クリムゾン†レーキ
…68、医師の瞳
セントラルの地下に広がる、ホムンクルスの秘密拠点。
つづら折りのように地下へと下る深い階段、その途中、踊り場の手すりに寄りかかって、考えごとをしているのは、ロイ・グリードだった。
ウロボロスの刺青があるの甲に顎をのせ、踊り場の手すりに肘をついている。
「厄介だな。
全く人間どもめ。」
ロイ・グリードは、苛立った表情で悪態をつく。
苦い顔で考えごとをするロイ・グリードがいる踊り場より上の方から、誰かが降りてくる音が響いてきた。
縦方向に長い空間では、音がよく響く。
「こんな所に隠れていたのか、グリード。
逃げたかと思った。」
降りてきたのは、軍人に化けたエンヴィーだった。
足が一段下がるごとに、体がいつもの姿に変化していく。
ロイ・グリードは、考えごとを途中で止め、エンヴィーの方に顔を上げた。
「エンヴィーか。
心配しなくても、私はどこにも逃げたりはしない。」
エンヴィーはグリードを睨んだ。
「はっ!
どうだかっ!
あの髭メガネ探しに行ったきり、帰って来なかったじゃないか!
見失ったのが怖くて、お父様に報告でなきないんだろうっ!」
エンヴィーがいちゃもんをつけてきたので、ロイ・グリードは肩を竦めた。
「まさか。」
「ならっ!!」
エンヴィーが力任せに手すりを殴った。
手すりが歪に歪み、振動がロイ・グリードの腕を擽る。
「何故見つかったかどうかの報告をしないっ!
もう見つけたというなら、今、ここで言ってみろ!
このエンヴィー様が、華麗に喉首をかききってきてやるよ!」
ロイ・グリードは、勢いよくエンヴィーがつき出した人差し指を見て、面倒くさそうにため息をついた。
「血の気が多いなエンヴィー。
すまないが、見つけていても、いなくても、君に伝えるつもりはない。
下手に暴れて、表の私やラースが煩わされても困るのでね。」
ロイ・グリードはエンヴィーを小馬鹿にしたように見た。
「なんだとっ!?」
ロイ・グリードは、顔を朱に染めたエンヴィーに背を向けて、階段を降り始めた。
「こらっ!待て、グリード!
僕の話しは、まだ終わっていないっ!」
エンヴィーが叫んだが、ロイ・グリードは、足も止めず、振り返りもしない。
「私の話しは終わっている。
任務に戻らねばならないのでね。失礼。」
「グリード!!」
ロイ・グリードは、階段の陰に入ってしまい、エンヴィーからすぐに見えなくなってしまった。
エンヴィーは怒りも顕に、拳で壁を殴り付ける。
「気に食わない、気に食わない、気に食わない!
舐めてんじゃないぞ、グリード!」
★★★★★
「ふーむ、これはまた見事にやられましたねぇ。」
アームストロング家に基地を置いて一夜が明けた朝。
ベッドに横たわっているヒューズの腕を診察しているホーエンハイムは、包帯の下の傷口を見て唸った。
その横では、エドとアルが心配そうな顔で、ことのなり行きを見守っていた。
「錬金術で、せめて傷口を早くふさぐことはできませんか?
そうすれば義手がつけられる。」
ヒューズがホーエンハイムを見上げながら言った。
「オートメイルにはしないのですか?」
ホーエンハイムは、意外そうに返した。
「オートメイルなら自由に動かせるが、いかんせん時間がかかる。
今のこの急を要する時に、そんな悠長なことは、やっていられないですよ。
で、どうですか?
俺の腕は。」
ホーエンハイムは、まだまだ生々しい傷口を改める。
「鋭い刃物に刺されたおかげと、すぐに止血をしたおかげで、もう組織が再生をはじめている。
たしかに俺の錬金術で治療すれば、回復は格段に早くなります。
…傷口をふさぐだけ、ならば…、3日ほどで。
一気に治すことも可能ではありますが、体の負担から考えて止めておくべきでしょう。
そうすると、3日後には義手の手配ができる。」
自力で養生した場合、全治2週間の怪我が、3日で治るという。
「そりゃすごい。
さすが錬金術!」
しかし、腕を無くしたことのあるエドは納得しなかった。
「ちゃんとそれ、後遺症なし、なんだろうな?
ちゃんと治さないと唯じゃすまないからな!?」
「兄さん…」
アルは、ホーエンハイムの腕も信用していたが、エドのヒューズを思う気持ちもわかったので、困ったようにおろおろした。
だが、ホーエンハイムはエドの方に軽く振り向いて、難なくいって見せた。
「これ関係は、信用してくれて大丈夫だ。」
その時のホーエンハイムの目は真剣で、初めてエドが父を頼もしく思えた瞬間だった。
はっきり言い切られたエドが、それ以上くってかかることはなかった。
だが、エドにとってはそれが悔しかったのだろう。
さっと椅子から立ち上がって、ホーエンハイムを見下げた。
「じゃ、じゃあ、ヒューズ中佐やみんなの治療は、ホーエンハイムに任せる…。
…この件に関しては、あんたを、信用して。」
最後の方は小さな声で、ボソボソっと言った。
もちろん、その場にいた誰も聞き逃さなかったが。
「治療に、アルの手伝いは必要か?」
エドに聞かれ、ホーエンハイムは少し考えたが、今日のところは大丈夫だと伝えた。
「明日は手伝いを頼むかもしれないが、今日のところは。」
「じゃあ、アル、あの地下通路について、アームストロング家の書庫の資料を探してみようぜ。
何か手がかりがあるかも知れない。」
エドに言われて、アルも立ち上がった。
「そうだね。アームストロング家は建国当時から、力のある家みたいだし。
古い資料に何か隠れているかも!
じゃあ、お父さん、ヒューズ中佐をよろしくね。
中佐、失礼します!」
「ホーエンハイム!
サボんなよ!?」
エドとアルは、二人そろって、バタバタと部屋から出ていった。
「すみませんね、騒がしい息子どもで。」
ホーエンハイムが苦笑いしながら、ヒューズに謝る。
ヒューズは笑顔で返した。
「いえいえ、あの二人には、だいぶ助けてもらってますから。
今さらと言えば今さらですよ。」
ホーエンハイムが、兄弟達が出ていってしっかり閉まっていなかったドアを、立ち上がって閉めた。
「元気なのが一番ではありますがね…。」
ヒューズの方に、ホーエンハイムが向き直った時、ヒューズはホーエンハイムの雰囲気が変わったことに気がついた。
「…何でしょう?ホーエンハイム氏。
俺に何か。」
ホーエンハイムは、目を細めた。
「さすが、やり手の軍人さんだ。
隠しごとはできませんね。
ですが、ナイフは構えなくて大丈夫ですよ。」
言われて、ヒューズはギクッとした。
ホーエンハイムの雰囲気が変わった時、ヒューズはとっさに、布団の中で仕込みナイフを握っていたのだ。
「…失礼。
つい、癖で。
悪気はないので、勘弁してくださいね。」
ホーエンハイムは、微かに笑う。
「軍人にとって、大切なスキルですよ。
危険を感じて、すぐに反応できなくては、生き残れないですから。」
ホーエンハイムは表情を消した。
ヒューズの顔を覗きこむ。
その目には、軍人のヒューズでさえ、すくませる程の迫力があった。
「ヒューズ中佐、死ぬ覚悟は、ありますか?」
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続く