クリムゾン†レーキ
…72、偽証の子供
目の前でニコニコと笑う、セリムと大総統夫人を前にして、そろそろ30分はたとうというころだが、エドはいまだにこの雰囲気に馴れなかった。
上品を絵にかいたような女性と、義理ではあるが両親に愛された子供。
いちいち、反応を考えてしまい、一挙一動がなんだか自分ではないようだ。
「お義父さん思い、なんだな。
キング・ブラッドレイ大総統閣下のことは、好きなのか?」
エドが訪ねると、セリムは一瞬、キョトンとしたあと、ニッコリとエドに微笑んだ。
「もちろんですよ!
お義母さん(おかあさん)も、お義父さん(おとうさん)も、…大好きです!」
セリムが嬉しそうに、しかし、恥ずかしげに言うと、隣の大総統夫人がたまらないとばかりにセリムを再び抱きしめる。
「やっぱり、ちゃんと言葉にして、大好きといってもらえるのは、幸せなことね。
とっても嬉しいわ、セリム。」
「わわ!
ですから、お義母さんっ!恥ずかしいですからぁっ!」
セリムは抱きしめる大総統夫人の腕から、体をよじって逃げた。
「あら、残念。」
大総統夫人はとても残念そうに言ったが、そこまで深追いはしなかった。
抱きしめたいのならば、後でたっぷり抱きしめればいいと、思い直したのかもしれない。
「僕は、お義父さんとも、お義母さんとも、本当には血は繋がっていません。
でも、本当の子供みたいに大切にしてくれるんです。」
エドが、あれ、という顔になったのを見て、大総統夫人がフォローしてくれた。
「私たち夫婦に子供ができなかったので、夫方の遠縁の子を養子にもらってね。
それがセリムなの。
親思いで、本当に優しい子に育ってくれたわ。
私も、主人も、この子を大事な大事な、宝物と思っているのよ。」
ニッコリと笑う大総統夫人に撫でられるセリムは、恥ずかしそうだが、まさに幸福な子供、といった雰囲気であった。
セリムの頭を撫でながら、大総統夫人は続ける。
「あの人もこんなにセリムに大切に思われていることを自覚して、もうちょっとこの子のために、時間をとってくれてもいいのにね。
ふふふ、元気で現役をしてくれているのは、妻として心強くはあるんですけどね?
でも、あの人ももう歳なことを自覚して、休めばいいのに。
まだまだ、現役でバリバリ働くつもりなのよ?
あの人、昔っから仕事一辺倒で、本当は、他のことはとっても不器用なの。
特に、女心なんて、全然理解できない唐変木で!
もう、初対面の時なんて最悪だったのよ?
いきなり失礼なこと言うものだから、私、思わずビンタ張ってしまって!
でも、それが縁でお付き合い始めたんだから、人生どう転ぶか解らないわね!
それに、最初のデートがまた、大変で…。」
昔の苦くて甘い思い出にひたり、大総統夫人は乙女のように笑う。
その笑顔は輝いていて、エドはのろけに圧倒されながらも、大総統夫人が、本当に大総統を愛しているのだと、つくづく感じた。
「お芝居を見に行ったかえりでもねぇ…って、あらいけない!
のろけ話になってしまったわね!
ほほほ、つまらないお話をしてしまって、ごめんなさいね、おほほほほほ!」
コロコロと笑う大総統夫人は、エドからみても、なんだか可愛く見えた。
それからもしばらく、三人の和やかな会談は続き、ふと気がつけば、すでに一時間の時間が流れていた。
ころころと笑いながらおしゃべりをする大総統夫人に、ボディーガードのリーダーらしき男が申し訳なさそうに声をかけた。
「お楽しみ中に大変申し訳ありません。
大総統夫人。
そろそろお戻りになりませんと、セリム様のお勉強の時間が迫っております。」
大総統夫人は、驚いた様子で、壁にかけられた柱時計を確認する。
「あらいやだ!
こんなに話し込んでいたのね、気がつかなくてごめんなさい。
楽しくて時間を忘れてしまったわ。」
エドも時計を確認して、一時間も時間が経過していたことに驚いた。
主に話していたのは大総統夫人だったのだが、聞き手を飽きさせない、和やかで楽しい会話だったのだ。
完全に相手のペースにハマっていたのに、疲れを感じさせないのは、大総統夫人の柔らかな雰囲気と、天賦の才であろう。
「ええー?
帰るんですか?
もっと鋼の錬金術師とお話したかったです。
お義母さん。」
セリムはとても残念そうに、唇を尖らせた。
「珍しくわがままをいってくれたのに、叶えてあげられなくてごめんね、セリム。
でももう、家庭教師の先生がお越しになってしまうわ。
はやく帰らないと。」
大総統夫人に、優しく頭を撫でられたセリムは、がっかりしたように肩を落として、頷いた。
「はぁい、お義母さん」
セリムはそれでも聞き分けが良かった。
エドは二人に、それは丁寧にお礼を言われて、ボディーガードに丁重にもとの場所まで送られた。
サングラスの武骨なボディーガードの後ろ姿が見えなくなってから、エドはようやく緊張が解けたように息をついた。
「ぶはぁ。
なんか不思議な体験だった…。」
エドが、げんなりしたような顔で言う。
「おお、エドワード、無事だったか。」
「おわっ!?」
油断したエドはいきなり背後から声をかけられて、悲鳴を上げてしまった。
「ああ、驚かせたか、悪い。
びっくりしたのは仕方ないが、図書館では静かにな。」
エドの後ろに現れたのは、ホーエンハイムだった。
「てめぇが驚かせなけりゃ、変な声なんかあげなかったわい!」
エドはホーエンハイムの方に振り向き、小声で悪態をついた。
「ふむ。」
ホーエンハイムは、悪態など、どこ吹く風で、エドの体をじろじろと眺めた。
「な、なんだよ?」
エドはそれが気色悪そうに半歩後ろに下がった。
「とりあえず無事で何よりだった。
怪我も何もなくて良かった。」
エドはキョトンとした。
「なんだ。
わかって敵情視察に乗り込んでいったんじゃなかったのか…。
お前が会ってきたのは…」
★★★★★
セリムと大総統夫人は専用の車に乗り込み、大総統官邸に向けて移動いていた。
車の座席に座るセリムはとても上機嫌で、下まで届かない足をぷらぷらと揺らしながら、窓の外を眺めていた。
大総統夫人は、そんなセリムを見て嬉しそうだ。
「ふふ、ご機嫌ね、セリム。
そんなに鋼の錬金術師にお会いできたのが嬉しかったの?」
大総統夫人は、言いながらセリムの頭を撫でる。
「はい!
とっても!だって、あの鋼の錬金術師ですよ、お義母さん!
今日は少ししかお話できませんでしたが、またお会いしたいです!」
はしゃぎながら言うセリムは、とても子供らしく、かわいらしい。
「そうね、またお会いできると良いわね。」
大総統夫人も、にっこりと笑う。
「はい!
きっとまた、近いうちに。」
二人を乗せた車は、大総統府に隣接する大総統官邸に、入っていき。
その後、鉄の門扉が音を立てて閉じられた。
★★★★★
「お前が会ってきたあの子供。
見かけこそ子供のなりだが、あれこそ
ホムンクルス、プライドだぞ。」
クリムゾン†レーキ:73へ続く
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