようやくフォートレスが意識を取り戻した。

「う、ううう、ここは、ええと?」

虎はフォートレスを約束どおり殺していなかった。

混乱してぼうっとしているフォートレスは、よく回っていない頭であたりを見渡す。

「おお、よかった!

死んじゃいなかったんだな!」

灰ネズミは心底安心したようにいった。

あまり得意ではないが、緊張が解けてはっかけの顔で笑顔も浮かべる。

フォートレスは、頭痛でもするのか、頭をさする。

「い、いててて、あの、そうだ、虎ってやつを追いかけてて・・・、

途中で見つかって、捕まって・・・、どうしたんだっけ。

覚えてねえや。」

「うへえ、虎の旦那に捕まって生きてたなんて、おまえさん、運がいいなあ。」

灰ネズミは、感嘆の声を上げた。

虎が殺せる獲物を生かしておくなんて、灰ネズミが知る限り一度としてない。

その珍しさといったら、天文学的な数字であろう。

フォートレスが足下をちらっと見て、自分がどこにいるのか気がついた。

「うわ!!

し、死体の山!?気持ち悪!」

灰ネズミはフォートレスが慌てて落ちないように、体を支えてやった。

「落ち着けよ、せっかく拾った命だ、こんなところから転げ落ちてなくしてどうする。

おまえさん、あすこの窓からガラスを割って、こいつと一緒に、おいらの目の前に落ちてきたんだ。

覚えてないか?」

いわれたフォートレスが灰ネズミに指さされた窓を見上げたが、よくわからなかった。

「それよりも、一緒に落ちてきたって!?

そいつは、無事なのか!?」

フォートレスが振り向くと、自分の脇にはグリフォンが気を失っていた。

「とりあえず、けがはないようだが、まだ気を取り戻さないんだ。」

フォートレスは心配そうな顔になって、やさしくグリフォンを抱き上げた。

「とりあえず、気がついたときに死体のうえじゃあ気持ちが悪いだろう。

おっさん、悪いけどどこか寝かせられるような場所を知らないかな。」

灰ネズミは困ったような顔になった。

「それが、ここは廃ビルでなぁ、あいにく寝かせられるようなところなんて・・・。」

「そうかぁ・・。」

フォートレスは残念そうにいったが、とりあえず死体の山から下りることにした。

気持ちの悪い感触を感じながら、抱き上げたグリフォンを落とさないように慎重に降りる。

その途中、どたどたと何者かが走ってくる気配がした。

「!なんだ!?」

「うへえ、追っ手か?

とりあえず、隠れろ、ガキ!」

灰ネズミはフォートレスを死体の山の陰に隠して、自分もその脇で、足音がする方に注意を払いながらしゃがみ込んだ。

フォートレスが死体の山の脇からその足音の方を見ると、暗闇を割って現れたのは・・・。

「ハルト!」

そう、窓ガラスごしに見えたのは、必死の形相で走ってきた、孤児仲間のハルトだった。

思わず立ち上がってその名前を呼んだが、ハルトは気がつかないでそのまま階段を上っていってしまう。

だが、その声に気がついたものはほかにいた。

ハルトの後から走ってきたらしいマーリンだった。

マーリンは、窓ガラス越しに見つけた兄に心底驚いた顔をした。

「兄ちゃん!

無事だったの!?」

フォートレスは灰ネズミを押しのけてビルに入り、マーリンに駆け寄った。

「よかった、マーリンが無事で!」

マーリンは、フォートレスがかかえたグリフォンを見てたじろいだ。

「兄ちゃん、グリフォンは!?」

フォートレスは安心させるように笑う。

「大丈夫だ、安心しろ。

ちょっと気を失ってるだけだ。

それよりも、なんでハルトが?」

「だって、虎ってやつはテルの敵だよ!

だから、東方司令部まで、呼びに行ってきたんだ!」

フォートレスは、なるほど、と納得した。

そしてグリフォンをマーリンに預ける。

「このままハルトを行かせたら危ない!

俺が言って止めてくる。

おまえはグリフォンの面倒を見ていてくれ、できるな?」

真剣な兄のまなざしに、マーリンは頷いた。

「わかった。

兄ちゃん、もう、捕まらないでね!」

「あたぼうよ。

じゃあ、グリフォンのこと、頼んだぜ!」

フォートレスはマーリンにグリフォンを任せ、ハルトの後を追って階段を駆け上がっていった。

「また虎の旦那のところに戻るなんて、正気の沙汰じゃねえや。」

死体の山の反対側から、様子を見ていた灰ネズミがやれやれと肩をすくめる。

そのとき、何か目の脇をかすめた気がして、灰ネズミはそちらを振り向いた。

そこには死体の山があるばかりだが、一瞬、灰ネズミには光るものが見えた気がしたのだ。

割れたガラスの破片と、金目のものの光方の違いが、裏の人間ほどよくわかる。

灰ネズミは取り残しでもあったかと死体の山の上を慎重に探った。

すると、あった。

先ほどフォートレスが倒れていたところあたりに、ペンダントのようなものが落ちている。

「あの小僧がそんなしゃれたものを持っている訳がない。

落ちてきた勢いで、下のものが掘り出されたか?」

灰ネズミはしめしめと笑う。

その瞬間、頭の上で激しい錬成光がきらめいた。

エドとアルがダグラスを助けるために柱を錬成したときの光だった。

激しい光は中庭を昼間のように照らし、中庭にたっていた灰ネズミもまた、はっきりと照らし出された。

そしてまた、手の中に握られていたものも、灰ネズミの目にはっきりと見えた。

「!!!!!?????」

そのときの灰ネズミの驚き様は、尋常ではなかった。

次の瞬間には中庭を飛び出して、今の光は何事かと上を見上げているマーリンに駆け寄った。

「おい!

小僧!この、この首飾りは、おまえの兄貴のものか!?」

いきなり問い詰められてマーリンはびっくりしたが、兄の首飾りといわれてすぐにピンときた。

「か、返せよ!

それはお母ちゃんの形見だ!」

マーリンはそう叫び、目の前の灰ネズミが持っていた首飾りをひったくった。

「売らせるもんか!

これだけは、ぜったいに!」

必死に首飾りを守ろうとするマーリンを、灰ネズミはその汚れた手で一瞬なでてやった。

「・・・・・・うりゃしねえよ。

心配すんな。」

灰ネズミは暗い階段を見上げた。

ハルトが登り、フォートレスが上り、そしてその先に虎がいるであろう階段を。

「小僧、ここから動いちゃならねえぞ。

ぜったい兄貴が帰ってくるまでな。」

マーリンはあっかんべをした。

「へん!おまえみたいな薄汚いおっさんにいわれなくても、ここにいるもん!」

灰ネズミは、ちょっと振り返ってにやっと笑った。

「上等!

あばよ、小僧。」

灰ネズミは疾風のように階段を駆け上がった。

いままでこの足の速さ、脱兎のごとくに逃げることにしか使わなかったが、今回ばかりは目的のある疾駆だった。

その目は、灰ネズミが生きてきた一生の中で、もっとも真剣であった。

×××××

そのころ、ようやく半壊したコンクリートの建物にロイたちが踏み込んでいた。

「建物は半壊、床には血の跡、状況は芳しくないな。

フュリー、無線はまだ通じないのか!?」

無線機をいじっているフュリーは申し訳なさそうだ。

「すみません!

ノイズが多くて、まったく通じません。

やはり、建物の中のようです。

しかし、この建物内にいないことは確かです。」

ロイは苦い顔をした。

「まったく、あのトラブルメーカーめ!」

不機嫌なロイに、リザが近づく。

「大佐、受付の後ろに隠し通路が。

血痕はその中に続いているもようです。」

ロイは一抹の不安をぬぐえなかったが、ここは進むしかない。

「わかった。だが、狭い通路に何があるかわからん。

ホークアイ中尉の隊は私と一緒に。

ハボックの隊は、この建物を包囲しろ。

なかから現れたものは問答無用で捕縛せよ!」

ロイは部下に指示を出すと、すぐに秘密通路の入り口に向き合った。

「いくぞ!

ついてこい!」


つづく
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