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黒の聖域


「お父さんっ!」

叫んでエリザベスはごわごわした毛布の中で跳び起きた。
「目が覚めたかい?」
落ち着いた大人の声がしてここがどこかを思い出す。
エリザベスはホッとするとともに、どうしようもない不安に襲われた。

父は今も助け出される事もなく、暗闇の中で喘いでいるのだ。そう思うと胸が締め付けられるように痛んだ。

「チャート研究員っ!」
と、大きく鋭い声がして、同時にドアがバタンと開く音が部屋中に響く。
「エドワード研究長。
お帰りなさいませ。」
呼ばれた男はまず、最初に出会ったエドワード・エルリックと言う男に挨拶をしているのだろうと、エリザベスは思った。
エリザベスにはチャートが話す英語は、ちんぷんかんぷんなのだ。
そして、激しい応酬の後、足音が一つエリザベスに近いてきた。

「エリザベス。大丈夫か?」

聞き慣れたアメストリス語だった。
エリザベスは安心したようにゆっくりとうなづいて、かぶっていた毛布を外した。
そこには朝に会ったきりだったエドワードがエリザベスを覗き込んでいた。
「食事はまだだろう?
一緒にたべようか。
そしたらその後、一緒に出掛けよう」
やさしく笑いかけられて、エリザベスの緊張も緩む。
しかし、警戒の色は消えなかった。
「どこへ?」
不安そうな声色を励ますように、エドワードははっきり言った。
「決まってるだろう。
エリザベスのお父さんを助けに行くんだよ!」
はっきりした意志だった。

なんでも、チャートがエドワードの部屋の前を通り掛かると、彼の部屋から子供の啜り泣きが聞こえてきて思わず誰かいるのかと声をかけたらしい。
しかし、中から返って来たのはアメストリス語だったので、昨日の少女だと気付いた彼はエリザベスに鍵を開けるようにどうにか促して彼女を救出したのだとか。
「入るなって言っておいなのにな」
「僕入ってませんよ。」
ただ彼女が開けてくれただけです。」
本当に食えない奴である。

ニースに事の次第と今後の事を伝え、食事をとった後、護衛としてチャートを連れ立って三人で出発する手筈となった。



『おーいハボどーだったよ』
先ほどと変わらず、司令室の受話器からは中央のブレダ将軍の声が聞こえてくる。
「だめだぁ。ばっちりやられてたわ」
頭を抱えたハボックが机に突っ伏して、受話器を握っていた。
『大将は何歳になっても、大将なんだなぁ~。』
しみじみと言葉を呟くブレダに、ハボックは八つ当たりの様な声をだす。
「馬鹿野郎!人事みたいに!」『まぁ、人事扱いする気はないが、俺ぁ今中央だかんなぁ。どうしようもねぇ』「扱ってるじゃねーかっ!!」ハボックが怒鳴ると、予想していたのかブレダの声が遠退いていた。
ははは、と明るい笑い声が遠い。
「ブレダよぉ。こちとら真面目なんだがよ。」
『解ってるだから、ちょっと確認したい事があってな。ラッセルいるかい?』
「おう。
おい、ラッセル!」
呼ぶと、外で待機していたラッセルが一礼して入ってきた。
「何か御用ですか?将軍。」
ハボックは頷いて、こっちに来るように手招きした。
「ブレダがお前に聞きたい事があるそうだ。答てくれ。ブレダ、ラッセルだ。
替わるぞ。」
ハボックの手から受話器を受け取ったラッセルは、素早く耳元にそれを運んだ。
「お久しぶりにございます。ラッセル・トリンガムです。」
『おう。元気そうだな。
実は聞きたい事があってな。』
「何なりと。」
『大将…エドワード・エルリックはエリザベスと言う名前の人物のフルネームを言ってたか?』
ブレダの声は真剣そのものであった。
「はい。申しておりました。たしか、エリザベス・グラマンと。」
『!!…やっぱりな。ありがとうラッセル。ハボに変わってくれねぇか?』
ラッセルは言われた通りに受話器をハボックに帰した。
「エリザベスってのがどうしたんだよ。」
ハボックは不思議そうに尋ねた。
「ハボ。エリザベス・グラマンってぇのはな。

言っちまえば、リザ・ホークアイ将軍の旧姓よ」



三人は黒い革で出来たジャケットを羽織り(エリザベスはベストだったが)、エドワードとチャートは革の手袋をつける。
仕度ができると、定刻になっていた。
「さて、行こうか」
身を低くし、エドワードが合図をして船から島に降り立つ。
そこを強烈な閃光が四方から三人を照り付けた。

「そうは問屋が卸さないってなぁ。
…鋼の大将。」

照り付ける投光機の後ろから、ゆっくり姿を現したのはフォーライフであった。
「フォーライフ准尉…!」
「大尉だ。
ここから先は行かせられないんだ。ハボック将軍からのお達しでな。
場合によっては逮捕もままならん。大将は脱走者でもあるからな。」
「そーいやそうだったな…」三人は投光機の光から顔を庇いながら、じりじりとフォーライフから離れようとしていた。

「逃げられんぞ大将。
周りは兵で固めてあるからな。」

「そいつはどうかな?」

ニヤリとエドワードが笑った。

「ハッタリはきかないぞ?大将。」
フォーライフはエドワードの笑いには動じなかった。

「ハッタリかどうか、確かめてみようか!!」

堂々と宣言したエドワードの足元に、激しい錬成光が走った。
「チャート!エリザベスを!」
「了解!」
チャートがエリザベスを抱えながら、アメストリス兵のスキをついて駆け抜けて行くのをエドワードは横目で確認した。

「怪我したくないなら、どきやがれ!!」

地面が隆起し、無数の細い柱がフォーライフ達目掛けて突き出ながら襲い掛かる。

「錬金術か!」

「じゃあな!フォーライフ准尉!」

エドワードはその流れに乗って、兵達の壁を崩し、チャートとエリザベスを追い掛けた。

「待て!大将ーっ!
俺は大尉だって!」
フォーライフはそう叫んだが、三人の後を追おうとはしなかった。

ゆっくりと立ち上がると、微笑をたたえながら兵達を見渡した。
「さてと…
ハボック将軍に、作戦は良好だと伝えてくれ。
手筈通り進めろ。
これからが山だ。一兵たりともぬかるでないぞ!!
鋼の大将にアメストリス軍の力を見せてやれ!」
「「はっ!」」
兵達は敬礼すると、ばらばらとそれぞれに散っていった。

そう、アメストリス軍の狙いは…

「大将。頼むぜ。
しっかり泳いでくれよ…」


我々の掌の上でな。

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