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クリムゾン†レーキ


…71、王の息子


エドは、目の前でニコニコしながら立つ人物を呆然としながら見ていた。

セリム・ブラッドレイ。

黒髪、黒目の男の子で、一般の子供が着たら晴れ着にしか見えないような半ズボンのスーツを、そつなく着こなしている。

国の最高権力者、キング・ブラッドレイの息子が目の前にいる!

「えっとー…君が…。」

そういいながらセリムに向かって、エドが無意識に手を持ち上げた瞬間、周りから冷たい殺気が沸き上がり、気がついた時には…。

「いっ!?」

拳銃を構えたボディーガード5人が、エドの頭にきっちりと狙いを定めていた。

「あ、あ、ダメです!

撃っちゃ!」

セリムがあわててボディーガードを静止させる。

おかげでエドは撃たれることはなく、銃を持ったボディーガードたちは、すっと体を引いた。

いならぶボディーガード達は、皆、黒いスーツに身を包んだ体格のいい男たちで、目元は濃いサングラスで見えない。

数々の修羅場をくぐり抜けたエドは、その男たちが、必要とあらば目標を抹殺できる冷徹さと、どんな攻撃も繰り出すことのできる肉体を持っていることを見てとった。

囲まれていると、すこぶる、恐ろしい。

「この方は鋼の錬金術師、エドワード・エルリックさんです。

危険な方ではありません!

すみません、ボディーガードの皆さんが。」

エドは、ぎこちない笑みを浮かべて、手を振る。

「いや、大総統の息子ともなれば警備が厳重で当たり前だよな。

ちょっとびっくりしたけど、謝ることないって。」

セリムは、エドの言葉をきき、安心したように笑みを浮かべた。

「良かった!

あ!それより、鋼の錬金術師は調べものですか?

僕、国家錬金術師に憧れてるんです!
あの、お話聞かせていただけませんか!?」

実際のところ、大切な調べものの最中ではあったが、全く進展せず、腐っていたのも事実。

気分転換にもなるかと思ったエドは、こころよく頷く。

「まあ、少し位なら。

でも、君の方こそ時間は大丈夫なのか?」

セリムは笑って答える。

「はい、もちろんです。

今日はお養母さん(おかあさん)とご本を読みにきたので!」

そういえば、セリムは子供向けの絵本を持っていた。

お養母さんというのなら、それはもちろん、大総統の妻(ファーストレディ)のことであろう。

世間に疎いエドには、大総統の顔しか思い浮かばなかったが、あの、大総統の妻ともなれば、さぞや屈強で恐ろしい女傑なのだろうと肝を冷やした。

「ぜひ、お養母さんにもお会いしてください!

お願いします!」

そう言いながら、セリムはエドの背中を押して、本棚の間の通路を進んだ。

エドは内心、想像上のファーストレディに、勝手に恐れおののいていたので、あまり行きたくはなかったが、ぐいぐい押されているので逃れられない。

しかも、セリムが移動すると、例のお付きの者も一緒にくっついてくるので、非常にものものしい。

そんなエドがセリムに連れていかれるのを、本棚の陰から見つけたホーエンハイムは、ぎょっとしながら見送る。

「あれは、業と、か?

勇気あるなぁ、エドワード」

半分呆然としながら呟くと、仕方なくボディーガードに気を付けながら、ホーエンハイムはその一団を追いかけた。


★★★★★


エドがセリムに案内されて来たのは、南側の窓から、さんさんと日が注ぐ読書スペースの特別席だった。

ここは軍の高官やその家族しか使うことが許されていない、貴賓室である。

静かな図書館の中でも、一際居心地がよくつくられた適度な広さの部屋で、真ん中にはオーク材の磨きあげられたテーブルが鎮座していた。

その回りには座り心地の良さそうなビロード張りの椅子が、四脚ほど置かれている。

そして、その椅子の一脚には先客がおり、柔らかな笑顔を浮かべた淑女(しゅくじょ)が座っていた。

「お養母さん(おかあさん)!

ただいま戻りました!」

セリムが元気に言う。

淑女はセリムが一人でないことに驚いたようだ。

「まぁ、セリム。

そちらの方はどなた?」

連れてこられたエドは、ぎこちなく頭を下げた。

セリムは得意げにエドを淑女に紹介する。

「はい、聞いてくださいお養母さん!

この方は、あの有名な鋼の錬金術師なんです。

偶然、図書館の中でお会いできたので、ぜひお話を伺いたいと思って!」

はしゃぐセリムに、淑女は困ったような笑顔になった。

「まぁ、あなたがあのご高名な!

これはこれは、お忙しいところをようこそ。

挨拶が遅れて失礼いたしましたわ。

といっても、私の名前を言っても、なかなかすぐに覚えて貰えないのがいつもなの。

だから、ごめんなさいね。

私は本名ではなくて、すぐに覚えて貰えるように名乗るようにしているの、許していただけるかしら。

私は、この国の大総統の妻。

皆さんにはファーストレディと呼ばれたりもしている者よ。

以後、よろしくお願いしますわね、鋼の錬金術師。」

ふんわりと花がほころぶように笑った大総統夫人を見て、これこそが上品な女性というものかと、エドは感動すら覚えた。

とにかく、返事を返すべきと、エドは頭をフル回転させる。

「は、はじめまして。

鋼の錬金術師、エドワード・エルリック…です。

お邪魔してすみません。

よろしくお願いします。」

あまり回りにいたためしのない人種のため、エドは途端にぎこちなくなる。

エドはまず、敬語というものが苦手なのだ。

大総統夫人も、そんなエドの様子をみて汲み取ったのだろう、コロコロと可愛らしく、口元にそっと手を当てて笑った。

「ふふふ、そんなに固くならないでくださいな。

偉いのは私ではなく、私の夫なんですから。

私はただのおばあちゃんよ。

あと、大事なセリムのお養母さんね。」

そういった大総統夫人は、近寄ってきたセリムをいとおしそうに抱き締めた。

「わ、わぁっ!

お養母さん!鋼の錬金術師の前で、は、恥ずかしいですっ!」

大人のふりをしたい年代らしく、セリムは顔を赤くして恥ずかしがったが、大総統夫人は抱きしめ方をよく心得ていて、セリムがいくらもがこうと抜け出す事を許さない。

「まぁ!

何が恥ずかしいものですか。

私は愛している自慢の息子を、いつまでも抱きしめていたいのに。」

惜しげもなく注がれる愛情を目の当たりにして、エドはどこか懐かしく、そして羨ましくなった。

息子に頬擦りしていた大総統夫人は、はっとなってエドを見た。

「ごめんなさい、椅子も勧めず失礼いたしましたわ。

どうぞお掛けになって。」

ようやくセリムから腕を離し、エドに椅子を進めた。

「いえ、失礼します。」

なんとなく見入っていたエドも、我にかえりながら、勧められた椅子に腰かける。

エドが席につき、落ち着いたのを見計らい、大総統夫人はエドに話しかけた。

「鋼の錬金術師はお一人で図書館に?

セリムが無理矢理つれてきてしまったんじゃないかしら。

調べものやお仕事のお邪魔ではなかったかしら?」

気づかいが感じられる口調で、大総統夫人はまず、エドに尋ねた。

エドは大したを聞かれたわけでもないのに、ついつい言葉を探してしまう。

「い、いえ!そんな…。

たしかに図書館に来たのは調べもののためですけど…。

上手いこと進んでいなかったので、いい気分転換になります。」

エドが言うと、大総統夫人は、嬉しそうに笑った。

「そう!それは良かった!

じゃあ、もう少し私たちのお話に付き合っていただけると嬉しいわ。

この子、あなたにとっても憧れているんですよ。」

そう言いながら大総統夫人は、そっとセリムの頭を撫でた。

「お、俺に?

俺はそんなタマじゃないですよ。」

エドは面食らったように言った。

まさか大総統の息子に憧れを抱かれているとは微塵も…、いや、誰かに憧れられているなど、微塵も考えたことがなかったのだ。

エドにしてみれば、両親が生きていたり、住む家があったり、温かいぬくもりが側にあったりという、普通の子供ならば持っているだろう幸せのほうが、よっぽど憧れであり、羨ましかった。

「鋼の錬金術師、スッゴクカッコいいんですもん!

僕も国家錬金術師になりたいです!」

セリムの目は、まぶしいぐらいにキラキラと輝いた。

エドにはその光が眩しくて、目を細めた。

「なんで国家錬金術師になりたいんですか?」

エドが尋ねると、セリムは胸をはる。

「はい!

もちろん、お養父さんのお役に立ちたいからです!」

これ以上にない、完璧な答えに、エドは目眩さえ覚えた。

このように幼い時に、あいつがずっとそばにいたのなら…。

(俺もアイツに憧れて錬金術師になっていたんだろうか…?)



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続く
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