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万雷の白虎

第21話

チンピラたちを近くを巡回していた軍人にまかせ、エドたちは少し遅めの昼食と、連絡がなにか入っていないかを確認するため、一度ホテルに戻ってきた。

「フロントには、特に言づてはありませんでしたな。」

ダグラスが少し残念そうに、エドとアルに報告してくれた。

エドたちはホテルに併設されているレストランの席で、食事をとりながら今までの出来事を相談した。

しかし、話し合いはいつも、国立生体研究所でなにがあったか、という問題で止まってしまい、いくら話しても先に進む気配が見えなかった。

「午後は、最後の目星をつけたところにいってみるか。

大佐から情報をもらわないと、この堂々巡りは抜け出せそうにないからな。」

エドが、ソーセージをかみしめながらフォークをピコピコと動かした。

「それでいうと、ダグラス中尉が目星をつけた三カ所の、一カ所目は虎に襲われた人物、二カ所目は虎に狙われている組織がいて、両方虎に関係するものがあったんだから、

ダグラス中尉の考察力はさすがだよな。」

エドにいわれ、ダグラスは少し照れたように頭をかいた。

「いやいや、ワシなど、大したことはありませぬよ。

それに、被害者を捜そうとしている訳ではないのですから。

元々の目的の虎の居場所は結局わからずじまいですからな。

三カ所目になにか居場所につながる手掛かりがあるとよいのですが。」

しかし、そればかりはいってみるしかない。

三人は食事を済ませると、そうそうに準備を整えて、三カ所目の目星をつけた場所に出立した。

三人が向かった場所は、表の通りから脇道に入った先の、どん詰まりの廃ビルであった。

面白がって入ろうとする向こう見ずや、宿無しの浮浪者が中に入らないように、周りはぐるりとさび付いた鉄格子フェンスで囲まれている。

路地から見上げてみると、窓ガラスは破け、そこからうかがえる天井は、べろりとめくれてとれてしまっている。

風化が著しく、だいぶ長い間ほったらかしになっているようであった。

「ううん、お化けビルってかんじだな。

こりゃあなんか不気味だ。」

アルはきょろきょろとあたりを見渡す。

「確かに雰囲気はたっぷりだけど、中に入った形跡がないよ兄さん。」

たしかに鉄格子やフェンスは、さび付いてはいすものの、ちゃんと役目は果たしており、どこも破れたたり、壊れたりはしていないようだった。

エドも改めて見渡してみるが、確かに最近人が出入りしたような跡はない。

「しかし、この前の粗大ゴミ置き場のように、一見したところほかに入り口がないように見えるところでも、秘密の抜け道があるかもしれません。

建物の裏手側も調べてみましょう。

こちら側からは見えない通路があるかもしれませんから。

三人は、廃ビルの裏側に回り込むため、一度表の通りまで出て、より細い路地に入った。

道、というよりも、建物の谷間のようである。

その道は先に行ってより狭くなっており、ダグラスとアルは完全に通れない。

「弱りましたな。

これではワシとアルフォンスくんは進めません。」

ダグラスは斜めに狭まる両脇の壁を恨めしそうににらんだ。

「なら、通れそうな俺が見てくるよ。

秘密の通路があるんだったら、そっちから入ってくればいい。」

エドがいうと、ダグラスは賛成しかねたが、入れないのでは仕方がない。

ダグラスとアルは引き返し、細い通路の先には、エド一人で進むことになった。

エドは体を横にして、壁に体をこすりつけるように先を目指した。

一番狭くなっていたのは、ものの十メートルほどしかなかった。

エドは開けた場所にでて、目指してきた廃ビルを探す。

少し開けたところに面した壁が廃ビルの裏側の塀だった。

ちなみにその先は行き止まりである。

人の背丈以上のコンクリートの壁が廃ビルの敷地を守っている。

やはりこの細い道からも入り込んだ不審者の形跡は発見できない。

エドは少し考えてから、廃ビルの塀を触った。

何の変哲もない、冷たいコンクリートの手触りだ。

「あとで直しておけば、文句は言われねえだろ。」

エドはニヤッと笑ってから、両手を合わせ、コンクリートの塀を錬成してしまった。

激しい錬成光が消えると、変哲もなかった壁に、荘厳な門扉が現れていた。

さすがエド、というような、大変装飾的でゴテゴテした門扉である。

エドは錬成した門扉に両手をついて、ぐっと押し開けた。

「お邪魔しますよっと。」

錬成したばかりの扉は、たいへん動きもスムーズで、いやな音一つたてることなく内側に向かって開いた。

門扉を開けてみると、そこは廃ビルの狭い庭であった。

回り込むとと、先ほどの鉄格子とフェンスで囲われている入り口に出る。

ダグラスとアルはまだこちら側に回り込んできておらず、フェンスの向こう側には、誰もいない。

エドは門扉の扉を閉め、改めて廃ビルを見上げた。

「うーん、昼間なのに不気味な建物だな。」

エドはビルをぐるっと回り、様子をうかがった。

裏口、玄関、窓はあったが、すべてベニヤ板や板でふさがれており、ちょっとやそっとでは中には入れそうにない。

錬成すれば入れるだろうが、虎へつながる痕跡がなければ入る必要がない。

二階の窓によじ登ることができれば、破れた窓から侵入できそうだが・・。

「入るのが目的じゃないからな~」

きょろきょろと見渡してみても、庭には何者かが出歩いたような跡は見つからない。

「ダグラス中尉の予想も、さすがに三カ所ぜんぶうまくいくなんてないか。」

知らぬ間に少なくない期待をしてしまっていたことに気がつき、エドは苦笑した。

「こういう捜査の場合、外れることの方が多いんだよな。」

頭をかきつつ、自分を慰めるようにつぶやく。

そうこうしているうちに、ぐるっと表を回ってきたアルとダグラスが、フェンスの向こう側に戻ってきた。

「兄さん、どう?

中の様子は。」

アルが金網越しに尋ねると、エドは肩をすくめて首を振った。

「いや、ここ最近、この敷地の中に入り込んだ痕跡は全然見つからない。

足跡一つ残ってないよ。

今回は外れだったらしい。」

そう言うと、アルもダグラスも残念そうに肩を落とした。

「申し訳ありません。

ワシの予想が大外れしてしまったようで。

怪しいと思ったのですが。」

ダグラスが申し訳なさそうにエドに謝ると、エドはしょうがないという顔で笑った。

「予想のうち、二カ所も怪しいところを当てる方がすごいんだよ。

こういう調査で外れはよくあることさ。

じゃあ、俺、表の方に出るから、二人ともそっちで合流でいいか?」

「うん、わかった。

兄さん、ちゃんとあったとおりに壁を戻しとかないとだめだからね。」

エドはすぐ派手なデザインに変えたがるのを知っているアルは、エドが扉を錬成して壁に戻すことを見越して釘を刺した。

「そ、そんなことしねーって。

じゃ、また後でな。」


     ×××××


本当のところ、ダグラスの予想は外れではなかった。

むしろ、大当たり、といってもいいぐらいだったのである。

エドたちが周りを調べて、侵入した形跡がなかったこの建物。

実は秘密の入り口が、あったのだ。

もともとこの建物は、地上げ屋が無理矢理回収した土地を、裏組織が買い上げて建てたものだった。

なので、逃走経路として秘密の地下通路がほかの建物まで伸びていて、正面玄関や勝手口が完璧にふさがれた今でも、そこからの出入りは可能なのであった。

周りをふさいでいるので外から覗かれる心配もなく、ここはとある組織の裏の取引のためによく使われていた。

一階と二階は用心のため荒れ放題の廃墟であったが、三階から最上階はまでは、外側に面した窓はふさがれてはいるが、取引相手が納得できるだけの内装になっている。

また、ビルの中心は吹き抜けになっており、そちら側の窓はふさがれていなかったので、真っ暗という訳ではなかった。

四階にある、ひときわ豪華な部屋の中、豪華な革張りの椅子に座って、血だらけの手で葉巻を吹かし、高級な酒瓶から、そのままラッパ飲みをしている男がいた。

虎である。

「行ったか。」

三本ろうそくが立てられる燭台の明かりの中で、虎は紫煙を長く吐いた。

ちなみにこの葉巻。正規のものではなく、裏取引によってしか手に入らない、持っているだけで逮捕される葉を巻いたものである。

まあ、その強い幻覚作用も、中毒性も、虎にとっては効果はかすかでしかない。

部屋の中には、虎がはき出す煙の香りよりも、そこらに転がった死体から立ち上る汚れた血のにおいのほうが鼻をつく。

虎の周りは例によって死体の山ができていた。

「しかし、ここの裏組織、話に聞いていたより兵隊が少なかったなぁ。」

虎は、この組織のトップの男の死体を蹴飛ばした。

完全に事切れている男は、文句一ついわない。

虎はこの組織の兵隊たちが、てんで見当外れの場所で罠を張っていたことを知らない。

なにせ、虎が通りがかる前に、エドたちが倒してしまったのだから。

「しかし、ダグラスの旦那も、いい線ついてくるようになったな。」

虎はかすかに愉快そうに笑い、先ほど蹴飛ばした男の後頭部で、葉巻をもみ消してから立ち上がり、ビルの中心を貫く吹き抜けに面した窓を開けた。

そして、手当たり次第、開けた窓から殺した男たちの亡骸を投げ捨てた。

中庭には、あっという間に死体の山が出来上がる。

殺して回った死体を全て投げ捨て、ほかに誰もいなくなった部屋で、虎は今まで着ていた、血で汚れきった服を脱ぎ、勝手にシャワールームを使って、立派なクローゼットの中から、気に入ったものを適当に選び出して、身につけた。

「さて、帰るとするか。」

久しぶりにきちんとした身だしなみになった虎は、燭台を持って地下の通路に降りていく。

虎が立ち去ってしまうと、風が吹き込む窓だけが、建物の中で唯一、時間が動き続ける場所となった。





第22話

エドたちは仕方なくホテルに戻ってきた。

受付にはまだ伝言はなく、また、今日は視察の日なので迂闊に司令部に近づく気もせず、歩きづめだった三人は、部屋で一息つくことにした。

「今日は一日歩いたなー。」

エドは、窓から夕方の空を眺めながら、底がだいぶ削れた靴を錬成して直す。

それを見たダグラスが、少しうらやましそうに言う。

「錬金術師は、靴やいらずですな。

うらやましい限りですわい。」

旅から旅の根無し草であるエドとアルにとって、その行為は日常茶飯事だったため、それが一般人から見てみるとすごく便利であることをすっかり忘れていた。

エドは、直した靴を履きながらダグラスにいう。

「ダグラス中尉もたくさん歩いてるし、直そうか?

丈夫に作られてるっていったって、形がある以上痛みはするもんな。」

ダグラスは、いわれて驚き、最初は断っていたものの、ちょっと見てみた靴のすり減り具合に負けて、エドに修理を頼んだ。

そのまま錬成すると、全体が薄くなってしまうので、いらない端布を足して質量を保った。

錬成が終わる頃には、新品さながらの軍靴が一足そろっていた。

「ありがたい!

軍服は支給してもらえるのですが、靴は買い取りなのです。

ワシのような薄給者には、その出費はなかなか痛うございますので、助かりましたわい。」

靴をエドから受け取ったダグラスは、きれいになった軍靴を履いて、きちんと紐を縛った。

とんとんと足をならして具合を確かめると、満足そうに椅子に座った。

「今日は夕方だし、ここらへんで切り上げて、また明日にしようと思う。

目星をつけておいたところも回っちまったし、明日はどうしようか。」

「今日一日、東方司令部に近づいておりませんので、明日は司令部に行ってみてはいかがでしょう。

何カ所か、虎関係の事件もありましたから、それに関係して情報が入っているかもしれません。」

腕を組みながら言ったダグラスの意見を聞いて、エドはもっともだと頷いた。

「たしかにその通りだ。

やっぱダグラス中尉は頼りになるな。

じゃあ、明日はそうしよう。

そういえば、セントラルから来てるっていう、視察の連中は帰ったのかな。

それとも、明日もいるのかな。」

「そうですな、視察の長さは念入りさや、司令部の規模にもよります。

それでいうのなら、ワシが一番最初に配属されたところなど、規模が小さくて視察すら入りませんでしたからな。」

ダグラスが冗談のように言ったので、それが本気かどうかはわからなかったが、エドが思い当たる限り、東方司令部のグラマン将軍は、そんなおとがめがあるほどの違反をしているようには見えない。

とりあえず、怪しい動きをして、裏でなにか悪い取引などをしているような悪に比べれば、よっぽど視察はスムースなのではないかと思われた。

「俺も、セントラルのお偉いさんって苦手なんだよな。

あんまり顔合わせたくないから、とっととかえってくれないかな。」

エドが苦虫をかみつぶしたような顔でいった。

「セントラルのお歴々には、腹が立つこともありますからな。

ワシもあまり得意ではありません。」

苦笑いをしながら、ダグラスも言う。

二人の話を聞きながら、アルもあまり会いたくないな、という気持ちになった。

「いやな話は、終わり!

二人とも、ちょっと早いけど、混む前に食事にいかないか?」

エドが立ち上がって、二人に持ちかけた。

ダグラスもちらっと時計を見て、頷いた。

「そうですな。

ご一緒させていただきましょうか。」

「よし!そうと決まれば行こう、行こう!」

エドは赤いコートを羽織って、廊下にとっとと進む。

「まってよ、兄さん」

ダグラスとアルも、エドを追って廊下に出た。

三人が、レストランのある一階に降りてきたときである。

ホテルの受付のほうが、なにやら騒がしいようだった。

「何事でしょうか。」

ダグラスが言い、少し様子を見るために近づいて見ると、そこには汚い格好の少年が、一生懸命ホテルマンとなにやら言い合いながら掛け合っているところだった。

「君は、たしか、グリフォンくん!」

ダグラスが言うと、その騒ぎを見ていた何人かと、グリフォンとホテルマンも目線が一斉にダグラスに集まった。

「あ、フォートレスのところの、双子の弟の片割れ!

なにか情報が手に入ったのか!?」

グリフォンは、言い合っていたホテルマンにとたんに興味を失い、生け垣を割って三人の方に走り寄る。

「兄ちゃんたち!

いた!探したんだよ!」

グリフォンは、全身汗びっしょりで、確かにホテル側としては、あまり中に入れたくないような格好になっていた。

ダグラスは衣服を乱したグリフォンをみて、ただならぬ何かを感じたのだろう。

余計なことは聞かずに、すぐに真剣な顔つきになった。

「なにがあった?」

グリフォンは、ダグラスに問いただされたとたん、目から涙を流しだした。

自分をのぞき込んでいるダグラスにすがりつき、驚く三人の目の前で、叫ぶ。

「にいちゃんが!フォートレス兄ちゃんが!

虎って男に捕まったんだ!

助けて!殺されちゃう!」

第23話


エドたちは、すぐにホテルを飛び出した。

外は、夕焼けが終わり、薄暗くなり始めたころで、まさに黄昏時である。

何があったか、走りながらの道中にグリフォンが説明してくれた。

「ききこみして街をあるいてたら、偶然虎ってやつにそっくりなやつを見つけて、後をつけたんだ。

そしたら、ビルの中に入っていって、格好が変わって出てきた。

おれたち、その男で間違いないとおもった。

だって、血のにおいがぷんぷんするんだもん。

怖かったけど、後をついていって、寝床を見つけてやろうとしたんだ。

だけど、その途中で虎が急にこっちに走ってきて、兄ちゃんがおれたちに逃げろっていった。

おれ、怖くて走って逃げて、振り向いたらフォートレス兄ちゃんが、虎に捕まってたんだ。

兄ちゃんをたすけて!」

涙ながらに訴えるグリフォンに、ダグラスは頷いて見せた。

「大丈夫、ワシたちが必ず助けるからな。」

一緒に走りながら、エドはダグラスに抱き上げられているグリフォンを見上げた。

「おまえ、もう一人、マーリンっていう兄弟がいただろう。

そいつはどうしたんだ?」

グリフォンは泣きべそをかきながらも、ちゃんと答えられた。

「マーリンは、東方司令部にいった。

兄ちゃんたちがどこにいるかわからなかったし、おれたち、電話わからんないし。

それで、走って呼びにきたんだ。」

グリフォンに案内され、右に、左に曲がりながら黄昏の町を走って行くと、エドはあることに気がついた。

「午後に来た廃ビルのほうみたいだな。」

たしかにいわれてみれば、廃ビルへの行き帰りに使った道を走っていたが、やがて少しばかり道はそれ、グリフォンの案内なしではわからなくなる。

グリフォンが案内したのは、廃材置き場のような場所だった。

ぞんざいにトタンで囲われた敷地の中には、ずいぶん昔に操業を終えたような寂れた工場が建っている。

その一番奥に、少し人の出入りの気配があるコンクリートの三階建てのビルがあり、グリフォンはあそこにフォートレスが連れ込まれていったと言った。

「あそこの中から出てきたとき、服がかわってたんだよ。」

さびた車のフレームの隙間から、四人はコンクリートのビルの様子を見た。

窓という窓は埃に汚れ、コンクリートの表面には幾筋のひび割れが見て取れた。

一見したところ、人の出入りなどなさそうな建物なのだが、敷地の入り口からその建物の入り口までは雑草も生えておらず、車が一台ほど余裕で入れる道ができている。

入り口の扉には、蜘蛛の巣のたぐいもなく、人がよく歩く場所はきれいだ。

「かなり頻繁な出入りがある建物のようですな。

こんな廃墟になかに隠れるようにあるのですから、まともな場所ではありますまい。

もしかすると、虎のアジトかもしれません。

鋼の錬金術師、ここで応援を呼んではいかがでしょう。

司令部で渡されたあの無線機が役立つのでは?」

ダグラスに言われ、エドはあっと思い出した。

無線機なら受け取ったまま、コートのポケットに入っていた。

ホテルの部屋を出るとき、なにげなく上着を羽織った自分を褒めたくなる。

「そのとおりだな。

なんだかやばい場所っぽいし、虎もいるみたいだし。

あんまり使うなっていってたけど、いま使わないと使いどころがないよな。

よし、連絡してみよう。」

エドは物陰に隠れたまま、手のひらに気を回したような大きさの、無骨な無線機の電源を入れた。

「つながるといいんだけど。」

エドが司令部の方向であろう方へ無線機のアンテナを向けると、音は悪いながら、つながってくれたようだった。

{ハイ、こちら、東方司令部、通信官のフュリー曹長です。}

無線の向こうから、聞き慣れた声がして緊張が少しほぐれる。

「フュリー曹長、鋼の錬金術師エドワード・エルリックだ。

大佐はいる?」

エドが訪ねると、すぐにロイにつながった。

[鋼の、マスタングだ。どうした?]

「そっちにも連絡が行ってるんだろう?

子供が一人虎に連れ去られて、今、虎のアジトかもしれない場所にいる。

早く応援に来てくれ。」

てっきりエドはマーリンによって情報がいってると思ったのだが、ロイは知らなかったようだ。

驚いたように立ち上がった音が、後ろでかすかにした。

[なに!?それは本当か!?

こちらには連絡がきていないぞ!]

「でも、東方司令部にも、マーリンって子供が情報を伝えにいったはずだぜ。」

エドの言葉に、ロイはかすかに怒った声になった。

「ち、番兵がただの子供と思って追い返したかもしれんな。

わかった、とにかく、応援に向かう!

無線機はいつでも連絡が取れるようにしておいてくれ、そこの現在地は?]

ロイに問われて、エドがうっと詰まった。

イーストシティの住所など気にしたことがない。

エドが困っていると、エドの手からダグラスが無線機を取り上げた。

「もしもし、ダグラスです。

今の現在地は、イースト7788ー69付近、ボーイング製鉄跡地のコンクリートのビルの前です。

そのコンクリートのビルの中に、虎と捕まった子供がいると思われます。」

すらすらと住所をいったダグラスを、エドは驚きながら見上げた。

[わかった、よろしい。

我々が到着するまで、様子をみろ。

ただし、子供の命を最優先とする。

虎の攻め方は鋼のよりもダグラス中尉の方が詳しいだろう。

鋼のとアルフォンスくんを頼む。]

受話器ごしに、ダグラスはうなずく。

「かしこまりました!」

ダグラスは無線機をエド返す。

「よく、ここの住所を知っていましたね。」

アルが感心したようにいうと、ダグラスは照れたように頭をかいた。

「いえいえ、なんのことはないことでして、実はここの入り口に昔使われていた看板がそのまま立っておりましてな。

それを読み上げただけなのです。

元から知っていたわけではないのですよ。」

確かに見てみると、朽ち果てかけた看板が、恨めしそうに通りを見下ろしている。

かすれてはいたが、読むことはできた。

「なんでか知らないが、マーリンが届けたはずの情報が、太佐にとどいてなかった。

門前払いでも受けちまったのか、まだ到着してないのかわからない。

マーリン君はどこにいったのか。」

心配そうにするエドを見て、さらにグリフォンが不安に駆られかけたが、二人をダグラスが励ました。

「なに、イーストの中なら、大人よりよほど詳しい子供です。

きっと心配はいらないでしょう。

それより、心配すべきは虎に捕らわれた兄のフォートレスくんの方ですな。

虎が心にもない行動に出ていなければいいのだが。」

ダグラスが、厳しい表情でコンクリートのビルを見上げる。

もうすぐ、日が暮れる。

殺し屋の闇が、すぐそこに迫ってきていた。




第24話

変化が訪れたのは突然だった。

見上げていたコンクリートのビルの三階の窓ガラスが、音を立てて割れたのだ。

内側から圧力がかかった割れ方で、エドたちの見ている前で、太陽の最後の残光を反射しながら、きらきらと落ちていった。

「中で何が起きてるんだ!?」

エドが暗い中で目を懲らす。

周りは黄昏時で、しかもビルの中に光源はない。

だが、それでも、中で何かが動いたのをエドの目はとらえた。

「中で何かが動いた!」

同じものをダグラスもとらえていたようだ。

エドの言葉に素早くうなずく。

「間違いなく、虎でしょう。

もしかしたら、フォートレスくんの身に何かあったのかもしれません。

もはや一刻を争います、応援が到着する前に踏み込むことになりますが、手遅れにあるよりは!」

ダグラスの言葉が、考えてたことと同じだったので、エドの決意が後押しされた。

「もちろんだ。

俺たちだけで突入しよう。

虎の確保より、フォートレスくんの安全が最優先!

アルはグリフォンくんをここで守っていてくれ!」

しかし、その提案にダグラスは賛成しなかった。

「いえ、もしかしたら、仲間の灰ネズミに襲われるかもしれません。

一緒に行った方が安全ではないかと。」

たしかに、虎にばかり気をとられて後ろから刺されたら洒落にならない。

「たしかに、そうだな。

よし、みんな気をつけろ、突撃!」

先頭にエド、二番手にダグラス、一番後ろを、グリフォンを抱えたアルという順番で、ビルの入り口に向かった。

入り口には罠などはなさそうだ。

「だりゃああ!」

エドは入り口の一歩手前で両手を合わせてから、勢いよく入り口の扉に触れた。

すると一瞬にして扉は内側の向かって爆ぜ割れ、木くずをまき散らしながら道を空けた。

ダグラスが、その散った木片とビリビリに裂けたカーテンで、さっとたいまつを作り、自前のライターで火をつけた。

「ぬおおおお!虎!そこにいるのはわかっているぞ!

おとなしく子供を返してもらおうかぁぁぁぁぁ!」

ダグラスが、ビルのエントランスに入ったとたん、岩も割れそうな銅鑼声で、ビル中に轟くように吠えた。

すぐ近くにいたエドは、その声で皮膚が震えたほどだ。

このビルそのものは、たいした広さではない。

もともと、この工場が稼働していた時の事務所として使われていたらしい。

入り口すぐの案内板には、三カ所ほど書かれた事務系の部署の名前が色あせている。

入り口の真正面のところには、小さな案内用のカウンターがあり、その横には上に向かう階段と、一階の部屋に入るためのドアがあった。

その部屋には人の気配はないが、ダグラスが中に入って虎とフォートレスがいないことを確認した。

「窓ガラスが破られたのは三階です。

罠かもしれませんが、いってみましょう。」

エドたちは、うらぶれて崩れそうな階段を上り、三階を目指した。

途中、二階の部屋も覗いてみたが案の定誰も、何もなく、あったのはただ痛んで今にも抜けそうになっているフローリングのみであった。

「人の出入りはありそうだったのに、中はずいぶん痛んでるんだな。」

エドはあたりを見渡しながらいった。

外から見たら人の出入りが頻繁にありそうだったのに、中に入ると埃だらけであった。

一階はきれいだったが、階段を上ったとたんずいぶんと汚い。

だが、それは悪いことばかりではなかった。

虎であろう足跡と、何かを引きずったような跡が階段についていて、上へと伸びていたのだ。

とりあえず、血痕はない。

三階に登り切ると、短い廊下があって、その途中にドアが一枚だけあった。

四人はうなずき合うと、意を決して、ドアに手をかけた!

第25話

ドアは何の苦もなく、すっと外側に開いた。

「よく来たな、ダグラスの旦那。」

虎は、板張りの部屋のど真ん中、何もない部屋の中で、四人を待っていた。。

虎の足下には、フォートレスが倒れている。

部屋の中は暗く、もう外からの日差しはない。

たいまつの明かりで、部屋の中ががらんどうであることがわかる。

「貴様!」

ダグラスがすごんだが、虎は肩をすくめただけであった。

ダグラスが一歩踏み出すと、床がかなり怪しい音をたてた。

老朽化と腐食のため、この部屋の床はいつ抜けてもおかしくなさそうなほど痛んでいるように見受けられる。

「この子供に関して怒っているなら、お門違い、まだこいつは殺してない。」

虎が気軽にいったので、ダグラスは、馬鹿にするなと目をつり上げる。

「そんなことのために激昂しておるわけではない!

貴様の今までの所行、すべてに怒りをかんじておるわ!

大人しく縛についてもらおうか、虎ぁぁぁぁぁぁぁあ!」

ダグラスが、腹の底から吠える。

だが、その咆吼のただなかにいても、虎は余裕綽々で笑みを浮かべている。

「やれやれ、一度として俺に触れたこともないのに、よく言う。

数を増やしても、どうせ使えない錬金術師と子供じゃあ、国軍もたかがしれる!」

虎がダグラスを挑発する。

ダグラスは、わなわなと震え、きつく拳をにぎる。

「確かに、今まで貴様を捕らえられなかったのは、ワシの落ち度よ!

ワシのことならば、自業自得、何をいってもかまわぬ!

だが、国や鋼の錬金術師のことを侮辱されて、黙っているワシではない!

今までの悪行の罪の重さを思い知りながら、牢の中で悔い改めるがよいわ!」

ダグラスは、虎に向かって、前進のバネを使って飛び出した。

「ダグラス中尉!」

遮二無二突っ込んでいくダグラスに、エドは慌てて声をかけたが、間に合わなかった。

ダグラスが殴りかかってきたのを見て、虎は満面の悪い笑みを浮かべる。

「ははははははは!」

虎はけたたましく笑い、腕を振り上げた。

ダグラスを迎え撃つつもりかとエドは思ったが、そうでないのはすぐにわかった。

「おおおおおおお!」

虎の振り上げた腕の筋肉が、服の下からぐっとせり上がり、一瞬にして人間とは思えないほど野性的な剛腕が眼前に現れた。

「くたばれ、ダグラスの旦那!」

二回りは太くなった腕を振り下ろし、虎は足の真下に拳を打ち付けた。

その一撃は、痛みきった建物の床には間違いなく致命傷で、虎立つ場所から放射状に床板が裂け、コンクリートが砕けた。

「!?」

ダグラスが、はっとして止まった時にはもうおそく、三階の床はあっという間に崩落した。

「うわ!」

「鋼の錬金術師!」

エドの悲鳴に振り返ったダグラスに向かって、虎ががれきを蹴った。

「ぐ!」

ダグラスは飛んできたがれきを手で払ったが、それが一瞬隙になる。

がれきを追うように跳躍した虎が、ダグラスの懐に一瞬にして入り込んできた。

「果てな、ダグラスの旦那!」

虎は、ナイフを握ったしなやかな腕を鞭のように翻し、ダグラスの腹に突き立てる。

虎はすぐにダグラスの体から離れ、無抵抗に落ちてくるフォートレスの体をつかんだ。

「ぐぁっ!」

ダグラスは驚いたように目を見開き、崩れ落ちる床とともに下の階層に落下する。

「ダグラス中尉!」

エドとアルとグリフォンは、階段から下の階にいこうと振り向くが、今の衝撃で階段も崩れかけていた。

「しかたない、飛び降りよう!」

エドはアルに言い、がれきを伝うように下の階に飛び降り、アルもグリフォンを抱えながらその後に続いた。

ダグラスはうまく着地できずに、そのまま下の階の床にしたたかに体を打ち付けて、うめき声を上げる。

「ダグラス中尉!」

ダグラスや虎がいる二階にエドとアルが着地したとき、衝撃と加重に耐えられなくなったのだろう、二階の床まで続いて崩壊した。

「うわ!」

「こっちの階まで!?」

エドとアルは仰天して叫んだが、虎の方はこうなることを見越していたらしい。

悠々とバランスをとって、フォートレスをかかえたまま一階に落下していく。

腹を刺されているダグラスは、体制を立て直すこともできずに、がれきと一緒に落ちるしかない。

ものすごい音を立てながら、一階にがれきの大雨が降り注いだ。

虎は余裕をもって一階に降りて、一緒に落ちてきたダグラスを一瞥した。

ダグラスは腹に月たったナイフを手で押さえていて、落下の衝撃と失血でかなりのダメージを負っているのが見て取ることができる。

「ぐ、くぅ・・・虎、め!」

言うことを聞かない体に鞭うって起き上がろうとするものの、立ち上がることはかなわない。

虎はそんなダグラスを、あざ笑う。

「この程度でおねんねするダグラスの旦那じゃないだろう?

立てよ!立って追いかけてこい!

じゃないとこのガキは、あっという間に八つ裂きだ!」

虎は下品な笑いをあげながら、ぐったりしたフォートレスののどにナイフを当てた。

「き、貴様!」

ダグラスが悔しそうに歯ぎしりする。

「させるかーっ!」

そこへエドが飛びかかり、虎に渾身の蹴りをしかける。

虎とて、その蹴りをおとなしく食らう気はなく、軽く数歩下がって、ダグラスから離れた。

ほんの一瞬前に虎がいたところに着地したエドは、ダグラスを守るように身構える。

「俺も忘れてもらっちゃこまるぜ。

虎さんよう。

虎なら、虎らしく、檻の中に入りやがれ。」

虎はエドを見て小馬鹿にしたように笑うと、倒れているダグラスを見下すように眺めた。
「この建物のすぐ外には、人間のきた痕跡があるのに、ビルの中がこんな脆いものだとは思わなかっただろう。

この建物は、ただのカモフラージュだ。

この建物の地下に、ほかの建物に入ることのできる秘密の通路がある。

俺はその奥で待ってるぜ、ダグラスのだんな。

十五分後に来なかったら、このガキの命はない。」

虎はいうと、フォートレスを抱えたまま、天井が崩れた部屋から出て行った。

「ま、待て、虎ぁ!」

血がしたたるナイフを握り、ダグラスが悔しそうに叫ぶ。

虎の気配がひとまず立ち去ったのを確認すると、エドはダグラスの方に振り向いた。

「ダグラス中尉!

けがは!?」

ダグラスは、アルの助けをかりて、体を起こして座る。

「わ、ワシとしたことが、めんぼく、ない。

ちと、腹を刺されました。」

たしかに軍服の腹には、刃渡りの半分ほどの長さまで刺さったナイフがつきたっていて、ジワジワと血がしみ出していた。

「もうすぐ東方の応援がくる。

虎の後は俺たちが追うから、ダグラス中尉はここで少し休んで、手当を受けてくれ!」

だが、ダグラスは頷かなかった。

「なりません。

虎はワシに来るようにいっておりました。

ワシがいかねば、フォートレスくんが余計に危険にさらされてしまいます!

ワシも、い、行かせてください!」

顔をしかめながらも、ダグラスは足に力を入れて今度こそ立ち上がった。

体のバランスが多少崩れて蹈鞴(たたら)を踏んだが、しっかりと自分の足で立つ。

「はぁ、はぁ、ぐぅ・・・。

さ、さあ、急がねば、フォートレスくんが手遅れになります。

派手に見えますが、む、虫に刺されたほどしか、感じませんわい」

ダグラスが、何ともないと笑う。

しかし、その足下には時折、ひたひたと血のしずくが落ちた。

エドは心配そうな顔を一瞬したが、ダグラスの覚悟を見て取ったのだろう、決意した表情になる。

「わかった。

じゃあ、俺が先頭に行く。

アルはグリフォンくんと真ん中に、ダグラス中尉はしんがりを頼む。

ダグラス中尉、無理はしないようにな。」

エドにいわれ、ダグラスはありがたそうに頷いた。

「心配はご無用です。

それに、ワシはあの男さえどうにかできれば、退役してもかまわんと思っております。

最後の仕事というのであれば、多少の無理とて貫いてみせますわい。」

四人は、虎がいっていた秘密の通路を捜して、玄関ホールに出た。

外を見てみるが、まだ東方軍は到着していない。

「虎の言い方だと、秘密の通路には、けっこう人の出入りがあったみたいだよね。

いちばん綺麗に掃除されているような道の奥にあるんじゃない?」

アルの言葉に従い、エドたちは人の出入りで埃が払われている場所を探した。

床は一面、先ほどの崩落で舞い上がった土埃に汚れているので、はっきりとはわからなかったが、代わりに先に歩いたのであろう虎の足跡を見つけることができた。

「この足跡!さっきの埃の上を歩いてる。

虎の足跡だ。これを追いかけていけば!」

エドたちは、虎の足跡を追いかけて受け付けの小さなカウンターを回り込んだ。

「これは!」

カウンターの裏側、人が立って受付をする場所には、暗くて深そうな階段が口を開けて待っていた。

四人は顔を見合わせたが、それぞれに覚悟を決めたようだった。

「・・・・よし、いこう!」


続く

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