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クリムゾン†レーキ


…66、礎の将


「心配かけちまって悪かった。」

探し回ったであろう四人に、ヒューズはすまなさそうに謝った。

「いや、三人とも無事で良かったけど、なんでアームストロング少佐の家に?

少佐も知らないみたいだったし。」

エドが困惑したような顔で言うと、ソファーに横になったままのヒューズが頷く。

「ああ、匿っていただけるとは、俺たちも思わなかったからな。

エドが退院してすぐ、とある方が俺たちの病室にやってきたんだ。

それであっという間に退院させられて、ここに連れて来られたんだよ。」

アルが、その人物が思いあたらず、首をかしげる。

「とある方って、どなたなんですか?」

「うむ、儂(わし)である!」

四人の背後から、まるで雷太鼓のような、腹に響く重く低い、声が答えた。

あわてて四人が振り替えると、そこには、身長は平均ほどだが、とても体駆のがっしりした、髭の老将が立っていた。

「ち、父上!」

アームストロング少佐は、目を丸くしてその老将を呼ぶ。

「エド、その方はアームストロング家当主、ガルガントス将軍だ。

俺たちを屋敷に匿ってくださった。」

ガルガントスは、豪快に笑うと、アームストロング少佐に向かってニヤリと笑ってみせた。

「アレックスも、まだまだだな。」

ガルガントスは四人にもソファーを進め、自分はお気に入りなのであろう、クッションが効いた豪華な椅子に腰かけた。

「驚いておいでのようだな、鋼の錬金術師殿。」

テクニカルな髭の中で、ガルガントスは愉快そうに笑う。

「は、はい。

どうしてか、お訊きしてもよろしいですか?」

ガルガントスは髭をしごきながら、エドを見た。

「どうして、というと、儂が何故動いたか、という動機をお尋ねでよいかな?

ふむ、それは至極当然のことなのだよ、鋼の錬金術師。

もともと、我が家には、ヒューズ夫人とエリシア嬢を匿っておったであろう。

その時点で我がアームストロング家は無関係ではない。」

なんでもないように言うガルガントスに、アームストロング少佐は戸惑ったように言う。

「確かにそうでありますが、父上が最大限協力してくださると、前々からおっしゃっていただければ、ヒューズ中佐たちを捜索しなくてすんだものを。」

ガルガントスは息子を睨む。

「その通りだ。
儂が前々から動いておれば、わざわざ捜索せんですんだはずだ。

お前も、敵もな。」

アームストロング少佐は、うっと言葉を詰まらせる。

「儂の軍にいたころの古い悪友に教えてもらったのだが、かなり難しい敵だそうだな。

お前は家族が巻き込まれることを危惧して儂らに相談せんのだったろうが…、自分から情報を渡さぬものには、こちらも黙って対象するだけだ。」

厳しいガルガントスの物言いに、アームストロング少佐は、それ以上何も言えなかった。

ガルガントスは、次いでエドと向き直った。

「というわけで、鋼の錬金術師、儂も君の一軍に加えてはもらえんだろうか。

たいした力にはなれぬがな。」

エドは、ガルガントスの申し出がありがたくはあったが、同時に慌てた。

「申し出はありがたいんですが、俺たちが今後敵対するであろう勢力は、国です。

反乱分子としてお家取り潰しなんてことも考えられます。

それでもいいんですか?」

エドの目に、恐怖が映ったのを、鋭いガルガントスは見逃さなかった。

そして、その不安を吹き飛ばすかのように、豪快に笑った。

「敵が強大であることは、悪友の話で承知しておる。

それに、建国以来、軍人として、身を投じ築いた軍閥よ。

我がアームストロング家は、身の保身を考えて、腐りながら金に埋もれるよりも、国のために戦い、身一つになる方を選ぶわい!」


ガルガントスは、豪快にきっぱりと言い切った。

「鋼の錬金術師、良ければだが、基地を我が家に移してはいかがだろうか。

聞くところによると、襲撃も受けておるとか。

市街では無関係のものも巻きぞえにしかねん。

我が家ならば、敷地もある程度は確保できておる。

多少暴れても、他人に迷惑はかかるまいて。」

エドはガルガントスの申し出に、心底驚いた。

「そこまで甘える訳にはいかないですっ!」

「甘やかしておるわけではないっ!

基地の地盤は固い方がよいと思わぬかな?」

ガルガントスはニヤリと笑ってみせた。

エドは答えに困って仲間を見た。

「あそこまで言ってくださっているのだから、お受けしたらどうかな、エドワード。」

ホーエンハイムが、穏やかに言う。

「ここで断られれば、父上の面目を潰してしまう。

アームストロング家は覚悟をしておる。

エドワード・エルリック、父上の申し出を受けてもらえまいか。」

アームストロング少佐は、エドに頭を下げた。

エドは最後にアルと目を合わせた。

アルは励ますように頷いた。

エドはガルガントスに顔を戻した。

「甘えさせていただきます。

よろしくお願いいたします!」

★★★★★

アパートの基地にあった僅かばかりの道具類は、アームストロング家の侍従たちによってこっそりと移動され、今やエドたちの本拠地は完全にアームストロング家に移された。

エドは割り当てられた部屋のベッドにふらふらと近づいて、ばったりと倒れ込んでしまった。

「あー…、久しぶりに柔らかいベッドだー。」

エドはいいながら、柔らかい羽布団や清潔なシーツを生身の方の指で撫でた。

ガルガントスは、このところ張り積めてばかりでいただろうから、今日のはところはゆっくりするようにと言ってくれた。

アームストロング家の客間の一つであるそこは、アームストロング家の人間にしてみれば<質素>な部屋に分類されるらしかったが、家具も寝具も上等で、エドには気後れさえ感じさるほどである。

怪我人であるヒューズたちは大部屋に入っているらしいが、アルとホーエンハイムにもそれぞれ部屋が与えられ、エドは久しぶりに一人だ。

「そういえば、この騒動が始まって…、初めて安心して眠れるかもしれない。」

たくさんの気がかりや命の危険から、どこか落ち着かなかった気持ちが、周りを守ってもらっているという安心感からか、久しぶりにリラックスしている。

気持ちも体も相当に疲れていることを自覚する。

だから、そんなエドが、深い眠りに吸い込まれるまでには、さしたる時間はかからなかった。

★★★★★


夜、軍の勤務から正規に帰宅してきたアームストロング少佐は、一人、自宅の庭で鍛練に励んでいた。

庭に点々と立つガス灯の明かりのしたで、アームストロング少佐は、拳を振るう。

上着を脱いでおり、隆々と盛り上がった筋肉を夜風に晒している。

気合いを込めながら、握った拳を前につき出す。

拳は空を切る鋭い音を立てて、誰もいない虚空を貫いた。

「ぬりゃっ!」

貫いた拳を瞬時に引き、次の二打を両手で交互に打ち出した

相手が拳を食らって怯んだと仮定し、腹があるだろう空間に左側から鋭い蹴りを放つ。

そして、相手に足を掴まれないよう、素早く引く。

ずんっと強く地面を踏みしめて、アームストロング少佐は深く詰めていた息を吐いた。

汗が厳しい表情をする顔を伝わって落ちる。

アームストロング少佐は、父親の動きに気がつかず踊らされていたことが、大変悔しかった。

まるで道化ではないか。

もっとしっかりするべきなのだと、自分に言い聞かせる。

「今のが鍛練のつもりか?

アレックス。」

アームストロング少佐は、背後からかけられた言葉に驚き、はっと振り向いた。

あまりに集中していて、気配に気がつかなかったのだ。

これだから、と内心、己をたしなめながら、アームストロング少佐は、声をかけた人物を確認する。

そこには、アームストロング少佐の実の姉である、オリヴィエが腕組をしながら立っていた。

アームストロング少佐は、驚いて目を丸くした。

オリヴィエが北の砦から戻っていることを知らなかったからだ。

「これは姉上!

お帰りなさいませ、セントラルに、お越しになっているとは…。」

アームストロング少佐は、オリヴィエを迎えるために拳を下ろして近づいた。

オリヴィエは、そんなアームストロング少佐を鋭く睨み付けると、腰にさしている愛刀を素早く抜刀し、アームストロング少佐の鼻先に突きつけた。

仰天したアームストロング少佐は、オリヴィエの殺気を纏う刃を突き付けられて、思わず一歩引いてしまった。

「姉上っ!?」

オリヴィエの目線が、五寸釘のように突き刺さる。

「今のが鍛練のつもりかと聞いている、アレックス!!

ぬるい!ぬるすぎる!

貴様、その程度の心構えで、国を守る軍人を名乗るつもりかっ!恥を知れ!!」

いきなり刃を向けられただけでも驚いたのに、いきなり叱咤されたアームストロング少佐は目を白黒させる。

オリヴィエは、アームストロング少佐の表情を見て、眉を吊り上げた。

そして、烈迫の気合いと共にアームストロング少佐に向かって、凶刃を振り抜いた!



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続く
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