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クリムゾン†レーキ


…69、本棚の子供


「うーん、ねぇなぁ。」

エドは、アームストロング家の書庫の机に突っ伏して言った。

「それらしいのに近くと、逸れちゃうね。」

エドの向かいに座ったアルが、気があまり入らない様子で、分厚い資料のページを捲る。

エドとアルが占領した、ダイニングテーブル並の大きな机の上には、二人が本棚から引っ張り出した本が山になっていた。

ここ3日ほど、エドたちはヒューズたちのことをホーエンハイムに任せ、書庫で調べものを進めていた。

アームストロング家の名前に恥じぬ豪華な作りの本棚には、蔵書が分類わけされて収まり、インクと紙と羊皮紙の匂いがかすかに漂う。

アームストロング家の書庫は、ジャンルが多少偏っていたが、時代を越えた希少本が眠っており、大変品揃えが良く、地方の図書館より、よっぽど充実していた。

しかし、そんな立派な書庫でも、研究所の地下で見た通路のことは調べることができなかった。

「国が関与しているとなれば、上下水道や地下道を通す時に邪魔にならないように都市計画を進めるはずだから、こういう歴史がある書庫なら、痕跡が調べられるかと思ったんだがなー。」

お手上げとばかりに、エドはため息をついた。

「やっぱり、調べるとしたら、中央図書館までいくしかないのか。」

エドは、がっかりしたように脱力する。

「考えてみれば、何か手がかりがあったら、ガルガントスさんや、アームストロング少佐が見つけ出しているよね。

自分の家なんだし。」

アルが手にしていた資料をパタンと閉じた。

それを聞いたエドは、悔しげに唇を噛む。

「うー、それもそうだよな畜生ー。」

エドは突っ伏していた机から起き上がり、椅子に寄りかかって、頭の後ろで手を組んだ。

「かといって…、秘密基地扱いのここから、ホイホイ出るわけには行かないし。」

「お、兄さんてば大人になったね。

以前ならきっと飛び出して行っちゃっただろうに。」

アルが感心したように言うと、エドは眉間に皺をよせた。

「バカアル。

以前なら、俺達二人が損するだけでどうにかなったけど、今はそうもいかないだろうが。

ヒューズ中佐たちの怪我がどうにかなるまでは、特にな。」

ヒューズの名前がでてきて、アルは少し首を傾けた。

「そういえば、ヒューズ中佐たちは、治ったかな?

お父さんに見てもらうのを頼んで、もう3日になるよね。

結局、それから僕、手伝い頼まれなかったし。」

アルは、手にしていた資料を、積んでいた山の一番上に重ねた。

「そうだな、結局、あれから調べ物三昧で、ほとんど書庫から出てないしな。

気分転換にヒューズ中佐たちの見舞いでも行くか。」

エドは組んでいた手をほどいて下ろし、机に手をついて立ち上がる。

そこに、遠慮がちなノックが聞こえてきた。

返事を返す暇もなく、ドアはすぐに開けられる。

「二人とも、ここだったか。」

中を覗きこんできたのは、ホーエンハイムであった。

「父さん!」

アルは、嬉しそうにホーエンハイムを見た。

「何か用か?
ホーエンハイム。」

エドはちょっと素っ気なかったが、ちゃんとホーエンハイムに声をかけた。

ホーエンハイムは書庫に入ってきて、二人が占領している机の方に歩いてくる。

「ヒューズ中佐たちの治療が一段落したのを、二人に伝えにきたんだ。

まだ完治はしていないが、痛みや怪我の程度はかなり軽くなったぞ。」

それを聞いた二人は、パッと表情を明るくした。

「よかったぁ!」

「手間かけさせたな、ホーエンハイム。」

エドの言い方に、ホーエンハイムは少し苦笑を浮かべる。

ホーエンハイムは、机の上の資料の山に気がついたのか、一冊手にとって眺めた。

「古い水道工事の資料か。

ずいぶん珍しいものを見てるな。」

エドは肩をすくめる。

「どっかの誰かさんと違って、こちとら情報を知らないんでね。

俺達が迷い混んだ第三研究所の地下通路について、解らないかと思って調べてたんだよ。

結局、大したことは解らず仕舞いで、調べを進めるには、中央図書館にでも行かないと無理だろうけどな。」

エドはちょっとガッカリした様子であったが、いつもの調子でいってみせた。

「気分転換にヒューズ中佐たちをお見舞いしようかって、立ち上がったところに、父さんが来たんだ。」

ホーエンハイムは、なるほどと頷いた。

「俺もちょっと調べたいことがあってな。

アルフォンスは無理だが、エドだけなら、一緒に中央図書館に連れていけるだろう。」

エドとアルは、びっくりした顔でホーエンハイムを見た。

「隠れてなきゃならないはずだろ?

出て大丈夫なのか?」

エドとアルが驚くのも無理はないという顔をして、ホーエンハイムは頷く。

「ガルガントス将軍とも相談したのだが、大人しく隠れているばかりでは、いずれは発見されてしまう。

ここが見つかる時間をできるだけ伸ばすためには、ある程度姿を見せて撹乱する必要もあるというのでな。

俺とエドワードなら、襲われてもなんとかなるからと、ヒューズ中佐たちの回復具合を報告がてら話をつけてきた。」

二人は納得した顔をしたが、アルは不平を述べた。

「でも、なんで兄さんと父さんなの?

僕と兄さんでも、僕と父さんでも良くない?」

ホーエンハイムは、残念そうに首を振る。

「すまんが、お前のその出で立ちは目立つからな。

一緒にスラムを歩いていて、実感しただろう?

お前が敵を巻くのは難しい。

それに、俺がいない時にヒューズ中佐たちの怪我を錬金術師として診ていられるのはアルフォンスだけだ。

お前には、ヒューズ中佐たちのことを頼みたい。」

ホーエンハイムに言われて、アルも自分に割り当てられた役割に納得したようだ。

「人をこきつかうのが上手いな、ホーエンハイム。」

エドに言われたホーエンハイムは、苦笑しながら肩をすくめる。

「適材適所ってことさ。」

「それに!」

エドはホーエンハイムの顔面に向かって指を差す。

「俺たちより、ずっとわかってるあんたが、今さら調べ物って何だよ。

なーんか怪しくないか?」
ホーエンハイムはキョトンとした顔で聞いていたが、エドが言い終わったとたん、快活に笑った。

「ガルガントス将軍にも、似たようなことを言われたよ。

確かに、疑って当然。

俺はずっと行方を眩ましていた、仲間内で唯一の掴めない男だろうからな!

エドワードも利発になったなぁ。」

わしわしとホーエンハイムは、エドの頭を撫でた。

子供扱いされて、エドは頬を膨らませる。

「だから、お前についてきてもらうんだよ。

俺に一番厳しいお前が、俺に疚しいところがないと言えば、皆信じてくれるからな。」

ホーエンハイムは何でもないように言い、ぽふんぽふんとエドの肩を叩く。

だが、中央図書館で調べ物ができるチャンスはそうそうない。

致し方なく、エドはホーエンハイムについていくことにした。



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続く。
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