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クリムゾン†レーキ


…62、泥の刃


エドとアルは、今さっき退院し、アパートの基地に戻って来ていた。

検査と、簡単な処置だけだったために、1日しか入院しなかったのだ。

ヒューズ達を病院に残してくるのは心配だったが、当のヒューズ達に、一度基地に戻って休むように強くすすめられてはしかたがなかった。

エドとアルは重い足取りでアパートの階段を上り、基地にしている部屋のドアを開ける。

「おぉ、お帰り二人とも。

大変だったな。
新聞に記事がでてるぞ。」

中には、ソファーで新聞を広げているホーエンハイムがいた。

エドが何かいう前に、アルが父に挨拶する。

「ただいま、父さん。

何て書いてあるの?」

アルが小走りにホーエンハイムに近づいたのを、エドは複雑そうな顔で見送り、自分も向かいのソファーに座った。

「ああ、第三研究所に侵入したウィルファットの連続殺人犯が、なかの所員を殺害して、建物を爆破したって書いてあるよ。

ここの現場、お前たちとヒューズ中佐たちがいたところだろ?

二人とも心配したよ。
無事で良かった。」

ホーエンハイムは表情を弛めて、二人に優しい笑顔を向けた。

エドは苦い顔をしたが、アルは嬉しそうだった。

エドはそっぽを向いて舌打ちする。

「無事なもんかよ。

こっちは死ぬか生きるかの瀬戸際だったんだぜ?

おかげでヒューズ中佐やハボック少尉は大怪我しちまうし。

ま、その代償にホムンクルス一人やっつけてやったけどな。」

エドのその言葉に、ホーエンハイムは目を丸くして驚いた。

「ホムンクルスを、倒した?」

エドは得意げに頷く。

「ああ、ラストって名乗っていた、女のホムンクルス。

って言っても、あんたにはわかんねーか。」

得意げに指を指して言ったエドを見て、ホーエンハイムは目を細めた。

「大罪の名をもつ七人のホムンクルス…、ラスト、プライド、エンヴィー、グラトニー、ラース、スロウス、そして、グリード。

そのうちのラストを倒したというのは、スゴいな。

驚いたよ。」

ホーエンハイムの言葉にはいつも驚かされる。

「なっ!

なんでそんなこと知ってんだよ。

ってゆーか、そんなに他にもいるのか。」

ホーエンハイムは、エドに意味深に笑ってみせた。

「お前たちが今回倒したのが、ラスト。

マスタングという大佐にすりかわったのがグリード。

北の砦の下にいたのがスロウス。

他にも、エンヴィー、グラトニー、ラース、プライドがいるはずだ。」

エドは眉を寄せて、顎に手を当てた。

「前に、第5研究所でエンヴィーってやつは見た。

他に三人もあんな化け物がいるのかよ。」

エドはゲンナリしながら呟く。

「何で父さんがそんなこと知ってるの?

ウィルファットの事件の時もそうだったし。

父さん、何か知ってるんなら、教えてよ。」

アルが、ホーエンハイムへ身を乗り出すが、ホーエンハイムは唇の前に一本指を立てただけだった。

「すまんが、お前たちが俺に隠し事があるのと同じように、俺にもお前たちに隠し事がある。」

その言葉に、アルは言葉を失い、エドは食って掛かろうとしたが、それよりも早く、ホーエンハイムは言葉を続けた。

「だが、勘違いしないで欲しいのは、お前たちをのけ者にしたり、信用していないってわけじゃないってことだ。

俺の隠し事は、…ヒューズ中佐達の隠し事と理由が全く一緒なのだから。」

アルはそう言われて身を引いたが、エドはそうはいかなかった。

「子供扱いするな!

今回だって、その気遣いのせいで、手遅れになりかけたんだぞ!

こんな思い、もうまっぴらだ!

俺たちは、守られるためにいるんじゃない!

足手まといになるためにいるんじゃないんだっ!」

エドは泣きそうな目をしてホーエンハイムに向かって吠えた。

ホーエンハイムは、エドの方へきちんと体を向けて、その肩に手を置き、エドとはっきりと目を合わせた。

「きっと、…いつか。

いつか、お前たちに全て話し、そして手を借りることになるだろう。
だが、今はその時ではない。

お前は気が早いから、先走りかねないしな。

今の混乱しているエドワードでは、到底任せられん。」

エドはホーエンハイムの金の瞳に覗かれ、迫力負けし、乗り出していた体をソファーに戻してうつむいた。

「だが…。」

ホーエンハイムの反語に、エドは顔を上げる。

「お前たちは、俺が出した問いかけに答えを見つけ出したんだろう?

それは立派なものだ。」

エドは、ホーエンハイムがその事を知っていることにびっくりした。

「ああ、確かに『人間錬成は不可能だけど、だからこそ、アルは元に戻ることができる』。

あんたが言いたかったことは突き止めた。

だけど、なんで俺たちがそこに至ったことを知ってんだよ?」

アルもホーエンハイムの横で慌てている。

「そうだよ。

最後の結論は、僕たちの会話から出てきた答えだったから…、立ち聞きでもしてたの!?父さん!」

ホーエンハイムは慌てる二人を見て、面白そうに笑った。

「そんなことしなくても、簡単に予想できる。

いいか?

検証するといって三日間ほど、全く外に出なかったエドが、こうして外出して、しかも、帰ってきてからも、まだここにいて検証に戻らない。

ということは、もうその作業が必要ないということで、検証は終わり、結論にたどり着いたということだろうが。

そして、俺に文句を言わないところを見ると、きちんと納得する答えにたどり着いたということ。

間違ってるか?」

ホーエンハイムの言葉を聞いて、アルは尊敬の眼差しを向けた。

「すごい!

父さん、名探偵だね!」

ホーエンハイムは息子に誉められて、照れたように頭を掻いた。

「いやぁ、お前たちより長く生きてるだけさ。」

エドは、苦い顔をしてそっぽを向きながらだが、ホーエンハイムに言った。

「ち、しかたねぇー…。

確かに、言われるまで思い付かなかった可能性だった。

気づかせてくれて…ありがとう。

ホーエンハイム。」

礼を言われたホーエンハイムは、信じられないようにキョトンとしたが、一瞬後には破願していた。

「お前呼ばわりじゃなくて、名前呼びになったか。

エドワードに礼を言われるなんて思わなかったから、驚いてしまったよ。」

「兄さんがっ!!
父さんにっ!!
お礼言ったぁぁあっ!!

うわっうわっ!
一大事だよ!スクープだよ!
今日の僕の日記の見出しは決まりだね!!」

ホーエンハイムの隣で、本人以上のはしゃぎっぷりを見せたアルは、全身から喜びを発散させていた。

「うるせぇっ!

そんなに騒ぐことじゃないだろーが!

とゆーか、お前、日記なんかつけたのか?」

「あはは、日記…風の錬成手帳だね、正解には。

兄さんの旅行記みたいな感じだけど、僕のは簡単だから、兄さんには楽に解けちゃうだろうな。

そうそう、父さん。

僕、錬成陣なしで錬金術が使えるようになったんだよ!」

あははと、戯れるエドとアルに、ホーエンハイムは目を細めた。

「まぁ、それはいいとして!

ホーエンハイム!
お前、かなり高度な治療錬成ができるんだってな。

アルに、止血のための錬成教えたとか。」

ホーエンハイムは、ぴくっと眉を動かした。

「高度かどうかの評価は人それぞれだと思うが、できるぞ。

お前も教えて欲しいか?」

エドは、机に身を乗り出して勢いよく言った。

「その治療錬成で、ヒューズ中佐たちを治してくれ!

命を狙われているから、病院に長居してると危険なんだ。

頼む!」

エドは必死の形相で、ホーエンハイムに頭を下げた。

ホーエンハイムの大きな手が、エドの下がった頭を撫でる。

「そんな顔しなくても、息子の頼みだ。

断るわけないだろうが。」

エドは悔しさと嬉しさがない交ぜになった表情で顔を上げる。

「今から行った方がいいんだろう?

すぐに出かけようじゃないか。」

★★★★★


「やっぱり、僕は気が済まないぞ…。

人間にコケにされたままでいるなんて、僕は絶対に耐えられないね!

グリードは理屈並べてたけど、もみ消すのなんか、僕の手にかかれば簡単なんだ。

グリードがやらないなら、僕がメガネの中佐たちぶっ潰してやる!」

エンヴィーは、青筋を立てて肩を怒らせながら、秘密通路から病院に出る階段をずんずんと登っていた。

「このエンヴィー様を侮るなよ、グリード!」

階段を登るエンヴィーの姿が、錬成光を放った場所から変わっていく。

階段の段を三段分も登った時には、エンヴィーは白衣を着た医者の姿になっていた。

煤けたような金髪で、痩せぎみで背が高く、丸メガネをかけているその姿に、エンヴィーの要素は全く入っていない。

エンヴィーは階段を登りきると、なに食わぬ顔で秘密の出入口から軍病院の廊下に出た。

ーさぁて、確かあのメガネの中佐たちは三階の大部屋だったな。

エンヴィーはチラッと廊下の地図に一瞥をくれて病室の並びを確認すると、診察に向かう医者のフリをして三階の大部屋を目指した。

ー鋼のおちびさんは今日の昼前に退院したって言うし。仕事は楽そうだね。

ほくそ笑みそうになるが、エンヴィーは持ち前の演技力で、表情にはおくびにも出さなかった。

通りすがりの看護婦たちと幾度か挨拶を交わし、廊下を進んでいくと、目標の病室が見えた。

ついつい、足が早くなる。

あと少し、というところで、中から悲鳴のような声が聞こえてきて、エンヴィーはギョッとした。

「ヒューズ中佐達が退院したって、どういうことだ!?」

それはエドの声だった。

ーはぁぁあ?退院したぁ?早くて全治二週間って聞いたぞ!?

エンヴィーは表面上はポーカーフェイスだったが、内心では、すっとんきょうな叫びを上げていた。

「そういうことですので、こちらにはもう、ヒューズ中佐たちはいらっしゃいませんよ。

さ、次の患者さんが待ってるので、お出になってくださいな。」

病室の前を通りすぎようとしていたエンヴィーの前で、病室からベテラン看護婦に押し出されてきたのは、エドとアル、そしてホーエンハイムだった。

「退院したって、まだ動ける状態じゃないだろ!?

どこいったのか教えてくれよ!」

エドは、背中をベテラン看護婦に押されながら、食い下がった。

ベテラン看護婦の方は、大変貫禄のある体つきをしているので、ホーエンハイムとアルの背中をまとめて押して病室から追い出そうとしていても、全く見劣りしない。

「そう言われても、勝手に無理やり退院してったんですから、行き先なんて知りゃしないですよ。

いないとわかったらここに用事はないでしょう?

さ、お帰りくださいな。」
ついに部屋から閉め出された三人の横を通りすぎたエンヴィーは、完璧に肩透かしをくっていた。

ーなんでホーエンハイムまでここにいるんだ!?
とゆーか、仲間のはずの鋼のおちびさんまで、メガネの中佐たちの行き先知らないってどーゆうことだよ!!

エンヴィーはそのまま廊下を進み、先ほどの秘密通路の中に帰って来てしまった。

変身を解いていつもの姿に戻る。

「退院しちゃったっていうなら、病院内での暗殺できないし…ちっ、出直すしかないか。」

エンヴィーは苦々しそうに呟くと、階段を降りていった。


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続く
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